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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
3章 学院生活編(下) 〜奇なりし絆縁〜
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90話 激戦①

 

 ――爆ッ!! 


 壮絶な衝撃と共に、とある重厚な鉄扉が吹き飛んだ。甲高い爆発音が響き渡り、黒い煙が一拍遅れて生じた爆風に乗って、その部屋の中へと流れ込む。


 そこは、古めかしい建築様式で建てられたホールだった。天井はとても高く、窓は一つとして無い。壁に灯るランタンの火も頼りないため、酷く暗く、息が詰まるような閉塞感がある。光操作による光度補正の術式が機能しているのがせめてもの救いか。


 石造りの壁には、中世の騎士が愛用した前時代的な剣や甲冑が、木製の模擬剣や簡素な人形などと一緒に立て掛けられている。床にはチョークで二本一組の白い線が対面する形で引かれており、それがあちこちに存在していた。


 どうやらここは、兵士が鍛錬を行う稽古場のような場所らしい。いくら鍛錬とはいえ、こんな暗く陰鬱で飾り気の無い場所で鍛錬を行うのは、流石に気が引けはするだろうが。


「けほっ、けほっ……ああもう、本当に厄介ね!!」


 黒煙の尾を引き、見るも無残に吹き飛んだ入口から転がるようにしてホール内に飛び込んできた人物――コロナは、ボロボロの煤だらけとなりながら、立ち込める黒煙の方を睨み付け、毒づいた。


「やり辛いったらありゃしないわ! 今更なんだけどローレン、あのポイントで奇襲するのは無理があったんじゃない!?」

「今それを言う!? 仕方無いでしょ、ディラン先輩が居る状況で乱戦になれば詰み確定だったんだから! アイリスとあの人だけを狙って分断するには、ああするしかなかったのよ!」


 そして、コロナに続き間一髪といった様子で黒煙の中からローレン、リネアもホール内に転がり出る。彼女らもまた、コロナと似たり寄ったりのボロボロだ。


「二人とも喧嘩してる場合じゃないよ! ――って、来るよ!」

「やばっ!?」

「くっ……!」


 言い争いながらも、不意に足元で胎動する不審な魔力の気配を感じ取り、三人は瞬時にその場から跳び退る。半瞬後、三人が立っていた床一面に魔力の線が走り、一つの魔法陣が形成される。そして、その魔法陣から大量の「茨」が生えて出現した。


 後少し回避が遅れていれば、大量の「茨」に成す術なく雁字搦めに拘束されていただろう。


「ふむ……今度は随分と広い場所に出たな」

「シルヴィさんの魔法を警戒しての位置取り、なのでしょうね」


 すると、三人を追う形で黒煙から姿を現した集団――シルヴィ、ライネル、エイラ、チーム「賢しき智慧梟の魔道士(オウル・ウィザード)」の面々も、悠然とホール内に足を踏み入れた。全員、消耗具合は軽微だ。


「奇なりし(ストレンジ・)絆縁(フェイター)」と「賢しき智慧梟の魔道士(オウル・ウィザード)」、校内選抜戦優勝を懸けたチームを代表する六人の魔道士の戦いは、場所を転々と移しながら繰り広げられていた。


 もっとも、一進一退の互角の戦いが行われていたのは戦闘開始から少しの間のみ。ある時を境に、戦況は「賢しき智慧梟の魔道士」のほぼ一方的なものになりつつあった。


「どうしました? 逃げてばかりでは、私達には勝てませんよ?」


 消極的な姿勢の「奇なりし絆縁」一行に、シルヴィは挑発的な笑みを浮かべる。その足元には、紫紺の魔法陣がシルヴィを中心に猛回転している。その回転に応じ、彼女の周囲には小さな棘の生えた無数の「茨」が踊っていた。


 シルヴィの実家――ワインバーグ家は、結界系魔法の世界的大家だ。その長女であるシルヴィはワインバーグの次期党首である。


 元々、結界術とは数多くの複雑な手順を踏んで構築・行使される儀式的な側面を持っている。それをワインバーグ家は、効力をなるべく落とさず、ごく簡易的な構築手順で行使出来る術として落とし込んだのだ。


 現代魔法において、多くの魔道士が一般的に多用する利便性の高い結界術の基盤は、殆ど彼女の一族が作り上げたと言って良い。勿論、大魔法を行使する際に構築される非常に複雑で専門的な結界への造詣も深い。


 そんな魔導の名門ワインバーグ家が誇る眷属秘術《茨苑(いばらえん)》。この結界魔法内では、魔力で構成された無数の「茨」が支配し、足を止めた者は「茨」によって封じ込められてしまう。


 一般的な結界は予め指定した効果範囲内に作用するものだが、シルヴィの結界は彼女自身が発動の起点となっている。故に、場所を変えても常に一定範囲内を自身の支配領域とする事が可能なのだ。


「元凶(あなた)がそれを言いますか……【駆けろ閃光】!!」


 そう吐き捨て、コロナは雷撃《紫電閃(ライトニング)》を唱える。


 だが、全力の魔力を込めて放たれた雷閃は、コロナが普段、本気で撃つものと比べて速度も威力も出ておらず、シルヴィが操る「茨」の壁にあっさり防がれてしまった。


「そんな攻撃では通じませんよ」

「知ってるわよそれくらい! 正直、『茨』単体だけでも十分厄介なのに、魔(・)法(・)発(・)動(・)の(・)妨(・)害(・)とか、反則過ぎるでしょ……!?」


「茨」による拘束攻撃や防御機能もさる事ながら、《茨苑》には最も厄介な点がある。それは、この結界内ではあらゆる魔法が術者によって術式割込(インター・セプト)され、発動を妨害されるという力だ。


 攻撃魔法は威力や速度を削がれ、防御魔法は展開を妨害される。ローレンが得意とする召喚術などは特に影響を受けやすい。そのせいで彼女は、戦力と戦術選択的にかなりの痛手を負っていた。


 それも無秩序にではなく、少人数なら敵味方の区別も可能。しかも、この魔法は術者を中心に効力を発揮する。距離を置いて遠距離攻撃に徹しようと、距離を詰められれば再び干渉されてしまう。


 制圧力に優れ、およそ隙の無い、集団戦では無類の強さを発揮する広域戦場弱体化(デバフ)だ。去年、コロナ、リネア、ローレンの三人は、最後までこの魔法を攻略することが出来ずに敗北を喫したのである。


(とにかく、シルヴィ先輩さえ落としてしまえば道が開けれるのに……!)


 その家系の魔道士が代々受け継いできた眷属秘術は、大抵どれも非常に高度な術だ。流石に魔法式を処理する容量(キャパシティー)不足なのか、展開中は他の魔法行使が出来ない上に、術者本人が戦闘不能に陥れば消滅する。魔力消費も凄まじいだろう。


 それでも尚、ほぼ一方的に相手を弱体化出来る強力無比な術には違いない。故に、「賢しき智慧梟の魔道士」との戦いにおいては、一番厄介なシルヴィを真っ先に落とそうとする。彼女の脅威を知る者であるなら、誰であろうと考える、実行する。しかし――


「無駄口はそこまでだ。【唸れ風よ】――【唸りて轟け】」

「「「――ッ!!」」」


 彼女(クイーン)の前には、常に鉄壁の守護者(ルーク)が立ち塞がる。「律令詠唱」によって威力増幅されたライネルの風魔《風戦鎚(ウインド・ブラスト)》の突風を、コロナ達はそれぞれ散開し、これを辛うじてやり過ごす。


「そこ! 【駆けろ閃光】――【第二射】――【第三射】!!」

「【災禍零に帰せ】――【さらに】――【さらに】」


 横っ飛び様に左指をシルヴィに向けたコロナが「連続詠唱(マルチ・アクション)」で放った雷閃の三連射に、ライネルは対抗《回帰霧散(バニシュ・ゼロ)》を三連唱して、相殺する。


 最上級生のトップともなれば、習得が高難度とされる三大魔導技の一つもお手の物だ。されど、これでライネルの事象干渉強度は一時的に低減し、この間だけ魔法行使が出来なくなる。


「ローレン!」

「【疾き氷精の腕よ】――ッ!!」


 その隙を狙い、すかさずローレンが即興改変の氷結《氷精凍霧(コールド・ミスト)》を唱える。真っ白な低温の冷気波動が放射状に急速拡散され、またたく間に「賢しき智慧梟の魔道士」一行を覆わんとする。


 《茨園》の妨害を防ぐのに速度重視でリソースを割いたことで、直接戦闘不能に追い込めるような威力は出ていない。だが、凍てつく冷気によって動きは鈍る。


 これを起点にシルヴィを倒す算段を立てる。しかし――


「【いと尊き主よ・か弱き我らに・堅忍なる加護を遣わしたまえ】」


 彼女(クイーン)の隣には、常に敬虔な神官(ビショップ)が並び立つ。後方に待機して戦況を窺っていたエイラは、おもむろに手を組みながら、祈りを捧げるように呪文を唱え始める。


 迫りくる魔法を前にしてもまったく動じず静かに祈り続けるその姿は、戦場においても美しく映える、気高き聖女のようであった。


「願わくば、我が祈り聞き届けたまわん事を……」


 最後にそう締め括り、エイラは胸元で十字を切る。すると、温かな輝きに満ちた光の膜が、今まさに冷気に巻かれようとしていた自身を含む彼女の仲間達を優しく包み込んだ。半瞬後、彼らの視界は低温冷気で真っ白に染まるが――


「このわたくしが居る限り、お仲間は誰一人として傷付けさせはしません」

(くっ……彼にライネル先輩の魔法を抜いたとしても、あっちにはエイラ先輩が付いてる……!)


 エイラ=フローレスは、ただの治癒魔法使いではない。彼女が得意とする癒しと守りの魔法は、本命の魔法を極める過程で修得した副産物に過ぎない。本来は術者の信仰心というある種の「暗示」を魔法的手段として心象風景を構築、世界法則に介入する信仰系統魔法の使い手である。


 先程の魔法は、信仰系統魔法《聖守のベール》。物理、魔法、精神汚染など、数種類の耐性を複数の人間に付与するという術だ。これによって、威力が不十分な《氷精凍霧》による彼らへのダメージは、無傷と言える程にまで軽減されている。


 通常、治癒や支援のような後衛系魔法を得意とする魔道士は、どれか一つに特化して極めようとする者が多い。だが、その‟信念”から治癒と支援の両方を的確に、高レベルに使いこなす彼女は、並の特化後衛魔道士を凌駕する強力な支援後衛魔道士なのだ。


「【幼き紅竜の息吹よ】!」


 エイラが防いでくれるのを信頼した完璧なタイミングで、一呼吸で事象干渉強度を正(ポジティブ)に戻したライネルは、反撃の炎熱《幼竜火吹(フレイム・ブレス)》を放つ。攻撃魔法を行使したばかりのコロナとローレンの事象干渉強度は、負(ネガティブ)に振り切っている。


 つまりこの瞬間、一切の魔法行使が出来ない。そんな二人を容赦なく呑み込まんと、辺りに充満する冷気の残滓を吹き飛ばした火炎流が渦を巻いて迫り、


「【光の障壁よ】!」


 後方待機していたリネアが咄嗟に展開した魔力障壁が、鼻先寸前で迫りくる熱波の衝撃から二人を守った。


「ナイスよ、リネア!」

「う、うん……危なかった。ライネル先輩の詠唱に合わせた筈なのに、障壁を構築するスピードが遅れちゃった。あんなに練習したのに、本当に厄介だね。シルヴィ先輩の《茨苑》……」


 詠唱からの障壁展開を妨害され、危うく二人を防御し損なうところだったリネアは苦々しく呟いた。


(やっぱり、隙が……!)

(無い……ッ!)


 「奇なりし絆縁」が立てた当初の作戦では、情報の少ない二コラに同じく情報の少ないアクトをぶつけた上で、ディランを分断して人数が欠けた彼らの連携が機能する前に、厄介極まりない《茨苑》を使うシルヴィを速攻で倒すというものだった。


 だが、実際に蓋を開けてみればどうだ。たとえメンバーが欠けたとしても、彼らの連携にはまるで隙が無い。恐らくこのような状況下での訓練も行っているのだろう。彼らがこれまで積み上げてきた巧みな連携が、あくまで表面的な情報しか分析出来ない《機動定石》の予測を上回ったのだ。


 不足の事態にも対応する冷静な判断力、乱戦での的確な一手を繰り出すチーム戦の経験値、そして、互いを補完し合う信頼関係。「若き魔道士の祭典(フェスタ)」二連覇は伊達ではない純粋なチームでの総合力の高さを、三人は痛感させられていた。


 ……とはいえ、だ。予想を遥かに超える大苦戦ぶりに戸惑っていたのは、何も彼女らだけではなかった。


「正直、驚いている。頭数が同じならこうまで苦戦させられるとは」


 一連の攻防を経て状況が振り出しに戻り、それぞれが陣形を組み直したところで、唐突にライネルがそんな事を言う。状況だけ見れば無効の一方的な展開にも関わらず、そこには嘘も偽りも無い純粋な感嘆の念があった。


「今年の予選で俺達とここまで渡り合ったのは、お前達が初めてだ。一年前、互いに平条件であったならば、結果はまた違っていたのかもしれない」

「……平条件? 冗談でしょう、学生同士の戦いでそんなチートみたいな魔法使っておいて」


 脳を全力稼働させてありとあらゆる次の策を考えながら、コロナはシルヴィに視線を移して反論する。


 その血統の者にしか扱えないとはいえ、眷属秘術は一族の奥義と言うべき代物。それをこのような公衆の面前で使用するのは厳禁だ。当然、シルヴィもそれを承知しているのだが、この《茨苑》には次期党首として彼女が独自に編み出した魔法式が一部組まれている。


 いわば、シルヴィの固有魔法に近い代物。本家本元とは似て非なる術であるが故に、制約が存在しない。コロナやローレンにも眷属秘術はあるが、イグニス家には隠蔽性に優れた術が無い。フェルグラント家は「武断派」の魔道士家系なため、目に見えない《機動定石》を除き使用を固く禁じられている。


「軍関係者が多く、術の露見が命に関わる『武断派』と違い、ワインバーグ家はあくまで『探求派』の家系ですから。私という魔道士を完成させる為に、使える物は何でも使わないと」

「ご都合解釈って言われた事ありませんか? それ」

「ええ。そのせいで、実家では私の事を白い目で見る方も少なくないんですよ」

「……ふん」


 そう言って、シルヴィは苦笑を浮かべる。元より期待もしていなかったが、コロナはシルヴィの割り切った様子から、自分の揺さぶり作戦が失敗に終わった事を悟った。


 原則的に魔法とは一般に秘匿されるべきものであるが、魔法界隈での細かい扱いは人それぞれだ。世のため人のためと術式を公開する者も居れば、没する直前まで隠匿する者も居る。血族ならともかく、赤の他人からとやかく言われる筋合いは無いのだ。


「……仕方無いわね。シルヴィ先輩を落とせない以上、プランBでいくわ。リネアッ!!」

「うんっ――【起動】!」


 ローレンの掛け声に応じ、リネアが短く呪文を叫ぶ。直後、突き出された左手の先に形成されたゲートから、透明度の低い白煙が勢いよく噴き出した。それにより、ホール内は重度の視界不良に陥る。


「また煙幕……!」

「向こうもこちらの位置は分からない筈だ。全員、距離をとれ! 範囲魔法で薙ぎ払われるぞ!」


 ライネルが素早く支持を飛ばし、彼らはまとめて一掃されないよう離れ過ぎない程度に散開する――その最中、エイラの視界の端に、白煙の中からきらり、と三つ光が上がるのが映った。


 その光の正体は、三閃の《紫電閃(ライトニング)》。エイラもそれに直ぐ気が付き、咄嗟に回避行動を取ろうとするが、


(狙いは後方支援の私……いえ、これは!?)


 眼前で起こった出来事に、エイラは驚愕の表情を浮かべた。何故なら、三条の雷閃が迫りくる寸前、ぐにゃり、とそれら全ての軌道が突如として曲がったからだ。何の前触れもなく軌道が変更された雷閃が新たに向かう先には――


「ライネルさん!!」

「――俺か」


 いきなり自分に攻撃の矛先が向けられてもライネルに焦る様子は微塵もなく、その一射目、二射目を見切って体捌きで躱し、


「【災禍零に帰せ】」


 三射目を《回帰霧散》で打ち消す。はたまた、いつの間に仕込んでいたのか、ふとライネルが見やれば、彼の周囲には波のように揺らぐ空間の歪みが虚空や床に複数発生していた。


(無系統《歪曲力場(ベクトル・エリア)》か。煙幕は射線と標的を特定させない為、コレの詠唱を悟らせない為か。この視界不良ではこちらも反撃がし辛い。なるほど、理に適った作戦だ)


 すると、白煙を裂いて再び飛来する雷閃群。先程と同じように、それらは全て歪曲する空間に干渉しては反射跳弾し、ライネルの視界をバラバラに分断するかの如く縦横無尽に襲い掛かった。


(それだけじゃありません!)


 これにはさしものライネルも迎撃に専念する他無い――そんな彼目掛け、煙幕に乗じて密かに接近しようとするローレンの姿があった。その左手には、小さく圧縮した氷の魔力が宿っている。


 氷結《暖火ノ消失(アイシー・ロスト)》。ゼロ距離で冷気を炸裂させ、対象を氷漬けにするという魔法。術の特性上、対象に直接触れなければならないため、使う者は多くないが、この魔法は一定規格の耐性魔法を貫通する。決まれば一撃で死亡判定を取ることが出来るのだ。


(ライネル先輩も、自分が標的である事には気付いてる。だからこそ、視界不良の中で不規則に撃たれるコロナの《紫電閃》を警戒して、思うように動けない筈! そこを狙えば!)


 コロナには死角から狙うのではなく、ライネルをその場に釘付けにするよう狙撃の指示と、《歪曲力場》の反射ルートを出してある。敢えて攻撃を認識させることで、迎撃に意識を割かせるためだ。


 姿勢を低くして疾走するローレンの視界に、ライネルの大柄な背中が映る。変則的な軌道であちこちから飛来する雷閃に気を取られ、まだ彼女の接近に気付いた様子は無い。


(もらった!!)


 触れてしまえばそれで終わり。この距離では気付かれたとしても既に遅い! ローレンは床を蹴って一気に残りの距離を詰め、その無防備な背中目掛け、圧縮した冷気を解放しようとして――


「――だが、狙いがあからさま過ぎるぞ」


 直前、ライネルの足元に円形魔法陣が出現し、周囲に突如として強烈な嵐が渦巻いた。


「きゃああああああ――ッ!?」


 魔法によるアシスト無しでは抗い難い暴力的な風圧を前に、後一歩というところで手の届かなかったローレンは、立ち込める煙幕ごと虚空に大きく打ち上げられた。  


「ローレン! 【見えざる手を】!」


 煙幕の範囲外に位置取っていたリネアは打ち上げられたローレンの姿を視認すると、素早く系統外《思念魔手(サイコキネシス)》を発動。念動力による不可視の力場がローレンの身体を捉え、そのまま優しく自分の近くに降ろした。


「大丈夫、ローレン!?」

「え、えぇ……助かったわ、リネア……でも、何故? 何故、私の接近に気付けたの?」

「アタシもそれが疑問ね。少なくとも、あの人はアタシの魔法を迎撃するので手一杯だった。感知系の魔法を発動している気配もなかったのに……」


 これ以上は無意味と判断したのか、魔法狙撃を終えたコロナが二人に合流した段階で、ホール内を包む煙幕はほぼ完全に晴れた。これで状況は再び振り出しに戻ることになる。


「ふむ、やはり風魔法は応用が効いて良い。……答えは簡単だ。俺は、予め相手が自分に接近した時のみ発揮する条件起動式魔法を仕掛けておいたに過ぎない。ローレン、お前の狙いは接触系の耐性貫通魔法による一発逆転だったのだろう?」


 その疑問には、相対するライネル本人が答えた。


「《茨苑》の妨害対策だろうが、先の《紫電閃》は速度はあったものの俺を戦闘不能にする程の威力はなかった。ならば、本命は別にあると考えるのが道理。どういう訳か俺の位置も分かっているようだったし、二重三重の策を張っているとは思っていた」

「「「~~~!?」」」


 ローレン達は戦慄に身が震えた。言葉では簡単そうに聞こえるが、何という判断力か。


 リネアが煙幕を張ってからコロナが魔法狙撃を始めたのは、ざっと十秒かかってはいまい。その僅かな間に、ライネルは彼女らの作戦の裏の裏まで読み、カウンターを狙ったと言うのだ。


 「賢しき智慧梟の魔道士」が「若き魔道士の祭典」に出場し始めた頃からそうだった。ライネル=フォスターは、学生とは思えない程に戦闘慣れしているのだ。それは今も尚、更に研ぎ澄まされている。


 扱う魔法はほぼ同じなのに、その一瞬の判断力が段違い。次に差す一手の速さや正確さが抜きん出ている。おまけにどんな状況でも動じない冷静さと鋼の精神力、どれをとっても優等生などというレベルを超えている。


 方向性は少々……いや、ほぼ正反対と言っても良いが、戦闘力という点で学生という規格を大きく超えたその在り方は、まるで自分達の仲間であるあの黒髪の剣士と同じような……


「相変わらずの超人っぷりですね、君は。いっそ呆れてしまいます」

「先程はつい叫んでしまいましたが、ライネルさんに限っては杞憂でしたわね」

「気にするな。こ(・)れ(・)ぐ(・)ら(・)い(・)出(・)来(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)生(・)き(・)ら(・)れ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)身、故」


 どういう生き方したらそうなるのよ……思わず口にしそうになった言葉を、ローレンは慌てて押し込めた。


「くっ……これでも駄目なら……皆、次はプランCよ! まだまだいけるわよね!?」

「誰に物言ってんのよ、当たり前でしょ!!」

「勿論だよ!!」


 相手は確かに想像を超えた強敵だった。けれど、こんな所では終われない。通じなかったら通じなかったで、また別の作戦で攻めていくしかない――必死に勝利への道筋を練るローレン(指揮官)の言葉に、コロナとリネアは頼もしく応じた。


「さぁ、戦いはまだこれからですよ」

「……来い」

「全力で相手させていただきますわ」


 六者、体力、気力、魔力、共に常人を遥かに凌ぐ。この程度の戦闘でへばるような軟弱者は一人として居ない。ジリジリとした緊張感が両チームの間に流れ……


「【幼き紅竜の息吹よ】――ッ!!」

「【氷精の腕よ】――ッ!!」


 緊張が最高潮に達した瞬間、もう何度目か分からない魔法の撃ち合いが始まった。


(この戦い……確かに予想外ではあるけど、まだ想(・)定(・)内(・))



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