47話 地下水道制圧戦
――坑道のような広く直線的な空間に、様々な種類の音が入り乱れ反響する。甲高くぶつかる金属音に、何かが疾く空気を裂くような風切り音。泡を食ったような人間の怒号、悲鳴。そして、時折、大気を激しく震わせる凄絶な爆音。城塞学院都市オーフェンに迷路のように張り巡らせた地下水道施設は、まさに戦場と化していた。
滅多に人が訪れることが無いこの地下水道には、現在五十人近い人々が怒号や叫びを上げながら騒がしく慌ただしく動き回っていた。彼らはガラード帝国内ではそこそこ名の知れた反社会勢力の一つであり、元々、この地下水道でとある勢力と秘密の武器取引を行っている最中であった。
と彼らは魔道具などで魔法的な現象を起こすことは出来るが、組織内に本物の魔道士は居ない。それは、裏の世界で生きるにはかなり危険な状態だ。故に、彼らは裏社会の組織の中でも一際警戒心が強い事で有名だった。
そもそも、今回の取引自体、彼らも最初は渋っていたのだ。幾ら調べても、取引相手の素性がまるで分からなかったからだ。
この誘い自体が罠の可能性も十分に考えられた。それでも……これらのリスクを全て些事と片付けられるほどに、取引相手が提示してきた利益の方があまりにも大きかった。提示されたものが本当なら、彼らは裏社会で遥かに優位に立てる。よって、メリットとリスクを考慮した上で、仕方なく取引に応じたのだ。
そんな彼らの心配とは裏腹に、取引はつつがなく進んでいった。あれだけ大量の武器を保有しているというのに、実際に現れた相手はたったの十人程度なのは気にはなったが、現れた相手は全員が全員、異様な気配を放っていた。
ある一件で偶然に組織の下に流れてきて、相手が取引材料として要求した‟例のモノ”も渡し、最大の懸念事項であった「大荷物」の受け渡しも無事に終わった。
万事順調、取引相手もさっさと立ち去り、自分達もそろそろ撤収しようかと準備を整えていたその時――突如、天井を突き破って何者かが侵入してきたのだ。突然の出来事でまともな反応が出来なかったところを見事に突かれ、その時点で彼らは仲間の多くを制圧されてしまった。
きっと、平時の彼らなら迷わず撤退を選択しただろう。だが、侵入者の数はたった五人、自分達の十分の一以下だ。しかも中にはまだ年端もいかないような女子供も混じっている。幾多もの抗争を生き抜いてきた故の自負か、彼らはまだ侵入者達を返り討ちに出来ると踏んでいた。そして……その判断こそが、彼らの一番の失態であった。
「な、何なんだコイツらは!? 全員化け物じゃねえか!?」
「ひっ!? 逃げろおおおおお!? こんなの勝てる訳がねえよ!?」
「だ、誰か!! 誰か助け――」
戦闘開始から僅か五分、大量の兵士がひしめく地下水道は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。返り討ちに出来るとあれだけ息巻いていた組織の構成員も、今では情けなく逃げ惑うばかりだ。何人か骨のある連中は勇敢に――蛮勇を奮い立たせて立ち向かっていき、抵抗一つままならず制圧されてしまう。
五人の侵入者――魔道士は、全員が全員化け物だった。ある者は幾つもの魔法を操って五人の中でも一番の制圧数を叩き出し、ある者は地形を自由自在に変化させたり、ある者は見慣れない道具を手足の如く操って彼らを翻弄し、またある者達は前時代的な剣を携え、尋常でない怪力や目にも止まらぬ太刀捌きで彼らを制圧する。
卓越した個人技と息の合った連携が織りなす侵入者の制圧劇は、まさに鎧袖一触。侵入者の想像を遥かに超える力を目の当たりにして完全な混乱状態に陥った構成員達は、成す術なく蹂躙されていった。
そして、構成員の約半数が無力化された頃、一方的だった戦況に変化が訪れた。
「ひ、怯むなああああ!! 相手はたったの五人、物量差で確実に仕留めろ! 前線射撃隊、構えッ!!」
次々と仲間が倒れていく現状に、指揮官らしき男の怒号が大きく響き渡る。そこは彼らとて武闘派犯罪組織の一員、それを契機に今までまるで統率の取れていなかった構成員達は、次々に冷静さを取り戻す。そして、中々に統制の取れた動きで隊列を組み、‟それ”を侵入者達へ一斉に向けた。
彼らが一様に構える‟それ”は、いわゆる旧時代の戦争で使われていた「小銃」の形をしていた。だが、従来のそれとは明らかに違う点が一つある。その点とは、‟それ”は小銃の形をしていながら、弾薬を装填するための「弾倉」の部分が無い事だ。それもそのはず、何故ならこの武器は、弾丸とはまったく別の物を撃ちだす装置だからだ。
この武器の名は「ルーンライフル」、使用者の魔力を変換、物理的なエネルギー弾として発射する近代兵器。製造コストと技術的な関係で、戦争規模として見れば製造される数は少数だが、それなりの数を揃えれば一流の魔道士が張る防御障壁すら突破が可能な強力な武器だ。
現代における戦争の主流は魔法による飽和殲滅攻撃、それは誰もが認める純然たる事実だ。だが、実際に戦場に出て戦う一般兵士の総数と比べれば、魔道士もとい魔導兵の数はかなり限られてくる。個々人が強力な攻撃手段を持っているとはいえ、広大な戦場へくまなく配置するには、圧倒的に頭数が足りないのだ。
戦争とは基本、数が多い者が勝つ、これもまた魔法とは違う長き争いの歴史が語る一つの事実。そこで各国は、魔道士の頭数の問題を少しでも解消する為に、魔法や魔道士に頼らない新たな武器の開発を始めたのだ。
ルーンライフルもその一つ、非魔道士の兵士に、魔道士と同じくらいの働きをさせる為に生み出された、科学技術と魔導技術の集合体だ。
「撃てぇええええええーーーッ!!」
指揮官の号令と共に、変換した魔力を圧縮射出する為に加工された細身の銃口が、魔力の輝き放ちて咆哮する。魔力が続く限り半永久発射、装填すら不要。‟弾切れ”の概念を知らない大量のルーンライフルが撃ちだす魔力の弾幕は、まさに光の嵐。眩く吹き荒れるこの嵐の前には、あらゆる物が悉くと蹂躙されるだろう。だが――
「フッ!」
「やあああああああッッ!」
片や鋭き疾風を、片や荒々しき烈風を纏い、弾幕の中を二つの人影が猛然と突き進む。常人なら数秒足らずで蜂の巣にされるであろうところを、人影の主達は、四足歩行動物もかくやという体勢の低さで右に左に緩急を付け、手に持った獲物で光弾を弾き、失速することなく距離を詰めていく。
「クソッ!? 弾がまったく当たらねぇ!?」
「何なんだコイツらはぁぁぁああああ!?」
「当たれ当たれ! 頼むから当たってくれよおおおおお!?」
どれだけ弾幕を張っても、まるで幽霊を撃っているかのようにすり抜けられる。どれだけ狙いを付けて撃ったとしても、音速で飛ぶ魔力弾がまるで見えているかのように反応され、あっさり躱される。
まさに悪夢のような光景。最早、懇願にも似た構成員達の悲痛な叫びも虚しく、二人は弾幕の嵐を何の苦もなく突破。それぞれ隊列を組んでいた構成員の一人に肉薄した。
「ひっ!?」
「ったく、ルーンライフル……魔導技術をこんな物にロクでもねぇ物に使いやがってよ!!」
煮え立つ苛立ちと怒りを露わにし、心底嫌そうな物を見る表情で侵入者の少年――アクトは薄暗闇にぎらりと煌めく聖剣を一閃、悲鳴すら上げさせぬ程の速さで周囲に居た構成員ごとまとめて斬り飛ばした。殺してはいない、ルーンライフルを両断するような形で振るったので、彼らは衝撃で気絶しただけだ。
「やあああああああッ!!」
その隣では、もう一人の侵入者の少女――サルーシャが、身の丈ほどもある無骨な鈍色の大剣を大上段から剛閃。生じた圧倒的な風圧と衝撃波で、居並ぶ構成員達を大量に薙ぎ払った。
「ひ、ひぃぃぃいいいい!?」
「こ、コイツら、本物の化け物だぁああああ!?」
旧時代の武器一本だけを携えた子供に、最新式の近代兵器を持った仲間が一瞬にして半数が倒されるという、あまりにも不条理で理不尽な現実。理解の到底及ばぬ非現実を前に、彼らは戦慄と恐怖に打ち震えるしかなかった。
その表情に満面の恐怖を滲ませた構成員達の視界に映る二人の背後には、罪を犯した者が逝き着く煉獄・地獄のさらに下――闇より深き「冥界」から自身の命を刈り取りに現れた死神が幻視されていた。
「ん……この程度で音を上げるなんて、軟弱」
「フン、まぁそう言ってやるなよ。こんなチンピラ崩れの三下の集まり、今まで裏の世界で『本物』と遭った事が無いんだろうさ。じゃあ……とりあえず、大人しく寝てろ」
眠たげな表情でそんな事を言うサルーシャに、この程度かと呆れたようにアクトが返す。一度距離を詰められた遠距離武器ほど無力な物は無い。反撃手段を失った構成員達を彼らが制圧するまで、一分とかからなかった。
「――全員、ご苦労だった。怪我は無いな?」
先刻まで絶える事の無かった喧騒と戦闘音は何処へやら、一気に静まり返った地下水道内で、制圧した五十人以上の敵を協力して捕縛した後、アクト達「黒の剣団」は再び集まった。
「おうっ! 傷一つ負っちゃおらんよ」
「こちらも大丈夫です」
「ん……大丈夫」
「この程度の連中相手に負傷するほど、衰えちゃいねぇよ」
団員全員の無事を一通り確認したグレイザーは、言葉は続ける。
「突入前に懸念事項としてあった魔獣や狂精霊などの討伐だが、どうやら取引に先立って連中の手によって予め処理してあったようだ。一通り索敵魔法や結界を展開してみたが、周囲に目立った反応は無い」
「じゃあ、副任務として用意されてた地下水道設備の保守作業は必要無いって事かのう?」
「ああ。捕縛した賊や武器の押収などの後始末は、後続の処理部隊に任せる。……俺達の任務はこれで終了だ。」
そうグレイザーが締め括った直後、彼らの間にどこか弛緩した空気が流れる。任務完了、その言葉は言葉以上に現実にある種の力を帯び、張りつめられた彼らの緊張を少しずつほぐしていく。
「ふぅ、終わった終わった。思ったより楽な任務じゃったのう」
「そうですね。周囲の目を気にする必要が無い分、少なくとも前の任務よりは楽でした」
「ん……楽勝」
此処は地下水道、分厚い壁と地上の都市へ流れる水の道が周りにあるだけ。周囲に物と呼べる物は一つとして存在しない。故に、捕縛した賊を見張りつつ後衛部隊が到着するまでの間、各々は暇潰しの為に適当な雑談を交わしていた。
だが……最後の最後まで気を抜いていなかったアクトとグレイザーの聴覚が、壁の向こう側から徐々に近づいてくる異音を捉えた――その時だった。
『――ッ! マスター、巨大な質量物体が急速に接近中――来ます!」
「全員、戦闘態勢!」
ドガァァァンッッ!! アクトの脳内にエクスの警告が響くのと同時にグレイザーが鋭く叫んだ直後、凄絶な轟音と共に、地下水道のある部分の分厚い壁が木っ端微塵に粉砕された。
「……!」
「うおっ!?」
「何っ!?」
突然の事態に驚きつつも、流石の判断力で瞬時に臨戦状態に移行する剣団の面々。舞い散った大量の破片や土煙が閉鎖空間である地下水道に充満する中、壁を突き破って現れた‟それ”は――人でも魔獣でも、ましてや死霊や狂精霊ですらなかった。
「おいおい、コイツは……!」
歴戦の猛者にして元・帝国軍人でもあるガレスは、仲間の誰よりも早くその正体を見抜き、驚いたように呻く。
人より一回りも二回り以上もある漆黒の巨体――それらを構成しているのは、宙に浮いた魔法の光源を鈍く反射する「金属」の光沢。形は人型に近いが、致命的に違う。
太く短い二本足には、恐らく移動に用いるらしい車輪のような円形物体が幾つか接着されており、長く巨大な両腕は人の形をしておらず、明らかに「武器」らしき謎の装置がそれぞれ伸びている。
まるで、人という存在規格をまったく別な形にスケールアップさせたような‟それ”は、まさしく「鋼の巨人」であった。
『貴様らぁあああああ!! よくも俺の部下を痛めつけてくれたな! この落とし前はしっかり付けさせてやる。皆殺しだぁあああッ!!』
「MA-05『コルセア』……こんなもんまで出張って来おるのか! 気をつけい! コイツは『連邦』で開発が確認されとった最新式の魔導アーマー、舐めてかかると痛い目を見るぞい!」
突如現れた人型の巨体から、何かを通して発せられたような男の大声が響き渡る。しかもこの声には聞き覚えがある。先程も逃げ惑っていた賊連中を鼓舞し、統制を取らせていた指揮官らしき者の声だ。それとほぼ同時に、平時は勿論、戦闘時ですらどこか飄々としながら敵と戦っているガレスも、この時ばかりは緊迫の表情で仲間達へ警戒を促す。
『魔導アーマ―』、それは科学技術と魔導技術によって生み出された産物、その最奥とも言うべきスーパーテクノロジー。耐魔法用の特殊装甲で外殻を固め、多種多様な最新兵器を装備して、時に魔道士すら超える能力で敵兵を殲滅する人型対人殺戮決戦兵器だ。こちらはルーンライフルと違い、動かすのに搭乗者の魔力と燃料を併用して用いる混合型である。
見て分かる通り、最新技術を総動員して作り出された魔導アーマ―を一機製造するのにも、莫大な予算がかかる。故に、本当の意味での決戦兵器なのだが、その能力は折り紙つきである。
「何でこんな街の地下に魔導アーマ―なんかが置いてあるんだよ! どうなってんだ!?」
「落ち着け。それを今この場で議論しても仕方ない事だ。それよりも――来るぞ!」
恐らく外付けのルーン刻印を経由して疑似的な風魔法を発動しているのだろう、背部の吸排気口から巨獣の唸り声のような吸気音が上がり、膨大な量の空気が「推進器」と呼ばれる‟加速装置”へと流れ込んでいき――魔導アーマ―は、その金属製の巨体からは考えられない程の速度でアクト達に突っ込んできた!
「チィィッ!!」
あれだけの速度で突貫してくる大質量の直撃を受ければひとたまりもない。アクト達は左右へそれぞれ咄嗟に回避、半瞬前まで彼らが居た場所を猛速度で魔導アーマ―が通過していき、鋼鉄の塊が過ぎ去った後を強烈な激風が吹き抜けた。
「まだじゃ! 左の機関砲来るぞ!」
行き着く間もなく、事前に予備動作を見切ったガレスが警告を発する。その直後、魔導アーマ―は脚部の車輪を駆使して地面を滑るような挙動で器用に百八十度回転、即座に左腕に取り付けられた「武器」――魔導兵装「多連式魔導機関砲」の砲口をアクト達に向ける。
「……ッ!」
ルーンライフルをそのまま巨大化させたような構造の特大の砲身は、何も一つだけでは無い。ある部分で幾つもの砲身が束ねられた多連装方式、それらが急速に回転を始め――
『死ねえええええええええええッッ!!』
ガガガガガガガガガガッッッ!!!
轟く二つの咆哮、ルーンライフルが吐き出すのとは比べ物にならない魔力の弾幕を生み出した。無数の光弾が音速を超える速度で洪水の如く撃ちだされる光景は、さながら眩き流星群。その威力たるや、先の十数丁のルーンライフルの一斉射撃よりも遥かに苛烈、全てを薙ぎ払う破壊の嵐だ。
これに巻き込まれて無事で済むモノなど一つとして存在しない。だが――
「【光の障壁よ】――【二つ】――【三つ】」
直前、グレイザーは先んじて防御《守護光壁》を「連続詠唱」で発動、グレイザー達の前方一面に複数の魔力障壁が展開される。放たれる弾幕の嵐は、荒れ狂う暴力となって周囲の天井や壁を粉々に砕いて穴だらけにするが、障壁の後ろに居る団員には一つとして命中することはなかった。
「ナイスじゃグレイザー!」
「全員、即座に陣形を組み直せ。先の連携通り、各々適切な距離を取れ……次、来るぞ」
魔力の嵐が過ぎ去った後、障壁を解除したグレイザーの言葉通り、「多連式魔導機関砲」を撃ち終わった魔導アーマ―から再び駆動音が轟きだす。今度は右腕の先に延びる巨大な刃に刻まれたルーン刻印に膨大な魔力が疾走し、疑似的な炎熱系魔法が起動する。
直後、魔法の威力にも耐えるよう特殊な魔法金属で作られた刃から超高温の熱気が放たれ、軍用魔法にも匹敵する熱量が込められた刃は真っ赤に赤熱した。
稼働したのは魔導兵装「熱断刃」、圧縮した超高温の炎を纏った刃で対象を強度の違いの有無も言わさず焼き切る、魔導アーマーの為に開発された最もメジャーな武装の一つだ。
溢れんばかりの熱気が籠った刃を携え、魔導アーマ―は再び風魔法を発動して激風を纏い、一直線に突貫する。先程は距離が開いていた為に回避が可能だったが、今回は比較的至近距離な位置に居る。完全な回避は困難だ。
――だが、この閉鎖空間のおける突進を前に、「黒の剣団」は慌てて左右に避けようとするどころか、迫りくる大質量の鋼の塊を堂々と受け止めんかのような構えだ。当然だ、先程は急な出現によって初動が遅れただけの事。
彼らに回避行動など、本来ならする必要もなかったのだから。
「出番だぞ。アクト、サルーシャ。上手く抑えて見せろ」
「抑えろって、随分とまぁ簡単に言ってくれるな。……ったく、おいチビッ子! 手ぇ貸――」
「やああああああああッ!!」
何という猪突猛進、何という脳筋。アクトの言葉を待つよりも早く、サルーシャは全身に薄桃色の魔力光を漲らせ、大剣を引っ提げて迫りくる魔導アーマ―に立ち向かっていく。そこには微塵の技も駆け引きも介在しない、純粋なる力と力の勝負が展開されようとしていた。
「話聞けよ!? ああもうっ、こうなりゃヤケだ!」
投げやり気味に叫びながら、アクトも魔力を全力放出して銀光を纏い、聖剣を両手で大上段に構え、サルーシャの後に続いて魔導アーマ―に突撃していく。
『はっ、正面からとは馬鹿どもめが! その蛮勇、一息に叩き潰してくれるわ!!』
外部に取り付けられた音響装置から発せられる指揮官の罵声。二人の突撃に対し、魔導アーマ―は矮小なる人の身無策に突っ込んで来る愚か者どもを蹴散らさんと、起動中の疑似風魔法に更なる魔力を注ぎ込み、再び猛烈に加速しながら「熱断刃」を大きく振りかぶり、剛閃した。
激突する二振りの剣と機械の刃、互いの力と力が真っ向からぶつかり合い、大量の火花が周囲に飛び散る。拮抗はほんの一瞬、人ならざる機械と魔法仕掛けの鋼の巨人は、大質量による圧倒的な重量と膂力、推進器による猛加速を以て、アクト達の靴底をガリガリと削りながら後ろへ押し込んでいく。
幾らアクトとサルーシャが超人じみた身体能力を持っているとしても、所詮は人間。単純な力比べで巨人に、大質量の存在に敵う筈も無い、それが当たり前の道理だ。それを鑑みても、たった二人でここまで魔導アーマ―を抑えられるのも十分化け物じみてはいるのだが、鋼の巨人は容赦なく二人を約20メトリアも後退させていく。
やはり人の身では人外の存在には敵うべくも無い。この光景を一般人が見れば誰しもがそう思うだろう。だが――
「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「やあああああああああああああああッッ!!」
刃から放出されているじわじわと至近距離で肌を焼く熱気もお構いなしに、全力全開で魔力を漲らせ巨人を押し返さんとする凄絶な二つの気迫。筋一本、骨一本余すことなく力に変換し、ただひたすらに踏ん張り続ける。
二人が必死で魔導アーマ―を押し留めているその時――二人の全身の骨を絶えず軋ませていた魔導アーマーの膂力が、急に弱くなったのだ。理由は明白、魔導アーマ―の突撃を支えていた疑似風魔法が、効果時間切れで強制解除されたのだ。
『なああああっ!? し、しまった!?』
「はぁ、はぁ……へっ、ようやく効果時間が切れやがったか。そりゃあ、あんな勢いで魔法使ってたら、魔力の消費も半端じゃねえよな? 本体の活動に影響を与えないよう、魔力供給を止める安全装置が必ずあると踏んでたぜ……! さぁ、こっからだ!!」
「やあああああああああッ!!」
形勢は完全に逆転した。推進器による加速手段を失った魔導アーマ―は、何とかアクト達を押し飛ばさんと車輪を全力で走らせようとするが、加速を失った今では焼け石に水だ。
裂帛の気合で得物に全力を込めるアクト達は、魔導アーマ―を徐々に、徐々に、確実に――そして、遂に大きく押し返すのだった。
『ぬおおおおっ!? おのれええええーーーッッ!!』
押し返された魔導アーマ―は大きく体勢を崩して近くの壁に衝突、僅かな時間動けなくなる。やがて、稼働していた「熱断刃」も効果時間が切れ、超高熱の熱気が刃から霧散していった。
「よくやった二人とも、直ぐにそこから下がれ。……【赫灼たる業火よ】」
二人が後退したタイミングを見計らってグレイザーは炎熱《炸撃爆炎》を発動。突き出した左手の先に形成されたゲートから、広範囲殲滅型の《紅蓮咆哮》とは比べ物にならない凝縮熱エネルギーが込められた火球が弧を描いて飛んでいき――炸裂。渦巻く爆炎が魔導アーマーを飲み込み、立ち昇る灼熱の火柱が天井を黒く焼き焦がす。
「おおっ、相変わらずとんでもないレベルの魔法制御精度だな」
この魔法は本来、細かな作用領域を設定出来ない無差別範囲魔法の一つだ。だが、火球が着弾した一帯には超高温の爆熱爆風が荒れ狂っているというのに、発生源の近くに居たアクト達にはその熱さを殆ど感じさせない。グレイザーの恐るべき魔力制御と出力ベクトル制御の成せる技であった。
――それでも、この程度で倒せるほど現代の科学技術と魔導技術の結晶は甘くはなかった。耐魔法用の特殊装甲で堅く固められた魔導アーマ―は、表面を真っ赤に燃えさせてどろどろに溶かしただけで、まだまだ戦闘を続行出来るようだ。しかしそこはグレイザーも分かっていた事、彼の狙いは初めから別にあった。
「これで足は止めた。後は任せたぞ、御老公、ラフィー」
「ほいな。【錬成】っと!」
「了解です!」
燃え盛る爆炎の渦の中からゆっくりと姿を現した鋼鉄の巨人の姿を認識したグレイザーの指示を受け、今まで後ろに控えていた二人が颯爽と動き出す。
先に動いたのはガレス、彼は地面に手をつけるのと同時に短く呪文を叫ぶ。発動する錬金《形質変化法》、刹那の間に地中に構築された「霊路」の命令に応え、魔導アーマ―が立っていた足元の地面一帯が‟槍柱”の如く高々と突き上がった。
『ぬううううう!! 小癪なッ!!』
大量に立ち並ぶ‟槍柱”は、魔導アーマ―の機体下部へ食い込むようにして雁字搦めに抑えつけ、その動きを封じた。車輪を封じられてしまば自力での脱出は困難、魔力の再充填が終わった魔導アーマ―は虎の子の魔力を使って仕方なく、再三疑似風魔法を起動して脱出しようと試みるが、
「はあああああッ!!」
錬金術で動きを止めたガレスに続き、今度はラフィールが行動する。彼女は魔道士礼服に持続付呪された身体強化術式に魔力を通し、その場で大きく跳躍。天井に頭が届くか届かないかまでの高さまで飛び上がると、両手を突き出すようにして魔導アーマ―に向けた。
わざわざ逃げ場の無い空中で何事だと、魔導アーマ―は無事な右腕を動かして魔導機関砲の砲口をラフィールに向ける。多連装の砲身が急速に回転を始め、数秒後には彼女を無残な肉塊に変貌せしめんと無数の魔力弾を吐き出す――その直前、ラフィールが両手に装着していた篭手に取り付けられた小さな穴から、極細の鋼糸が勢いよく射出された。
『な、何だコレは!?』
音響装置から聞こえてくる困惑と驚愕の声。特殊な魔法素材を混ぜて編まれた鋼糸は、まるで意思を持った生き物のように空気を裂いて魔導アーマ―の周囲を踊るように回転し、地面を砕いて強引に突破しようとしていた魔導アーマ―へ幾重にも巻き付いていき、動きを完全に封じ込めた。
『ぬううううううっ!! 貴様らあああああッ!!』
顔は見えないが、恐らく顔を真っ赤にしているであろう指揮官の憤怒のままに、魔導アーマ―は左右の腕や車輪を駆動させて糸を千切ろうと試みるが、ラフィールが特注したこの鋼糸はちょっとやそっとの事で千切れることは無い。
「――【汝が刃に光輝を灯さん】……これでいけるだろう?」
その間にも、グレイザーは無系統《魔光昇華》、武装強化魔法の呪文を唱える。直後、グレイザーの別々の指先に灯る二つの小さな光――超高密度の魔力が彼の指を離れ、アクトとサルーシャが構える聖剣と大剣に光輝となって宿り、付呪された。
「おうよ!」
「……ん!」
光輝纏う得物を携え、今度はアクトとサルーシャが魔導アーマ―目掛けて突貫する。全身から魔力を漲らせ、二人は一陣の疾風と烈風と化して彼我の間合いを一瞬で潰し、地面の‟槍柱”を足場として蹴り、それぞれ左右の腕の高さにまで跳躍した。反撃は無い、完全な無防備状態の魔導アーマーに、二人は得物を頭上に掲げ、
「シィィッ!!」
「やあああああッ!!」
振り下ろす! 刃に灯る魔力の輝き、魔力放出による行動強化、そして、研ぎ澄まされた技と圧倒的な膂力。思いつく限りのありとあらゆる強化手段を施した二つの斬閃は、巨人の重厚な鋼鉄の両腕を武装ごと、バターよろしく一切の抵抗なく斬り落とした。
『な、なにぃいいいいいいーーーッ!??』
頑丈な魔導アーマ―の両腕がただの一個人に斬り落とされるというあまりにもかけ離れた現実に、指揮官から驚愕の声が上がる。剣一本で鋼鉄を断ち切るという離れ業を難なくこなしたアクト達は、剣を振るった勢いを利用して魔導アーマ―のすぐ脇を通過し、実に涼やかな表情で筐体の背部へ軽やかに着地した。
「ふぅ……こんなロクでもねぇクソッたれのガラクタ、中途半端に残して軍の連中に回収されるのも御免被るな。……よし、最後は決めさせてもらうとするぜ」
場の趨勢は完全に決した。だというのに、アクトは振り向きざまにもう一度跳躍し、再び魔力が漲る聖剣を頭上に構え――
「八之秘剣――《八岐大蛇》ッッ!!」
刹那、銀光纏う聖剣の八連撃が疾く閃いた。
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今回登場した魔導アーマーですが、色々な作品の設定が元になってます。某劣等生に出てくる戦車とか、某究極幻想ゲームの零に出てくるアレとかですね笑




