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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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49話 学院の外へ

 

「突然だが、来週から中等部三年と高等部一年次と二年次生合同で、遠征学習が行われることとなった」


 それは――アクト=セレンシアにとって、晴天の霹靂であった。


「……はい?」


 一日の全ての授業が終わり、いつものように担任のクラサメが帰りのホームルームのために教室にやってきて、開口一番に喋ったのがこれである。そして、彼の言葉を聞いた途端、教室内が微かに色めき立った。驚愕する者、困惑する者、歓喜する者、様々だ。……ただ一人を除いて。


「何なんだ? 遠征学習って」

「そっか、アクトは他所からの転入生だから知らないんだな。この時期になると毎年やってる、ウチの恒例行事の一つだよ」


 何が何やらといった様子のアクトの問いに、隣の席のマグナが小声で軽く説明する。ちなみに反対側の席では、エクスが上半身をアクトの膝に乗り出させ、枕代わりに小さな寝息を立てていた。


 今日の授業で少し多めに魔力を使ったので、それをアクトから補充するために休眠状態となっているのだ。


 上位精霊とはいえ、エクスには明確な自我と精神がある。主からの絶対の願いで、精霊だとバレないよう細心の注意を払っているエクスの気苦しさはアクトも理解しているところなので、こうして文句一つ言わずされるがままにしていた。


「……なるほど、まったく分からん」

「まぁ、そうなるよな。とりあえず聞いとけよ。先生が説明してくれるだろうからさ」


 この反応を予想していたらしいクラサメは、生徒達のざわめきが収まるのを無言で待っている。やがて、ようやく教室内が静けさを取り戻すと、改めて言葉を続けた。


「今回の我々の遠征先は帝国南方、レイクネス地方沿岸沿いに広がる港湾都市オセアーノだ。其処に設立された最新鋭の魔導工学研究所の見学が主な内容になる。対象クラスの生徒を半分ずつに分けて行うので、かなりの大所帯になる。今から資料を配布するので、入念な準備をしておくように」


「オセアーノ」という単語に、何故か再び教室内がざわめきだすが、クラサメはそれを無視して淡々と最前列の生徒に資料を配っていく。資料を受け取った生徒は、自分の分を取ってさらに後ろに生徒に渡していき、最後列のアクト達の元にも届く。


 資料を受け取ったアクトは、早速、頁をめくってそれを熟読し始めた。


 ――「遠征学習」は、中等部三年次から二年次までが対象の必修行事だ。魔法科学院では無い一般の学校が実施しているような遊び半分のものではなく、こちらはれっきとした学院の授業にも含まれている。評価単位もしっかり付いて原則、全員参加だ。


 ちなみに、遠征学習中の「校内選抜戦」の分は次週に持ち越され、次週の回数が増える形式となっている。


 生徒達はクラスごとにそれぞれガラード帝国が運営する魔法研究所へと赴き、研究所見学と最新の魔法学についての講義を受けることになっている。普段、滅多なことではオーフェンに外に出ることはない学院の生徒達の身を未知の環境に置かせ、存分に人間としての、魔道士としての経験を積ませるいうのがコンセプトだ。だが――


(……なるほど。普通ならとっくの昔に実施されるだった筈が、学院襲撃事件があった所為で予定が大幅に遅れてしまったのか。それで仕方なく、生徒達を一ヶ所に合同で行かせざるを得なくなったんだな)


 資料をざっと読み終え、裏に隠れた学院側の事情を大体察したアクト。


 国際魔法犯罪結社ルクセリオンに襲撃され、今も他の犯罪組織に狙われているかもしれない現状、生徒達を大量にオーフェンの外に出すのはリスクが高過ぎる。だが、生徒側の必修授業として設定されている以上、行かない訳にもいかなかったのかもしれない。


 しかも、研究所の立地や受け入れ先の兼ね合い、大勢の魔道士が押し掛けることによる混雑・混乱の回避といった点から、遠征学習は実施期間・実施場所・クラスを幾つかに分けて執り行うのが通例だ。


 立地的な関係で、モノによっては半月以上かけて行われる大遠征となる場合もある。そういう点では、期間と場所が殆ど定められている今回の遠征学習はかなりの異例と言えるだろう。


(……そういえば、「オセアーノ」って確か、帝国内でも有数のビーチ・リゾートだよな。あそこなら大型のホテルも沢山あるだろうし、他の観光客に紛れて魔道士の生徒達があまり目立ちもしない。大人数を制御するにはうってつけの場所って訳だ。……そういえば、その近くに最新の研究設備が作られるって話を三年前に聞いた事があったような、なかったような……あれ? あれは何の拍子で知ったんだっけかな……)


 傭兵として各地を点々としていた頃の経験から、もはや遠い過去にある曖昧な記憶をアクトは頭を捻って何とか思い出そうとする。実際に行った訳では無いし、あまりに朧気で詳細はまったく覚えていないが……聞いていて気分の良い話でなかったのは覚えている。


 まぁそれはさておき、さっき生徒達が騒ぎ出したのはこれが理由だろう。確かに、日程表の中には何日か自由行動の時間がある。宿泊費や施設費などの費用の大半は学院側が持ってくれるので、この機会に温暖な南方での観光を逃す手は無いというものだ。


(傭兵時代に色んな場所を巡ったけど、争いとはほぼ無縁な南方には一度も行ったことなかったな。それに、最新鋭の研究設備って事は、帝国がしてる最先端の魔法研究を近くで見られる訳だ。……へぇ、結構楽しそうじゃねえか)


 この街に来てからというもの、思い返せばアクトが送ってきた日々は、まさに怒涛の日々の連続であった。同い年の少女二人と同居生活が始まったり、上位精霊と契約を交わしたり、極悪テロリスト集団と戦ったり、よく分からない巨大な死霊と戦ったり、昔の戦友と再会したり、またテロリスト集団と戦ったり……


 ……あれ、俺ってこの短期間に結構ヤバい事やってない? と額から汗を垂らす程度には充実(?)した毎日を送っていた。


 表に出すことは無いが、潜在下では心身共に疲弊していた今日この頃、そこへようやく訪れた学校行事らしい行事。今まで経験したことのなかった類の経験に、珍しくアクトはガラにもなく浮足立っていた。


「……全員、ある程度資料は読んだな? では、遠征学習当日の集合場所についてだが――」


 生徒達の書類を繰る手がある程度止まったのを折りに、クラサメは彼らの顔を見回しながら詳細な事柄を説明していく。途中、アクトと視線が合った時にその両目が鋭く細められたような気がするが、きっと気のせいだろう。


「――不測の事態が重なり、このような形でしか催すことが出来なかったのは非常に遺憾の思いだが、諸君らも分かっている通り、この遠征学習はただの外遊びなどでは無い。諸君らの魔道士としての智慧を高め、更なる見分を深める為の重要な行事だ。加え、一般人には諸君らの態度の一つ一つが学院の態度として映るものだ。期間は約一週間と短いものだが、栄えある王立ガラード帝国魔法学院生としての自覚を肝に銘じて欲しい。以上だ」


 そして、遠征場所がリゾート地と聞いて、若干バカンス気分で浮かれている生徒達に釘をさすような最後の総括を以て、今日のホームルームは終わりを告げるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



「遠征学習かぁ。あんな事があったから、てっきり今年はやらないのかと思ってたけど、ちゃんとやるんじゃない」

「そうだね。一昨年と去年行った遠征学習も凄く楽しかったから、あの一件で中止になるんじゃないかと内心では少しがっかりしてたんだ。でも少し形は変わったけれど、無事にあってよかったね」


 夕暮れ前の眩い日光が窓から差し込む放課後の廊下を、アクト達一行は広々と並んで歩く。ホームルームが終わって一斉に動き出す生徒で溢れかえる混雑の時間をずらして出て来たので、廊下を歩く生徒は彼らを除けば数えるほどしか居ない。


「いやー、それにしても本当に楽しみだよな! オセアーノ魔導工学研究所って言えば、帝国内でも屈指の最新設備を誇る研究所だぜ? もう一つの遠征場所へ行く魔導工学専攻の連中に自慢してやりたいぜ!」

「そっか、確かマグナは魔導工学専攻だったな。そういう身としては、やっぱり楽しみか?」


 前までは成り行きで付いてくるような形だったマグナも、先日の中間考査の件で親睦を深めたことで、今では当たり前のように一緒に帰る気心しれた仲となっていた。


「おうよ、当たり前だぜ! 魔導工学の道を征く者として、この遠征学習で燃えねぇ奴は居ないさ。それに、近くにあるのは帝国でも有数のリゾート地で有名な場所だぜ? いや~そっちの方も楽しみだよな!」


 などと、型通りに浮かれているマグナだが、


「あのねぇ、クラサメ先生も言ってた通り、校外学習は遊びじゃ無いのよ! 自由時間はあくまでおまけであって、目的は魔道士としての智慧と見分を深めるための――」

「まぁまぁコロナ、その辺りはマグナ君も分かってると思うから、ね? 一回落ち着いて?」


 くどくどと説教するお冠なコロナを、リネアが苦笑しながら宥める。そんなやり取りをしながら、一行が賑やかに帰りの路につく――その時だった。


「ん? あれは……」


 不意に、アクトは正門に続く舗装路の端を細々と歩く見知った人物の姿の背中を見かけた。一度二度会話をした程度の仲、普通ならこの状況で声を掛けることはことはなかっただろう。だが、生まれつきかなり難儀な体質を抱え、妙に気にかかるその()()の元にアクトは小走りで駆け出し、


「よっ、一人なのか?」


 ぽん、とその肩を軽く叩いた。アクトが接触した人物――黒の長髪に地味な丸メガネをかけた少女――アイリス=ティラルドは、びくっ、と一瞬体を震わせて後ろへ振り返る。


「貴方は……アクト先輩?」


 アクトの姿を認識したアイリスは、意外な人物の登場にその紅玉(ルビー)色の瞳を大きく見開かれる。が、やがてアクトの無遠慮の物言いに不快感を感じたのか、少々顔をしかめて、


「……まぁ、はい、一人ですよ。……というより、先輩も一人じゃないですか」


 そう意地悪く返す。しかし、完全なブーメラン発言に悶えるが良いわと悪戯っぽく言った彼女の言葉は、


「残念、これが一人じゃないんだな」


 ニヤリと笑むアクトにはノーダメージであった。直後、先行したアクトに遅れてコロナ達がやって来る。


「アクト、その子誰よ? 校章の色からして中等部の生徒みたいだけど」

「――ッ!!」


 刹那、眠たげだったエクスの目がいきなり大きく見開かれた。契約精霊が突如抱いた‟驚愕”の感情に、「契約」を通して繋がっているアクトにもそれが伝わってくる。


「ん? おいエクス、どうしたんだよ?」

「……いえ、何でもありません。ただ、今一瞬強い気配が……」


 上位精霊を驚愕せしめるモノの存在は気になるところだが、エクスが感知した‟謎の気配”は本当に一瞬だったらしく、エクスはまた眠たげな無表情に戻ってしまった。


「あ、あの! 高等部二年次生でその赤髪……もしかして、コロナ=イグニス先輩ですか!?」


 不意に、アイリスがコロナの姿を認識した瞬間、今まで大人しかったアイリスは素っ頓狂な声を上げながらコロナの元に詰め寄っていった。


「え、えぇ。そうだけど……」

「やっぱり! 私、この学院に入った頃からずっと、コロナ先輩のファンなんです! 先輩の校内選抜戦でのめざましいご活躍、いつも拝見させてもらっています!」

「は、はぁ、どうもありがとう……」


 あぁ、この子もかい……奇しくも、その場に居た全員の胸中は同じ思いであった。そう、卓越した魔法の才を持つコロナは、同じ二年次生では疎みや妬みの対象になっているが、それとは対照的に下級生には尊敬の対象としてファンも少なくない。昼休憩の時に食堂で昼食を摂っていたところに、大量のファンが押し掛けてくるというのは、最早見慣れた光景であった。


 リネアが学院全体にとっての憧れなら、コロナは数多の下級生にとってのカリスマというところだろう。


 ――その後、アクトは音頭を取って互いの自己紹介を済ませ、自分とアイリスがどういう経緯で知り合ったのかをおおまかに説明する。勿論、彼女の「体質」については一切触れていない。


 魔道士にとって、弱点を他人に知られるのはそのまま命の危機に直結するからだ。それを教えてくれた彼女のためにも、アクトの口は固い。


 アイリスの方は、憧れのコロナ先輩に会えてやや興奮気味ではあったが、根っこの方ではいきなり名も知らぬ上級生達が大勢現れてかなり混乱していたものの、彼らと話していくうちに少し打ち解けたようだ。


「そ、それで……何か御用でしょうか?」

「いやな、今回の遠征学習って何時もとは違う形になる訳だろ? せっかく見かけたんだし、アイリスがどっちの遠征場所に行くのか気になってさ」

「あ、そういう事ですか。えっと……確か、南方にある魔導工学研究所だった筈ですけど……」

「それって、オセアーノ魔導工学研究所? じゃあ私達と同じだね!」

「え? そ、そうなんですか……?」


 まさかの場所被り、アクト達が場所談議で盛り上がっていたところに……何かに思い至ったらしいマグナが、不思議そうなものを見る表情で口を挟んできた。


「……あれ、今考えればおかしくないか? 中等部生は、クラス内で何人かで班を組んで動くってルールがあった筈だぜ。実際、俺達が中等部生の頃は、学院の最終下校時刻ギリギリまで班決めで揉めてたからな。何でこんな所に居るんだ?」

「――ッ!?」


 確かに、マグナの言う通りだった。此処に来るまでの道中、いつもは同じ正門から帰っていく中等部の生徒も、今日はアイリスを除けばまったく見かけなかった。耳を澄ませば、中等部の校舎の方からは賑やかな喧騒が聞こえてくる。


 早々に班決めが終わって帰る途中ということも十分考えられた。だが、それならその班を組んだ生徒達やらと一緒に帰るのが普通と言うものだろう。つまり、今この場に居て一人で帰ろうとしていたアイリスの方が異端な訳で……


「はぅ……! そ、それが……少し問題があって……」


 完全に図星らしく、アイリスは鳩尾に拳を受けたような声を出すと、ごにょごにょと聞き取るのが困難なほど小声になって縮こまってしまう。だが……彼女の消沈した表情にただならぬ何かを感じ取ったのだろう。今まで事の成り行きを見守っていたコロナが、初めて口を開いた。


「……何か訳アリみたいね。……良いわ。此処で話すのも何だし、何時もの場所に行きましょ?」



 ◆◇◆◇◆◇



 ――そういう訳で、一行は放課後によく立ち寄る喫茶店カフェ・ドゥ・ラぺルに足を運んでいた。濃い茶色を基調とした飾り気の一切無い空間、天井に吊るされたランプが唯一の光源に、格調高い静謐なクラシックがバックグラウンドミュージックとして流れる店内は、まさに大人な空間。隠れた名店で知られるこの店は、今日はそれなりの人数が来店していた。


 そんな混雑する店内の一角に設けられたテーブル席にて、それぞれ注文した飲み物が来たのを契機に、一行は早速本題を切り出した。


「で? アンタが言ってた‟問題”って何?」


 流石コロナ、初対面の後輩にもまるで遠慮が無い。この性格故に、初見でコロナと打ち解けられる人間は本当にごく僅かだ。アクトも最初は喧嘩の毎日だったのが何よりの証拠だ。


 コロナへの憧れの先輩象が崩壊するのではないかとコロナを除いた一行は危惧していたのだが、彼女の性格に理解があるのか、はたまたそれ気にする余裕すら無いのか、アイリスは別段気にすることなく話し始める。


「はい。えっと……私達中等部三年次生は、遠征場所でのトラブルを避けるために基本、三人以上六人以下で行動するよう決められているのですが……」

「あぁ、そういえばあったな、そんなルール。けどよ、あれって別に強制じゃなくて、一人で周りたい奴は一人で周っても良い……なるほど、そういう事か」


 喋っている途中、何かに思い至ったらしいマグナが納得といった顔をする。それにつれ、マグナ以外の全員もアイリスが言わんとしている事を理解した。


「えっと……ま、マグナ先輩の仰る通りです。例の事件の所為で、班を組んで団体行動することが義務付けられるようになったんです。それで……お恥ずかしながら、一緒に班を組めるような人が居なくて……」


 その瞬間、アクト達はアイリスが抱える事情の全てを悟った。一体どんな複雑な理由があるのかと心配していたので、そういう意味ではまあ、よかったと言えるだろう。だがこちらもそう簡単な問題でも無い。何故ならこの問題は、最も単純にして最も難しい問題でもあるからだ。あまり口に出して言えることではないが、それはつまり――


「つまり……アイリス。お前、友達居ないのか?」


 全員が口に出すのを遠慮していた事を、ただ一人空気の読めないアクト(馬鹿者)が何の躊躇いもなく言ってしまった。直後、アクトの後頭部に鋭い衝撃が走る。


「痛ってぇ!? 何すんだ!?」


 叩かれた場所を抑えながらアクトが恨みがましい表情で睨んだ先には、思いっきり叩いた右手をひらひらさせながら非難の視線で睨み返すコロナの姿があった。見れば、コロナ以外にも彼に向けられるアイリスを除いた全員の視線が非難の念を含んでいた。


「アクト……アンタ、少しはデリカシーってものを学びなさいよ」

「今のはちょっとないんじゃないかな……」

「おいおい、流石にそれはいかんだろ……」

「マスター、失礼ながら今の発言は不適切だと判断します」


 三者三様、おまけに精霊のエクスにすらつっこまれる始末。流石に自分でもやらかしたと思ったのか、アクトは後ろ頭をさすりながらバツが悪そうに謝る。


「あー、なんだ、その……ごめん」

「……いえ、別に良いんです。今更ですし、慣れてますから」


 アクトの謝罪に、何事もなかったのように微笑んで見せるアイリス。だがまったく隠しきれていない。纏う気配はとても弱々しく、その表情はどうしようもなく寂しげに彼らの瞳に映った。


「……」


 出会ってまで一時間程度しか経っていないとはいえ、この困っている後輩を何とかして助けたい……この場の誰しもが同じ考えであった。


 そんな彼らにどこまでも立ちはだかる学年という壁。同じ場所で魔法を学ぶ間柄でも、中等部と高等部ではカリキュラムや授業での修得内容の関係で、接点は殆ど無いと言って良い。個人的な繋がりやクラブや研究会などで知る合う者達はいても、ごく少数だ。


 学年の壁は高く険しい。故に、彼らにはどうすることも出来ない――だが、その不可能に‟待った”をかける人物が一人居た。


「……なぁ、だったら俺達がアイリスと一緒に班を組めば良いんじゃないか?」


 その人物――アクトがいきなりそんな事を言い出した。到底実現不可能な方法の提案に当然、困惑の表情を浮かべながら反論の声が上がる。


「はぁ~? 何言ってんのよアクト。そりゃあ、そういう事が出来たら良いと思うけど、アタシ達は高等部、この子は中等部よ? 高等部生と中等部生が一緒に周るなんて前例が無いし、そもそも不可能――」


 どんっ、コロナの声を遮るようにアクトが机の上に置いたのは、彼が爆弾発言をかます前にアイリスから貸してもらって読んでいた一年次生の資料だった。既に、ある頁が開かれている。


「って思うだろ? でも、忘れたのか? 今回の遠征学習は本来の在り方からは大きく異なってるものだって事をさ。それに……さっきアイリスに見せてもらったこの資料、一年次生に配られてる資料にはこう書いてあるぜ?」


 そう言って、アクトは開けた頁のある部分を指さす。全員が顔を覗き込むようにして見たその部分には、こう書いてあった。


 ‟尚、今回の遠征学習は特例に特例を重ねたものであるため、班の人数が必要数に達しなかった場合においてのみ、遠征場所が同じ他クラス・他学年の生徒と班を組むことを認める(ただし、高等部一年・二年次生を班に加える際は別途相談のこと)”と。


「「「「「――ッ!!」」」」」


 その文言を見た瞬間、全員の顔色が変わった。まるでこうなる事が初めから分かっていたかのように用意された、何て今の自分達に都合の良いルールなのだろうか、と。


「俺らも固まって動くつもりだったし、別に良いよな? ってかアイリス、この文言を読んだから俺達に相談してきたんじゃなかったのか? 俺もこれを読んだとき、てっきり初めからそういうつもりだったのかと思ってたんだが」

「い、いえ、知りませんでしたそんな決まり……」


 きょとんとしたアクトの問いに、アイリスが呆けたように答える。というより、あまりの都合によさに彼以外の全員が未だ呆気に取られていた。


「……で、でも! これが確かなら、アタシ達が班を組んでも別に何の問題も無いわ!」

「そうだね。制限人数もギリギリ六人だしいけるね!」


 突如開けた突破口に、先程までの通夜のように消沈した空気が瞬く間に霧散していく。その代わりに、遠征学習に向けた賑やかな明るい空気が漂い始めた。


「さて、後は班を組む奴らの意思確認だな。俺は勿論良いけど、お前らはどうだ?」


 そんなアクトの問いに、


「うんっ、勿論だよ!!」

「アタシも良いわよ。一人や二人増えても何か変わる訳でも無いしね」

「俺も別に構わないぜ。人数が増えたら賑やかになるしな」

「マスターがよろしいと言うのなら」


 全員が肯定の意を示す。その際に喋った理由の半分は建前だが、本当は悩める後輩の力になってあげたいという思いの方が強かった。もしかすれば、中等部と高等部の閉鎖的な関係を憂いている生徒も少なからず居るのかもしれない。


「――だ、そうだ。俺達は全員良いって言ってるけど……お前はどうだ?」


 場の意思は一致し、珍しく優しげな笑みを浮かべるアクトの誘いに、自分の預かり知らないところで次々と物事が決まっていくことに困惑していたアイリスだったが……


「……はいっ! よろしくお願いします!」


 今までの寂しげな表情を一転させ、元気に微笑むのであった。



読んでいただきありがとうございました!


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