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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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43話 ブラック・レイド~激闘~

 

「【聖剣の依り代よ・我が魂に応えよ】ッ!」

『……【承認・起動】』


 戦闘開始直後、不意打ちの魔法攻撃に備えてアクトは、古代アストラム語で構成された専用の呪文を唱え《魔道士殺し》を予め起動させておく。


 夜闇においても美しく映える白刃に紅色の魔力光を纏った聖剣を携え、アクトは暗き闇に包まれた廃墟を疾走する。


(先ずは、向こうの出方を見る!)


 一方的に狙い撃ちにされないよう、瓦礫や建築物の残骸を巧みに利用しながら廃墟を駆けるアクト――刹那、彼の側面から迫る、夜闇を貫いて駆け抜ける三条の雷閃。


『来ます!』

「……ッ!」


 脳内に響くエクスの警告。乱立する廃屋のある一点から飛来した雷の槍群を、アクトは宙で身を捻るようにしてこれを回避。その隣ギリギリを掠めるようにして、やはり致死量の電流が込められた雷が過ぎ去っていく。


 不安定ながらも二の足でしっかり着地したアクトは、第二射が来る前にすぐさま近くの廃屋の陰に飛び込み、狙撃手からの射線を切る。これで一先ず狙撃される心配は無いだろう。だが、


『魔力反応複数、第二射来ます!』

「なにっ?」


 直後に響く再びの警告。先程とほぼ同じ場所から放たれた二条の雷閃は、アクトが背にしている廃屋のすぐ傍にあったボロ壁を抵抗なく貫き、虚空に消えていった。


 そして更にその数秒後、第三射、四、五、六と、幾条もの雷槍が廃墟の闇を貫き照らしては魔素となって消えていく。


(チッ! 奴ら、俺を一ヶ所に釘付けにして動かせないつもりか!)


 いくら《貫穿雷槍》が貫通特化の軍用魔法と言っても、今アクトが隠れているこの場所を射抜くことは不可能だ。


 呪文の改変次第で雷槍の軌道を曲げることは可能だが、とんでもなく魔力を食う上に威力が下がってしまう。襲撃者もそれくらいは分かっている筈。


 であるなら、この一見意味の無いような狙撃の目的は、アクトをこの場所から一歩も動かさないようにする事だ。狙撃手はただの軍用魔法でそのような状況を作り出そうとしているのだ。


 アクトが魔法で反撃出来ない事も考慮した、実にクレバーな一手と言える。


(……クソッ、俺が穴熊決め込んでも埒が明かねえし意味もねえ! とにかく動くぞ……!)


 剣士のアクトが魔道士に勝つには、《魔道士殺し》を活用しながらひたすら動き続けて攪乱・各個撃破していくしか術が無い。当然、向こうもそれを理解している筈だ。


 自分の行動が完全に襲撃者達の思惑通りと理解していながらも、アクトは銀色の魔力光を全力放出する。漲る炎の如き魔力で強化した脚力を以て、地面を蹴り砕いて再び駆け出す――その時だった。


「――ッ!!」


 アクトが動き出すのとほぼ同時、彼に向けて時間差で飛来する三条の雷閃。彼が執拗な飽和攻撃に焦れて動いたところを狙い撃ちにする、至極当然の一手。並の相手ならばこの一撃で勝敗は決していただろう。だが、


「うぉおおおおおッ!!」


 そんな海千山千の魔道士達が巡らせる思惑の全てをねじ伏せてきたからこそ、アクト=セレンシアは此処に立っているのだ。彼は魔力放出による人外じみた高速機動を以て、飛来する雷閃の一射目と二射目を見切ってこれを回避。


 速度と体勢的に回避が間に合わない第三射の軌道に《魔道士殺し》を纏う聖剣を正確に合わせ、


「フッ――!!」


 紫電一閃。闇駆ける極光の雷槍を、紅光の稲妻が瞬くかの如き剣速で斬り落とした。切断された雷槍は急速に勢いを失っていき、やがて跡形もなく虚空の闇に失せるのだった。


「はぁ、はぁ……どうだこの野郎って、ヤベッ!?」


 ほぼ必中と思われた狙撃を全てやり過ごし、肩で息をしながらニヤリと不敵に笑うアクト。だが、そんな彼に余裕を与えるつもりは微塵も無いと言わんばかりに、息つく間もなく追い打ちの雷閃が飛来する。


「ああもうっ、しつけぇなあ!?」


 立地と遮蔽物の不足故に隠れる訳にいかず、アクトは瞬時に身を翻して狙撃手の魔手から逃れようと地を駆ける。放出した魔力の全てを、防御に回すつもりだった魔力すらも行動強化に注ぎ込み、廃墟の大通りを人外の脚力で右に左に不規則に動き回る彼のすぐ脇を、かなり際どいタイミングで雷槍が通り過ぎていく。


 そして丁度、大きめの十字路に差し掛かり、アクトは落(・)石(・)で(・)封(・)鎖(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)方(・)とは逆の、右側の通りに飛び込んだ。


「ふぅ、あっぶね……でも、これで一先ず射線は切れた筈だ……」


 通りの陰に身を隠し、何とかアクトは開幕の奇襲を回避することに成功した。周囲への警戒を怠ることなく気を減り巡らせながらも一息ついた彼は、この戦いを仕切り直すべく先ずは自分に有利な地形や場所を探すべく再び行動を開始するのだが――


(……待て。今までの《貫穿(ペネトレイト)雷槍(・サンダー)》、いくら何でも流石に狙いが甘過ぎやしなかったか?)


 ふと、脳裏をよぎる先程の魔法狙撃。込められた魔力量と威力からして、相手が殺す気で放ったのは明らかだが……思い返せば、わざわざアクトが回避行動をとらなくても命中しない可能性の方が高かった。むしろ、変に躱そうとするから返って危険だったまですらある。


 アクトをしても未だ正確な気配を掴めないような手練れの連中が、暗がりとはいえ速度特化の《貫穿雷槍》を、直線距離にして200メトリアあるかないかの距離であれだけ執拗な狙撃を繰り返していたのに、あそこまで狙いを外すだろうか。もっと冷や汗ものの一撃が混じっていても可笑しく無い筈だ。


(って事は、今までの狙撃は全てただの牽制目的。俺を誘い込んだ上で本命は別にある……ッ!?)


 結論から言えば、アクトの読みは実に正しかった。そしてそれは――もはや条件反射に近い反応だった。「魔道士殺し」として、幾つもの窮地を脱してきた反応速度が、幾度も死地を潜り抜けてきた「死」への嗅覚が、ここにきて急激に呼び覚まされたのだ。


「うっ、」


 驚く間もなく、アクトは全力の横っ飛びでその場から慌てて遠ざかり――バチバチバチッ! 突如として地面に円形魔法陣が出現し、彼が半瞬前まで立っていた場所から紫電が放射状に勢いよく迸った。


「あっぶね! やっぱ俺を誘い込むための罠だったか。嫌らしいぜ、まったくよ!」


 周囲にかなりの勢いで拡散するスパークの余波を感じながら、アクトは未だ効果時間の続く魔法罠の紫電を忌々しげに睨む。狙撃による攪乱と誘導も交えた、極めて高度な魔法罠。


 思い返せば、さっきの十字路で左側の通りを塞いでいた不自然な落石も、アクトをこの場所へ誘導する為の事前工作だった可能性が高いだろう。


 それら念密な罠の全てを見切った上で回避に成功したアクトの判断能力と反応速度は流石の一言に尽きる。だが、彼は一(・)つ(・)だ(・)け(・)致(・)命(・)的(・)な(・)勘(・)違(・)い(・)を(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。


 これだけ念入りな事前準備と誘導をしてまで、わざわざ決定打になりにくい魔法罠を、最後の仕上げに使う可能性は低い。仮に直撃したとしても、確実に命に届く保証が無いからだ。


 しかし、それでも襲撃者はその選択を敢えてとってきた。折角の誘導を無駄にしかねない悪手を、だ。


 それもその筈だった。何故なら、あの執拗なまでの魔法狙撃と狙いすましたかのように仕掛けられた魔法罠は全て、本(・)命(・)を彼にけしかける誘(・)導(・)の(・)誘(・)導(・)なのだから。


 アクトも普通なら直ぐに気付くだろうが、この緊迫した状況と先の魔法罠による動揺が、彼から当たり前の気付きを奪っていた。はたまた、それすらも襲撃者の手の内なのか……


 絶対に油断ならない……自分の弱点を的確に突いた文句の付けようの無い奇襲攻撃、襲撃者の予想を大きく上回る能力の高さと狡猾さに、アクトが額に冷や汗をかきながらも気を練り直そうと深く溜め息を吐く……そんな一瞬の間も与えられなかった。


『マスター!』

「――ッ!?」


 刹那、夜風を鋭く引き裂き、月光届かぬ陰影の淵から彼に急接近する一つの人影――


「ぐっ!!」

「……!」


 ガァアアンッ!! 激突する両者の得物。エクスのお陰で辛うじて反応・対処出来たアクトの聖剣と、彼にまるで接近を悟らせなかった襲撃者の得物――肉厚な鈍色の大剣とが、凄絶な火花を散らしながら何度もぶつかり合う。


 斬り結ぶ二振りの斬光が、何度も何度も何度も夜闇を薄く照らす。


(重い……この力、アイツ並み、いやそれ以上だぞ!?)


 息つく間もなく互いの得物が交錯する高速戦闘の最中、何度も腕にのしかかる強烈な痺れを受け、アクトは眉根を寄せる。思い返されるのは、先日死闘を繰り広げた機械仕掛けの剣士が自分に振るっていた圧倒的な膂力。


 それを超える異常な怪力が、かなりの手数と速度で繰り出されているのだ。


「はぁああああッ!!」

「ッ!?」


 このままでは一方的に押し切られると判断したアクトは、一時的に全力放出した魔力による行動強化で聖剣を数閃。雷速を超える剣戟を以て、襲撃者の大剣を強引に斬り払う。これにたまらず襲撃者は大きく後退し、彼から一度距離をとる。


「……」

「……」


 暗がりの中、互いの顔すらまともに分からないまま相対する両者……そんな時、思いもよらぬ偶然な出来事が起こった。勃発した戦闘の衝撃で崩落した廃墟の隙間から、月の光が差し込んだのだ。世界を淡く照らす銀月により、暗がりで姿が見えなかった襲撃者の姿が徐々に露わになっていく。


「なっ!?」


 その驚愕はアクトのもの。無理もない。何と、自分に襲い掛かって来たのは、自分よりも明らかに年下であろう幼い少女だったからだ。


 身長は同年代では低めのアクトより二回りも小さいにも関わらず、先の攻防では軽々と振るっていたように自分の身の丈と同じくらいはある肉厚な大剣を両手で苦も無さそうに構えている。実際、先の攻防では軽々と振るっていた。


 蒼色の瞳を宿す無機質な相貌は、年相応に幼いながらも女性として未成熟な端麗さを感じさせる顔つきで、月光に照らされる薔薇色の髪色が目に眩しい。年齢的にはようやく中等部生かそれより上という辺りだろう。


「あなたが、アクト=セレンシア?」


 対し、月光によって姿が露わになったのはアクトも同じであった。彼の姿を認識した少女は、平時エクスが見せるそれと似て非なる能面で、ぼそりと呟くように訊ねる。


「……だったら何だって言うんだ。そういうテメェこそ、一体何者だ?」

「それは言えない。聞かれても答えたらダメだって、‟みんな”から言われてる」


 適当にはぐらかしつつ、逆に探りを入れようとするアクト。少女の答えは要領を得ないものだったが、‟みんな”という発言から、少なくとも襲撃者は三人かそれ以上であり、やはり指揮官的な存在が居る事がほのめかされた。


 つまりこの少女は、アクトの力を削ぐ当て馬の役割なのだろう。


「そうか、だったら質問を変えるぞ。テメェは、テメェらは何者だ? エレオノーラの回し者じゃ無いのか?」

「……ううん、よく分からない。でも、とにかく貴方を全力でボコして良いって言われてる。だから……覚悟!」


 それ以上の問答は不要と言わんばかりに、アクトの言葉に聞く耳持たず少女は再び彼に突貫する。


「やあああああッ!」

「チッ!!」


 裂帛の叫びを放ちながら体勢を低くし、獣の如き俊敏さでアクトに肉薄した少女が振るう鈍色の大剣。小柄な自分の身体ごと相手に叩きつけんばかりの、最早捨て身に近い少女の斬撃は、おおよそ型と呼べるものが存在しない完全な我流だ。


 素人目から見れば、ただ我武者羅に剣を振るっているようにしか見えないだろう。だが――


「ホント、なんつー馬鹿力だよ、テメェ……!」


 ひゅごぉ! 一体、その小柄な体の何処にこれ程までの膂力が秘められているのだろうか。大気がごっそり持っていかれるような音と共に過ぎ去った後に巻き起こる剣圧は、軽く触れただけで肌を裂かれそうになる程の殺傷性を持っている。

 

 小癪な細工など真っ向からねじ伏せてしまう少女の剛速剣は、まさに剣の嵐。まともに受ければ斬られた部分ごと体を全て吹き飛ばされかねない超絶な威力だ。


 おまけに、少女の剣には明確な型が存在しない。それは言い換えれば、相手に見切られにくい自由な型という事だ。少女自身の驚異的な身体能力と相まった不規則な緩急と変則的な致死の斬撃の軌道は、アクトが起こせる行動の選択肢を徐々に奪っていった。


(これはちょっと、ヘヴィーかもな……!)


 一手一手の全てが致命的な威力を持つ大剣の連撃を、アクトは持ち前の反応速度や剣術の引き出しを駆使し、あの手この手で何とか凌ぐ。ゼロ距離での真っ向勝負を嫌い、何とか仕切り直すために間合いを空けようと何度も試みているのだが、激風を纏う少女は大剣を振りかざし、猛然と彼に追いすがってくる。


「はぁあああああッ!」

「やああああああッ!」


 炸裂する高速斬撃の応酬。互いの渾身と渾身とがぶつかり合い、一向に距離が縮まらない泥沼の様相を呈してきた近距離戦の中……アクトは後ろに下がる選択を捨て、徐々に余力を削られながらも少女の嵐の如き剣筋を冷静に分析していた。


(確かに力はえげつねぇし、速さもそこまで大差がある訳でも無い……だが、いくら力で誤魔化したって我流は我流だ。俺相手にまともに斬り合いたいなら、その「技」は脆過ぎるぜ!)


 そして、どれか一つでも勝っている要素があるのなら――打ち崩すことは可能だ!


「ふぅ……よっと!」

「!?」


 アクトが思索を巡らせている間にも、少女は息つく間もなく嵐の如き致命の斬撃をひっきりなしに繰り出してくる。そして、ある時生じた攻防において、今までのように大剣の一撃に真っ向から聖剣を合わせる――その寸前、彼は素早く身を捻って体を引っ込めた。


 打ち合うと見せかけての突然の回避、思いもよらぬ緩急に、少女は大気を引き裂きながら大上段から振り下ろした一撃を空振らせてしまった。


「シッ!!」

「――ッ!?」


 躱されたとはいえ自分の得物、少女は動じることなく大剣を引き戻し、崩された体勢から続く二撃目に繋ごうとするが――猛攻を切り崩されたことにより生じた一瞬の隙。それを逃さず、アクトは稲妻の如き鋭角の切り返しで少女の側面へ瞬時に回り込むと、無防備な大剣の横っ腹に聖剣の一撃を見舞う。


 滾る銀の魔力光を帯び、雷速で振るわれた白刃の閃きは、丁度正面に構えなおされた大剣を半ばから見事に叩き折るのだった。


「むっ!」

「へっ、どうだ!?」


 戦闘以外で始めて感情の起伏を見せた少女に、アクトはニヤリと笑みを浮かべる。あれだけ激しい動きで得物を酷使していては、そう遠からず限界はくるものだ。アクトの狙い通り、大剣は驚くほど簡単に折れてくれた。


 さしもの猪突猛進少女でも、武器を失ってはどうすることも出来ず、彼女は折れた大剣を持ったまま後ろに飛び退る。


「さぁ、武器は破壊してやったぜ。テメェらの正体を吐いてもらおうか?」

「……」

「言っておくが、この距離で武器無しで俺に勝てると思うなよ? その異常な怪力は大したもんだが、それを活かす『技』がまだまだなっちゃいねえからな」


 勿論、アクトも少女が降参してくれるとは微塵も思っていない。敢えて饒舌に語ることで少しでも相手の口を滑らせられれば御の字と思っていたのだが、彼女は何も答えない。ただ沈黙を貫いたまま、アクトをじっと見据えているだけだ。


「おい、何か言えよ?」

「……ん、仕方ない。……【展開(オープン)】」


 何も反応が無い事にアクトが怪訝な表情を浮かべていると……不意に、少女は折れた大剣を投げ捨てた。そして、左手の甲を虚空にかざすような仕草で、古代アストラムで何事かを――「呪文」を短く呟く。


 直後、少女の親指に嵌められた鈍色の指輪――よく見れば、大きさは違えど同じような物が左手の薬指を除く九本全ての指に嵌められている――が、淡い輝きを放ちだし――


「なっ!?」

「次は、これ……」


 次の瞬間には、少女の巨大の両手には身の丈の倍はある鈍色の長大な戦斧が握られていた。何処からか現れた武器を手に、少女は再び戦意を漲らせながらそれを頭上に構えると、両手首を駆使して高速回転させ始めた。


『マスター! 危険です!』

「ああっ、させるかッ!!」


 脳内に響くエクスの警告に駆られ、発条が爆ぜたようにアクトが少女に斬りかかろうとするが、一歩遅かった。蓄積される強烈な遠心力と、更に少女から放出された、彼女の髪色に似た薄桃色の魔力光によって戦斧の膂力が超加速度的に強化されていく。


「やあああああああああああッ!」

「クソッ!?」


 様々な力が加算されて振り下ろされた戦斧の一撃は、壮絶の一言に尽きた。叩きつけられた斬撃の軌跡は目視不能の神速、生じた衝撃波は純然たる破壊エネルギーとなって大地を蹂躙し、瓦礫と土煙を天高く巻き上げる。


 超常の法たる魔法を使っていない人間が振るうにはあまりにも強力な一撃。それに至近距離で巻き込まれたアクトは――


「おおおおおおッッ!?」


 戦斧が振り下ろされる寸前、慌てて地面を蹴って横っ飛びに逃れることで、致死の剛撃をギリギリのタイミングで回避していた。その際に吹き飛んできた瓦礫が背中に強く当たるが、命には変えられない。彼は背中に走る鈍い痛みに顔をしかめるも、瞬時にその場から退避し、脳内に思考を走らせる。


(今、指輪がいきなりに斧に……「錬金術」か!)


「錬金術」――それは、「等価対応法則」という絶対のルールを下に、現実を捻じ曲げる魔力を用いて様々な物質を錬成・構築する魔法学問の一つだ。


 既存の物質からまだこの世のどこにも存在しない未知の物質まで、ありとあらゆる物質を司る非常に幅広い魔法である錬金術は、学院の実習科目の一つとして、生徒達の間でも多くの者が齧っている王道にしてメジャーな分野である。


(さしずめ、ルーン刻印と合わせた簡易的な呪文で起動する、使い捨て式の高速錬成装置って所か。あれだけ武器を遠慮なく使ってたのも、大量に予備があるからだったんだな……って事は、だ)


 少女が錬金術を使えるなら、わざわざ魔道具に頼らなくとも武器を錬成する事だって可能だ。つまり、あの指輪型の魔道具自体は後付けの力に過ぎないのだろう……ここにきて、少女の戦闘スタイルが見えてきた気がする。恐らく、少女は自分と同じ、魔力の殆どを身体強化術式などに回して近接武器で戦う時代遅れな戦い方――アクトの同類だ。


(錬金術が使えるなら相当厄介だっただろうが、近接戦なら俺の土俵だ。幸い、斧に持ち替えてくれたお陰で回転力じゃこっちが上の筈。なら……あの技が使えるな)


 敵の本質は見切れた。ならば、後はそれに合わせて立ち回るまで。アクトがこれからの方針を固めていると――刹那、未だ晴れぬ土煙の中から、煙の尾を引いて彼に接近する人影――少女の姿。


「フッ!」

「やああああああッ!」


 今度はしっかり自分で反応したアクトの聖剣と、少女の戦斧が激しくせめぎ合う。アクトが放つ高速の斬閃に、少女は大振りな戦斧を巧みに操り、互角に渡り合う。上手く力を受け流してはいるものの、大剣の時よりも更に重い一撃がアクトの腕を鈍く痺れさせるが、防御に手数を割いている分、先程よりは対処が容易であった。そして、


「……!」

「ああああああああッ!!」


 攻防の中、僅かに生じたアクトの隙。少女はそれを見逃すことなく彼の懐にまで潜り込み、容赦なく戦斧を薙ぎ払う。


 縦から下へ無慈悲に両断されたアクトの体。直後、ごぱっ! その風圧の余波を受けて、炸裂した剛風が背後に立っていた廃屋をバターよろしく真っ二つに割る。


 目を覆わんばかりの凄惨で最悪な光景……だが、


「――ッ!?」


 少女が驚愕に目を大きく見開く。何と、両断された筈のアクトの姿が突如として霧のように霞み、まるで幻のように跡形もなく消え失せてしまった。


「三之秘剣――《幻走影(げんそうえい)》」

「えっ……!?」


 少女の耳朶を打つ少年の声。いつの間にか彼女の背後には、聖剣を肩に担いで不敵に笑う、まるで無傷なアクトの姿があった。確かにあった手ごたえはまるで真逆の結果に、少女は何が何だか分からないと言った様子だ。


 三之秘剣《幻走影》。急激なステップで瞬間的に幻を作り出す技だ。反応速度や感覚が鋭敏な者であればあるほど、緩急がより鮮烈に目に焼き付いて術中にハマりやすい性質を利用し、アクトは自分をして今一つ攻めきれない少女の反応速度を実に上手く利用したのだ。


「五之秘剣――《迅風閃》!」

「あっ……!」


 アクトは地を蹴り砕いて彼我の距離を瞬時に詰める。動揺から帰ってきた少女も辛うじて反応して戦斧を振るうが、遅すぎる。一瞬の交錯の後……彼はすり抜けざまに戦斧の柄を正確に斬り落としたのだった。


「もうやらせるか!」


 三度目は無い。地面に落下する戦斧の甲高い金属音を他所に、アクトはすぐに反転してまた武器を錬成される前に少女を無力化すべくもう一度間合いへ踏み込むが、


「――ッ!?」


 刹那、自分のすぐ足元を駆け抜ける魔力の流れ……それを鋭敏に感じ取ったアクトは、身を捻ってその場から離れ――次の瞬間、彼が半瞬前まで立っていた平らな地面が突如、棘のように鋭く尖り、槍衾のように一帯に突き立った。


(地面がいきなり……錬成の基本技《形質変化法》か! クソッ、何処から撃ってきてるのか知らないが、厄介な……)


 突如戦闘に介入してきた第三者の存在。その後も姿見えぬ謎の襲撃者は錬金術を発動させ、アクトを串刺しにせんと何度も何度も地面の形を槍状に変化させ、彼を少女から徐々に離していく。明らかに連携のとれた動きだ。


「また……仕方ない、【展開】」


 少女の方も柄の折れた戦斧を投げ捨てると、指輪を虚空にかざしてまた同じ呪文を呟く。直後、同じような現象で少女の両手に現れた鈍色の長槍。


「今度は槍かよって、うおっ!?」


 次から次へとひっきりなしに現れる武器の数々……いい加減うんざりしたアクトの文句をねじ伏せる、大気を裂いて宙を一直線に閃く槍(星)の群れに、アクトはたまらず後退を余儀なくされた。


「ったく、また仕切り直しかよ……エクス、まだいけるか?」

『問題ありません。マスターも、ご自分の魔力量には十分に注意してください。先程から魔力消費が一段と上がりましたので』

「ああ。だが、まだ相手が何人居るかも分からない以上、様子を見ながら立ち回るしか無い……よし、行くぞぉおおおーーーッ!」


 乱れた呼吸を整え、魔力を練り直す。そして鋭く吠えながら、アクトは襲撃者達に向け再び地を蹴って駆け出した。


 誰にも知られることなく廃墟で繰り広げられるアクトと襲撃者達との戦いは、より苛烈さを増していく……


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