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境内には涼しい夜風が吹いていた。木立は、風が弱すぎるのか、揺れる事も無く、音を立てる事も無かった。
僕はアメノヒの膝に頭を仰向けに載っけて(膝枕だ!)、アメノヒにされるがままになっていた。アメノヒ曰く、霊力で怪我とかを治せるらしい。便利だよなあ。
「あら、腕の骨も折れてるみたいです。くっつけておきますね」
「うん、よろしく。……あいたたたたたたっ!」
「もう、善太朗さん。まだ治し終わってないんですから動かないでください」
「……はい」
全てが片付いた後、アメノヒは僕を「何でそんな無茶な事したんですか」と叱った。
「私は、もう善太朗さんと一緒に居てはダメだと思ったんです。ご迷惑になると思いましたし、その……」
「迷惑なんかじゃないよ!」
そこはなんとしても否定しておかなきゃ。
「僕は、アメノヒと一緒に居たらアメノヒを苦しめちゃうんじゃないかと思ったんだ。だから」
「そんなはず無いじゃないですか!」
今度はアメノヒがそう言う番だった。アメノヒは石灯籠にもたれかかってる僕に、詰め寄るみたいにして近寄って来た。ふわり、とアメノヒの良い匂いがする。
「私の気持ちは変わりません。善太朗さん、あなたと一緒にいたいんです」
まっすぐな瞳が僕を貫いて、僕の目もアメノヒから話せなくなる。お互いの息の音が聞こえる近さで、僕達は見つめ合っていた。
アメノヒの気持ちに答えなきゃ行けない。
いや。
僕の気持ちを、アメノヒに伝えたいのだ。使命感とか、義務感とかじゃない。
お礼は義務だ。使命でもある。でも、アメノヒを思う事、アメノヒの力になりたいと願う事、それは僕の純粋な気持ちだ。
僕は一回瞬きして、まっすぐアメノヒの目を見た。濡れた瞳に、月と僕が写っている。
「アメノヒ。僕は多分、君よりも早く死ぬ。君は僕が死んだ後も、多分、ずっと生き続けると思うんだ。アメノヒが一緒にいたい、って願ってくれるのは、すっごく嬉しい。
でも、そう思ってくれてるからこそ、僕は心配なんだ。いつか僕とアメノヒの別れが来た時に、アメノヒが悲しむんじゃないかって。本当に心配なんだ」
「そんな……」
アメノヒが眉を寄せる。そんな悲しい顔、しないでくれよ。僕は君に微笑んでいて欲しい。その為に僕は悩んだのに、悲しい顔をされたら、僕は困っちゃうじゃないか。
「だからね。僕の、僕自身の勝手な願いを聴いて欲しいんだ。アメノヒが答えてくれる必要は無いよ。だって、あくまで僕の押し付けがましい願いだから。ダメかな?」
「良いですよ。聴きます」
アメノヒは眉を寄せたまま、ムリに微笑みをくっつけたみたいな表情をした。
僕の言葉がアメノヒを微笑ませる事が出来るなら。
「アメノヒ。僕も、アメノヒと一緒にいたい」
夜の風が吹き抜けて、アメノヒの長い金色の髪が舞った。アメノヒはしばらく目を見開いて驚いた様な顔をした後で、突然、ふっ、と微笑んだ。春の風の匂いがした気がした。
「なんだ。私も善太朗さんも、一緒じゃないですか」
アメノヒの言葉は止まらない。
「私ばっかりが一緒にいたいんだと思ってて、それに、善太朗さんの言葉の意味にも気付けなくて……。あれ、何ででしょう。嬉しいはずなのに」
アメノヒは十二単の袖でぐい、と顔を擦ると、さらに言葉を続けた。
「でも、善太朗さんの言葉を聞けて、私幸せです……。私、今は、今の幸せが一番大事です」
「僕もだよ」
「善太朗さん、……っ、善太朗さん」
「何、アメノヒ?」
「私、幸せです……」
「僕もだよ」
ぐい、ぐい、と何度も袖で顔を擦り続けるアメノヒを見て、僕は急にアメノヒを抱きしめたくなった。そう思っても、僕の心の中に何の躊躇いも怒らなかった。
この小さなアメノヒの体を放しちゃいけない。放したなら、今度こそ戻ってこない様な気がして。
僕は両腕をアメノヒの背中へと回そうとした……。