48話 任務完了
地下水道制圧任務――件の犯罪組織の壊滅という、アクト=セレンシアを加えた「黒の剣団」の初任務は、途中多少のトラブルこそあったとものの無事に完了した。
相手は魔道士ではなかったとはいえ、たった五人、しかも味方の損害ゼロで総勢五十人以上にも及ぶ統領格を含む組織構成員の完全捕縛。更に、どこからか密輸されたと思われる大量の武器・物資類の一斉摘発。これは帝国軍が誇る精鋭部隊「軍団」が挙げる戦果の中でも、またとない大戦果と言えるだろう。
「――だが、同時に多くの疑問が残ったのもまた事実じゃな」
息の詰まるような閉鎖空間を離れ、数時間ぶりの地上の澄んだ空気を味わいながら、壁にもたれかかって葉巻を吹かせたガレスが不意に呟く。賊の制圧を終えた「黒の剣団」の一行は、遅れてやって来た事後処理専門の後続部隊と合流し、街へと戻ってきていた。
「けほっ……どういう事ですか?」
「いや、な。いつ、何処から搬入されていたのか分からないあの『連邦』製魔導アーマ―の件といい、連中と取引をしてたとかいう相手の痕跡がまったくなかった件といい、色々と謎な事が多いんじゃよ。……それにほら、見てみい」
ガレスの隣で煙たそうにしながらラフィールが問うと、彼は零れ落ちた灰を踏み消しながら神妙な表情でそう答え、目線を忙しそうに、だが静かに作業を行っている全身黒ずくめの謎の集団――事後処理部隊の方に向ける。
総数はざっと数えて約二十人、何の意匠も模様も無い漆黒の装いに身を包み、夜闇にまぎれて顔の判別するまともにつかない彼らは、剣団が制圧して眠らせてある賊の連行・密輸武器の押収などを、恐るべき手際のよさで次々とこなしていた。
公式には存在しない部隊であり、「軍団」がより効率よく任務を達成する為に存在する縁の下の力持ちである彼らの事も気にはなるが、今ガレスが注目したのは、彼らがせっせと運んでいる大量の武器……すなわちルーンライフルだ。
「ルーンライフルは使用者に合わせて適切な調整が必要じゃからな、機能的な関係で随分と改造れておるようじゃが……あれは全部、彼の国の民間軍事企業で有名なセイヴァー=ドラグノフ社製『RF-09』――『連邦』で作られとる武器じゃよ」
「……ッ!」
その言葉を聞いた途端、ラフィールの目が大きく見開かれる。これが帝国で製造されている武器なら分からなくはなかった。だが、よりにもよって現在ガラード帝国と極度の緊張状態にある「連邦」の武器を、しかも魔導アーマ―のような万国共通で軍事機密中の軍事機密ものの兵器を、こんな犯罪組織が大量に保有しているという事実がそこにはあった。
「あれだけの武器が全部『連邦』の……? でも、一体どうやって……」
「さぁのう。そこから先は詳しい現場検証とか、今運ばれとる連中から聞き出した情報を精査していくしかあるまいて。……まぁ、ロクな結果で無い事だけは確かじゃがな」
不自然極まりないが、実際に何が起こるかは分からない。それでも、その何かを裏付ける証拠はそれなりの数揃っている。
長く軍人として、魔道士として戦ってきたガレスの経験と勘が告げている。これは‟流れ”だ、本来なら何の関係も繋がりも無いようなモノまで全て巻き込んでどこまでも膨れ上がる巨大な‟流れ”だ。そしてそれは、近い将来、よからぬ事が必ず訪れる事でもあった。
「さて、どうなるかのう……」
そんな暗雲立ち込める未来の到来を密かに予感しつつ、ガレスは夜天に煌めく無数の星々を仰ぎ見ながら、葉巻をもう一吸いするのであった……
――一方、アクトは人通りの一切無い離れた場所から、隠形しながらテキパキとやるべき事をこなす事後処理部隊の働きをじっと眺めていた。親睦を深める(という名の御守り)名目で、彼にはラフィールの事を任されていたのだが……そこは年齢相応と言うべきか、お眠な猪突猛進少女は、近くの壁に背を預けて可愛らしい小さな寝息を立てていた。
加えて、サルーシャと若干キャラが似通っているエクスは、先の戦闘で消費した力を補充するために、霊体化してアクトからの魔力供給を受けている。
(万一にも周囲の住民に気取られないようにするためとはいえ……よくもまぁ、まともな魔法も無しにあそこまでやるもんだぜ。俺も隠形については一言あるが、あんなので背後を取られでもすれば、捉えるのは困難だろうな)
流石、事後処理部隊の名は伊達では無い。優れた武人をして軽く驚かせるほどの「隠す」という技術の高さに感心しながら、彼は彼らの作業を眺め続ける。そして、運ばれていた大量の武器の最後に……操縦席以外をアクトが完全に破壊したMA-05「コルセア」――交戦した魔導アーマ―の残骸が運び出されてきた。
「……」
破壊された両腕の他に八つの深い斬痕が刻まれた残骸を前に、以前死闘を繰り広げた怨敵の言葉がアクトの脳内に忌々しくリフレインする。戦闘中は緊迫した状態で思い至ることはなかったが……普段、自分達の生活を支えている技術が合わさった敵と戦い、こうしてあの言葉の意味を直に思い知らされる形となった。
アクト=セレンシアは魔法が大嫌いだ。それとは対照的に、元を辿れば魔法から生まれた魔導技術は必ず人々の生活を豊かにすると信じている。それは、ある種の矛盾を内包したモノでもあり、アクトが一番頭を悩ませているモノでもある。あの時ヴァイスが指摘したアクトの矛盾性とは、恐らくこの辺りにあるのだろう。
(やっぱりアイツの言う通り、魔法の存在を否定すること自体が俺の存在を否定する事と同じだというのか? 魔法を否定するという考え方そのものが間違っているのか……?)
魔法を人殺しの道具と決めつけ忌避し、そこから生まれたモノには目を瞑るなんて都合の良い解釈、理想を捨てきれない甘ったれの戯言だというのは自分自身がよく分かっている。けれど、他ならぬ自分自身がそれを認めてしまえば、剣を振るってきた今までの人生は、一体何だったのかという事になってしまう。自分の存在価値を費やした理想であるが故に、捨てるに捨てきれないのだ。
(こんな俺でも、いつか答えを出せる日が……いや、どうだろうな)
この矛盾はきっと、自分の命尽きるその時まで永遠に消えはしないのだろうな……そんな事を考えているアクトの元に、闇に溶ける漆黒の長髪に刃物の如き鋭い眼を持つ青年――一連の受け渡し手続きをようやく終えたらしいグレイザーが歩み寄って来る。
「本来なら、正確な出所の特定や機能解析の為に、可能ならばなるべく破壊は最小限に留めるべきだった。……だが、これはこちら側に戻って来たお前への細やかな手向けだ。一応、お前の意図は組んでいたつもりだったのだがな」
「……分かってる。だから俺がアレをぶっ壊そうとした時、何も言わなかったし何もしなかったんだろ? お前がその気になれば、俺の行動を封じることなんか簡単だろうからな。だからまぁ、そこは感謝してる」
「そうか。分かっているのなら、それで良い」
相変わらず冷淡な物言いの我らが副団長に、アクトはむっ、と顔をしかめながらも、やがて口元に薄い笑みを浮かべる。能力は超優秀、態度や口調は冷血漢のそれでも、この妙に仲間には義理堅いところがある。それがグレイザー=アイシュバルトという人間だったと、アクトは今になって思い出した。
「……じゃあ俺、早く帰らないと。アイツら、かなり勘が良いところあるから、こう何日も夜中に出歩いてたらそろそろバレちまう頃合いだからな」
「もう帰るのか。他の連中に挨拶していかなくとも良いのか?」
「良いんだよ。いちいち、これから帰りますよ~~~なんて仲間に報告するようなガラじゃ無いし、それに、どうせそのうちまた任務で会うんだろうしな」
「そうか。なら、それでも構わない」
そうして、視線を切って仲間の方へ向かっていくグレイザーの背中を向かい合わせ、アクトは歩き出す。今も忙しなく働いている事後処理部隊の脇を通り抜け、ガス灯の明かりだけが淡く照らす真夜中のオーフェンの街並みへ溶けていくのだった。
「――副団長、ガレスさん……本当に言わなくてよかったんですか?」
アクトが先に立ち去った後、全ての作業を終えて撤収準備を始めた事後処理部隊と離れ、「黒の剣団」一行もオーフェンに秘密裏に取っていた宿泊場所に向かっていた。明かり一つ無い暗い夜道を歩く中、
「ん? 何じゃ?」
「……何がだ?」
「何がって、知っていながら敢えてアクト君に言わなかったんでしょう? 私達が彼に、アクト君に接触した本当の理由を、ですよ」
眠たげなサルーシャの手を引いたラフィールが、二人にそんな事を言う。
「魔導アーマ―の件は流石に予想外過ぎましたが、今回の任務は私達だけでも十分こなせる範疇のものでした。それをわざわざ予定を早めてアクト君に接触したのは、例の件を話すためだと思っていたのですが、違ったんですか?」
「あー……本当は言ってもよかったと儂は思うんじゃが、グレイザーに口止めされとってのう。けどなラフィーちゃん、エレオノーラちゃんの指示通り、儂らも何時かはアクトに接触する予定だったんじゃ。それが少し早まっただけの事じゃよ」
自分達の依頼主にして、彼の大陸最高峰の魔道士を「ちゃん」付けで呼んだガレスに思わずぎょっと目を剥くも、ラフィールは努めて平静を装いながら言葉を続ける。
「……かもしれませんね。でも、それなら尚のこと情報を共有して『対象』と最も近しい場所に居る彼の協力を仰ぐべきです。‟あの一族”の存在は私達、帝国側にとっても、彼らを狙う組織にとっても未知数。とても制御出来るようなものではありませんよ」
二人の決定に不服と言わんばかりに、ラフィールは食い下がろうとするが、
「奴の暴走癖は、お前もよく知るところだろう? 今不必要に奴に情報を与えれば、一体どんな行動を起こすか分かったものじゃない。‟あに一族”を我が物にせんと暗躍している連中を刺激することにもなりかねないからな」
「うっ、それは……」
後詰め要因として一緒にチームを組み、あの少年の事をよく知っているからこそ分かる。もし自分達が知っているあの情報を伝えてしまえば、ぶっきらぼうだが根は心優しい少年は、きっと全ての制止を振り切って何らかの行動を起こしてしまうだろう。故に、そんな事を言われてしまえばラフィールも引き下がるしかなかった。
「……分かりました。それがお二人の、副団長の判断だと言うのなら、私もそれに従います。でも……きっと恨まれると思いますよ」
「ふん、今更だな。奴が任務の件で俺の事を恨んだ回数なんぞ、ただの一度や二度ではあるまい。だが、それでも俺達は上手くやっていたつもりだ。傍から見れば歪なのかもしれないが、俺とアクトの関係はそういう物だった筈だ。それを変えるつもりは無い」
せめてもの反抗か、如何にも不服といった顔だが一先ずは納得したラフィールの少し意地の悪い言葉に、グレイザーは割り切ったような言葉を返し、そして深い溜め息を吐くのだった。
◆◇◆◇◆◇
「……ふぅ、すっかり遅くなっちまった。こりゃ、明日の授業は居眠りコース確定かもな」
夜もすっかり更け込み、もうすぐ夜明けが訪れるであろう時間、居住区の一角に広々と立てられた一際巨大な屋敷――エルレイン邸へとアクトは戻ってきていた。漆黒の魔道士礼服に身を包み、屋敷の壁に背中をつき、周囲をきょろきょろと見回す姿は、完全に不審者のそれだ。
「周囲に人は居ないな……よし」
通行人の不在を念入りに確認したアクトは、薄く魔力を放出して跳躍という行動を強化、屋敷の壁を一息に飛び越え庭に入り込んだ。そして、常時展開されている不審者用の警報結界を、結界を繋ぐ「霊経路」の流れを読んで巧みに躱しながら再び魔力を放出して大きく跳躍し、二階にある自室のバルコニーに着地した。
長い長い夜の出来事を無事に切り抜け、アクトは深い溜め息を吐きながら、抜け出した時に開けっ放しにしてあった窓から自室へ入っていき――
「あら、随分と遅い帰りだったじゃない」
「――ッ!?」
中には先客がいた。机のランプには明かりが灯されており、室内は淡く照らされていた。その明かりによく映える真紅の赤髪、寝間着の上に薄いカーディガンを羽織り、椅子に腰掛けて足を組み、不機嫌そうな表情でアクトを睨むその人物とは、
「こ、コロナ……何で此処に?」
先客――コロナは、すらりと伸びる足を組み替えてこれまた不機嫌そうに口を開く。彼女と出会ってそれなりになるから分かる、炎でも吹き出しそうな焼きつく威圧を振りまくこの感じは、かなりご機嫌斜めな証拠だ。
「それはこっちの台詞よ。今まで一体、何処をほっつき歩いてたの? お陰でこっちも寝そびれちゃったわ」
「あーこれはだな……その……ほ、ほら! ちょっとした夜遊びだよ! 夜遊び!」
おい俺、それは流石に無理があるだろう……言葉にした後で、自分で自分を責めるアクト。当然、こんな無茶苦茶な言い訳で赤髪の少女を騙せるわけもなく、
「ふーん、夜遊び、ねぇ……で? その見るからにガチガチな完全武装と、多分アンタが連れてるであろう屋敷に姿が無いエクスは何のために?」
「ぐぅ……」
当然、そんな感じの反応が返ってくる。心なしか、振りまく威圧の質が数段高まったような気がした。帰ったら真っ先にこの装備を隠そうとしていたのだが、先に見られたのは痛過ぎる。
(あー、これはもう誤魔化せねぇか? ……いや、初めからコロナ相手に隠し事をすること自体が間違いだったか)
思えば、出会った当初からそうだった。どういう訳か、アクトの嘘は他の者ならある程度騙すことは出来ても、コロナには必ずと言って良いほど簡単に見抜かれてしまう(今回に限っては誰にでもバレるだろうが)。
せめて、アクトが何処で誰と何をやっていたのかだけは隠し通さなければならない。嘘に敏感な彼女を欺くために、部分的には認めつつ、ある部分だけは全力で誤魔化すしかような方法しか無いだろう。
「じ、実はだな、これには深い理由があって――」
「知ってた」
必死の言い訳を構築しようとするアクトの言葉を遮るように、コロナが短く言い放つ。
「だから、そのなんて言うか……え?」
「ここ最近、アンタが夜中にコソコソ屋敷を抜け出して何かしてるのかは知ってた。警報が作動しないように上手くすり抜けたみたいだけど、この屋敷の結界を作り、維持してるのは誰だと思ってるの? 自分が作り上げた作用領域内で人間がこんな時間に出入りしてれば、嫌でも気付くわよ」
そう言って、ふん、と鼻を鳴らすコロナ。その瞬間、この屋敷をぐるっと取り囲むような力の流れ――コロナと同質の魔力が強まったような気がした。
マズイ、これは非常にマズイ。一日二日ならともかく、この一週間の行動がずっと割れていたのは流石に怪し過ぎる。額に脂汗を浮かべながら、若干混乱しつつある脳を全力回転させてアクトは解決策を考える。こうなった以上、この頑固な少女を納得させるのは至難の業だ。ちょっとやそっとじゃどうすることも出来ない。
そんな感じで焦りまくっているアクトに、コロナは背後に燃ゆる灼熱の業火をメラメラと漲らせ――
「まっ、詳しくは聞かないでおいてあげるわ」
「……え?」
それを瞬時に引っ込め、割とあっさり引き下がるのだった。いつものしつこさと頑固さっぷりからは考えられない突然の掌返しに、アクトは思わず困惑の表情を浮かべる。
「い、良いのかよ?」
「誰だって隠し事の一つや二つはあるだろうし、アタシにだってまだ皆に言ってない事が沢山あるもの。でもリネアにはバレないようにするのが賢明ね。あの子、こういう『夜遊び』するような奴には容赦ないからね。もしかしたら追い出されちゃかも」
あっけらかんとしながら、しれっと空恐ろしい事と言うコロナ。
「お、おい、そんな事言うなよ……怖くなるだろうが」
「ふふっ、冗談よ。いくらあの子でもそんな真似はしないわ。滅茶苦茶怒るだろうけどね」
怒りはするのな……アクトがそんな事を考えていると、不意にコロナが椅子から立ち上がり、未だ困惑気味の彼の真正面に立つ。
「コロナ……?」
「話を戻すけど、アンタが明確な害意を以て何かをしようとしない限り、アタシからこれ以上言う事は何も無いわ。アタシ達は同居人である前に一人の魔道士、誰かが誰かの行動を縛るような事なんてあってはならない。それが魔道士っていうものでしょ?」
突然何だと頭の整理が追い付かないアクトに、コロナは更に言葉を並べる。窓から差し込む月の光に照らされる彼女の顔は、とても真っすぐで――とても美しかった。
「それに……アクト=セレンシアは、このコロナ=イグニスが認めた唯一の『騎士』なんだもの。そんなアンタが、人様に迷惑をかけるような真似をする筈が無いわ。アタシはそう信じてる」
「……!」
あぁ、そうか……ここに至り、コロナが何故こうもあっさりと引き下がったのかをアクトは理解した。「契約」を交わした少女の言が、激しく彼の心を揺さぶったのだ。そしてそれは、彼女と出会ってそれなりの月日が経ったからこそ分かる事だった。
この場で多くは語るまいし、実際に言葉にするのは野暮なのかもしれない。だが、強いて言うのなら……「信頼」なのだろう。
こうまで無条件の信頼を預けてくれる、そんな人間と出会ったのはこれで二回目だ。過程や結果はどうあれ、本当に自分は此処で良い出会いをしたものだと、アクトはしみじみと感じていた。
「……ありがとうな、コロナ。いや……我が『主』サマ」
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