第55話
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「雷撃!!」
ブラックグリズリーの群に向けて雷撃を放つ。直径一メートル程の雷が直撃した個体は消し炭になってしまった。
『マスター。もっと魔力消費を抑えて下さい。ブラックグリズリーをピンポイントで射抜くイメージです。このように』
整理整頓スキルが俺の身体を使って実演してくれた。このスキルは短時間であれば、俺の身体を代わりに操作することが可能だ。雷撃が直径十センチ程の太さに縮小されていて、ピンポイントでブラックグリズリーの脳天をぶち抜いている。
「なるほど。雷撃!!」
『イメージをもっと精密に。掌でなく指の先から雷が放出される想像をしてみましょう』
雷撃の太さが段々と細くなるにつれて、狙いの精度は格段に向上していく。
雷撃が放たれる度にヘンリーが拍手をする。アンデッドということで第一印象は気持ち悪かったのだが、今ではキモ可愛い感じにレベルアップしてきた。まあ、腐ったペットみたいなもんだな。
「がんばれっ! ケイブくんっ!」
ナホーティアが声援をくれるだけで、俺はどこまでも頑張れる気がした。
ナホーティアは、俺の存在理由そのものだ。あの可愛い笑顔を護る為なら、俺は何だって出来ると思う。
開始からかなり時間が経ったが、ナホーティアとヘンリーは俺の特訓を見守ってくれている。
「ヘンリーくん。ケイブくんはすごいよねえ」
「アイ、ゴシュジンサマ」
「わたしはいつも護ってもらっちゃっててさ。なんか、申し訳なくって」
ヘンリーはにっこりと笑ってナホーティアを見つめた。
「本当にヘンリーくんは良い笑顔をしてるねっ。アンデッドなのに、生き生きとしてて」
遠くに見える雷撃の光。瞬く度にフラッシュバックのように、これまでの思い出が蘇る。
「本当に、わたしは護ってもらってばかり。いつも側にいるのに、何故かケイブくんが遠く感じてしまう時があるよ……」
ナホーティアが、自らの弱さに心を痛めた、その瞬間だった。
ドクン……! ドクン……!
ナホーティアの中で怪しい鼓動が産まれた。
「うっ……! ヘンリーくん、わたしから離れてっ! あの子が……来るっ!」
狂化スキルに支配される前触れをナホーティアは感じ取る。おろおろするヘンリー。少し迷った後、ケイブの元へ走って行った。
「嫌だ……わたしがわたしで無くなる! 来ないで! もう、ケイブくんに迷惑をかけたくないっ」
ナホーティアは咄嗟に聖女スキルを発動させた。背中に羽が生え、金色のオーラに包まれていく。
思いつきの行動だったが、狂化スキルに支配される感覚がいつもと違う。
『お前……考えたな……』
心の中で邪悪な女性の声が話し掛けてくる。おぞましいが、どこか聞き覚えのある声。狂化スキルの声だ。
『その忌々しい聖女スキルを引っ込めろ! お前の欲望に素直になれ……』
ナホーティアの心に、突然様々な欲望が渦巻いた。破壊、殺戮、強奪、蹂躙、怠惰、嫉妬、惰眠、暴食、暴飲、憤怒、欲情、姦淫。押し寄せる強欲の洪水に押し流されてしまいそうだ。
「ダメっ! 言うことを聞きなさいっ!」
『何故自分の願望に耳を傾けない? 本能に従ってこそ生きる甲斐があるというものだ! 食らう! 眠る! 犯す! 全て人間が生きる手段にして最大の目的。押し殺して何の意味があるのだ?』
ナホーティアを強烈な食欲が襲う。目の前の草や土くれすら口に入れたい衝動に駆られる。
続いて、睡眠欲、性欲が掻き立てられる。今すぐにでも地面に寝転がり、自分の胸を鷲掴みにしたい欲望を堪えるのに必死だ。
「やめ……なさいっ!!」
ドガッ!!
『ぐうっ! お前、何をしている!』
ナホーティアは自制心を保つため、自らの太腿を殴りつけた。狂化スキルにより攻撃力が増しているため、一撃で骨が砕けている。
『今のお前の身体は私と一体なのだ! 余計なことをするな!』
「理性を失うくらいなら、こんな身体なんていらないっ!」
『愚か者め! お前ら人間はいつもそうだ。自らの陳腐な理想の為に生き、心の内に潜む真の望みを無視している。お前が自分勝手に定義している人間らしさが、いかに矮小な物かを知れ! 食欲、性欲、睡眠欲、破壊衝動。動物や子供でも持っているこれらの欲望こそ、神が人に与え給いし偉大なる本能、ありのままの生き物らしさなのだ!』
「いやだ! 抑えきれない衝動に振り回されるなんて、そんなのわたしじゃない! 言うことを聞けえええええっ!!」
俺が駆け付けた丁度その時、ナホーティアは立ち上がり、空へ向かって叫んだ。凄まじい咆哮に空気が震えている。
「ナホーティア! 大丈夫か?!」
俺が見たナホーティアは、凛とした美しさに溢れていた。髪の毛は逆立ち殺気も漏れているが、理性は保っているようだ。身体から発するプレッシャーが半端ではない。普段のナホーティアより何倍も強くなっているのが解る。
「ケイブくんっ! 大丈夫! 今は、何とか……」
『覚えていろ。ナホーティアとやら。人生など、束の間の篝火に照らされる影のように、儚いものであることをな……』
狂化スキルの声が小さくなっていく。ナホーティアが狂化の支配を乗り越えたようだ。
「すごい! すごいぞ! ナホーティア! 狂化スキルを使いこなしたんだな!」
「いや、今日はたまたま勝っただけだよ……毎回上手くいくとは限らないかもっ」
ナホーティアがガックリと膝をついた。
「でも、すごく前進した気がするよ。いつか、あの子とも解り合える気がするんだ。ミファイルトスさんが言ってた『スキルと寄り添う』事の意味が、少し理解出来たかもっ」
息を切らしながら微笑むナホーティアを、俺はそっと抱き締めた。
「良かった。でも、あまり無理はするなよ……?」
「うん。ありがとっ。えへへっ……やっぱりわたし、欲望に負けちゃいそう」
俺の胸に顔を埋めてくる。なんて可愛いらしさだろう。やっぱりナホーティアは天使そのものだ。
幸せに浸っていると、ふと視線を感じた。振り返ってみると、ヘンリーがニコニコしながらこっちを見ている。
「おい、ヘンリー。ちょっと恥ずかしいから、あっちを見ててくれないか……?」
「アイ、ゴシュジンサマ」
百万ユーロの笑顔をキープしながらヘンリーは俺達をいつまでも見つめていた。命令が理解出来てないようだ。気が利かない奴め……。
ともかく、この日を境に、ナホーティアは少しずつ狂化スキルを自分の物にしていくのだった。
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