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と、場違いなまばゆい光が射し込んだ。光は夜の闇を溶かし、やがてまた夜のインクに汚されていった。
「善太朗さんっ!」
悲痛な金切り声がする。
まばゆい光の中から出て来たのは、紛れも無い、アメノヒだった。こんな状況なのに、アメノヒが来ている十二単に何故だかとても安心した。
アメノヒの手がわなわなと震え、膝ががくりと崩れる。石畳の上にへたり込んだアメノヒは、怯えた声で言った。
「犬神! 殺すなら私にしなさい!」
耳を疑った。怯えた声でそんな事を言うのか。
「アメ様! 何を言ってるんですか!」
ホクトの焦った声が飛ぶが、犬神はそんな事を少しも気にしないかの様に、僕の胸に載せていた手をどけた。
「お前が死ねば、この地は永遠にわしのものになるのか……。それも良かろう」
地の底から響く様な声が、地面に横たわる僕の体を揺する。
ダメだ。
こいつをアメノヒのもとへ行かせちゃダメだ。
せっかくアメノヒが目の前に居るって言うのに、こいつを行かせたら。こいつを行かせたら……。
「おいっ!!」
ありったけの声で叫んだ。と、離れて行きそうな犬神の太い足を、ぐい、と抱え込む。
「アメノヒに手を出すな! 僕から逃げるのか!」
「……逃げる?」
心臓を掴んで振り回すみたいに、犬神の声が響いてくる。僕は精一杯強がった。
「ああ、そうさ! 君、僕は僕一人倒せないから、アメノヒの方へ逃げるんだろ! お前の相手は僕だろうが! 逃げるな!」
「……死にたいようだな」
犬神は怒った。あげかけた腕に再び体重をかけた。僕の体は強く地面に押し付けられ、体の中でみしみしと骨が悲鳴を上げる。
肺の中の空気が段々と減って行くのを感じる。
「葛葉さん!」
僕は必死で呼びかけた。
「何で解ってくれないの?」
「……」
返事が無い。ただ無言で僕を潰そうと、力をじりじりと入れてくる。
「君の好きな人はもう死んだのに。君の好きな人は、ここで待ってたって二度と帰ってこないのに。
何で君はここを護りたがるの?」
「……」
やっぱり返事が無い。確実に、僕を押さえつける力は強くなっている。一気に踏みつぶしてしまわないのが不気味だとさえ思えた。
「君には悪いけど、やっぱり僕にとっては今が一番大事なんだ。
……君には解ってもらえないのかな?」
「言いたい事はそれだけか?」
犬の姿をした葛葉さんは、低い声でそう訪ねた。
「……言いたい事はたくさんあるよ。アメノヒに救われたこの命なんだ。この神社を取り返してアメノヒが幸せになれるなら、いくらでも君を叱るよ」
「若いな、君は」
葛葉さんの声には、どこか陰があった。遠い昔を懐かしむみたいな、そんな感じだ。
でも、葛葉さんはそう言う思い出を全部振り切るみたいにゆっくりと首を振ると、鋭い瞳を僕に突き刺した。
「わしはもう、お前から聞く言葉など、もう無いのだ。
せいぜい、愛する人を護れず、愛する人の護りたいものも護れないままで、死ね」
葛葉さんは僕の上から手をどけると。
凶悪な真っ赤な口を開いて、僕を食おうとした。
「うわああああああああ」
食われる! 食われるっ! 白い牙が、赤い歯茎が、僕を噛み砕こうと物凄いスピードで近付いてくる!