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「君を苦しめてるのも、君が大事にしているものも、結局は同じものじゃないか。そのせいで君は僕を止めたし、君は僕をこうして痛めつけてる」
「うるさい」
「楽しいときがあったからこそ、今が辛いんでしょ?」
「うるさいっ!」
「葛葉さんはずるいよ。自分ばっかり楽しいときがあって、でも僕にはそれを許してくれないなんて」
「うるさいと言ってるだろ!」
「自分ばっかり悲しい事は全部知ってるみたいな顔してさっ! ずるいよ、葛葉さん」
「うるさいうるさい!」
「大事なのは今なんだよ! 僕の気持ちは、いま伝えなきゃならないんだ! 君たちみたいに何百年も生きられるわけじゃないんだ! 一瞬でいい。一瞬でいいから、僕の気持ちを伝えなきゃないんないんだよ!」
「うるさいっ! 聴きたくない!」
「聴いてくれよ!」
「黙れ!」
金切り声とともに、葛葉さんは地面を蹴った。僕と同じくらいの背の体がまっすぐ僕に向かって飛び込んでくる。
物凄く早い動きのはずなのに、僕は一つ一つの動きが、ゆっくりとしたコマ送りみたいに見えた。
ぐっ、と毛むくじゃらの腕が腰まで引かれた。力のたまった拳が、そのまま僕に向かって突き出される……。
僕は思わず目を閉じた。
鈍い痛みが訪れるはずだった。
「遅くなったな」
ぱし、と乾いた音がした。
恐る恐る目を開ける。目の前には一人の大きな人影。伸ばした腕で、葛葉さんの拳を完璧に受け止めている。真っ黒な尻尾、真っ黒な耳。でも、葛葉さんのそれとは違う。
人影は振り向いた。
「伏見善太朗」
「ホクト!」