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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
3章 学院生活編(下) 〜奇なりし絆縁〜
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88話 仕組まれたエンゲージ

 

  観客の大歓声に包まれる中、試合開始と同時に両チームは門のように巨大な正面玄関口を通り、スタート地点であるフィールド内のエントランスホールへと足を進めた。


 屋外フィールドと同じく、異界化の応用で空間を歪めているのだろう。ホール含め、内装は外見と比べて遥かに広く大きい。石積みの壁や石材を敷いた床が剥き出しとなっており、魔法学院の校舎よりもただひたすらに無骨で殺風景。


 辺りは薄暗く重苦しい雰囲気が漂い、壁に設置された古めかしいランタンと光度補正の魔法結界だけが辛うじて不自由の無い明るさを作り上げている。幾つもの部屋や廊下が複雑に入り組んだ構造は、まるで一つの砦のようだ。


 故に、闇雲にフィールドを走り回ってところで意味は無い。作戦立案の重要性を理解している両チームは直ぐに動き出そうとはせず、彼らはエントランスホールに留まることを選択した。


 そして、それぞれ円陣を組んで居座る彼らの中央には、小さな記録用魔晶石が置かれており、立体的な映像が光学系魔法で何層かに分かれて浮かび上がっている。それは、このフィールドの正確な構造を示す見取り図であった。


 屋内フィールドは見ての通り、だだっ広く複雑な構造となっている上、その構造を事前に把握しているかの有利不利を避けるために、試合ごとに構造がランダムに変化するという機能がある。


 景観にある程度の統一性を持たせるため完全なランダムという訳では無いが、対策としてはそれで十分。かといって、何も教えないままフィールド内を彷徨わせても戦闘が無駄に長引くだけ。そこで、両チームには専用の地図が配布されるのである。


 この迷路のような構造の中から適したポイントを陣取り、無数の罠を仕掛け、有利な状況を作って敵を迎え撃つ。思いがけない遭遇戦が頻繁に起こる屋内戦で少しでもアドバンテージを得るための定石だ。


 故に、より早く正確な作戦を組み立てた方が優位に立てるは道理なのだが……試合開始から僅か数分にして、相手より遥かに早く動き出したチームがあった。既に作戦を立て終えたのか、はたまた無策無謀な突撃に出たのか、そのチームとは――



 ◆◇◆◇◆◇



「――全員、戦闘陣形を乱すなよ」

「えぇ、後方警戒はお任せください」


 ガラス窓から外の光が差し込む第三階層、中庭に面した飾り気の一切無い廊下を、シルヴィ・ライネル・ディラン・エイラ、チーム「賢しき智慧梟の魔道士(オウル・ウィザード)」の一行は周囲を警戒しながら慎重に進んでいた。   


 相手チームの全滅という勝利条件下で同士討ちの危険があり、籠城の意味が薄い屋内戦であれば、バラバラに行動して各個撃破を狙うという発想を誰もが思い付くだろう。だが、戦力の分散は魔法があろうとなかろうと原則的に悪手。自分の実力に絶対に自信を持った上で、相手の力量を見極められた場合にのみ有効な手段となる。


 チーム「奇なりし(ストレンジ・)絆縁(フェイター)」は、堅実に強い実力者と未知数の戦力が混ざったチーム。相手取るには厄介な相手だ。故に、一先ずは動向を探るため、彼らは固まって最初の布陣ポイント目指し進行中であった。 


 とはいえ例外もあり、二コラはチームを離れて単独行動をしている。彼が得意とする魔法の性質的に、その方がフルに能力を発揮出来るからだ。無論、魔法による通信で互いの状況を直ぐに報告出来るようにする事も忘れずに。


「すいません、ディラン君、エイラさん。索敵を二人に任せっきりにさせてしまって」

「今更、気にするな。お前はその『術』を組むので精一杯だろう。些事は俺達に任せておけ」

「そうですよ。私は戦闘能力皆無な身ですから、せめてこれくらいはお役に立たせてくださいな」


 前方と後方、漏れが無いように二種類の索敵結界を展開しつつ、戦闘能力の低いエイラと、とある「術」の準備をしているシルヴィを中心に、ライネルとディランが固めるという陣形。一人欠けているため理想的では無いものの、バランスの取れた配置だ。


「シルヴィ自身がいつも言ってるだろ? 適材適所だって」

「いや、それにしてもお前はいい加減、基本的な技を覚えろ」


「若き魔道士の祭典」二連覇中にして、高等部三年次生が多く集まる彼らは現状、学院内で最も多くの試合を経験しているチームと言っても良い。それぐらい、彼らには試合における未知の状況や環境に対して圧倒的な経験値がある。


 故に、多少フィールドの構造が変わったところでどうという事は無い。相手は不確定要素の多い強敵ではあるが、いつも通り堅実な試合運びをしていけば、大方の観客の予想通り負ける事は無い筈だ。


 確かに、「賢しき智慧梟の魔道士」が立てた作戦と布陣は完璧だ。だが、それはあくまで真っ当で正道に基づいた戦い方をしてくる敵に対し通じる作戦でもある。度を越した()()()の相手には、逆に利用されてしまう事を彼らはまだ知らなかった。


 特にこれといったトラブルや襲撃はまったく起こらず……いや、()()()()()()()と言うべきか。一行が順調にある十字路の廊下の中央に差し掛かった――その時だった。


「――上だッ!!」


 直感に優れたディランが鋭く叫んだ直後。開けた天井から上階に向けて、丁度吹き抜けになっていた本当に僅かな隙間から、煌めく三条の雷閃が飛来した。


「「「……ッ!」」」


 しかし、そこは流石の最上級生。突然の奇襲にも大して動じず、ディランの警告へ瞬時に反応し、自分達の頭上から撃ち下ろされた魔法狙撃を最小限の動作だけで躱す。   


「あそこか。【駆けろ閃――なっ!?」


 すかさず、ライネルが反撃の魔法を放とうと指先を向けた瞬間。突如として、廊下の壁や床を光輝く魔力の線が縦横無尽に疾走し――ぼんっ!! 形成された幾つもの魔法陣から白い煙が次々と噴き出した。


「煙幕!?」


 存在をまったく悟らせなかった魔法罠(マジック・トラップ)から生じた煙は廊下中へ爆発的に充満し、あっという間に彼らの視界を奪う。そして、


「――【走れ疾き雷獣よ・汝が過ぎ去りしは・電光の足跡(そくせき)】」


 煙の向こう側から、凛とした少女の(呪文)が響く。それに応じて、ゲートから紫電が床を這うように彼ら目掛けて放射状に迸った。広いとはいえ、この直線空間では逃げ場は無い。だが、


「【光の壁よ】!」


 それは、防御支援担当のエイラが冷静に展開した魔力障壁によって防がれた。その魔力の輝きが煙に巻かれた彼らの目印となり、残りのメンバーも障壁の元に集まりつつあった。


「皆さん! 私がカバーしますので、今のうちに元来た道まで後退してください!!」


 見事な連携と咄嗟の判断力。予想外の奇襲にも冷静に対応し、これで勝負は平条件に戻るかと、一連の様子を様々な角度の映像から観戦していた観客はそう思った……だが次の瞬間、彼らは更なる驚愕に襲われることになる。


 障壁を展開するエイラを殿に、「賢しき智慧梟の魔道士」の面々が十字路から後退しようとした時、白煙の中を小柄な人影が素早く過ぎった――直後。ディランの身体に横殴りの重い衝撃が襲った。


「ぐ――ッ!?」


 ディランは咄嗟に腕を交差させてそれを辛くも防ぐ。だが、十分な加速による速度と重さが乗った勢いを完全に殺しきれなかった。自分に襲い掛かった衝撃が、何者かの()であると認識した時には既に遅く、


「おわぁああああああ――ッ!??」


 がっしゃああああん!! そのままディランは襲撃者と共に窓ガラスを突き破り、階下へと消えるのだった。


「ディランさん!?」

「ちぃぃぃ……! 全員、その場で踏ん張れ! 【大気よ・揺らげ】――ッ!!」


 後退は叶わないと判断したライネルは短くメンバーに指示を出し、即興改変呪文で威力を落とした圧縮空気弾をその場に叩き付ける。着弾点から巻き起こされた風が、立ち込める煙幕を払うのだった。


「皆、無事か?」

「はい、問題ありませんわ」

「えぇ……ですが、ディランさんが下へ……」

「奴はそれぐらいでくたばるような男じゃない。それよりも、俺達が目を向けるべきは……」


 味方の安否確認を行いつつ、ライネルは正面を鋭く見据える。風によって晴れた煙幕の先には――コロナ、リネア、ローレン、チーム「奇なりし(ストレンジ・)絆縁(フェイター)」の三人の姿があった。


「コロナさん、リネアさん、ローレンさん……!」

「どうも、先輩方。本当に奇襲を警戒するのなら、索敵結界だけではなく魔力探知の結界も張っておくべきでしたね」


 コロナが一歩前に進み出て、嫌味ったらしく挨拶する。先の一連の奇襲に、彼女らが準備万端といった様子で堂々と対峙している事から、シルヴィは自分達が相手の作戦に嵌った事を悟った。


「ディラン先輩なら、今頃ウチのアイリスがお相手を務めさせてもらっています。ライネル先輩の言う通り、三階から投げ出されたくらいで戦闘不能になる程度の柔な人ではないでしょう。まだ無事の筈ですよ」

「……何故ですか? 何故、貴女達は私達がこの道を通る事を知っていたのですか……?」


 そう、早過ぎるのだ。まだ試合が始まってから、殆ど時間が経っていない。だというのに、魔法罠の設置から奇襲のポジションまで、一連の作業の手際があまりにも良すぎる。まるで、ずっと前から考えていた作戦を完璧に実行したかのようだ。


「私達の進行ルートを正確に読んでいなければ、こんな事は出来ない筈です。偶然、貴女達が罠を仕掛けたこの場所を私達が通ったにしては、展開があまりにも出来過ぎて……」

「簡単な事ですよ」


 シルヴィの疑問に答えたのは、コロナの横に並び出たローレンだ。彼女は、かつん、と懐にしまっていた物体を床に落とす。それは、このフィールドの地図を示す魔晶石だった。


「試合開始直後に公開されたこの地図、一瞬で全て記憶しました。その上で、構造や戦略的に先輩方が私達を迎撃するのに適したポイントを幾つか導き出し、先行して罠を仕掛けておいたんです」

「い、一瞬で……?」

「はい。私達は、皆さんが考えている以上に皆さんを知っているという事です」


 この無駄に広いフィールドの構造を一瞬で記憶する。相手が通るルートを予測して罠を仕掛ける。口では簡単に言うが、常人には絶対に真似出来ない芸当をローレンは平然と行っていた。  


 確かに常人には絶対に成し得ない神業……だが、ローレンには眷属(シークレット・)秘術(マジック)《機動定石》がある。対集団・対軍相手に絶大な威力を発揮するフェルグランドの眷属魔法が、彼らを手玉に取った物の正体だった。


 極限まで増幅(エンハンス)した知覚能力で地図の細かい構造まで完璧に把握。次に、集めた情報から拡張した思考演算能力を用いてフェルグラント独自の戦術計算式で敵の行動を予測。彼女にかかれば、この芸当も不可能では無い。


「校内選抜戦での戦い方を研究して、皆さんの戦術パターンはほぼ全て分析済みです。今年は何をやらかすか分からない生徒会長が居ない分、分析は楽でしたよ。そして、試合が屋内戦に決まった時点であの新入りの一年生に単独行動をさせるという事も見抜いていました。だから、そちらにはアクトを向かわせています」

「「「……ッ!?」」」


 更にとんでもない事をのたまったローレンに、さしもの上級生達も驚愕に目を剥いた。まるで、自分達の行動の全てはローレンに見透かされているのではないかと戦慄する程に。


 《機動定石》は、事前情報が多ければ多いほど精度が上がる。ローレンは今年の校内選抜戦だけに留まらず、去年の校内選抜戦から「本戦」まで、ありとあらゆる「賢しき智慧梟の魔道士」の情報を収集していた。それらのデータを統合し、彼女はこの一戦において未来予知に迫る行動予測を可能としたのだ。


 元はコロナの元を離れた頃、何も出来ず彼らに負けた事が悔し過ぎて半ばヤケクソになって集めた情報が、まさかこんなところで役に立つとは……と、ローレンは内心思っていたりする。


 後はもう簡単だ。「賢しき智慧梟の魔道士」が構造を把握して作戦を立てている間に、彼らは相手が位置取ると思われる場所を見抜き、真っ先に罠を仕掛けることが出来たのである。


「先輩方の心労、お察ししますよ。学院最強、『若き魔道士の祭典』二連覇チーム……追われ続ける立場っていうのは!」

「恐らく警戒はしていたのでしょうが、校内選抜戦が始まってから私達に構っている暇もなかったでしょう? 当然ですよね。あなた方は、勝利したその時から、常に名も知らぬ誰かに足元を掴まれるのを注意していなければならないのですから!」


 辛酸をなめさせられた鬱憤を晴らすかの如く息の合った見事な煽り……もとい連携プレイに、活き活きとする二人の背中を見守っていたリネアは思わず苦笑を浮かべた。


(うーん……普段のローレンはあんな事は言わない子だけど、コロナが絡むと、やけに攻撃的になるんだよね……)


 これも、多くの人を惹き付けるコロナの強烈なカリスマ性の影響なのだろうか。そんな色々と凄い親友の願いを叶えるために、リネアは気を引き締め直した。


 初動はまさしくローレンの完全勝利。最初の接敵で優位に立ったのは、チーム「奇なりし(ストレンジ・)絆縁(フェイター)」であった。


「恐るべき情報処理能力と作戦立案能力……完全にしてやられたという訳ですね。しかし、まだ三対三、これで対等な勝負が出来るというものです。ライネル君、エイラさん、いきますよ」

「心得た。先の失態は、ここから取り返してみせる」

「了解しましたわ」


 流石、学院最強チーム、色々なパターンや不測の事態も想定済みなのだろう。一人欠けたとしても瞬時にその場における最適の戦闘態勢を構築した。よく訓練されている動きだ。


「リネア、ローレン。こっちも予定通り、三人一組(スリー・マンセル)でいくわよ。アタシが攻撃、リネアは防御専念、ローレンは状況に応じて支援。とにかく向こうに余裕は与えては駄目。いくわよ!」

「うんっ、任せて!!」

「分かっているわ。シルヴィ先輩の『アレ』は対抗策を考えてあるから、貴女はガンガン攻め続けなさい!」


「賢しき智慧梟の魔道士」が動いたのとほぼ同時に、三人はコロナを戦闘に三角形を形作るような配置をとる。それが最善であると心得ている故に、最終的な両チームの陣形は似たような形となった。


三人一組(スリー・マンセル)」は、軍の魔導兵運用にも採用されている一戦術単位(ワンユニット)陣形の一つだ。一人一人を攻撃・防御・支援の役割に専念させることで100%に近い能力を発揮させる理想的な陣形といえる。


 彼らが「賢しき智慧梟の魔道士」の分断を図ったのも、これが理由だった。一年前に陣形の訓練をしていた三人娘だけならともかく、出会って日が浅いアクトとアイリスを組み込んだほぼぶっつけ本番の連携が機能する保証は無い。


 故に、コロナ、リネア、ローレンを主軸に、優れた個としての力を持つアクト、アイリスを遊撃要員として展開する。この二人は名が知られてからまだ日が浅い。目立つ集団に組み込むより、単騎運用することで相手にプレッシャーを与える方が効果的と判断しての布陣だった。


 作戦通り、ディランの分断には成功した。誤魔化しが効くのはここまで。後は、互いの知力と死力を尽くした真っ向からの競い合いだ。


「「「……」」」


 一瞬の油断も許されない緊迫感に満ちた沈黙が流れ……


「【朱き魔弾よ】――ッ!」

「【唸れ風よ】……!」


 先頭のコロナとライネルの詠唱を契機に、壮絶な魔法戦の火蓋が切って落とされた。



 ◆◇◆◇◆◇



「――どうやら、上手く分断されたみたいだな」


 一方、廊下での決戦が始まる直前。フィールド中央に作られた小さな中庭にて、三階から突き落とされたディランは割れた窓ガラスを見上げながら呟く。


「って事は、俺の相手はお前で良いんだよな?」

「……ッ!!」


 そして、自分と一緒にこの場へ落ちてきた相手――アイリスを見据える。学院でも生粋の実力者にして卓越した‟武人”の射抜かれるような視線を受け、アイリスは身体を強張らせた。


 アイリスに与えられた役目、それは、何が何でもディランをこの場で足止めすることだ。


 一年前の校内選抜戦において、コロナ、リネア、ローレンの三人は誰一人落とされることなく「賢しき智慧梟の魔道士」に敗北した。その理由は、彼女らが攻撃を捨てて全力の守勢に回っていたからだ。然るべき魔法防御と連携をとれば、魔道士のチームはそう簡単に負けはしない。


 だが、守るだけから攻勢に転じるとなれば話はまるで変わる。屋内という閉鎖空間において、常に懐へ入られるリスクを抱えながらシルヴィやライネルクラスの相手と魔法を撃ち合うのは、コロナやローレンでも不可能だ。


 故に、ゼロ距離での肉弾戦にしか活路が無いアイリスは、絶対にディランを抑えなければならない。こんな大役、アイリスとしてはアクトに引き受けてもらいたかった。しかし、彼も彼で別の大事な役目のために単独行動をしている。 


 つまり今、味方が援護に来てくれる可能性は……ゼロだ。


「……はい。先輩をあちらへ戻らせる訳にはいきません。僭越ながら、私が全力でお相手をさせていただきます」


 ならば自分も腹を括ってこの強敵と相対する他無い。アイリスは威勢の良い眼差しできっ、とディランを睨み返した。


「オッケー。あの妙な剣術を使う転入生の事も気にはなっていたが、俺としては、お前とは戦いたいと思ってたんだ。()()()()()()()()()()の持ち主とな」


 自分を睨み付けるアイリスに、ディランはニヤリと好戦的な笑みを見せる。その時、魔法戦特有の激しい爆発音が上の階から聞こえてきた。早速、開幕から激しい魔力のぶつかり合いが二人にも感じ取れる。


「向こうも始まったみたいだな。それじゃ、こっちも始めるとするか! 【破】ァアアア――ッ!!」


 短く呪文を唱えつつ、ディランが拳を構える。すると、その手の甲に刻んだルーン刻印が光輝き……両拳に紫電が、両脚に火炎が壮絶に迸った。それと同時に、身体に刻んだ無系統《剛力ノ解放(フィジカル・ブースト)》の術を素早く解放し、身体能力を強化する。


(来た、ディラン先輩の「魔練闘術(マジック・アーツ)」!!)


魔練闘術(マジック・アーツ)」。文字通り、拳や脚などの身体的部位に魔法を乗せ、攻撃の瞬間にその圧縮した魔力を解放して破壊力を底上げするという近接格闘術。魔力放出による行動強化の延長線上にある技だ。


 魔力操作に対する優れたセンスがなければ、基本技の一手ですら習得困難な代物の上に、遠距離から敵を一方的に攻撃出来るという魔法最大の利点を投げ捨ててまで近距離での戦いにこだわるという、魔法の効率的な運用とは真逆の技といえる。


 こんな非常識な戦法を好んで使う魔道士は、相当な物好きか大馬鹿のどちらか――だが、極めてしまえばその威力は絶大。ごく近距離における純粋破壊力は。攻撃魔法のそれを遥かに凌ぐ。


 ヘレンやローレンからの事前情報で把握してはいたし、先の校内選抜戦でも偵察はした。ディラン=カーシュは、魔法で身体能力を極限まで強化し、徒手格闘による近接戦闘を得意とするという、自分とまったく同じ戦闘スタイルだ。


 攻撃魔法はあくまで牽制目的や副次的手段に過ぎず、魔力の殆どを身体強化魔法の維持や、魔力放出による行動強化に回すという、独特の戦闘スタイルは学院の中でも異彩を放つことで有名だ。それで周りを黙らせてしまえるだけの力が実際にあるのだから、その実力は言わずもがなである。


(今更だけど、そんな人相手にこちらから近接格闘を仕掛けるなんて、とんでもないリスクだよね……)


 一応、アイリスの両拳にも、ありったけの魔力を乗せた無系統《魔光(ライズ・)昇華(プライオリティ)》の高密度魔力が付呪(エンチャント)されている。常人を遥かに凌ぐ彼女の素の身体能力の高さもあり、一方的な力負けはしない筈だ。


 本当はディランと同じように「魔練闘術」を習得出来ればよかったのだが、こればかりはどうしようもない。積んできた修練の時間が違う相手に、下手な付け焼刃で立ち向かったところで勝てる道理は無い。


(いや、私の場合、問題なのはそんな事じゃなくて……)


 この戦いは、「神獣」の力を制御した状態で初めて臨む本気の戦い。これまでは何とか誤魔化してきたが、技という面で遥かに格上のディラン相手にはそうはいかない。本気で()らなければ負けるのは自分。目の前の上級生はそういう相手だ。


 例の一件以来、レパルドの力は制御出来ているし、この身に秘めし「神獣」の血が再び暴走する兆しも無い。だがそれでも、万が一殺してしまったら……そんな考えがいつも付いて回る。


(……けど、やるしかない。私自身の為にも、この場を私に任せてくれたチームの皆さんの為にも、絶対に負けられない!!)


 良くも悪くも、真の意味でアイリスの歩みはまだ始まったばかり。その荒ぶる力を、無差別な破壊を振りまくだけの道具とするか、己が未来を切り開くための確かな血肉とするか、どちらに転ぶかはどこまでも本人次第なのだ。


「ここまで勝ち上がってきた相手なんだ、中等部生だからって手加減はしないぜ……いくぞ――ッ!!」

「……っ、よろしくお願いします……!!」


 互いに譲れない願いを懸けて、今、それぞれの戦いが幕を開けた――



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