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NINE GRID ―ナイン・グリッド―  作者: asnt2026


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第9話 一度だけの勝ち方

「倒すなんて言ってない」


榊原は何度目か分からない説明をした。


航平は不満そうだった。


「じゃあ何すんだよ」


「確認する」


「確認して撃たれたら?」


「逃げる」


「それ昨日までと一緒じゃん」


大庭が笑った。


「命があるうちは、それで上等だろ」


計画というには頼りなかった。


ロボットの右旋回が遅い。


その仮説を確かめる。


それだけ。


それでも昨日までとは違った。


逃げるだけではない。


自分たちの側から、相手を見る。


それだけで恐怖の輪郭が少し変わる。


対象になる。


理解できるものになる。


理解できれば。


もしかしたら。


そんな希望が生まれる。


希望は、ときどき判断を雑にする。


蒼真はそれが少し怖かった。


大庭と朱里が周辺を調べた。


小屋から少し離れた場所。


土が柔らかく、左右を低い斜面に挟まれた細道がある。


一方へ進んだロボットが方向転換するには、狭い。


「ここ」


大庭が言った。


「右へ曲がるのが本当に遅いなら、引っかけられるかもしれん」


「引っかける?」


航平。


大庭は林から拾った太い枝と、小屋にあったロープを示した。


それから錆びた鉄棒。


「キャタピラーに直接突っ込むのは無理だ」


「じゃあ」


「こっちから入れなきゃいい」


大庭と朱里は簡単な仕掛けを作った。


細道の片側。


土を少し崩し。


その上へ枝と草を重ねる。


ロボットが右へ切り返せば、片側のキャタピラーが沈む。


完全に止められる保証はない。


「罠っていうほどでもないな」


大庭。


「穴です」


朱里が訂正した。


「夢がないなあ」


そのやりとりに、莉子がほんの少し笑った。


彼女が笑ったのを蒼真は初めて見た気がした。


問題は、


誰がロボットをここまで誘導するか。


「俺がやる」


榊原がすぐ言った。


予想通りだった。


「一人は駄目だ」


蒼真。


「足手まといはいらん」


「右へ曲がるよう誘導するなら、別方向から人が必要だ」


蒼真は地面を指差した。


配送の仕事で覚えたというほど大層なものではない。


ただ。


道を見る。


角度を見る。


入ってきたものがどちらへ抜けるかを考える。


それなら、昔からやってきた。


「俺がこっちへ走る」


蒼真が言う。


「榊原さんが反対」


「危険だ」


「一人でも同じ」


榊原は黙った。


結局。


二人でやることになった。


澪が反対した。


かなり強く。


「わざわざ近づく必要ないです」


「確かめないとずっと逃げることになる」


蒼真。


「逃げればいいじゃないですか」


澪の言葉に。


全員が少し驚いた。


彼女自身もそうだったらしい。


「……今は」


言い直す。


「今は、生き残る方が大事です」


「分かってる」


「分かってないです」


澪が珍しく強い声を出した。


「死んだら、弱点が分かっても意味ないでしょう」


蒼真は返せなかった。


正しい。


でも。


何もしないことが安全なのかも分からない。


「やめろと言われてもやる」


榊原が言った。


澪を見る。


「俺一人ならな」


「だから二人で」


蒼真。


「柏木さんまで」


澪がこちらを見る。


その目が。


少しだけ。


怖がっているように見えた。


蒼真は、


「大丈夫」


と言いかけてやめた。


大丈夫な根拠なんてない。


代わりに。


「危なかったらすぐ逃げる」


と言った。


それも約束にはならなかった。


昼過ぎ。


巡回音が聞こえた。


ガガガガガ――。


一台。


いつも同じ方向から来る。


蒼真と榊原が配置につく。


他の者は少し離れた林。


莉子が耳を澄ませている。


「まだ遠い」


小声。


しばらくして。


「近い」


その差を、蒼真には聞き分けられなかった。


やがて。


機体が見える。


キャタピラー。


砲塔。


左右の武装。


昨日まで、姿を見るだけで逃げていた。


今日は待っている。


体が。


逃げろと言っていた。


理屈より早く。


心臓がそれを知っていた。


「来る」


榊原。


蒼真は走り出した。


ロボットの上半身が回る。


こちらを見る。


銃口。


一発。


地面が弾ける。


蒼真は方向を変える。


二発目。


今度は近い。


怖い。


当たり前だった。


訓練なんてしていない。


何を格好つけているんだと、自分でも思う。


死んだら。


本当に馬鹿だ。


細道へ入る。


ロボットが追う。


ガガガガガ。


近い。


榊原が反対側から姿を見せる。


「こっちだ!」


ロボットが迷う。


一瞬。


それから榊原を追うために。


右へ旋回する。


黒瀬の言った通り。


遅い。


左側のキャタピラーが先に回る。


右側が一拍遅れる。


その瞬間。


重心がずれた。


隠していた地面へ片側が沈む。


ガンッ。


巨大な機体が傾いた。


「今だ!」


大庭が叫ぶ。


航平がロープを引く。


隠していた太い木材が斜面から転がる。


完全な武器ではない。


ただの丸太。


機体の側面へぶつかった。


大きな音。


ロボットがさらに傾く。


右側のキャタピラーが空転。


土を掻く。


動けない。


「やった!」


航平の声。


「まだだ!」


榊原。


砲塔は生きている。


上半身がこちらを向く。


全員が散る。


銃声。


しかし、傾いた機体では照準が安定しない。


弾が大きく外れる。


大庭が叫んだ。


「もう行け! 止めただけでいい!」


全員が逃げる。


蒼真も林へ入った。


心臓が痛い。


肺が焼ける。


でも。


誰かが笑っていた。


航平だった。


「できた!」


走りながら。


「マジで止まった!」


その声につられて。


莉子まで笑った。


怖さと興奮が混ざった、変な笑い。


蒼真も少しだけ口元が緩んだ。


初めて。


初めて機械に何かを返した。


倒したわけではない。


逃げただけ。


それでも。


追われるだけの側ではなくなった。


林の奥まで逃げる。


息を整える。


大庭が、


「まだ喜ぶのは早い」


と言った。


なのに本人も笑っていた。


澪だけが。


少し離れた場所から。


蒼真を見ていた。


「怪我は?」


「ない」


「本当に?」


「本当に」


澪はそれでも腕や肩を確認する。


蒼真は黙ってされるがままになった。


「言っただろ」


「何を」


「危なくなったら逃げるって」


「十分危なかったです」


その通りだった。


澪は小さく息を吐く。


怒っているようにも。


安心しているようにも見えた。


夕方。


誰も口にはしなかったが。


空気が少し変わっていた。


ロボットは無敵ではない。


それだけで。


人間は。


驚くほど簡単に希望を持てた。

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