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オリヴィア嬢は勇敢に散りました  作者: 安達ちなお


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7/21

6/20 王様は怖いもの

 ラグーサ王国の王宮は絢爛豪華だった。

 野蛮で獰猛なラグーサ王国だから武骨な城砦かと思い込んでいたオリヴィアは、驚いて開いた口がふさがらなかった。


 まず目に飛び込んできたのは、大きな正門だ。虎や鷲、薔薇などを象った絢爛豪華な金属細工の装飾がオリヴィアの目を奪った。続く前庭では、刈り上げられた芝生が緑の絨毯のように広がり、よく手入れされた庭木を背景に美しい花々が咲き誇っていた。王宮を見れば、整然と並んだ石柱とアーチが美しい秩序を生み出している。


「オリ……シーザリオ様ぁ、オシノはたまげてしまいましたよぅ。考えていたより何倍も壮大で、どこもかしこも、ほんげーでございますっ」

「そうだね、本当にすごい。僕もびっくりしたよ」


 オシノが代わりに驚いてくれたおかげで、落ち着いた気持ちでシーザリオを装っていられた。一人だったら、オリヴィアがほんげーしていたはずだ。


 王宮に着いた二人が通されたのは、王の私室と執務室の間のような部屋だった。格式ばった絵画や応接の椅子と机などが置かれているが、それほど広くはない。絨毯が隙間なく敷かれ、天井にまで幾何学模様の荘厳な飾りがされている。


 よく見れば、壁にかかる絵画は歴代のラグーサ王たちだ。8年前にイリア領に侵攻した先王の絵もあった。恐怖公と呼ばれただけあって、厳めしい顔をしている。そしてその隣には、狂王子こと、現国王のバートラム・ラグーサの肖像画がある。


 すでに王位を得ているのだが、父王から力ずくで簒奪したから他国は彼の戴冠を認めていないらしい。だからの別名で呼ばれている。

 圧倒的な存在感のある黒髪と鋭い目つきは、絵だけでも他人を威圧できるくらいに迫力がある。


 ――怖い。


 それがオリヴィアの本音だ。でもシーザリオや父のためにも逃げるなんてできない。


 ――怖くても、不安でも、一歩踏み出すんだ。


 代数の授業に臨むくらいの気合で決意を固めていると、王の到着が告げられ扉が開かれた。その人を目にした瞬間、衝撃で心臓が飛び跳ねた。

 漆黒の髪に峻烈な眼光、自信に満ちた笑み、威風堂々とした足取り。その存在感は、肖像画なんて比べ物にならないくらいに大きい。


 彼の目力が強すぎて、どこを見ているのかが分かってしまう。

 最初に見たのは、私の顔だ。そして右頬の傷に移ると、少し驚いたように視線が揺れる。それから私の全身を一瞥すると、笑顔が消えて怪訝そうな表情になった。そして、それは私が挨拶の口上を述べると決定的になった。


「シーザリオ・アドリアと申します。バートラム陛下におかれましては、御機嫌麗しゅう――」

「オリヴィアではないのか?」


 そう問いかけるバートラムの顔には、明らかな戸惑いが浮かんでいる。

 目眩がしてきた。あの継母は、この期に及んで「シーザリオを送る」と伝えていなかったのか。マライアの頭にはローズマリーの香水でも詰まっているんじゃないかしら。


「えっと……姉は……オリヴィアは……」


 必死に考えを巡らせた。好戦的なラグーサ王国を刺激しないためには、アドリア家とオルシーニ家の争いを知られるわけにはいかない。変なことを言ってラグーサ王国から追い出されるわけにもいかない。


「オリヴィアは、病気で療養している父に付き添って、イリア半島を離れています。ラグーサ王国とアドリア家の友好を示すため、継母からの言いつけでオリヴィアの双子の弟であるこの僕、シーザリオ・アドリアが参った次第にございます」


 説明を黙って聞いていたバートラムは、不機嫌そうに唸った。


「俺は何も聞いていない」


 側に立つ臣下らしい男達を睨むが、皆が慌てて首を振る。それはそうだ。こっちが勝手に別人を送り込んだのだから、知っているはずがない。


「事前の連絡が行き届かず、申し訳ございません。ですが、このシーザリオはアドリア家の嫡男にございます。人質としては十分ではないでしょうか。もちろん――」


 話すにつれてバートラムの表情が険しくなるので、一生懸命に舌を動かした。こんなにしゃべったのは、5歳のころに無断で画家や文筆家を雇い入れて作品作りをさせていたことを父にとがめられた時以来かもしれない。だって彼の描く絵は素晴らしかったし、彼女が書く恋愛話はとっても面白かったんだもの。


 その素晴らしさを交えて必死に弁明したら、なぜか彼女らに家まで与えることになったし、今では二人とも売れっ子になっている。オリヴィアとしては先見の明を誇りたいところだ。


「――もちろん漫然と人質生活を送るつもりはありません。ラグーサの皆様と友好を深めつつ、陛下の御為に力を尽くす所存にございます。ぜひとも、ラグーサ王国の滞在をお認めいただければと……」

「もういい!」


 断ち切るようなバートラムの言葉に、思わずびくりとする。


「話は分かった。つまりオリヴィアは来ないんだな? シーザリオ、お前が人質としてきたんだな?」

「は、はい」


 バートラムが深く深くため息を吐いた。まるで体の中身が全部出てしまうかのような爆裂ため息だ。

 けれど顔を上げた時には、威厳のある王の表情に戻っていた。


「安心しろ、お前を追い返すような真似はしない。だが話が違うのは、面白くないな」

「事前にお知らせできなかったことについては、謝罪することしかできません。本当に申し訳ございません。このうえは……」

「……わかった、それはもういい」


 オリヴィアの弁明を押しとどめるように掌を向ける。納得したわけではないようだが、とりあえず押し切ることに成功したようだ。眉間にしわを寄せたバートラムは「最後の確認だが……」と口を開いた。


「話を聞いていると、嫡男であるお前が、他家から来た義母に家を追い出されたようにも感じられる。貴族の嫡男が他国で虜囚になるというのは、甘いことではない。俺が陰謀を巡らせば、お前の身も安全とは言えないのだぞ。そうでなくとも、ラグーサの貴族たちに受け入れられず、欝々とした日々を過ごすことになるかもしれない。それでも良いのか?」

「何のためらいもありません」

「……そうか」


 オリヴィアの即答に、バートラムは僅かにほほ笑んだようにも見えた。


「意思疎通に齟齬があったことは水に流そう。ラグーサ国王バートラム・ラグーサの名において、シーザリオ・オリビアを歓迎する」

「あ、ありがとうございます!」


 ラグーサに受け入れてもらえなかったとしても、私に帰る場所はない。嘘でも社交辞令でも、バートラムの言葉は本当に嬉しかった。

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