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第11話 押しかけ一番弟子・ララの合流

 朝の柔らかい日差しが、ログハウスの寝室に差し込んでいた。

 アルドが特製のふかふかベッドの中で心地よいまどろみを楽しんでいると、不意に鼻先を生温かい「何か」でペロペロと舐められた。


「……ん?」


 薄く目を開けると、視界いっぱいに黄金色のフワフワな毛玉が広がっていた。

 数日前にこの開拓地の新しい家族となった神獣の赤ん坊――ゴールデンレトリバーの姿をした子犬のレオだ。

 レオはアルドが目を覚ましたことに気づくと、短い尻尾をちぎれんばかりにパタパタと振り、「キュ~ン」と愛らしい声を漏らしながらアルドの厚い胸板にポフッとダイブしてきた。


「おいおい、朝から元気だな、お前は」


 アルドが大きな手でその柔らかな背中を撫でてやると、レオは嬉しそうにアルドの無精髭の生えた顎にすり寄ってくる。その丸々としたフォルムと、短くて太い手足でよちよちと動く様は、どれだけ眺めていても飽きない圧倒的な愛くるしさがあった。

 伝説の『神獣』クラスの力を持つ化け物だとマチルダは警告していたが、今のところレオは、ただの「とびきり可愛い子犬」にしか見えなかった。


 アルドがレオを抱き上げて一階のリビングへと降りると、すでにキッチンからは美味しそうな匂いが漂っていた。


「おはようございます、アルドさん。レオも、おはよう」

「おう、おはようリーリャ」


 すっかりこのログハウスの生活に馴染んだエルフの女性・リーリャが、エプロン姿でフライパンを振るっている。彼女の横では、マチルダのホログラムがウキウキとした様子でレオ用の朝食を用意していた。


『おはようアルドくん! ほらレオちゃん、お母さん特製の「超栄養仔牛ミルク」と「消化吸収率200パーセントの特製ペレット」よ! いっぱい食べて大きくなるのよ〜!』


 マチルダが専用の器を床に置くと、レオはアルドの腕からポテポテと飛び降り、器に顔を突っ込んで勢いよく朝食を平らげ始めた。尻尾がプロペラのように回転している。


「おいマチルダ、お前完全に孫を甘やかすおばあちゃんみたいになってるぞ」

『失礼ね! 私は永遠のオカンよ! レオちゃんみたいに素直にご飯を食べてくれる子は、可愛がりがいがあるに決まってるじゃない!』


 平和な朝の風景。

 源泉かけ流しの露天風呂を完成させ、至福の湯上がりビールを堪能したあの日から、さらに数日が経過していた。追放されてから半月近くが経とうとしているアルドの辺境スローライフは、今も完璧な形で進んでいた。

 朝食を済ませ、今日は畑の拡張でもしようかとアルドが食後のコーヒーを飲んでいた、まさにその時だった。


『……マスター、防衛レーダーの境界線に生体反応あり。結界のすぐ外側に、何者かが接近しています』


 マチルダのオカンモードが引っ込み、無機質なシステム音声が響いた。

 リーリャがビクッと肩を震わせる。


「また魔獣か? それとも、リーリャのような難民か」

『いえ、ヒューマノイド1名ですが……魔力パターンの照合結果に出ました。アルドくんの王都でのデータバンクに登録されている人物と完全に一致します』

「王都の人間だと……?」


 アルドはコーヒーカップを置き、眉間にシワを寄せた。

 王都の人間が、わざわざこんな死の大地と呼ばれる辺境までやってきたというのか。まさか、あの無能なジルク大臣がもう討伐隊を差し向けてきたのだろうか。

 だが、マチルダが空中に投影した接近者のホログラム映像を見て、アルドは思わず間の抜けた声を上げた。


「……は? なんであいつがこんな所にいるんだ?」


★★★★★★★★★★★


 アルドが結界の境界線へと向かうと、そこにはボロボロの服を着て、自分と同じくらいの大きさがある重そうなボストンバッグを背負った小柄な少女が倒れ込んでいた。


「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!」


 結界を解除して駆け寄り、抱き起こす。

 泥と土埃にまみれたダークブラウンのウェーブヘア。そして、王都にいた頃に見慣れた、アルドの元助手である下級貴族の令嬢、ララの顔だった。


「んぅ……あ、アルド、せんぱい……?」

「ああ、俺だ。なんでお前がデッドランドなんかにいるんだ。というか、王都からここまで7日以上かかる過酷な距離だぞ。よく無事に辿り着けたな」

「へへっ……先輩の魔力痕跡を辿る、特製の探知機を作って……商人のキャラバンの荷台にこっそり潜り込んで……最後は、気合で走って……」


 そこまで言うと、ララは安心したのかコトリと気を失ってしまった。

 アルドは盛大なため息をつきながら、ララと彼女の重い荷物を抱え上げ、ログハウスへと引き返した。


「マチルダ、スキャンと除菌を頼む。こいつは王都にいた頃の俺の助手だ」

『また泥だらけの迷子!? 本当にあなたはよく拾ってくるわね! ストップ、そこから先は問答無用でシャワーモードよ!』


 ログハウスの入り口で、マチルダのアームが伸び、意識のないララを綺麗さっぱり洗い上げ、温風で乾かして清潔なリラックスウェアに着替えさせてしまった。

 ついでに、過労で倒れていたララの口に「即効性疲労回復流動食」を流し込む。


 数分後。

 リビングのふかふかのソファに寝かされていたララは、パチリと目を覚ました。


「……あれ? 私、死んだ? ここは天国?」

「いや、俺の家だ。無茶しやがって」


 アルドが腕を組んで見下ろしているのを見て、ララはガバッと跳ね起きた。

 そして、周囲の光景を見回して、限界まで目を真ん丸に見開いた。


「えっ……? えっ!? ちょ、ちょっと待ってください! ログハウス!? しかもこの木材、信じられないくらい完璧な断熱構造になってる! 窓の外には、何ですかあのあり得ないくらい豊かな畑は! ここって死の大地のデッドランドですよね!?」

「まあ、色々あってな。今は最高の土壌になってる」


 ララは魔導工学師の助手だけあって、アルドの作ったインフラやマチルダの建築技術の凄さが一目で理解できるらしい。

 部屋の隅にある自動温度調節機能付きのキッチンや、床下に張り巡らされた魔力回路を見て、ララは震える手で頭を抱えた。


「王城の貴族の部屋より100倍快適じゃないですか……! 先輩、追放されてから半月程度で、一体どんな魔法を使えばこんなリゾート施設みたいな拠点が作れるんですか!?」

『魔法じゃないわよ。私のナノバインダー技術と、アルドくんの緻密な設計の賜物よ!』


 不意に背後から声をかけられ、ララが振り返ると、そこには空中に浮かぶ割烹着姿の光るおばちゃんが腕を組んで立っていた。


「ひぃっ!? な、なんだこの光るおばさんは! 幽霊!?」

『おばさんじゃないわよ! 私はお母さんよ! 全く、最近の若い子は挨拶もまともにできないのかしら!』


 マチルダがぷんすかと怒る横から、「あの、大丈夫ですか?」と、美しいサマードレスを着たエルフの女性・リーリャが温かいお茶を運んできた。

 さらにその足元からは、黄金色の毛玉――レオが「わふっ!」と元気な声を上げて飛び出してきた。


 光るおばちゃんホログラム、絶世のエルフの美女、そして圧倒的に可愛い子犬。

 情報量が多すぎる開拓地のカオスな状況に、ララの思考回路は完全にショート寸前だった。


「……先輩。エルフの美女と同棲して、可愛い子犬まで飼って……完全に辺境スローライフを満喫してるじゃないですか! なんですかこれ、ずるい! 私も混ぜてください!」

「落ち着け。とりあえず、そのお茶を飲んで息を整えろ」


 アルドに促され、ララはリーリャの淹れたお茶を一口飲んだ。

 その瞬間、ハーブの香りと体に染み渡るような温かさに、ララの瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「うぅぅ……先輩ぃ……王都を出発してからここまで、本当に死ぬかと思いました……! 夜は魔獣の遠吠えが聞こえるし、ご飯は干し肉と硬いパンばっかりだし……」

「そうだろうな。よく頑張った。だが、どうしてそこまでして王都を出たんだ?」


 アルドが静かに尋ねると、ララは涙を袖で乱暴に拭い、キリッとした表情になった。


「先輩がいなくなった王都なんて、崩壊するのが目に見えてたからです! 私、先輩が追放されたあの日からずっと荷造りしてましたから!」


 そこから、ララによる「王都ざまぁ報告会」が始まった。

 アルドの後任に就いたクロードという若手のエリートが、アルドの残したメンテナンスマニュアルを全く理解できず、力技で魔力を流し込んだこと。

 その結果、王城の「精霊の噴水」のセーフティ回路が焼き切れ、下水まみれの泥水が大逆流を起こしたこと。

 そして、その泥水がテラスで優雅にお茶を飲んでいたジルク大臣を直撃し、大臣が汚物まみれになって発狂していたこと。


「あはははは! あの無能大臣、自分の上質なシルクのローブが下水まみれになって、顔面蒼白で『アルドを連れ戻せー!』って泣き叫んでたんですよ! もう傑作でした!」


 ララは腹を抱えて大爆笑しながら、王都を離れる直前の惨状を事細かに語って聞かせた。


「……なるほどな。まあ、あの超精密な循環回路を、大雑把な魔力しか出せない火球馬鹿のクロードが弄れば、どうあがいてもそうなるわな」


 アルドはこめかみを揉みながら、呆れたように息を吐いた。

 自分が長年、徹夜で守り抜いてきたインフラがたった数日で崩壊したことには少しだけ虚しさを覚えたが、同時に「俺の知ったことか」という清々しいほどの割り切りもあった。

 あんな見栄っ張りで、技術の本質を理解しようとしない連中など、痛い目を見ればいいのだ。


「俺が追放されてから、もう半月になる。王都の下水道が逆流したってことは、第三浄水システムも完全に死んでるはずだ。今頃は王都の飲料水も泥水に変わって、大パニックになってるだろうな」

「はい! だから私、そんな泥水の国は見限って、全財産と予備の工具を持って逃げてきたんです! 道中すれ違った行商人たちも、王都はもう飲み水すらまともに手に入らない地獄だって言ってましたよ! 先輩のいない国なんて滅んで当然です!」


 ララはドンッと自分の胸を叩いた。


「というわけで先輩! 私をここで雇ってください! 先輩の『一番弟子』として、図面の清書でも、雑用でも、なんでもしますから! ここに居座らせてください!」


 真っ直ぐな目で懇願してくるララを、アルドはじっと見つめた。

 辺境でのスローライフは、基本的には一人で静かに過ごすつもりだった。しかし、リーリャが加わり、レオが家族になり、少しずつこの場所が「村」としての形を成し始めているのも事実だ。

 これから温泉を拡張し、さらに豊かな生活基盤を作っていく上で、魔導工学の基礎知識があり、書類仕事や事務処理が得意なララの存在は、実は非常にありがたかった。


「……分かった。お前の腕と根性は、王都時代から認めてる。図面の清書と、これからの拡張計画の事務作業は全部お前に任せるぞ」

「やったぁぁぁっ!! ありがとうございます、先輩! 一生ついていきます!」


 ララが歓喜の声を上げてアルドに抱きつこうとした瞬間、マチルダのアームがスッと伸びてきて、ララの首根っこを物理的につまみ上げた。


『こらこら、はしたないわよ! まったく、賑やかな子がまた一人増えたわね。アルドくんの負担が増えないように、私がみっちり生活態度を叩き込んであげるから覚悟しなさい!』

「ひゃああっ!? なんですかこの力! おばちゃん、降ろしてー!」


 ジタバタと暴れるララと、お小言を言うマチルダ。

 その光景を見て、リーリャがクスクスと上品に笑い、レオが「わんっ!」と尻尾を振ってララの足元にじゃれついた。

 レオの圧倒的な愛らしさに、ララもすぐにつまみ上げられたまま「きゃああ可愛い! モフモフ!」と目を輝かせて毛玉を愛で始める。


「……やれやれ。静かなスローライフだったはずが、どんどん騒がしくなっていくな」


 アルドはため息をつきながらも、その顔には隠しきれない柔らかな笑みが浮かんでいた。

 王都の喧騒とは全く違う、温かく、生命力に満ちた騒がしさ。

 新たな仲間――優秀な助手であり一番弟子のララを迎え入れ、アークライト開拓地の生活は、さらに豊かで賑やかなものへと加速していくのだった。

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