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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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62話 第二の心臓

 

「な、何で『永久機関』がこんな所に……いや、でもこれは……!!」


 人類が追い求めんとする神秘、叡智の結晶の姿なのか――と、眼前にそびえ立つ巨大な存在が放つ重厚で、それでいて不気味な威圧感に、アクトは瞠目した。あまりにも突然過ぎる出来事に、脳内の処理が遅れていた。


 これが「永久機関」なのは間違いない。実際、アクトがオセアーノ魔導工学研究所で見た物と瓜二つだ。ただ、眼前の‟もう一つの永久機関”は魔導工学研究所にあった物と比べてもかなり大きく、数えるのも億劫になるほどの無数の計器や魔導装置が所狭し取り付けられている。


 そして、この研究所を流れる活性化された魔力は全てこの装置に送り込まれているらしく、絶えず巨獣の唸り声のような駆動音をドーム内に響かせていた。


 そんな代物が何故、こんなテロリストが造った敵地の中心部に――直後、アクトの脳裏でずっとつっかえていたある疑問が氷解した。


(そういえば、あの時ヴォルター=エヴァンスは言っていた。「永久機関」を動かす主要部品には、魔獣から取れる「魔石」を利用していると。その為に、奴は強力な魔獣の「魔石」を求めてた……まさか、アイリスが狙われた理由って――)


 此処に至るまで終ぞはっきりしなかった謎、この騒動に潜む昏き真意にアクトが迫ったその時。


「やはり、それが気になるかね?」

「――ッ!」


 不意に、遠くから反響めいてアクトへ浴びせられる邪気を帯びた男の声。咄嗟に聖剣を構え直して声がした方を向くと、広大な空間のほぼ中央に立つアクトから見て左側、高台から転落防止の鉄柵を挟んで一人の男が彼を見下ろしていた。


 見知った顔だ。たが、アクトが知るあの人の好さそうな穏やかな雰囲気は、見る影も無い。一見、理知的な知性の光を灯す瞳の奥に、黒く燃える邪悪な狂気。手入れのされていない髪や(しわ)だらけの白衣も、男が纏う不気味な気配を一層増長させていた。


「ヴォルター=エヴァンス……!!」

「どうだい、素晴らしいだろう? この圧倒的威容、圧倒的存在感、私が術式一つ書き換えるだけで、魔素の流れは自由自在。地上の研究所に露見する事はまずありえない」


 片や爛々とした狂気にギラつく双眸、片や鋭く研ぎ澄まされた刃の如き双眸。互いに常人ならざる眼光を向け合い、遂に両者は相対した。


(ッ……グレイザーが掴んだ情報だ、まず間違いは無いと思ってはいたが……本当にコイツが首謀者なのか。クソッ、あの時気付いていれば、こんな事にははならなかったかもしれないのに……!)


 先日、自分はこの男と偶然にも接触し、あまつさえ言葉を交わしてさえいたというのに。目の前の男が凶悪なテロリストと繋がっていることも露知らずに、会話を弾ませていたあの時の自分を百万回ぐらいぶん殴ってやりたい。


「それにしても、だ。君のような子供が、あれだけ大量に配備していた『自動人形(ゴーレム)』の殆どを退けてしまうとは、思いもしなかった。アレらは動作制御に若干の問題を抱えてはいたが、現在運用されているの戦闘用『自動人形』の二・三世代先を行く特別品だったのだがね。でもまぁ、お陰で貴重な戦闘データを取ることが出来た。その点では感謝しているよ」

「……」


 普通なら防衛要員を突破され、敵に此処までの侵入を許した時点で、侵入された側としては相当慌てふためいても良い筈だ。だというのに、ヴォルターはアクトを排除しようとするどころか、余裕綽々な様子で語っている。自身の優位を微塵も疑っていない証拠だ。


 立ち振る舞いや身体を流れる魔力の質から見る限り、ヴォルター自身の戦闘能力はほぼ皆無だ。ならば、彼は自身とは別の何らかの攻撃手段を隠し持っているに違いない、とアクトは警戒心を更に引き上げる。


「御託はいらない。俺がお前に要求する事はただ一つ、アイリスを返せ……!!」

「ふふふ、そこまであの少女が惜しいかね。彼女の存在がもたらす多大な恩恵と価値も理解出来ない愚物風情が」

「……ッ!」


 余裕のあるゆったりとした様子から一転、ヴォルターはアクトに向ける視線に強烈な侮蔑を込めて彼を睨む。元から内在する狂気と入り混じった焦げ付くようなその意思は、アクトをして僅かにたじろがせた。


「君のような若者が此処まで辿り着いたんだ、折角だし君には教えてあげよう。何故、私がこのような事を画策したか、をね」 

「……随分と余裕だな、オイ」


 よほど自分の事を知って欲しくてたまらないのか、単に人の話を聞かないタイプなのか。アクトの反応を待つより早く、ヴォルターは己の身の上話を語り始めた。


「かつて、戦闘用『自動人形』の開発に携わっていた私は、オセアーノに新設された魔導工学研究所所長に就任すると同時に、帝国魔導技術開発局が掲げた一大プロジェクトである『永久機関』の開発を任された。『永久機関』が完成すれば、人類はまた新たな高みに至ることになり、私は更なる栄誉を得ることが出来るだろう。当時、多くの期待と名声を一身に受けていた私は、人生の絶頂の只中に居たと言ってもよかった」


 陶酔気味に、過去を懐かしむように語るヴォルターの脳裏には、輝きに満ちていた在りし日の光景が走馬灯にように蘇っては消えていっていることだろう。そんな人生超・勝ち組の男が、如何様にしてこうまで落ちぶれるに至ったのか、アクトに少しばかりの興味が湧いた。


「ただ、私の思惑とは裏腹に、研究は非常に難航した。何せ今まで殆ど手が付けられていなかった研究分野だからね、設備、人員、実験データ……考えられる限りの様々な要素が著しく欠如していた。何とか作り上げた最初の試作品も、『永久機関』とは名ばかりの劣化魔力機関に過ぎなかった。来る日も来る日も検証と実験を繰り返し繰り返し――失敗した」

「……」

「失敗すること自体は別に構わなかった。研究に失敗は付き物だからだ。だが、幾度も失敗を重ねていくうちに、莫大な研究開発費は研究所の資金を圧迫していき、遂には最低限の資金援助しか行われなくなった。金食い虫と他の部署の職員に白い目で見られ、徐々に肩身が狭くなっていく私の気持ちを理解出来るかね? どん詰まりの状況を打破する為に、私は各方面を走り回って開発費を回してくれるよう様々な手を尽くした。だが――」


 余裕を忘れ、饒舌に話すヴォルターの雰囲気が変わり――途端。


「上層部は、私達にロクな研究予算すら降ろそうとしやしなかった! ならばと『永久機関』の有用性と実現性を説く為に私が書いた論文を、奴らは机上の空論と言って斬り捨てた!! 気付いた時には既に遅かった。そうさ、奴らは端から『永久機関』の開発など不可能であると既に研究自体を見捨てていた! 奴らはただ、自分達の邪魔になる人間を都合の良い理由を与えてゴミ溜めに捨てておきたかっただけだった!! 研究者にとってこれ以上の屈辱はあるものだろうか、いや無いッ!! 人類の智慧の粋を結集した神秘の崇高さも理解出来ない畜生共に、何故この私が虐げられなければならないんだ!!?」


 凄まじい憎悪と憤怒を煮え滾らせ、ヴォルターは声を荒げてまくしたてる。つまり、彼はずっと恨んでいたのだ。あれだけ自分の事を囃し立てたくせに、いざ結果が出ないとなると自分の存在や価値を認めようとせず、自分を蔑ろにしてきた人間全てに対して。

 

 それこそが彼が「永久機関」の開発に携わってきた時からずっと抱えていた闇であり、‟魔が差した”理由なのだろう。


「……だからルクセリオンに寝返り、アイリスを攫ったのか」

「あぁ、そうとも。彼らは私に全てを与えてくれた。設備、環境、素材、全てが研究所のそれよりも豊富だった。……ただ、それでも課題は残っていた。一番の問題は、循環した無限の魔力に耐え得るだけの『心臓』部分だった。これまで何十、何百という魔獣の『魔石』を試してきたが、どれもこれも高密度の魔力に耐え続けられるだけの耐久性はなかった。自然発生する魔獣の『魔石』では、そもそも力としての規格が違うのだと理解したよ。やはりここでも研究は難航した。……そんな時だ」


 すると、ヴォルターは煮え滾らせていた憎悪や憤怒を嘘のように霧散させた――否、それを遥かに上回る程のドス黒い狂気を纏い、両腕を大きく広げて、まるで「神」を仰ぐかのように言った。


「‟彼”が見つけてきたあの少女の、『神獣』と呼ばれる程の魔獣の血と力を引き継ぐレパルド族の末裔を見て思ったよ! 我々よりも高次元の存在としてこの世界を生きる‟アレ”は、『永久機関』を動かす理想的な生体部品として持って来いだとね! そこから先は早かった! 様々な機器を用意し、少女を誘拐する手筈を着々と進めた! そして、全ての準備は整った。最後に‟部品化”した少女を組み込むことで、この『永久機関』は遂に完成するのだ! 我が身の内から溢れだす無限の発想を、底無しの創造性を、一体誰が止められるだろうか!? ふはははははははははははははっ!」


 完全に気が触れていた。濃密な狂気を撒き散らし、狂人(ヴォルター)哄笑(こうしょう)が響き渡る。「神」などではなかった。ヴォルターが取り憑かれたのはそれよりも余程タチの悪い「悪魔」――人道から大きく外れてしまった「邪悪」そのものだ。


「……下らねぇ」

「ふはははははははははははははっ……は?」


 事の経緯(いきさつ)は想像していたよりも遥かに単純であり、アクトが理解に時間を要することもなかった。その上で……ヴォルターの執念とも呼べる「邪悪」を、彼は一蹴した。代わりに、沸点が天元突破した魂の奥から熱い感情と冷たい戦意がみるみるうちにこみ上げてくる。


「どんな理由かと思ったら、心底下らねぇ。結局、それはアイリスをただの都合の良い道具としてか見てないって事じゃねぇか!! ふざけ腐りやがって!! 一体、人の命を何だと思ってやがるんだ!? そんなモノには栄光も名誉も、ましてや正義なんてモノも存在しない! テメェらは何の罪も無い女の子の命や尊厳を踏みにじる、只のクソ野郎共だ!」


 猛烈な怒気を声に乗せ、アクトは吠える。


 元・傭兵として、自らこの手で奪った命と、自らの手から零れ落ちた命の重みを知り、今もそれに悩み苦しんでいるからこそ、命を平気で弄び、ましてやその行為に理由を付けて正当化しようとする‟邪悪な偽善者”が許せないのだ。


「『正義』、と言ったかね? この計画が非人道的である事など、百も承知。外道たる私にも、それなりの覚悟はあるとも。そして、私のような世界と人類に為に身を捧げようとする人間を見放して腐らせる帝国と、正しく使ってくださるルクセリオン。果たして本当の『正義』はどちらだろうか?」

「さっきから言わせておけば……!!」


「正義」とは千差万別、人の数だけ「正義」が無数に存在するというが……なるほど、この男にはこの男なりの「正義」とそれに基づいて何かを為そうとするだけの意思があるようだ。反吐が出るような邪悪な意思だが。


「お前の言い分は理解した。……で、だから何だ? お前は、何かを犠牲にしなければ何も成せない最悪な半端者なのか? 何かを、誰かを犠牲にした上に成り立った繁栄なんて、所詮はまやかしだ。本当の意味での人類の進歩とは、あまりにも程遠い。お前は結局、自分(テメェ)の醜い欲求を満たす為にくだらねぇ理屈を垂れてるに過ぎないんだよ!!」

「若いな。人間は万能では無い。故に、犠牲なくして人類の繁栄はまずあり得ない。それは歴史が証明している事だ。君らのような人類の進歩を妨げる愚物がいつも掲げる犠牲の無い繁栄とは、荒唐無稽な絵空事。只の思考停止だ」


 今にも爆発せんばかりの怒気を滲ませるアクトの言葉に、ヴォルターは嘲りの笑みで返す。最早、これ以上の言葉は不要だった。何故ならこの瞬間、両者は決して相容れることの出来ない不倶戴天の敵同士である事がはっきりしたからだ。


「もう一度言うぞ。アイリスを返せ。さもなくば……斬る」


 底冷えするような声の警告。烈火の如き怒りの眼差しでヴォルターを睨むアクトは、聖剣の切っ先を彼に向ける。


「勿論返すとも――いつになるかは分からないがねっ!!」


 刹那、背中に隠されていたヴォルターの右腕が突き出され――咆哮する銃声、一発。鋭い火線が空気を裂き、古めかしい意匠の回転弾倉拳銃(リボルバー)の轟音が虚しく残響する。そして、


「!」


 からん。完全な予備動作無し(ノーモーション)から、振るった腕が霞む神速の一閃。険しい表情を浮かべ聖剣を斜めに斬り上げたアクトの足元に、真っ二つに両断された弾丸が落ちた。


「この距離、そんな豆鉄砲で、俺が殺れるとでも思ったのか?」

「まさか。今のは私の『自動人形』を片っ端から破壊してくれた事への仕返しだよ。本命は――‟彼”に任せるとしよう」


 自らがずっと隠し持っていた対抗手段を常識外れの「技」で塞がれたにも関わらず、ヴォルターは驚くどころか尚も余裕の態度を崩さない。こうまでしても揺るがない奴の絶対の自信はどこから来ている? と、アクトが推測しようとした……その時。


「ッ……」

「感動の対面だ」


 こつ、こつ、こつ……音の発生源はヴォルターの背後。緩慢とした速さでこちらに近付いてくる靴音が――二つ。新手の登場に、アクトがいつでも地を蹴って斬りかかれるよう万全の臨戦態勢をとり――直後、足音の主達が現れた。


「……!」


 どちらも見知った顔だ。一つは手入れのよく行き届いた金髪にいかにも女性を惹き付ける魅力を兼ね備えた優男。一つは暗がりに溶ける黒髪――ではなく、鮮やかな紫炎色の長髪。女性らしさを感じさせながらもまだ幼さの残る少女。


「アイリス……! それに、カイル=ミラーノッ!!」


 自分が救いにきた少女と、その少女がずっと懇意にしてきた恩師の登場に、アクトは二重の驚愕に襲われた。カイルの傍らにぽつんと佇むアイリスは、無気力・無表情で虚空を見つめている。眼鏡を外された瞳からは一切の光が失われ、酷く虚ろだ。


 服装も学院の制服から動きやすい戦闘服のような装いに変わっている。アクトが送った結晶細工の首飾りを何故か今も付けているのは、気にも留められていないのかそれとも……


「君は……あぁ、アクト=セレンシア君だったかな?」

「カイル=ミラーノ、やっぱりアンタが誘拐の黒幕だったんだな!!」


 明らかに何らかの精神支配を受けているアイリスを視界の端に、アクトは自分に向けて穏やかな笑みを浮かべるカイルを鋭く睨む。


 ――実際のところ、此処に来る道中グレイザーと話して、犯人の目星は付いていたのだ。先日襲って来た男達の仲間がもう居ないとは言い切れないため、予めアイリスには部屋に鍵を掛けさせておいた。かと言って扉が強引にこじ開けられたり、室内で争ったような形跡もなかった。


 考えられる可能性としてはアイリス自身が扉を開け、犯人を中に招き入れた場合だ。その場合、特別講義であらかた出払っていた生徒達は除外される。旅館の職員も厳しいだろう。ならば、最も怪しい人間は学院関係者にしてアイリスと親しい関係にある人物、つまり――


「アイリスが行方不明になったのとほぼ同じタイミングで姿を消した、アンタしか居ないだろ……!」

「御明察。よく分かったね、中々の推理力だよ」


 小さな拍手でアクトに賞賛を送るカイルは、変わらず穏やかに微笑む。普段へらへら笑っている人間ほど腹の底は読めないとはよく言うが、今の彼の笑みは、アクトがこれまで見てきたものの中でも飛び抜けて不気味だった。


「アイリスッ! 何そんな簡単に操られてるんだよ!? 目を覚ませ!!」

「無駄だよ。この子の精神は完全に掌握した。僕の命令にしか従わないし、もう君の言葉は届かない」


 必死に呼びかけるアクトの希望を断つように、カイルは無慈悲に告げる。確か、カイル=ミラーノが精神干渉系魔法を研究していたという事を唐突に思い出したアクトは、彼が嘘偽りを述べていない事を理解した。


(大勢の人間を巻き込むどころか、アイリスの心まで弄びやがって……!)


 コイツらはどこまで外道を積み重ねれば気が済むんだ、と抑えている憤りを隠しきれなくなりつつあるアクトであった。一刻も早くあのクズ共を叩っ斬ってやりたいという黒い感情が剣先に纏わりついていく。


「どうだいカイル殿、この少女は最強の戦闘民族と名高いレパルド族だ。『永久機関』に組み込む前に、侵入者の始末を任せてみては?」

「えぇ、分かりました。……アイリス、【彼を殺しなさい】」


 魔力を乗せて発される(カイル)からの「命令(コマンド)」。次の瞬間、人外の脚力を以てアイリスは高台から跳躍し、軽やかにアクト同じ高さに降り立った。


「アイリス……ッ! 頼む、目を覚ましてくれ!」

「……」


 悲痛に叫ぶアクトの訴え虚しく、アイリスは静かに拳闘の構えをとる。その表情はいつものエクス以上に感情が籠ってないが、アクトの本能では、背筋の凍るような殺意が自分に向けられているのが嫌でも分かった。


(先ずは動きを止めなければ、呼びかけるも何もあったものじゃねぇ。こうなったら――やるしかない!!)


 正直、厳しい戦いになる。この落ち着きぶりを見る限り、精神干渉によってアイリスは魂に眠る凶暴な「獣性」を封印され、レパルド族としての戦闘能力だけを引き出されている状態だ。先の戦いのような本能に任せた無茶苦茶な突撃ではなく、暗殺者の如く冷酷無比に己の命を刈り取らんとするだろう。


 恐らく単純な身体能力では、アイリスは自分を優に上回っているだろう。加えて、自分はエクスの《慈愛》の権能を使って傷を与えずに戦わなければならない。……故に、誤魔化しは効かない。この獣の少女を傷付けず制するには、自身の性能の全てを投入して彼女を上回らなければならない。


「ここまで待たせて悪かったな。……行くぞ、エクスッ!」

『はい!』


 覚悟を決めたアクトの言葉に、エクスは力強く応える。


 ――剣士の魂と精霊の魂、‟不完全な契約”で結ばれた二つの魂が一つに同調し、限界を超えた力を解放する!


「……!」


 刹那、アクトの総身から渦を巻いて輝く銀色の光――膨大な魔力光が奔流となって吹き上がった。猛る銀光をその身に纏う(アクト)の姿に、今まで無反応だったアイリスの身体がピクリと動く。


 《限界突破(リミット・オーバー)》――かつて、まだこの世界に‟怪物”が跋扈していた時代。圧倒的で強大な存在と戦うために、ヒトがヒトの限界を超克して立ち塞がる苦難を打ち払わんとする、剣精霊エクスの権能。


 文字通り全ての力を限界を超え一瞬で出し切る最強にして諸刃の剣を、切り札を遂に切ったのだ。


「さぁ、全力でぶつかって来いアイリス! お前がどれだけ強かろうと、俺が全部受け止めてやる!!」

「……!」

 

 拳を構えたアイリスが床を蹴り砕き、放たれた矢の如くアクトへ突進し、それをアクトは溢れだした膨大な魔力を身体と聖剣に集中させて迎え撃ち――


(アイリス、お前を必ず救ってみせる!)


 戦いの火蓋が、ここに切って落とされた。



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