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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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42話 ブラック・レイド~開戦~

 

 色々訳ありな後輩アイリス=ティラルドと再会し、クラサメ経由で謎の手紙を受け取ったその日の深夜……アクトは、コロナとリネアが寝静まったエルレイン邸を密かに抜け出し、夜の街に繰り出していた。


 その装いはいつもの学院制服だけではなく、その上に漆黒の外套を纏い、まさに人目につかない為のような出で立ちだった。


(其処に行けば……何か分かるのか……?」


 雲一つない晴天の空に浮かぶ銀月の下、人通りのめっきり減った大通りを歩きながら、アクトはもう一度クラサメから渡された手紙を開けて中身を見る。


 最初、一体どんな事が書かれているのだ不安混じりに開けた手紙だったが、外見は豪勢でも中身は非常に淡白なもので、オーフェンのある場所を示す簡単な位置座標と地図が書かれているだけであった。


 とはいえ、これはエレオノーラからの届け物だ。帝国内で起こっている最近の情勢と、自分が学院に呼ばれた本来の目的から推測し、これを彼女からの「依頼」と判断したアクトは、こうしてコロナ達に内緒で出て来たのだ。


「悪いな、エクス。お前にまで付いて来てもらってさ」

「そのような事を仰らないでください。私はマスターの契約精霊であり、マスターの剣。貴方が私を必要とする所、何処へでもお供するのが本懐というものです」


 そんな彼の傍らを同じ歩幅で歩くのは、最近何かと一緒に居る事が少なかった剣精霊エクスだ。主と同様、身分が割れないよう学院制服の上に漆黒の外套を羽織っている。


 もっとも、こちらは視覚情報から得た物質の表面的な構成を、魔力で模して纏っているだけなので、‟羽織っている”という表現は正しいとは言えないのだが。


「そもそも、この前マスターが遭遇したという巨大な死霊とやらと戦った時も、私が居ればマスターがあのような傷を負うことなど無かった筈なのに……コロナやリネア達には悪いとは思いますが、やはり貴方は、ずっと私と居るべきなのです」

「まぁ、な。エレオノーラに治療はしてもらったけど、その時の強引な再生治療で、試験中まともに右手が使えなかったしな。でもアレは完全に不測の事態だったし、こうして俺は中間試験を乗り切って此処に居るんだから、大目に見てくれよ。なっ?」

「……むぅ」


 妙な独占の意思を見せ、珍しく感情的になって頬を小さく膨らませるエクスに、苦笑を浮かべながらアクトは優しく諭す。前までは周囲にまったく興味を持たなかったエクスが他人の事を気遣う――最近、この剣精霊はコロナ達や学院の連中との関りを通し、ますます感情豊かになってきている。


 それについてはアクトも大変喜ばしい傾向だと思っているのだが……何故だろうか、彼にはこの変化が将来、致命的な何かをもたらす気がしてならなかった。


「私は、マスターが助けを求めている時にお傍に侍り、力をお貸し出来ない事が、何より悔しいのです……」

「エクス……」


 無機質ながらもその端正な美貌に後悔の念を強く滲ませるエクスに、アクトは小さく目を見開く。それと同時に、魂の根幹で交わした精霊の「契約」を通して、アクトにもその感情がひしひしと伝わってくる。


 かつて、アクトはエクスに向けて‟自分とお前は対等な存在”だと言った。両者はあくまで対等な関係であり、一方が常に求め続けるような関係を彼は嫌ったのだ。


 だが、感情と意識の面では割り切っていても、やはり明確な自我持つ上位精霊としての根っこの部分では、主人の力になれないというのは自身の存在意義に関わる非常に重要な事なのだろう。


 あの戦い以来、そしてその後の訓練を通し、アクトとエクスは魂でより深く繋がることが出来た。だからこそ、その関係性に甘えてお互いの認識がいつの間にか薄れていっていたのだ。


 故に、今の自分達に必要なのは、改めた対話だ。そのような判断に至った彼は、意を決したように口を開く。


「……エクス、前に話したみたいに、お前は俺の道具じゃ無い。俺の『剣』を名乗るなら、精霊として、この世界に確固とした意識を持つ存在として、俺達人間と同じように生きていって欲しいと思う」

「マスター……」

「あの一件はエクスだけのせいじゃ無い。試験勉強に注意を割かれ、戦いの無い平穏な日常に気を抜いていた俺の方にも落ち度はある。だから、お前だけが気に病むんじゃねえよ」


 真剣な眼差しで話すアクトから生じる謎の気迫に、今度はエクスの方が呆気に取られたように大きく目を見開く番だった。


「一人の存在である以上、常に一緒に居ることは無いし、この前みたいに俺達がバラバラな時に襲撃される事もおかしくない。だから、離れていても瞬時に力を発揮出来るような方法を探す必要があるが……なに、憑依元のアロンダイトから《魔道士殺し》の力を引き出す事だって出来たんだ。そういう術式が組めたっておかしくは無いさ」

「……!」


「だからさ、エクスだけが責任や後悔を感じる必要なんて無い。俺とお前は対等、だから、二人で一緒に考えて強くなっていけば良いんだよ。それで良いんじゃ無いのか?」


 普段はこのような滅多な事など言わない性分だが、この時だけは自然と言葉がすらすら出てきた事にアクトは自分自身でも驚きを感じていた。


 やはり、この剣精霊の事を少なからず思っているのだろうか。「剣」とは剣士の半身、己の魂を映し出す鏡のような物だ。そんな「剣」が自分を置いて勝手なところで‟刃こぼれ”していくのは見過ごせなかったのだろう。


「……」


 不器用・不格好ながらもはっきりと言い切ったアクトの誠意を、エクスは上手く処理出来なかった。その意識は受肉した魔力体を離れ、精霊としての意識の奥深くに移り行き……欠損した記憶領域が急速に活性する。ずっと昔に置いてきてしまった‟何か”、()()()()()()()()()()()が蘇る。――


 ――何故でしょうか。ずっと昔、誰かが同じような言葉を自分にもかけてくれたような……


 ‟精霊”、‟契約”、‟湖”、‟王国”、‟騎士”、‟聖剣”……‟王”。漠然としたその単語だけが精霊の意識に洪水の如く流れていく。そして、


『二人で一緒にこの国を守っていこう、■■■■■』


 未だ不活性な記憶領域……黒い砂嵐とノイズが吹き乱れる意識の中、夕陽を背に自分に手を差し伸べる長身痩躯の‟青年”の姿――


「――おい、大丈夫か? エクス」

「……はっ」


 刹那、エクスの意識は現実世界に呼び戻された。隣には、先輩そうな表情で自分を見下ろす主の姿がある。どうやら主の言葉を引き金に、精霊としての意識に引っ張られてしまったようだ。


「……大丈夫です。少し、気持ちを整理していただけですから」

「そ、そっか。じゃあ、俺の言いたい事、分かってくれたか?」


 思い出される主の言葉、それの何が引き金になって記録が呼び戻されたのかは分からない。しかし所詮は過去の話、現実を変え、主の助けになる力にはならない。何より、他ならぬ主がそう言ってくれたのだ。


 ならば、いつかの日と同じように自分もそれに準じよう。自分は‟人理監視認識統合体10号”――否、剣精霊エクス。アクト=セレンシアの契約精霊なのだから。


 人智の及ばぬ速度で思考を巡らせ……やがて一つの結論を出したエクスは、


「……はいっ」


 その氷の如き無機質な表情を若干崩し、嬉しそうに微笑むのだった。一般的に主の道具のように運用される精霊武具――契約精霊が感情的に豊かになるのは、成長と言えるか退化と言えるかは分からない。だが、少なくともこの()()にとっては、確かな進歩となるだろう……



 ◆◇◆◇◆◇◆



 城塞学院都市オーフェンには、朝と夜二つの顔がある。日が昇っている時間帯は、各種行政・公共機関や民間企業が立ち並ぶ中央行政区などに働きに出る労働者達の時間だ。この辺りは普通の都市と何ら変わらない。


 対して夜・深夜は、日中は表立って動くことはない日陰者達が盛大に蠢きだす時間帯だ。どのような都市にもそういう者達が集まる吹き溜まり場があるように、オーフェンにも都市のある区画を中心とした‟夜の街”という物が存在する。


 闇市場、歓楽街、裏闘技場を始めとした違法スレスレの存在に始まり、果てには紛う事無き犯罪行為そのものが毎夜横行している……都市の、人間の持つ底無しの欲望と闇をかき集めてぐちゃぐちゃに混ぜたような混沌とした街――それこそが「暗黒街」だ。 


 行政機関や警邏庁が躍起になって摘発しようとしているが、かえって規模が拡大し続けている、この都市の癌である。


「これが噂の暗黒街、初めて来るが……これはまた何とも……」


 アクトの目的地――あの手紙に書かれていたのは、まさにこの場所であった。大小様々な怒声や歓声が行き交い、どう見ても堅気の人間では無いガラの悪い連中がたむろする雑踏を、彼は周囲に気を配りながら静かに歩いていく。


 こんな場所、こんな時間に学生が、外見的には幼女にしか見えないエクスを連れているのを見られたら間違いなく面倒な事になるので、予めエクスには霊体化してもらって付いて来てもらっている。


『ああん? ガキが一人でこんな所来てんじゃねえよ。ああ?』

『ほら。身ぐるみ剥がされたくなけりゃ、ガキはさっさとお家に帰って、ママのオッパイでもすすってな?』

『……はぁ』


 途中、明らかに未成年らしきアクトの姿を認識して絡んでくるチンピラ共は、彼が一たび殺気を放って睨みを効かせれば、蜘蛛の子を散らして逃げていった。いくら喧嘩慣れしていても、本物の戦場を渡り歩いてきた彼の‟本物の殺気”に当てられれば、そこらの一般人と大差無かった。


 ――という訳で、彼からしてみれば総じて見るに堪えない程度の低いモノでしかなかったが……それでも興味深いモノは幾つかはあった。


 まずまともでない手段で集められたであろう商品が並ぶ闇市場には、一般には出回らないような貴重な魔法素材や、今や絶版となってしまった書籍や魔導書など、超が三つぐらい付く激レアな物もあった。それを目当てにやって来たらしき、明らかに異様な雰囲気と魔力を纏う人間――魔道士らしき者の姿も散見された。


 察するに、機関が中々摘発に乗り出せない事も、このような貴重な素材などの損失を恐れた魔導省辺りが、各方面に圧力をかけているのかもしれない。普通なら簡単に解決するような物事でも、魔法が絡むと事態がこじれるのはアクトもよく知るところだ。


 歓楽街区には、露出の激しい衣装を纏った滅多にお目にかかれないような美女達が、煙管を吹かせながら道行く男達を自分の店に引き込もうと妖艶に誘っている。


『ボクぅ、お姉さんとちょっと良い事しなーい? 悪いようにはしないからさ』

『ッ……け、結構ですッ』


 当然、アクトにも誰もが一度は目を引かれるような美女の誘いの魔の手が伸びてきて、女性経験皆無と言って良い男として気にならないと言えば嘘になるが……そこは鋼の精神力の持ち主。何とか誘いを振り払い、先を急ぐのだった。


(……もう一回ぐらい来てみても良いかもな。コロナ達にバレたら殺されそうだけど……その時はさっきの闇市場の探索って事にして逆に誘ってみるか。アイツらなら多少の事はあっても大丈夫だろうし)


 そんな事を考えながら、アクトは大通りのすぐ脇にある狭い路地へ入り、人々の喧騒から離れていく。彼の目的地は確かに此処ではあるのが、手紙に書かれていたのは此処から少し離れた、今は使われていない廃墟の方なのだ。


 十数年前、敷地不足を解消すべく大規模な常設型の異界化結界が敷かれた再開発の際に、殆どの住民が出ていき、その後も予算やら何やらの都合で取り壊されずに放置されてきた都市の廃墟。なるほど、秘密の待ち合わせにはうってつけの場所と言えるだろう。


「――ッ!!」


 晴天の空から差し込む銀月の光だけが唯一の光源、人の気配が完全に消失したほぼ真っ暗な廃墟にて……ふと、アクトの足が急に止まった。道に迷ったとか、そういうものでは無い。まるで、見えない何かに縫い付けられたような感じだ。


「……」


 無言のまま、アクトは周囲に神経を張り巡らせる。その優れた集中力と危機察知能力を活かし、周りの全てを掌握していく。目視は勿論出来ないし、気配を巧妙に隠してはいるが――確実に、()()


「……エクス、気付いてるか?」

『はい。……先程からマスターの後を付けている存在が四…五人。正確な位置が分からないよう、気配を隠しながら一定の距離を保って追随してきています。五人全員、かなりの手練れだと推測します』


 図らずしもアクトとエクスの見解はほぼ同じだった。暗黒街に足を踏み入れた時から、はたまたそのもっと前から尾行されていたのかは分からない。だが、今もこうして姿を現さない以上、自分に何らかの危害を加えようとしている事は明白だ。


(どういうことだ、エレオノーラ。わざわざ「剣団」のエンブレムまで持ち出して、俺と誰かを合わせる為にあんな手紙を寄こしたんじゃないのか? それとも……)


 ……この場に居ない人間の事を考えても仕方ない。今、自分が何者なのかに狙われているのは純然たる事実だ。エレオノーラの思惑は気になるが、こちらの対処をする方が先だ。


「エクス……()()()()?」

『それは愚問ですよ。私はいつでも、貴方と共に――』


 エクスの頼もしい言葉にフッ、と口元を緩めたアクトが、これから勃発するであろう戦闘に備えんと鞘のアロンダイト引き抜こうとする――その時だった。


 業ッ!! 突如、アクトのほぼ真上、元は宿らしきボロ屋と化した三階建ての家屋の屋根から、灼熱の火炎流が渦を巻いて燃え上がり、激流迸る激しき滝の如く彼に降り落ちる……!


「チッ! 来い、エクスッ!!」


 これに対するアクトの反応は非常に素早かった。地面を蹴ってその場から瞬時に離脱すると同時に、高らかにその名を叫ぶ。直後、どこからともなく現れた大量の金色の粒子が、神々しい輝きと共にアロンダイトに纏わっていき……彼に右手には、一振りの長剣が握られていた。


 つい先程まで居た場所に叩きつけられる焼き付くような火炎の余波を肌身で感じながら、アクトは瞬時にこれからの行動と戦術を脳内で練り始める。


(今のは《紅蓮咆哮(ブレイズ・ロアー)》……初っ端から軍用魔法をぶっ放す辺り、どうやら奴さんは、本気で俺の命を取りにきてるようだな。エクス、長期戦に備えて《限界突破》は温存していく。周囲の警戒任せたぞ!)

『お任せください、マスター!』


 向こうが明確な殺意を以て相対すると言うのなら、自分もそれに全力で応じる、それがアクトの信条だ。新たに成長した頼もしき相棒を握りしめ、彼は暗黒街の方から更に離れるように駆け出した。


 満月が見守る今宵……一人の剣士と襲撃者、互いの能力の粋を尽くした激闘が、都市の廃墟を舞台に人知れず幕を開けた。



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