第1章:朽ちゆく肉の対価
ズズズ……、ズズズ……。
酒場にいる全員が、床を這いつくばる私を上から見下ろしていた。
「腐った魚の臭い、よどんだ尿、男たちの饐えた汗の臭い……」
酒場『折れた錨亭』の床は、常に脂と反吐の膜に覆われてぬるついていた。両手の爪をその泥に食い込ませ、私はどうにか身体を前に進める。
べちゃり。
下半身があるべき場所に、重苦しい虚無感を唐突に感じた。
いや、虚無ではない。私の足は、太腿の付け根から先がもう存在しないのだ。
一年前、夜襲を仕掛けてきたオークどもに両足をズタズタにされた。従軍軍医は錆びた鋸で骨を断ち切り、止血のために、燃え盛る鉄板を生き肉に直接押し当てた。その拷問のような処置のせいで、私の断端は怪物の縮んだ皮膚そっくりの、歪に盛り上がったケロイドの塊と化していた。
破れた粗末なリネンのチュニックが床を擦るたびに、黄色い膿と黒い血の混じった液がにじみ出て、木目を汚していく。
私はまだ、たったの十九歳だ。
それなのに、私の両膝は、国境の泥の中に永遠に埋もれてしまった。
「さっさと動け、この不具のゴミが!」
強欲な酒場主のヤレクが怒鳴り散らした。
バシャッ!
激しい衝撃が私の頭を襲った。投げつけられた湿った雑巾は、腐った豚の脂がたっぷりと染み込んでおり、私の顔を完全に覆い隠した。
「三番テーブルの旦那は、お前みたいな芋虫が這い回るのを待つために銀貨を2枚払ったんじゃねえんだよ! さっさとベンチに上がれ! さもなきゃ、お前のガキの弟妹どもは今夜も空気を食って寝ることになるぞ!」
「……あ……」
私は顔から雑巾を剥ぎ取り、奥歯を噛み締めた。
壊血病で腫れ上がった歯茎から、ねっとりとした鉄の味が口いっぱいに広がる。
言い返す言葉などなかった。脳裏に浮かぶのは、八歳のブランと、まだ四歳の小さなセラの顔だけだった。昨日、あの二人が空腹を紛らわせるために、古い靴の革切れを分け合って噛み締めているのを見た。アルコール中毒の父親は、小屋の隅で自らの排泄物にまみれて転がっている。
私がこの朽ちゆく肉を売らなければ、弟妹たちは飢え死にする。さもなきゃ、父親に殴り殺される。
「……っ、う!」
腕の筋肉が張り裂けんばかりに力を込め、私はスツールの脚にしがみついた。
ずるり。
引きずるような胴体の重みを這わせ、私はどうにか三番テーブルのベンチの上に身体を引っ張り上げた。
「ガハハ……。おいおい、ヤレクのところの『半分の戦利品』じゃねえか」
目の前では、すでにズボンの前を開けた男が待ち構えていた。
『鉄の衛兵』の傭兵だった。他人の乾いた脳漿が飛び散った革の鎧を纏い、その顔は天然痘の痕でひび割れていた。男が口を開くたびに、腐った内臓のような耐えがたい息が私の鼻を突く。
「足がなくて逃げられない牝犬を犯すのが、どんな気分かずっと試してみたかったんだよ」
「あぐ……っ!?」
男の太い指が私の赤銅色の髪を掴み、首の骨をへし折るような暴力的な力で後ろに引っ張った。頸椎がミシミシと悲鳴を上げる。
この世界に、慈悲など存在しない。
ビリッ!
容赦なく粗末な服が引き裂かれ、入浴も満足にできないせいで垢じみた、青白い皮膚が剥き出しになった。男は黒い泥の詰まった爪を私の胸に食い込ませ、肉を毟り取らんばかりに貪りながら、毛深い身体をのしかけてきた。
そして、ただの一滴の潤滑もないまま、一気に私を貫いた。
「う,あ……っ! ああああああああああっ!!」
肉と肉が激しく衝突する鈍い音が響いた。私の秘部が完全に裂け、生肉を引き剥がすような、ねっとりとした不快な音が響き渡る。
だが、本当の地獄はそこから始まった。
男の巨大な体重が、私の両足の断端にまみれたケロイドの傷口を、真上から踏み潰したのだ。圧力によって、一度は塞がりかけた火傷の組織が爆ぜるように裂け、熱い鮮血がベンチの木目に溢れ出す。脳を直接焼かれるような激痛が脊髄を駆け上がり、視界が真っ白に染まった。
(気絶してはダメだ……。気絶したら、銀貨が、貰えない……! 気絶するな!)
私は木製のテーブルを、歯が折れるほど噛み締めた。
口の中に古い木の破片と、前の客が残した乾いた脂の味が広がる。
男は獣のようにハァハァと息を荒げ、私の耳元で腐肉のような体液を撒き散らしながら、腰を振り続けた。一突きごとに、私の頭がテーブルに叩きつけられる。男の脂汗が私の背中の傷口に滴り、塩分が肉を焦がすように燃える。
「ハァ、ハァ……! 死体みてえに冷てえ肉だが……奥は最高に締まりやがる……っ!」
どれほどの時間が経っただろうか、私にはわからなかった。
男はブタのような短い悲鳴を上げて引き抜くと、私の太腿のあった場所に、血と膿と白濁した体液の混ざった泥をぶちまけた。
男は何の嫌悪感も示さず、私の破れた服の残骸で自らの血塗られた指を拭うと、私の剥き出しの背中に銀貨を放り投げた。
チリン、チリン。
2枚の銀貨が、背中の血の粘り気にペトリと張り付く。
「おいヤレク! 酒のお代わりだ! この出来損ないの肉人形、死体みてえに臭えが、穴としちゃ悪くねえ!」
傭兵は大笑いしながら私をベンチから蹴り落とした。
どさりと床に落ち、私はしばらく動けなかった。失血と激痛でショック状態になりかけ、指先が氷のように冷たい。
それでも、私は震える手で背中の銀貨を剥ぎ取り、首の革袋に押し込んだ。
体液で汚れ、血に染まった銀貨。
けれど、これが私と家族の命の値段だ。
「はぁ、はぁ……っ……」
明日もまた、私は泥の中を這う。
だけど今夜だけは、あの子たちに温かいパンを食べさせてあげられる。




