5. 共同戦線
鬱蒼と茂る林の中に、ぽっかりとその沼は存在していた。沼の中や周囲には、のんびりと複数のジュエルタートルが佇んでいる。
目的地であるジュエルタートルの生息地の沼に到着した二人は、少し離れた位置に身を隠して様子を伺っていた。
「さて……と。」
何も知らずにのんびりと佇んでいるジュエルタートル達を眺めながら、ルーフェスは最初の一手を思案した。
低級のモンスターなので向こうから襲ってくる危険はないが、臆病なモンスターなので少しでも近づくと、一目散で逃げ出すか、甲羅の中に入って絶対防御を行うので、そうなるととにかく手出しが出来なくなってしまい面倒なのだ。
「それで、これからどうするの?」
アンナは隣に立つルーフェスを見上げた。隙を作ってくれると言った彼の言葉を信じて、彼の指示を待っている。
「僕に任せて。そうだな……アイツがいいかな。」
ルーフェスは自分たちから一番近く、それでも五メートル程離れた場所で甲羅干しをしていた一頭のジュエルタートルに向かって鉄杖の先端を向けて、小さく息を吸ってから静かに言葉を紡いだのだった。
「凍てつく冷気よ、幾重に重なり強固な牢をもって束縛せよ。氷結封縛!!」
それは、呪文の詠唱であった。
唱え終わるや否や、鉄杖の先に居たジュエルタートルは一瞬にして氷漬けにされたのであった。
「もしかして……今のは魔法?!」
予想外のルーフェスの行動に、アンナは目を丸くして驚いた。
魔法という、さまざまな奇跡の力を起こせる人知を超えた能力がある事は知識として知っていたが、実際に見るのは初めてだったのだ。
「そう。出来ればあんまり使いたくは無いんだけど、ジュエルタートルは亀の癖に素早いから近づかずに足止めするには氷漬けが一番適していると思ったんだ。」
ルーフェスは、それがさも当たり前かのように淡々と自身の行動を説明するが、魔法を使えるのは王族やごく一部の上位貴族のみというのは周知の事実で、一介の冒険者が魔法を唱えるなど普通ならまずあり得ない事だった。
アンナは、目の前で起こった思いがけない出来事に目を疑ったが、それは紛れもなく魔法であった。
(魔法を唱える事が出来る……。と、いう事はこの人は貴族の血を引いているのだわ。それも高貴な人の。)
改めて横に立つルーフェスの顔をチラリと覗き込むも、彼は顔色ひとつ変えずに立って居た。
(上位貴族の血筋なのに、この人は冒険者ギルドに出入りして自身で労働をしてお金を稼いでいる……。平民としては少し身なりが良いことも不思議だったけど、そう考えると納得出来るわ……)
思考を巡らせると、アンナは自分の中である結論に辿り着いた。
「分かった。貴方、どこかのお貴族様の御落胤なんでしょう?」
魔力のある貴族が平民との間に産ませた子。そう考えると色々と納得がいったのだった。
「うーん、……まぁそんなような所かな。」
アンナのその指摘に、彼は曖昧に笑って、少し言葉を濁しながら答えた。
言いにくそうにしている彼の態度を見て、何気なく思った事を口にしてしまったのが失言だったと、アンナは直ぐに反省した。
「ごめんなさい、深くは聞かないわ。誰にだって事情はあるだろうからね。私だって似たようなものだし……」
彼女自身についても本当は男爵令嬢である事を隠して冒険者の仕事をしているという、人に説明出来ない身の上を持っている為、こういった詮索が迷惑となる事をよく知っていたのだ。
「……アンナも訳ありなの?」
ルーフェスは横にいるアンナを見返して、静かに問いかけた。
「そうよ。でも詳しい事は聞かないでね。言えないから訳ありなのよ。」
彼女はそう答えると先程のルーフェスと同様に曖昧に笑って誤魔化すのだった。
「……そっか。じゃあ、まぁ、訳あり同士仲良くやろう。」
ルーフェスは嬉しそうににっこりと笑うと、腕を折り曲げて肘を前に差し出してきた。それは、合意とか肯定的な意味でお互いの肘と肘をぶつける冒険者同士がよくやる挨拶の形であり、アンナも彼に倣って、肘を差し出して、お互いの肘をぶつけあったのだった。
「さて、それじゃあ依頼の続きをやってしまおうか。」
ルーフェスは仕切り直すと、まずは周囲を見渡した。
異変に気づいたジュエルタートル達は既に一斉に逃げ出してしまったので、その場には、氷漬けとなった一頭のみが残っているだけだった。
ルーフェスはまず、その氷漬けになったジュエルタートルを、沼から少し離れた開けた場所に移動させた。
「これって、もう死んでるんじゃ無いの?」
そんな氷漬けのジュエルタートルを見て、アンナは当然の疑問を口にする。
「いや、多分仮死状態。魔法を解いたら生き返ると思う。だから、これから僕が魔法を解くからタイミングを合わせてアンナが首を切り落としてくれるかな。」
「分かったわ。任せて、ただ首を切るだけなら簡単よ。」
ルーフェスが言うには、「魔法を解いた直後は仮死状態からの復帰でジュエルタートルも動きが鈍いはずだから多少タイミングに猶予はあるはずだ」との事だったので、アンナはその一瞬の隙に一思いに首を切り落とす事に決めたのだった。
それから二人は簡単に打ち合わせをして、ルーフェスのカウントダウンと共に魔法を解くという手筈を整えた。
氷漬けのジュエルタートルの横で、剣を振りかぶり準備を整えたアンナを見て、ルーフェスはゆっくりと数を数える。
「3……」
「2……」
「1……」
ゼロは発声しない。その代わりに彼は、氷漬け魔法を解除する呪文を唱えた。
その刹那。
ジュエルタートルを閉じ込めていた氷牢は砕け散り、その瞬間を逃さずにアンナは構えていた剣を躊躇なく振り下ろしたのだった。
彼女の振るった剣の切先はジュエルタートルの細く小さい首に的確に命中し、血飛沫を上げてその首は哀れ胴体から切り離されて、ゴロンと地面に転がり落ちていった。
「お見事。」
ルーフェスは、パチパチと手を叩きながら、笑顔でアンナを称賛した。
「良かった。一回で成功して本当に良かった……。首は細いから、狙える場所が狭くて実は少し不安だったのよ……」
そう言って動かなくなったジュエルタートルを確認すると、安堵からかアンナはその場にへたり込んでしまった。
「動きが鈍っていたとはいえ、これだけ小さい的に一回で仕留めるなんて、アンナは凄いね。」
「ルーフェスのお陰よ。貴方がちゃんと約束通りにジュエルタートルの隙を作ってくれたからね。私は私の役目を全うしたまでよ。」
お互いがお互いを笑顔で褒め称えながら、ルーフェスはへたり込んでしまっているアンナに手を差し伸べて彼女を立ち上がらせた。
「甲羅に傷一つ付けず完璧に依頼遂行出来たね。僕たち、組んで良かったんじゃないかな。」
「ええ、同意するわ。有難うルーフェス、貴方のおかげで本当に助かったわ。」
「お役に立てて良かったよ。」
そう言ってルーフェスは嬉しそうに自身の肘を突き出してきたので、アンナも笑顔を浮かべて自分の肘を突き出して、お互いの肘をぶつけて喜び合ったのだった。




