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終わりだ。
やっぱり、僕じゃ犬神に敵わなかったのだ。
ふと、目の前に、アメノヒと、ホクトとすごした日々が浮かび上がって来た。
僕は目を閉じた。固く、一条の光すらも通さぬ様に、瞼を落とす。
“走馬灯”は消え、瞼の内側はただの暗闇だった。
嫌だ。
死にたく無い。
怖い。
怖い。
助けてくれ。
そんな思いに蓋をするつもりだったのに、心の深い所から、低く怪しく呼びかけてくる。
ふと、耳元で、何かの囁く声が聞こえた。決して大きな声ではないのに、夜の闇よりも暗い瞼の裏で、その声は驚く程はっきりと耳に届いた。
「寂しい事言わないでください。一緒に生きるんです」
鈴振る様な声だ。
薄く目を開ける。アメノヒはあの時と同じ様に、僕をお姫様だっこして立っていた。大人びた、と言う言葉じゃ言い表せない、いつまでも変わらない陽だまりの様な微笑みを僕に向けると、アメノヒは僕に囁いた。
「善太朗さん、一緒にいましょう」
その言葉に、僕は何も考える事が出来なくなってしまって、アメノヒが僕を手近な石灯籠に持たせかけて座らせるまで、アメノヒにされるがままだった。
急に獲物が目の前から消えた葛葉さんは、しばらくぼうっとしていたけれど、僕を見つけるとまた真っ赤な歯茎を見せた。
そこからは、何ともあっけない幕切れだった。
ホクトが僕を護るみたいに立ちはだかり、どこに隠していたのか、短剣をちらちらと振ると、葛葉さんは急に戦意を無くしたのか、大きな犬の体は魔法みたいにしゅるしゅると縮み、目の前には再び、美人な葛葉さんが現れた。
「貴様、まだやるのか」
ホクトが訪ねると、葛葉さんは力なく笑って、
「いいえ。もう良いわ。後はお若いお二人を残してあげるのがスジなんじゃないのかしら?」
と言った。ホクトはその言葉に「うーん」と唸ると、
「そうだな。お前の言葉に従うのは本意ではないが、そうしよう」
と言って、葛葉さんの手首を取った。
「行くぞ。こっちは色々聞きたい話があるんだ。少しでも暴れたら殺すからな」
「解ってるわよ。こっちだって久々に元の姿に戻って霊力消費しちゃったし。しばらくは暴れられないわ」
二人は色々言い合いながら、僕とアメノヒの二人を置いて歩いて行ってしまった。
と、ホクトがくるりとこっちを振り向いた。
「伏見善太朗。貴様、家の窓は開けてあるか?」
「あ……、そう言えば開けっ放しだったな」
「そうか、それなら都合がいい」
付け加えて、ホクトは一言。
「お前の部屋に、帰らせてもらうよ」
「ああ」
僕とホクトの会話はそこで終わって、ホクトと葛葉さんはそのまま石段を下って行った。何か色々言い合っている声が、だんだん夢の中の出来事みたいに遠ざかっている。
ふう。
さて、やっと、アメノヒと二人きりだ。




