18/20 勇気とは、誰かを打ち倒すことを躊躇わぬもの
「本っ当に、腹が立つ!」
マライアがグラスを叩きつけると、足元にガラス片と赤い葡萄酒が飛び散り、グラスの割れる音が空しく響いた。城主の間には他に誰もいない。イリアの町の中央に建つ城で、マライアは一人で怒りに震えていた。
既にイリアの町は包囲されている。
逃げたと思っていたオリヴィアが実はシーザリオで、港町ド・ボイスで反乱軍を組織していた。ラグーサ王国に送ったはずのシーザリオが実はオリヴィアで、バートラム王を味方に付けて軍勢と共に返ってきた。あげく、いつの間にかアデン島を脱出していたヴィルジオが、どこからともなく大軍を取り出してイリアの町以外を解放してしまったのだ。
ほんの先日までは全く上手くいっていたのに、何でこんなことになるのか。
その怒りは、自然とアドリア家の面々に向かう。
「臆病者のオリヴィア。弱虫のシーザリオ。根性なしのヴィルジオ。どいつもこいつも、気に入らない!」
オリヴィアなんて、戦うこともせずに逃げ出して、挙句の果てに入れ替わったとはいえ、大人しくラグーサ王国に送られたような臆病者じゃない。いつも勉強から逃げ出し、城から抜け出し、遊び歩いてる出来損ないのくせに。
色々行動しているように見えて、結局何にもせずに流されていただけの人間が、たまたま運が良かったというだけで逆転する。
「そんなの、許せない!」
シーザリオなんて、自分では何もできない弱虫じゃない。黙って静かにそこにいるだけ。自分から行動することもないから、逃げることも戦うこともしない。我慢して抵抗するのがせいぜいの、軟弱者よ。貝みたいに黙っていたら周りが何とかしてくれるのを待っている、みっともない子ども。
「まるで赤ん坊じゃないの!」
ヴィルジオが一番許せない。ラグーサ王国が怖いからって、馬鹿みたいにお金をかけて大城壁なんて作って引きこもった根性なし。商人に言われるままに港や街道を整備して、兵を蓄えるでもないし、私との婚姻すら断れない優柔不断。
「みんな、ただの臆病者じゃない!」
対するマライアはどうか。
8年前の争乱で、オルシーニ家の領地は散々に荒らされた。町は焼けたし兵も失った。畑も荒れて、船は壊された。立ち直るためには、塗炭の苦しみを余儀なくされた。オルシーニ家の長女であったマライアも、例外ではない。
必要とあれば欺きもしたし、奪いもした。戦い抜いて生きてきたのだ。誰よりも勇気を胸に進み続けてきたのだ。
「生っちょろい弱虫に、臆病者に、根性なしごときに、何で私が負けなくちゃいけないのよ!」
今度は、葡萄酒の瓶を叩きつけた。瓶が砕けて赤い水たまりが出来る。
――全部壊してやろうかしら。
動かせるだけの兵を動員して籠城しているので、すぐにどうということはない。町の住民たちも、多くがマライアに寝返っている。商人の町だけあって、騎士道だの忠誠心だのと言ったくだらない感傷は不要だった。利を説けば、それだけで味方は増えた。まだ戦えるはずだ。
粘りに粘って、あいつらを苦しめてやる。最後にはイリアの町に火をつけて、全て壊してやる。全部全部、壊れてしまえばいいんだ。
「私は、全てを失うつもりでここまで戦ってきたのよ! あんな臆病者たちとは違う!」
城の窓からも見える、包囲の軍勢を見て叫んだ。ただの内心の吐露だったが、答えがあった。
「臆病者とはずいぶんじゃないの」
そこには男装を解いたオリヴィアがいた。バートラムとオシノも付き従っている。
「何であんたがここに……」
「日頃の行いが良いと、こういう時に役に立つものなのね。私の抜け道は108個あるのよ」
城主の間の奥にある暖炉の奥で、隠し扉が口を開けていた。
「じゃじゃ馬娘めっ! 衛兵! 侵入者よ!」
マライアが叫ぶと、オルシーニ家の紋章を着けた衛兵が扉を破らんばかりの勢いでなだれ込んできた。が、入口で足が止まる。
「オシノにお任せくださいっ」
レイピアを眼前に構えたオシノが立ちはだかったのだ。一瞬足を止めた衛兵たちだが、オシノ一人と見るとひるむことなく殺到した。
ひゅん、ヒョウッ!
鋭い風切音と共に、衛兵たちが次々と倒れていく。
「オシノも怒っておりますので、少しのお怪我くらいは我慢していただきますよっ」
そう言ってオシノは、亜麻色の髪を翻して衛兵たちの中に飛び込んだ。
「城内にオルシーニ家の兵が百人はいるのよ。一人でどうにかなるわけないでしょ、がきんちょ!」
「百人くらいなら、まあなんとか……でございますっ」
マライアの罵倒に応えながら右に左に剣を振り、衛兵を倒していく。不殺を貫く余裕すらある。亜麻色の旋風が衛兵たちを翻弄する様子を見て、オリヴィアはマライアに向き直った。
「あっちはオシノに任せて大丈夫そうね。さあマライア、あなたの罪を数える時が来たわ!」




