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5/20 お嬢様は戦うもの

「私に話があるそうね。いったい何のお話をしてくれるのかしら? 我が愛しの息子、シーザリオ・アドリア」


 城主の間に引き出されたオリヴィアは、反乱の首謀者であるマライアと向かい合った。

 マライア・アドリアは、オリヴィアの継母ではあるが、二人の年の差はたったの5つだ。けれどもマライアには21歳とは思えないほどの貫禄がある。

 その気性の激しさを示すかのように、艶やかな赤髪を大きく盛って、ぎらつくようなドレスを身に着けている。反乱のさなかにいる悪の首魁というより、舞踏会に行く貴婦人のようだ。


「わ……僕がラグーサ王国に送られるっていう件について、言いたいことがあるのさ」


 シーザリオの口調はよく知っているはずなのに、いざ自分で真似をするとなると自信がない。それでもマライアには、気づいた様子もない。


「ラグーサ行きの件がどうしたのかしら? 嫌だと言っても、力尽くにでも送り出すわよ。お前の細腕では、抵抗らしい抵抗も出来ないでしょうけど」

「抵抗するつもりはないよ。むしろ積極的に協力をしようって話しさ」

「協力? いったいどういう腹積もりかしら? よからぬ企みをする人間、私は嫌いよ?」


 あんたに言われたくないわ。


「イリア半島のためだよ。アドリア家とオルシーニ家を守るために、不本意だけれど僕はマライアに協力をしようと思っている」

「……掛けなさい。詳しく聞きたいわ」


 勧められて、召使が使う粗末な椅子に腰を下ろした。膝を揃えたりず、男っぽく足を広げて座ってみると、なんだかとってもはしたないことをしているような気がして、顔から火が出るほどに恥ずかしい。そんな気持ちを抑え込み、頑張ってシーザリオっぽい表情を作った。


「アドリア家とオルシーニ家の抗争でイリア半島が混乱しているとなったら、戦好きのラグーサ王国は絶対に出兵してくる。それを抑えるためには、人質を送って停戦協定を結んでおかなくちゃならない。そうしなければ、アドリア家もオルシーニ家も、全部飲み込まれる」


 さっきのシーザリオの言葉を、そのまま口にする。これならシーザリオに見えるはずだ。


「そうね。だから私は、泣く泣く愛する息子を北の地へ送るのよ」


 よく言うよ。きっとストラトフォードより舌の数が二、三枚多いに違いないわ。


「うん。僕もそれには賛成だ。むしろこの地を守るためには、無事にラグーサ王国に到着して、長くあの地で過ごすことで、友好の懸け橋になりたいと考えている」

「ふうん。言葉のとおりだとすれば、ありがたい話だわ。あなたが生きてラグーサに人質としている限り、こちらは安泰ですもの。それにラグーサの方でも、それを望むかもしれないわね」

「ラグーサ王国も?」


 そういえば、アドリア家やマライアの立場での計算ばかりだったが、ラグーサ王国側がどう考えるかをあんまり検討していなかった。


「私も詳しくは知らないんだけど、以前からラグーサとそういうやり取りをしていたらしいのよ。オリヴィアをラグーサの狂王子の下に迎えたい、そうしたら10年はいくさをしないとかなんとか、手紙にはそんなふうに書いてあった気がするわね」

「へっ?」


 思わぬ情報に、素っ頓狂な声が出てしまった。


「でもオリヴィアには逃げられてしまったから、シーザリオ、あなたを北に送ることにしたの。ラグーサは念願の人質を手に入れられるし、私は嫡男を追放できるしラグーサとの戦争も回避できる。お互いにとって、とてもお得な方法なのよ」

「そ、それでラグーサ王国は納得してるの?」

「納得も何も、ラグーサは人質が欲しいだけでしょうから、送られてきたのが男だろうと女だろうと構わないんじゃないかしら?」


 この継母は、オリヴィアを求めるラグーサ王国に対して、無断でシーザリオを送り付けるつもりらしい。誰に対しても自分の都合を押し付けることしかしない。とんでもない化け物だ。


「どっちにしろ、あなたが長くラグーサに滞在する決心をしてくれたのなら嬉しいわ。立派な孝行息子ね。それで、何が望みなの?」

「三つあります」

「三つも!? なんて強欲なのかしら」


 あんたに言われたくないわ。


「まず一つ目は、父さんの安全を約束してほしい」

「ヴィルジオについては、まあ良いでしょう。もうイリアの町から追い出したし。対外的には病気で療養に出たということにしているの。さすがに彼の命を奪ってしまったら、反発が大きすぎるでしょうしね。アデン島で静かな余生を過ごしてもらうつもりよ」


 よかった。これは聞いていたとおりだ。


「二つ目はオリヴィアだ。彼女を絶対に傷つけないで欲しい」

「分かったわ。絶対に傷つけない。指一本触れないわ」


 マライアが即答する。考えた様子もない。信用できない。


「ちゃんと約束してもらいたいんだ。とっても大事なことだから」

「……構わないわよ。オリヴィアなんて怖くないもの。所詮は女。出来ることなんて、たかが知れているわ」


 むかむかと怒りが湧いてくる。そっちだって女じゃないの。それに、女だからって何もできないだなんて、とんだ決めつけだわ。男だろうと女だろうと、不安を恐れずに飛び込めば、大抵は何とかなるんだからね。


「まだ見つからないってことは、誰かが匿っているんでしょうけど……オリヴィアのことは、悪さをしない限り放っておいてあげる。それで、三つめは?」


 マライアは、投げ捨てるように言った。今はその言葉を信じるしかない。

 本当のシーザリオは、アポンやエイボン、スラトフォードの協力で港町ド・ボイスへ脱出する手はずになっている。逃走中はオリヴィアとして振る舞ってくれれば、万が一見つかったとしても、何とかなるかもしれない。


「三つめは、ラグーサ王国へ行く準備について。贅沢をしたいなんて言わないけれど、しっかりとした準備をさせてほしい。少なくとも、着の身着のままで放り出されるのは、御免だ」

「それもそうね。野生児のオリヴィアと違って、貧弱なシーザリオでは、あのラグーサの地では生きていけないかもしれないものね。少しだけ融通を聞かせてあげるから、まあ、せいぜい頑張りなさいな。あなたが生きている限りは、追加の人質を用意する手間が省けるから」


 今度は拍子抜けしたように快諾する。

 ふんだ。見てなさいよ。私はシーザリオと違って、剣の鍛錬だってしているのよ。そこらの騎士にも負けないくらいには自信があるんだから。ラグーサ王国がどんなところだろうと、生き抜いて見せるんだから!


 それからは忙しかった。

 たった数日で準備をしなくてはいけないのだ。特に男装には苦労した。「男の人って、こんなことしてるの?」とか「男の人って、こういう時どうしてるの?」と何度訊いたか分からない。尋ねられたオシノも「よくわかりませんが、きっとこうじゃないですかっ?」と一緒に一生懸命考えてくれた。


 忙しく過ごす合間を縫って、アポンとも会った。城に出入りする織物商でマライアの信も厚い。買い付けをしたいと理由をつければ、呼び出すのも難しいことではない。監視されながらの会話の隙間に「シーザリオ様は、無事に港町ド・ボイスへ脱出なさいました」と耳打ちしてくれた。それだけで胸の中の不安がほとんど吹き飛んだ。あとは自分の心配さえすればいいのだから。


 そうして三日後にはラグーサ王国行きの馬車に揺られていた。オリヴィアが逃げ出さないように見張りの兵が付いているが、彼らは護送が終われば帰国する。

 連れて行くのはオシノ一人だ。私の正体がオリヴィアだと知るのはオシノとアポンたちだけだ。他の人を連れて行くわけにはいかない。


 それに大勢を連れて行けば、マライアに警戒されてしまうかもしれない。

 ラグーサ王国との境界である大城壁を抜けた時は、さすがに心細かった。

 荒涼とした地に、石造りの長大な壁が聳え立っている。今まではこの見上げるような城壁が、私たちを守ってくれていた。でも、これから恐怖の根源であるラグーサ王国に送り込まれるのだ。


「生きて帰れるかしら……」

「弱気はだめですよぅ、お嬢様っ!」

「そうね。ようし、ラグーサ国王にも貴族の皆にも認められて楽しく素敵な生活を送ってみせるわ」


 新天地で生きていく決心をしたオリヴィアを乗せて、馬車は豪邸が建ち並ぶラグーサ王国の王都へと吸い込まれていった。

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