命のやりとり、そして心
――鬱蒼とした森の中を、シュタルクと二人で警戒しながら歩く。
本当はこんなに奥まで来るつもりはなかったのだが、誤算があったためにここまで来てしまった。俺はいつでも対応できるように剣を握りしめたままシュタルクに付いて行くのだった。
――時は遡り、シュタルクとギルドを出た後のことだ。フェイの時と同じように臨時パーティーの登録をし、ギルドを後にした俺達はゴブリンの狩猟区域に向かっていた。
だが、普段そこに少なからず居るらしいゴブリンの姿が見当たらないらしい。シュタルクが何やら考え込んでいる。
「……おかしい。ゴブリンはこの付近に生息してるはずなんだが」
「そうなのか? 俺はスライムしかまともに倒したことがないから分からないが」
「スライムは魔物やらの死体の近くに自然発生するが、ゴブリンに関しては二、三匹の集まりで活動範囲内に生息してるんだ。その範囲の何処にいるかは分からんがな。一応ここはゴブリンの生息地として有名なところなんだが……」
「ゴブリンは活動範囲から外れたりはするのか?」
「あぁ。身の安全を脅かす存在が居たり、何らかの自然災害があったりするとそこからいなくなるらしい。あまり詳しくは知らんがな」
「へ、へぇ、そうなのか」
――俺達が今居るところはフェイと共にスライムの狩猟に来たところの近くだ。もし活動範囲がスライムの狩場と被っているとしたら、あの時投げた石のせいで姿を消してしまったのか? ……いやいや、でも流石にそれは――
「そういえばシアと合う前にギルドで何か噂になってたな」
「どんな噂だ?」
「なんでも、昨日の昼過ぎに森のほうで何やらデカイ音が轟いたらしい。その時森に依頼で来てた人が逃げたって話しを――シアどうした、凄い汗かいてるぞ?」
「い、いや。何でもないんだ。それだけ大きな音がしたならゴブリンも居なくなるかもしれないって話か?」
「おう。それだけ大きな音だったらしいが――シア、まさかお前」
「……スライムにむかって全力で石を投げたんだよ。魔法込みで」
「大体予想は付いてるが、結果は?」
「跡形もなく消し飛んだ。その時にかなりデカイ音がしたとは思ったが……」
「……シア、少し自重というものを覚えよう」
――てなことがあって、周囲にゴブリンが居ないから奥の方に行くことになったというわけだ。
全体的に俺が悪いな、うん。俺が悪いとは思うが、シュタルク曰く俺がやったことでゴブリンが活動範囲から移動したのだとしたら、向かうのは俺達が今居る森の奥だ、ということだ。
それから少し歩いていたが、突然シュタルクが立ち止まる。何事かと思いシュタルクの顔を見ると、実に真剣な顔をしていた。――そして漂ってくるこの嫌な臭いは血の臭いだろうか?
「――シア、気を引き締めろ。そろそろ何か出てきそうな気配がする」
「あぁ。何やら血の臭いがするしな」
「なに? 俺には判らないが……シア、その血の臭いがする方に行きたい。多分そこにゴブリンが居ると思う」
「正確な場所はまだ判らないが……血の臭いが濃くなったら伝える」
「分かった。くれぐれも注意を怠るなよ」
――それからすぐの事だ。
シュタルクが立ち止まり、背中のハルバードに手をかけ、反対の手である一点を指差している。
「……あっちに何か居る様だ。シア、臭いは?」
「さっきと比べてかなり濃いな。鼻が曲がりそうだ……」
「鼻が良すぎるのも考えものだな――シア、剣を構えておけ!」
そうシュタルクが言った瞬間、茂みがガサガサと音を立てた。そこから出てくる五つの人の形をした生物。 ただ人間に比べ圧倒的に小さい様だ。色は……青丹色と言うんだったか? ……それに、手に持っている得物には血が滴っている。
「――いたぞ、アイツがゴブリンだ。五匹は珍しいな」
「普通は二、三匹って言ってたか?」
「あぁ、まぁ五匹も居ないわけじゃないがな。経験則上珍しいだけだ。さて、シアはゴブリンを倒したことがないんだよな?」
「あぁ、恥ずかしながらね」
「いや、いいんだ。それだったら――」
――シュタルクが武器を構えたまま一直線にゴブリンの方へ走り出した。ゴブリンが気付いていない間に、一匹を斧部分で叩き斬る。
……それからは圧倒的だった。
直ぐにゴブリンから刃を離し、もう一匹を先の槍部分で突き刺す。突き刺した隙を見たか、ゴブリンがシュタルクに殴りかかってきたが横飛で回避した後にハルバードを振り回し、ゴブリンの体を斜めに切り飛ばした。
斜めに振り回した反動を使い、縦向きにまた振り落とす。ゴブリンの頭が真っ二つに割れ、合計四匹の生命活動が終了したのを確認したシュタルクは、五匹目のゴブリンを斧の腹部分で殴って吹き飛ばしてシアの元へ走っていき――
「――とりあえず四匹は片付けた。やはり少し体が重い気がするな。さてシア、後の一匹はお前の分だ。アイツの攻撃は単純だからしっかり避けろよ」
「分かった」
「それともう一つ、絶対に殺すことを躊躇うな。躊躇えばこっちが死ぬと思え」
……シュタルクと話している間に、ゴブリンが立ち上がってこっちに向かってきた。ゴブリンは逆上し何やら「ギィギィ」と喚いているうえ目が血走っている。完全に此方を殺す気だな。そりゃあ仲間を殺されたんだ、そうなって当然だ。
――覚悟を決め、ゴブリンに真っ向から立ち向かう。剣を真っ直ぐ構えてゴブリンへと走り出し眼前に立つと、ゴブリンが俺に棍棒らしきものを振り下ろしてきた。それをシュタルクと同じように横に飛んで避ける。そして――
――首に向かっての一閃。それだけでゴブリンは息絶えた。
首が落ちた瞬間、綺麗な首の断面からは血が噴き出して俺の服を血の色に染めた。次第にその勢いは収まり、湧き出る血液はゴブリンの周りに血溜まりを作っていく。手に持っている剣には血が滴り、元の白い輝きは消え去っていた。それになぜだか剣がカタカタと鳴って――
――違う、俺の手が震えてるんだ。それに気付くと、ティアーウルフを殺した時と同じ様に体に力が入らなくなる。そして俺を襲うのは……嘔吐感。思わず口に手で抑える。……何とか出すことだけは堪えた。
「――うっ…ゲホッ」
「シア」
気が付くとシュタルクが俺の肩に手を置いていた。少し落ち着いてきたが、まだうまく思考が纏まらない。そんな中シュタルクはとても真面目な顔で――
「――何故お前がそんな状態になっているか自分で分かるか?」
「いや……わから、ない」
「多分、シアは今無意識のうちに罪悪感を覚えている。恐らくはそのせいだ」
「罪悪感……か?」
「そうだ。今回みたいな事は駆け出しの人間によく起こる。それまで命を奪う行為をしたことがない人間にとっての通過儀礼みたいなものだ。特にゴブリンは人型だから余計にな」
「……そう、か」
「ただ、その気持ちは忘れちゃ駄目だ。それを忘れて殺戮に快楽を覚えるようになったら……化け物になっちまう。それをゆめゆめ忘れるな」
――それから暫く座っていると震えも収まり、思考も明瞭になった。魔法で水を出して口を濯ぎ、ついでに顔を洗って立ち上がる。
「――もう大丈夫か?」
「あぁ、世話になったがもう大丈夫だ」
「そうか! 最後に一つだけ――お前は誇りに思って良いんだ。もしかすると今日出会ったあのゴブリンに襲われて命を落とす人間がいたかもしれない。だがシアはそれを未然に防いだ! そう思えばもっと気が楽になるぞ」
「その通りだな。うん、本当にありがとう」
「気にすんなって。それより今からどうする?帰るんならそれで良いんだが」
「いや、進もう。ゴブリンの被害を未然に防ぐためにも……な」
「ははっ、随分と吹っ切れたようで何よりだ。じゃあ進もうぜ!」
そう言いながらも、ゴブリンを解体する作業に入る。どうやらゴブリンの体内にある玉のようなものが討伐の証拠になるらしい。俺はゴブリンに軽く手を合わせ、解体を終えた。
ちなみに、ゴブリンを探していた時の鼻の曲がりそうな臭いの原因は狼らしきものだった。なぜ"らしき"なのかというとゴブリンに滅茶苦茶にされていたからだ。それにゴブリンの体臭自体がものすごく臭い。
――次からは殺すのも大丈夫なはずだ、もう吹っ切れた。そう自己暗示しながら森のなかを歩んでいくその足取りは、狼の時と比べてしっかりとしている。
今日の事は忘れないようにしよう、これからもずっと。
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