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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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幕間③ 黒き悪意、懐かしき戦友

 

 ――草木も眠る深夜の時間帯……雲一つない晴れ渡った夜空、その遥か天高くに浮かぶ満月の淡い光が、ガラード帝国領内を照らしていた。そんなある種の幻想に満ちた夜天の領内において、とある二つの「勢力」が、月光の届かぬ闇夜に紛れ、密かに動き出そうとしていた。


「――おや? 投入した‟死霊02号”の反応が完全に消えた……まさか、もう何者かに倒されてしまったのでしょうか?」


 一つは、城塞学院都市オーフェン某所……人気のまったく感じられない暗く狭い路地裏で、「男」は反射的にかばうような仕草で右腕を抑えると、一人静かに呟きだす。


「まぁ、構いません。『彼』の思わぬ負傷で撤退となりましたが、アレは本来、前回の作戦で最終兵器として投入する予定だったモノを威力偵察で再投入しただけの事。私の作戦には何ら影響はありません」


 不意に、「男」は礼服らしい謎の意匠が施された黒衣の裾をまくり、自身の右腕を終春のやや温かな外気に晒す。色白の不健康そうな細腕には……青色の奇妙な紋様がびっしりと一面に刻まれており、そこからはドクン、と謎の魔力の流れが絶え間なしに胎動している。


 だが、ある時を境に、紋様を走る魔力の流れが急速に弱くなりだしたかと思えば……やがて、謎の紋様は薄れていくようにして跡形もなく消滅してしまった。それは、男とどこか遠い場所に居る()()とを繋ぐ唯一の繋がりの証――「霊路(パス)」が失われた瞬間でもあった。


「あぁ、せっかく苦労して刻んだ『隷属刻印』だったのに、これでは無駄骨です。いくらある程度は操れるといっても、死霊は死霊、絶対的な限界はある。これは、あの方に報告しなければなりませんね」


 黒衣の裾を戻し、男は小さな溜め息を一つ吐く。明らかな落胆と失望の念がありありと顔に出ていたが……やがて、男はその表情を一転、全身を歓喜と恍惚の念に震えさせながら、また一人呟く。


「しかし、制御が効きずらい面があるとはいえ……やはり、あの方が御作りになった死霊の力は相変わらず凄まじいですね。私とて、それなりに人間は辞めていると自負はしていましたが、それでも()()()()には到底及ばないのですから……」


 この場に居ない何者かに向けて男は、崇拝するような、強大な何かに恐れるをなすような、畏敬と畏怖が混じった心境で天空を仰ぎ見る。


 空は満開の晴天である筈なのに、男の丁度真上、銀月の光が届かない漆黒の夜空は、まるで男とそれに類する「何か」の影を表すかのように、酷く不気味だった。


「……おっといけない。さて、あの死霊も倒されたことですし、こちらもそろそろ当初の目的を果たすとしましょう」


 そして、男は懐から何枚かの紙束を取り出す。蝶番(ちょうつがい)で丁寧に纏められたその紙束は、とある人物についての調査報告書であった。まるで、街中を歩くその人物を横から盗み撮りしたような角度から撮影したらしい質の荒い写像画と共に、注釈のような形でその人物の情報がびっしりと記されていた。


「準備は万事上々……後は、本人を直接引き込めるかどうかですが……問題ありません。いくら上辺で取り繕うと、魂の根底に刻まれた『獣の本能』には絶対に抗えない。『彼』と同じようにね」


 男は知っていた。どれだけ誇り高くあろうとしても、()()()()にそんな生き方など出来ない事を。己が求める本能を満たす為ならば、平気で「獣」に身をやつす愚かな生き物である事を。それに、仮に上手く行かなったとしても、いざとなれば自分の「秘術」もある。失敗する要素はどこにも無い。


「直ぐに迎えに行くので待っていてくださいね。アナタが居るべき場所は、あのようなぬるま湯の平穏ではありません。私達の『悲願』成就の為、アナタのその力、利用させてもらいますよ。フフフフ……」


 そう言って、男は不気味な笑い声を上げながら調査書類を宙に放り投げると同時に、ぱちんと指鳴らしを一つ。次の瞬間、ぼっ! と突如、書類から小さな炎が燃え上がり、それに巻かれた書類はあっという間に焼け落ちていくのだった。


 誰一人として存在を認識しえない薄暗い裏路地にて、彼の「組織」が抱える九人の魔人――これまで、殆ど歴史の表舞台に現れることがなかった人外の怪物――「鬼」が、遂に動き出す……



 ◆◇◆◇◆◇◆



 ――ほぼ同時刻。


 整備と開拓の進んだ帝国内では割と辺境の中央部「リヨン地方」に位置する城塞学院都市オーフェンから、帝国の中心地たる北部「ベルンド地方」に位置する帝都バハルースとの間には、「ボレアス大街道」と呼ばれる立派な舗装道路がある。


 馬車道としても十全に活用出来る大街道は、人員や物資、様々なモノを繋ぐ、主に商人などには欠かせない設備だ。


 そんな大街道の道程から数キロリア離れた小さな宿場町ノルンカにて……銀月の光が満ちる今宵、もう一つの「勢力」が静かに動き出そうとしていた。


「――こちらは全て完了しました、副団長」

「……了解。思いのほか早かったな」


 真夜中、人気もすっかり消え去り静寂が満ちる町から更に離れた場所に、廃墟と化した倉庫地帯があった。好奇心旺盛な町の子供達が迷い込むという事例を除けば、こんな時間はおろか、日中でさえ訪れる者は皆無と言って良い完全な廃墟……だが今夜、使われなくなって久しい古びた大きな倉庫の一つに、二つの人間の姿があった。


「まさか、住人に気付かれるような事は無いな?」

「無論です。十分な遮音結界を張った上での待ち伏せでしたし、何より、あの程度の相手にそんなヘマはしませんよ」


 月光届かぬ薄暗き廃墟の中、無造作に散乱した木箱の上には、ランタンのような器具に取り付けられた紫紺の宝石――「魔石灯」が淡い煌めきを放っていた。それだけが唯一の光源の倉庫内に、若い男女の声が小さく反響する。


 赤みがかった濃い茶髪に弧を描いた穏やかな瞳を持つ女性の報告に、夜闇に溶けるような漆黒の長髪を後ろで一括りにし、研ぎ澄まされた刃物の如き鋭い眼光を放つ男性が淡々と受け答えする。その人物達は、恐らくどこかの礼服らしい黒を基調とした共通の服装に身を包んでいた。


「今回は念入りな事前準備が功を奏しましたね。それにしても……こんな何も無い町に夜襲を仕掛けようなんて、一体、連中は何を思ってこのような事をしでかそうとしたのでしょうか?」

「この町は、学院都市と帝都を繋ぐ大街道のすぐ傍に位置している。大街道の要所とも呼べる此処を抑えることで、将来的にこの近くを通る有力貴族や商人などを襲う腹積もりだったのだろう。近日に大街道を利用する有力者が居ないかどうか調べておけ」

「分かりました。すぐに取り掛かります。それと――」


 その後も女性と男性の短いやり取りが繰り返されているそんな時、この倉庫の唯一の入り口であるボロボロの鉄扉が、引っ掛かるような重い軋みを上げながらゆっくりと開かれた。


「あら、二人共」

「戻ったか。意外に早かったな」


 倉庫の中に入って来たのは――これまた二人の男女だった。ただし、男性の方は頭髪の所々に白髪を生やした筋骨隆々な初老の男性であり、もう一人の女性は、なんとまだ年端もいかない薔薇色の髪持つ少女であった。両者共に、先に居た人物達と同じ礼服に身を包んでいる。


「こっちも片付いたぞい、副団長」

「ご苦労。そちらにはかなりの戦力が集中していたようだが、よく処理してくれた」

「なに、この程度の連中、儂ら相手じゃ物の数じゃありゃせんよ。なぁ、サーシャ?」

「うん……楽勝」


 ニヤリと歯を剥き出しにして豪快に笑む老人に対し、その隣にポツンと立って男性にぽんと頭を撫でられた少女は、無機質な表情ながらも、その小さな親指を立てて薄く笑って見せた。


「……そうか。後の処理は後衛部隊が執り行う手筈になっている。これにて任務完了だ」

「よっしゃー! 結構体も動かしたし、何処かで一杯やりたいわい」

「もう、気を抜かないでください! この任務はあくまでオーフェンに行くまでのついでで、本命はこれからですよ。『彼』と合流次第、速やかに次の任務地へと向かう、それが『雇い主(オーナー)』からの指示です」

「分かってないのう。公私区別、そういうメリハリが大事な時に最良のコンディションを発揮出来るようになるものじゃよ。それとも、いつもの口うるさい文句は、実はお主も一杯やりたいという遠回し誘いなのか?」

「違います! からかわないでください!」


 人生経験の差と言うべきか、厳しく嗜めるつもりだった茶髪の女性の言葉を、初老の男性はのらりくらりと上手く誤魔化す。完全に遊ばれていた。


「そこまでだ。『御老公』の意見ももっともだが、住民に俺達の姿を見られても面倒だ。荷物を纏め次第、すぐに出立する」

「ちぇ、分かったわい、副団長。……にしてもな、あれだけ魔法を毛嫌いしていたあの小僧が、まさか帝国で一番有名な魔法の学校に通っているとはのう。やはり若人の人生は何があるか分からんのう」


 不意に、懐から取り出した葉巻に火をつけて一服する男性が脳内に思い浮かべているのは、一振りの剣を片手に戦場を駆ける、ある黒髪の少年の姿だった。


 年齢的にはまだまだ未熟だったとはいえ、自分の背中を任せるに足る頼もしかった少年の変化に、男性は感慨深い感情を覚えた。


「あれから三年……久し振りですね、『彼』と会うのは。私達と別れて以来、連絡の一つもありませんでしたが、元気でやっているでしょうか?」

「仕方あるまい。あの戦闘で『彼女』を失い、奴なりに思う所が多々あったのだろう。……一つも連絡を寄越さなかった事には、それなりに腹を立ててはいたのだがな」

「ん……みんな、誰の事を言ってるの?」


 過去を懐かしむように穏やかな笑みを浮かべる女性、両手を組み、その鋭い瞳を閉じて小さな溜め息を吐く男性……自分を置き去りにして勝手に話が進んでいく事に、少女は真顔のまま小首を傾げる。


「そっか、サーシャさんは入団してまだ日が浅いから、『彼』の事を知らないんですね。まぁ、行けばすぐに分かりますよ。色んな意味で変わっている人でしたからね。あの頃から変わっていなければの話、ですが」

「そう……分かった」


 苦笑を浮かべる女性の説明に少女は満足したのか、はたまたそれ以上の興味は湧かなかったのか、再び無機質な表情を浮かべる物言わぬ彫像と化した。


「では諸君、これ以上の長居は無用だ。今まで連絡一つ寄越さなかったあの馬鹿に、『奴』に会いに行くとしよう……」


 そう言って、男性は鋭い眼光で仲間を一通り見回し、号令する。その他全員は、思い思いの感情を抱えながら小さな首肯を以てこれに同意する。


 そして、もう一つの「勢力」――「剣団」は、夜天の下を人知れず静かに動き出す。帝国に巣食う「闇」を一掃すべく、懐かしの「戦友」と再会を果たすべく、彼の城塞学院都市へと足を運ぶのだった。




お久しぶりでございます!家庭内の問題でかなり期間が空いてしまいました

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