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第10話 源泉かけ流し露天風呂の完成。至福の湯上がりビール

 ズドォォォォォンッ!!


 デッドランドの荒野に、大砲を撃ったかのような轟音が響き渡った。

 アルドたちが住むログハウスの裏庭、全自動温泉掘削子機『モグドリル1号』が潜っていった縦穴から、天を衝くほどの勢いで白煙と熱水が噴き上がったのだ。


「来たぞ! 源泉到達だ!」

『お見事! 水質、成分、湧出量、すべてパーフェクトよ!』


 アルドとマチルダの歓声が上がる。

 地下800メートルから噴出する源泉は、摂氏100度近い超高温の熱水だ。そのまま浴びれば大火傷は免れない。

 だが、ここからがアルドの、王都の地下をたった一人で支え続けてきた『配管工』としての真骨頂だった。


「暴れるなよ、じゃじゃ馬。俺の引いた回路を通れ!」


 アルドは両手に青白い魔力を集中させ、あらかじめ組み上げておいた巨大な魔導ポンプと熱交換器を、噴出する源泉の柱に向かってパズルのピースをはめ込むように接続した。

 ガコンッ! という重い金属音とともに、凄まじい水圧が魔導ポンプへと流れ込む。


 ミクロ単位で構築されたアルドの魔力回路が、熱水から余剰な熱エネルギーを凄まじい効率で吸収し、動力へと変換していく。

 数秒前まで天高く噴き上がっていた狂暴な間欠泉は、ポンプを通過した瞬間にピタリと勢いを抑えられ、太いパイプの中を大人しく流れ始めた。


「よし、水圧制御完了。温度は……よし、設定通りだ」

『素晴らしいわアルドくん! 余剰熱エネルギーはログハウスの床暖房とキッチンに回しておくわね。これでいつでも適温のお湯が使い放題よ!』


 ハイタッチを交わすアルドとマチルダのホログラム。

 あとはこのパイプの先、少し離れた高台の岩場に『湯船』を作るだけだ。


「マチルダ、頼む!」

『任せなさい! 至福のバスタイムを演出してあげるわ!』


 マチルダのアームが伸び、周囲の岩盤をナノバインダーで滑らかな「巨大な岩風呂」へと成形していく。一度に10人は入れる広さだ。さらに、古代樹のデータから「ヒノキに似た芳香」を持つ木材を生成し、上品な屋根と脱衣所をパパッと組み上げた。

 湯船の底には、足裏を程よく刺激する丸い玉砂利が敷き詰められている。


 パイプの出口――巨大な獅子の頭を模した彫刻の口から、こんこんと透明なお湯が注がれ始めた。

 風に乗って、ほんのりと硫黄の混じった心地よい温泉の香りが漂ってくる。


「……完成だ。源泉かけ流し、全自動温度調節機能付きの特製露天風呂だ!」

「すごいです、アルドさん! 魔法みたい……いえ、私が知っているどんな魔法より凄いです!」


 一部始終を見ていたリーリャが、興奮した面持ちで拍手を送る。足元ではレオも「わふっ!」と尻尾を振って喜んでいた。


『さあ、お風呂の準備は万端よ! ……でもその前に、アルドくん、リーリャちゃん』


 マチルダのホログラムが、不意にニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


『今日は開拓地にとって記念すべき日よ。それに、せっかくの最高のリラクゼーションなんだから、泥だらけの作業着のままドボン、じゃあロマンがないわ』

「ん? どういうことだ?」

『こういうことよ! はい、リーリャちゃんこっちに来て! アルドくんもシャワールームで泥を落として、私が用意した服に着替えるのよ!』


 オカンAIの有無を言わさぬ圧力に押し切られ、アルドとリーリャはそれぞれの部屋へと押し込まれた。


★★★★★★★★★★★


 30分後。

 夕暮れ時の赤く染まった空の下、ログハウスのウッドデッキに出たアルドは、思わず息を呑んだ。


「……お待たせしました、アルドさん」


 そこに立っていたのは、マチルダによって完璧にコーディネートされたリーリャだった。

 普段の動きやすいチュニックとは違い、涼しげで柔らかな素材で織られた純白のサマードレス。長く艶やかな髪は上品に編み込まれ、エルフの白い肌と翠緑の瞳の美しさを際立たせている。耳元には、小さな花の髪飾りが揺れていた。

 過酷な逃亡生活の面影はどこにもない。そこには、深窓の令嬢と見紛うほどの可憐で美しい大人の女性の姿があった。


「あー……その、すごく似合ってる」

「あ、ありがとうございます……」


 アルドが照れ隠しに顎をさすりそうになるのを堪え、素直に褒めると、リーリャも頬を真っ赤に染めて俯いた。

 アルド自身も、マチルダが仕立てた上質な麻のシャツとスラックスという、王都の休日のような小綺麗な格好にさせられていた。


『ふふふ、二人ともとっても素敵よ! お風呂までは少し歩くから、二人でゆっくり景色でも見ながら行きなさいな! あ、レオちゃんは私とお留守番ね!』


 マチルダは「若い二人の邪魔はしないわよ」と言わんばかりのウィンクを飛ばし、レオを抱き上げてログハウスの奥へと消えていった。


「……あいつ、絶対面白がってるな」

「で、でも、たまにはこういうのも、悪くない……です」


 アルドが苦笑すると、リーリャが上目遣いで小さく呟いた。

 二人は並んで、高台の露天風呂へと続く小道を歩き始めた。沈みゆく夕日がデッドランドの荒野を赤く染め上げ、心地よい夜風が吹き抜けていく。

 開拓地での忙しない日々の中で、こうして二人きりで、仕事以外の目的で並んで歩くのは初めてだった。

 これは言うなれば、この世界で最も過酷な場所での、最も穏やかな『デート』だった。


「王都にいた頃は、こんなふうにゆっくり夕日を見る余裕なんてなかったな」

「私もです。森の暮らしは常に魔獣の危険と隣り合わせでしたから。……アルドさんが助けてくれなかったら、私は今頃どうなっていたか」

「俺だけじゃない。マチルダや、君自身の力があったからこそ、この場所ができたんだ」


 アルドは歩きながら、リーリャの華奢な肩越しに見える景色を見渡した。

 呪縛茨の森だった場所は豊かな畑になり、ログハウスからは夕食の仕込みの良い匂いが漂っている。そして目の前には、湯気を上げる露天風呂。


「これからもっと忙しくなるぞ。家を増やして、畑を広げて、いつかこの辺境を世界で一番快適な場所にしよう」

「はいっ! 私、どこまでもついていきます!」


 リーリャが最高の笑顔を向けたところで、二人は脱衣所に到着した。


「さて、それじゃあ入るか。マチルダが気を利かせて、混浴でも問題ないように専用の『湯着』を用意してくれてるらしい」

「ゆ、湯着、ですか……わ、わかりました!」


 それぞれ別の脱衣スペースに入り、準備を整える。

 アルドがマチルダ特製のゆったりとしたショートパンツ型の湯着に着替え、露天風呂への扉を開けると、そこにはすでに先客がいた。


「あ、アルドさん……」


 リーリャが、肩までお湯に浸かりながら、恥ずかしそうにこちらを見つめていた。

 彼女が身につけているのは、水に濡れても透けない特殊な素材で作られた、ワンピースタイプの可愛らしい湯着だった。お湯の熱で上気した白い肌と、濡れて首筋に張り付いた髪が、普段の彼女とは違う艶やかな色気を放っている。


「……お、おう。お邪魔するぞ」


 アルドは柄にもなく少しドギマギしながら、リーリャから少し離れた場所で、静かにお湯に身を沈めた。


「…………っぁあ〜〜〜……」


 お湯に肩まで浸かった瞬間。

 アルドの口から、これまでの人生で最も情けない、しかし最高に至福に満ちた声が漏れた。

 温度は、人間が最もリラックスできると言われる完璧な41度。

 肌にまとわりつくような滑らかな泉質が、筋肉の奥底まで染み渡り、長年の過酷な宮廷奉公で蓄積していた鉛のような疲労を、文字通り溶かして洗い流していく。


「すごいです、これ……。体が、羽みたいに軽くなっていきます……」


 リーリャもまた、うっとりとした表情で目を閉じ、お湯の感触を楽しんでいた。

 夜空には満天の星が輝き始め、静寂の中、獅子の口から注がれるお湯の音だけが、耳をくすぐる心地よい水音となって響いている。


「本当に、夢みたいだ。自分の設計した回路で、源泉かけ流しの露天風呂に入る。これ以上の贅沢はないな」

「アルドさん、本当にすごいです。王都の人たちは、どうしてこんな凄い技術を地味だなんて言ったんでしょう」

「火の玉を飛ばして山を吹き飛ばす方が、見た目が派手で分かりやすいからな。だが、俺はこっちの『地味な仕事』の方が好きだ」


 アルドは星空を見上げながら、ゆったりとお湯の中で手足を伸ばした。

 熱すぎず、ぬるすぎない。無限に浸かっていられる最高の温泉体験。

 二人は言葉を交わすのも忘れ、ただひたすらに、至福のリラクゼーションタイムを共有した。


★★★★★★★★★★★


「ぷはぁーっ! 最高の湯だった!」


 風呂上がり。火照った体を夜風に晒しながら、アルドとリーリャはログハウスの広々としたウッドデッキにあるテーブルについた。

 二人とも、マチルダが用意した肌触りの良いパジャマに着替えている。


『お風呂、最高だったでしょ! さあ、湯上がりといえばこれよ!』


 マチルダのホログラムが、ウキウキとした様子でテーブルに二つのジョッキを置いた。

 ガラスのジョッキの表面には、キンキンに冷えていることを証明する霜がびっしりとついている。そして中には、黄金色の液体と、純白のきめ細かい泡。


「こ、これは……まさか」

『ええ! 機内の合成プラントをフル回転させて作った、特製の「エールテイスト微炭酸飲料」よ! つまり、ビールもどきね! 度数は控えめにしてあるわ』


「マチルダ……お前、一生ついていくぞ」


 アルドは震える手で冷えたジョッキを掴んだ。リーリャも不思議そうに自分のジョッキを両手で持つ。


「つまみは、昼間にリーリャが新しく魔法で育ててくれた大豆から作った『塩茹で枝豆』と、特製の粗挽きソーセージだ。さあ、リーリャ、乾杯しよう」

「はいっ! か、乾杯!」


 カチン、と涼やかな音を立ててジョッキを合わせる。

 アルドはジョッキを口に運び、冷たい黄金色の液体を喉の奥へと一気に流し込んだ。


 ――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!


「カハァーーーーッ!!!」


 細胞の隅々まで染み渡る、圧倒的な爽快感。

 強めの炭酸が喉を刺激し、麦の芳醇な香りと、ホップに似た心地よい苦味が口いっぱいに広がる。風呂上がりで乾ききった体に、冷え切ったアルコールが暴力的なまでの快感をもたらした。


「美味すぎる……! 悪魔的だぞこれ……!」


 アルドが感動に打ち震えている隣で、リーリャも恐る恐るジョッキに口をつけた。


「んっ……冷たっ! わ、シュワシュワします! 少し苦いですけど……喉がすっきりして、すごく美味しいです!」

「そうだろ。そこに、この塩の効いた枝豆を口に放り込むんだ」


 アルドに教えられた通り、リーリャが枝豆を鞘から押し出して食べ、再びビールもどきを飲む。


「ああっ……! なんですかこれ、無限に飲めちゃいます!」

『ふふん! おつまみのソーセージも熱々のうちに食べてね!』


 テーブルの上には、パリッと皮が弾けるジューシーなソーセージが湯気を立てている。

 それをかじり、ビールで流し込む。

 王都の高級レストランのフルコースですら、今のこの瞬間の圧倒的な「美味さ」と「幸福感」には絶対に勝てないだろう。


「……最高だな」


 アルドはジョッキを置き、夜空に浮かぶ双子月を見上げた。

 隣では、ほろ酔い気分のリーリャが嬉しそうに微笑み、足元ではレオが気持ちよさそうに丸まって寝ている。


 追放から始まった、辺境でのスローライフ。

 家を作り、畑を耕し、温泉を掘り当てた。

 この豊かな開拓地は、これからさらに多くの仲間を迎え入れ、やがて世界中が羨む楽園へと進化していくことになるのだが――。


「まあ、難しいことは明日考えよう。マチルダ、おかわりだ!」

『はいはい、飲みすぎには注意してね!』


 今はただ、この至福の湯上がりビールを心ゆくまで味わうことだけが、辺境の領主たるアルドの最も重要な仕事だった。

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