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オリヴィア嬢は勇敢に散りました  作者: 安達ちなお


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18/21

17/20 勇気とは、泰然として諦めぬもの

「良い景色だ。懐かしさすら感じる。今となってはどうでもいいことだが」


 ヴィルジオ・アドリアは、髭をいじりながら海を見て呟いた。

 マライアの反乱が発生した直後にヴィルジオは、白旗を上げて降参した。子どもであるオリヴィアとシーザリオの二人を人質に取ったと告げられたからだ。真偽は分からなかったが、素直に従った。万が一にも害されることの方が怖い。


 オリヴィアなどはどうせ城を抜け出して遊びに行っていただろうから捕まっていない可能性もあったけれど、子供の命を博打に使うわけにもいかない。


「まいった、素直に従うよ」


 さっさと降参した。すると、イリア半島から海を隔てたアデン島にさっさと移送された。かつて海上交易で栄えたが、木材資源が枯渇し土地も衰えたために放棄された孤島だ。

 古い城砦に少し手を加えただけの牢獄に放り込まれたヴィルジオは、それからしばらく無為の日々を過ごした。オルシーニ家の兵に監視され、外出などは当然できない。


「酒は出ないのかい? ちょっと酒場まで行ってもいい?」

「馬鹿なことを言うな!」


 そんなやり取りを毎日重ねていた。

 窓から景色を眺めれば、海とイリア半島が見えた。きっとイリアの町は混乱しているだろうなあなどと考えることもあった。


 けれど今はもう、そんなことはどうでもよかった。監禁されて悩み心配する時は、既に過去のことなのだ。なぜならば、既に自分を監禁する兵たちを倒し、船を手に入れて脱出しているからだ。

 ヴィルジオは、イリア半島に帰ってきたのだ。海の向こうにはアデン島が見える。監禁の日々への懐かしさはあるが、今となってはどうでもいい。


「さて、兵を集めないとな。政権奪還だ」


 まずは近くにある海辺の漁村に向かった。もとは寒村だったが、ヴィルジオが海産物の加工施設を建て、乾物などを内陸へ輸出するようになり、今では中規模の港を新設しようという動きまである町だ。

 当然、村長の顔は知っている。


「ヴィルジオ様、ご無事で!」


 村長宅を訪れると、下にも置かない待遇だった。


「ヴィルジオ様を救出する準備を進めていたのですが……」

「心配してくれていたのかい。ありがとう」

「はい。まさか先に脱出されていらっしゃるとは……勇者という言葉はヴィルジオ様にこそふさわしいでしょう」

「勇者ねえ。ただ諦めの悪いのんびり屋ってだけだと思うけどなあ。それで、すこし人数を借りたいんだが、良いかな」

「ええ、構いません」


 そんなやり取りで10人ほどの若者を配下に迎え、近くの代官の屋敷を襲った。オルシーニ家の兵の数は多くないとはいえ、あっさりと追放したのはヴィルジオの采配が的確であり剣技が鮮やかであったからだ。町を奪還すると大手を振って募兵できる。手勢を50まで増やして次の町に向かった。そして新たに町を解放して兵を増やす。


 そんな手順を繰り返して10の集落を解放した時には、一大勢力になっていた。そのころには、港町ド・ボイスとイリアの町がそれぞれ兵を集めてにらみ合いが始まっていた。事態は風雲急を告げている。


「少し急ぐか」


 ヴィルジオはのんびりと言うと、そこから2日で7つの城砦をさらりと落として港町ド・ボイスへと向かった。もはや手勢は大軍と呼べる数だ。


「うわぁ、凄いことになってるなあ」


 ド・ボイスは、混乱の極致だった。マライアの一党がなだれ込み、シーザリオの兵があちこちで抵抗し、北からは整然とした軍隊が迫り来る上に、突然に寄せてきた船から闖入したラグーサの兵がかき乱す。これではオリヴィアが声をからそうとも、シーザリオが知恵を巡らそうとも、収拾が着くはずもない。


 そこへ大軍を擁したヴィルジオが来着してアドリア家の旗を掲げた。それだけでオルシーニ家の一党は逃げ出し、アドリア家ゆかりの人々は旗の下に集った。

 ド・ボイスに到着しただけで、ヴィルジオが完全に制圧したのだ。そこにいるだけで秩序が生まれる。それがヴィルジオ・アドリアという男の持つ器だった。


「やあ、バートラム。久しぶり」


 驚く子どもたちを尻目に、ヴィルジオはバートラムに声をかけた。親しみの籠った柔らかい声音だ。


「ヴィルジオ殿も相変わらずのようだ」


 バートラムの言葉は少ない。だがその一言には様々な思いが含有されている。絶対にあきらめない粘り強さを持ち、圧倒的な決断力と行動力を持っている。全く恐るべき人物である。脅威を覚えての言葉だ。

 それを知りつつも、ヴィルジオは不敵に笑う。


「相変わらずのんびりさせてもらっているよ」

「……俺は南にヴィルジオがいたから、ラグーサ王国を内政傾注の方向へ舵を切った」

「え?」


 オリヴィアもシーザリオも、ルカもオシノも、その場にいる全員が驚きに目を見張り、耳を疑った。


「8年前にイリア半島へ侵攻したラグーサ王国軍は、いくつもの町を奪い、港町ド・ボイスまで到達し、イリアの町を指呼の間に収めた。それでも撤退せざるを得なかったのは、ヴィルジオに駆逐されたからだ。俺の父である先王は、陸戦で蹴散らされたうえに、九死に一生を得て港から船で逃げ出したところを、後ろからは軍船に追われ、陸地を並走する騎馬隊や砲兵からも攻撃を受け、正に間一髪だったそうだ」


 そしてラグーサ国内で力を溜め、再度の侵攻を企てたのだが、それをバートラムに阻止される。武力で先王を放逐し、その遺臣たちも外征に送り出すことですりつぶした。それらの絵図を裏で書いていたのが、ヴィルジオだという。


「まさか父さんが?」


 シーザリオが驚き父を見るが、当のヴィルジオは飄々と兵数を数えている。


「バートラム、君がここにいるということは、協力を期待してもいいのかな」


 軍を率いて他領へ出征している王を顎で使おうというのだ。ここに来てもまだ泰然とした姿勢を崩さない。やはりこの男と戦う道を選ばなくてよかった。そう確信したバートラムは、表面上は何でもないように答えた。


「相応のが約束されるなら、協力しよう」

「よし、交渉成立だ。さっさとイリアの町を包囲しよう」


 その日のうちに、イリアの町は完全に包囲された。

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