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4. ルーフェス

目深にローブを被ったその青年は、ルーフェスと名乗った。


歳はアンナと同じくらいの十七、八歳といったところであろうか。冒険者ギルドに出入りしている他の男性と比較すると、線が細く身なりも良かったことからアンナの目には彼の姿は少し異質に映って見えた。


「貴方の武器は、その……棒?」

「そう。鉄杖だよ。」


二人は今、乗合馬車に隣り合って座り、ジュエルタートルの生息地である郊外の森の中へと向かっている。


目的地までは馬車で三十分程かかるが、到着するまでの間ずっと無言なのも気詰まりするので、二人は他の客に迷惑にならない程度の声で会話をしていた。


「一応、剣や体術、短剣なんかも一通り教わったんだけど、僕にはコレが一番合ってたから。」

そう言ってルーフェスは脇に置いてる鉄杖を撫でた。


「殴打武器って大抵は棍棒だと思ってたから、鉄杖は珍しいわね。」

「そうかもね。まぁ、問題なくやれてるよ。」


初めて会ったばかりの人との会話は、中々難しい。当たり障りのない話題を探してみても、長く続かないものだ。二人もまた、どこかぎこちなく、思いついた会話を話してみても、直ぐに途切れてしまうのであった。


「それにしても、失敗したらこの馬車代も無駄になるし、やっぱり、金銭的損失は生じるんじゃないかな?」


少しの沈黙が続いた後、馬車に揺られながら話す次の話題として、ルーフェスは先程ギルドでアンナが言った、依頼を失敗しても金銭的損失は無いという彼女の甘い考えについて持ち出してきたのであった。

他に会話の糸口が思いつかないにしても、若干意地悪である。


「そうね……。けど、一つの間違いをいつまでも言うのは良くないと思うの。」

そう言ってアンナは少し困った様に目を伏せた。

彼の言っていることは正しいので、アンナには反論の余地も無いのだが、バツが悪いのでこれ以上はこの話題を突っ込んで欲しくないことを滲ませて、少ししおらしく受け応えたのだった。


「あっ……そうだね、ごめんね。」

ルーフェスは、そんなアンナの様子を見ると申し訳なさそうに素直に謝った。

「そんな、別に謝る程の事じゃないわ。」

まさかそれくらいの事で謝られるとは思ってもいなかった為、想定外の謝罪にアンナは逆に動揺した。

ルーフェスの様な物腰の柔らかい男性と接する機会が今まで殆どなかったが為に、彼のこの様な受け答えはなんだか調子が狂ってしまうのだった。


(それにしても不思議な人だ。冒険者ギルドに出入りしてる人にはとても見えないな……)


アンナは改めて横に座るルーフェスを盗み見る。

中性的で端正な顔立ちに、少し長めの銀の髪がとてもよく似合っている。ギルドに通う男性の多くは荒くれ者や無骨者なので、彼はさぞや浮いていただろうな。そんな事をぼんやりと考えていると、再び、ルーフェスから声が掛かった。



「……さっき、受付のお姉さんが言っていたエヴァンって言うのが君の弟の名前?」


不意にルーフェスから弟のことを聞かれたのでアンナは少し驚いたが、これもまた、数少ない情報から彼が捻り出した当たり障りのない会話なのだろうと特に気にせずに返答した。


「えぇ、そうよ。両親が居ないからね、私があの子を守って、しっかりと育てないといけないのよ。」

アンナは、無意識に少し表情を強張らせてそう答えた。ルーフェスは、そんな彼女自身も気付いてなさそうな僅かな表情の変化を見逃さなかったが、あえてそれには触れずに、会話を続けた。


「姉弟だけで暮らしてるのか。なるほど、だから過保護にもなるんだね。」

「過保護……まぁ、そうかもね。」

苦笑混じりに答えると、アンナは顔にかかった髪の毛を耳にかけなおした。するとその動作によって、彼女の左手の袖口からチラリと傷痕がのぞいたのだった。


魔物討伐などのギルドの仕事をやっていれば、やはり怪我を負う事は多い。その傷跡は、全体こそは見えなかったものの、かなり大きくはっきりと残っていたようだった。それは、彼女が今までに、いかに危ない目に遭いながらこの仕事を続けてきたのかを物語っていた。


「……なんか君、無理してない?ギルドの時も思ったけど、切羽詰まってるというか……」


見えてしまった傷跡や一瞬強張っていた表情には触れなかったが、ギルドのやり取りの時から彼女に感じていた懸念を、ルーフェスは思わず口にしてしまった。


彼のその言葉に、アンナは驚いた様にルーフェスを見ると、一瞬固まった。けれども直ぐに笑みを浮かべるも、抑揚の無い声でルーフェスの問いに返答したのだった。


「……してないわ?」


それ以上は何も言うな。

そう言った意図が込められた、仮面のように凍った笑顔でアンナは微笑んで見せたのだった。


その笑顔を見ると、ルーフェスはそれ以上は何も言わなかった。態度を硬化させてしまった彼女から、知り合って間もない人に不躾すぎたと察して、ルーフェスは話題を他の物に切り替えた。


「ところで、アンナは具体的にどうやって甲羅に傷を付けずにジュエルタートルを倒すか考えているの?」


馬車は目的地まではもう少しというところまで来ていたので、ルーフェスは彼女に、この後の対応方針をどの様に考えているのか確認しておこうと問いかけたのだった。

しかし、アンナはこの質問に対して咄嗟に何も言うことが出来なかった。何故なら何も策など考えていなかったのだから。


「えっと……それは……あれよ……」

しどろもどろになりながらも、一呼吸置いて必死に考えた言葉を絞り出す。


「首を出しているところを一撃で切り落とすわ!」


苦し紛れに出た言葉を、咄嗟にしてはちゃんと回答できたなとアンナは自分を心の中で褒めたのだが、しかしルーフェスからしてみたら、それは具体策などでは全くなく、ただの無策である事は明白であった。


(どうやって首を出しているジュエルタートルに近づくかが重要なんだけど……。まぁ、さっき気落ちしていたし、あまり正論で責めるのも可哀想だから黙っておこうか……)


ルーフェスは、隣のアンナを横目に、彼女には具体的な策がなく、行き当たりばったりで行動しそうな危うさを感じ取り、自分がフォローをしてあげないとこの依頼は失敗すると察したのだった。


「それじゃあアンナ。君がジュエルタートルの首を切り落とせる様に、僕が隙を作ってあげるよ。」

彼女の威信を傷付けないように、ルーフェスはさりげなく最良と思われる方法へと誘導を試みる。


「そんな事出来るの?」

眼を丸くして驚いてみせるアンナに、ルーフェスはニッコリと笑って頷いたのだった。


「出来るよ。僕に任せて。」


それから程なくして、馬車は目的地に到着した。


二人は街道外れの停車場で馬車を降りると、そこからは徒歩でジュエルタートルの生息地である沼に向かったのだった。

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