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ホクトはにやり、と笑うと、葛葉さんの拳をぐい、と押し戻すた。葛葉さんは不意をつかれたせいか、よろり、とよろけると、二、三歩後ずさった。
「そこの男に声を掛けられたから、頑張ってここまで来たんだ」
「え? 鳥居くぐれたの?」
「細かい話は後だ。今はあの犬神をどうにかしなければ」
ホクトは鋭い目で葛葉さんを睨みつけた。凛々しい横顔に僕は問いかけた。
「ねえホクト。アメノヒは?」
「後からいらっしゃる。アメ様は戦いが好きじゃない。アメ様の到着する前に片付けるぞ。手伝え」
「解った」
僕は霊力と言うものがなんなのかよく解らない。一応、人ならざる者である狐や犬神や、そう言った者たちが持っている不思議な『力』くらいにしか理解してない。
でも、今のホクトが霊力に満ちている、と言うのはよく解った。むわり、と密度の大きい空気がホクトの周りを取り囲んでいるようだ。
「狐が何の用だ!」
葛葉さんが叫ぶ。ホクトは少し嫌そうな顔をしたが、にやり、とまたさっきの表情を浮かべた。
「私たちの神社を乗っ取っておいて、何の用だは無いだろう。取り返しに来たんだ、ここを」
葛葉さんは信じられない、と言う風に目を見開くと、
「狐なのでしょ? 結界に入り込めるはずが……」
「入れたんだ。仕方ないだろ」
静かにそう言い放つと、ホクトは跳躍した。いつもの楽な格好から覗く腿の筋肉が、しなやかに踊った。
静かに石畳に着地すると、もう葛葉さんの目の前だ。
「アメ様が来る前に終わらせなければならないんだ」
そのまま、ホクトは腕を振って、無感情な拳を葛葉さんに叩き付けた。「うっ」と短いうめき声を上げて、葛葉さんが倒れ込む。ホクトは倒れ込んだ葛葉さんの服を引っ張って持ち上げると、もう一度今度は違う所を打った。声にもならない葛葉さんのうめきがこだまし、瞬間の後、ざっ、と乾いた音がする。
圧倒的だった。さっきまであれだけ僕や篠田を痛めつけていた葛葉さんが、ボロぞうきんみたいに殴られては倒れ込んでいる。
何度殴っただろうか、ホクトは葛葉さんを持ち上げ、だらり、と腕に力が入ってないのを確かめると、つまらなそうにそのまま地面に叩き付けた。まるで人間の体じゃないみたいに、葛葉さんの体はバウンドした。
勝負は決した。