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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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40話 偶然の再会

 

 王立ガラード帝国魔法学院の裏手にある大規模魔導演習場……空間が圧縮され、耐火処理が施された草木が鬱蒼(うっそう)と生い茂る広大な森林地帯に、複数の男女の大声が木霊する。


「アクト、そっちに二人行ったわよ!」

「ああ! こっちは何とかするから、後の連中は任せたぞ! リネアはコロナの援護頼む!」

「了解、任せて!」


 右も左も「緑」一色、足場すらおぼつかない森林の中を、アクト、コロナ、リネアが、声を掛け合いながら疾走する。全員が既に戦闘態勢で、アクトも美しき純白の刀身と黄金の柄を持つ長剣――剣精霊エクスの分身たる聖剣が握られていた。


 そんな彼らの後方を、五人の学院生が追随していた。ガラード帝国魔法学院では胸に付けた校章の色合いによって学年次が分かるようになっているのだが、彼らの校章は皆一様に陽光を受けて輝く金色――高等部三年次生の身分を示していた。


 彼らは今、帝都で行われる学生大会「若き魔道士の祭典(フェスタ)」の予選、校内選抜戦を戦っていた。先日のルクセリオンの襲撃によって、学院生側も非常に大きな被害を被り、しかも犠牲者の大半は上級生や成績優秀者――有事の際には率先して対処するというその蛮勇が、不幸な結果を招いてしまったわけだ。


 校内選抜戦に出場する選手は校内でも有数の実力者でもあった為、襲撃でその多くが犠牲となった。また、生き残った者達も魔法や戦闘に対する重大な心傷(トラウマ)を抱えてしまい、出場を棄権したのだ。その結果、校内戦のスケジュールは当初の予定より大きく短縮、休校中の遅延を全て取り返すこととなった。


 そして、アクト達三人は校内戦を順調に勝ち進め、現在に至っている。コロナの欲してやまない決勝戦進出まで後少しというところにつれ、別ブロックから勝ち上がって来た上級生のチームとぶつかる事が増え、激しい戦いを繰り広げる事が増えたのだ。


「……そろそろだな」

「えぇ……よし、散開ッ!」


 機は熟した。コロナの鋭い号令を皮切りに、一直線に走っていた一行は突如、コロナはリネアと、アクトは単独でそれぞれ左右に散って行く。それに釣られたのか、敢えてその作戦に乗ったのか、今までは一定の距離を保って付いて来ていた上級生達は、二手に分かれて彼らを追うのだった。


(――よし、とりあえず分断は成功だな)


 此処は、森林エリアの中でも最も木々が生い茂る緑の樹海。より大きな草木が茂り、木々の根は敢えて剥き出しにされていてまともに歩くことすら叶わない。素人同然の学生は勿論、訓練を受けた兵士ですら移動を続けながら戦闘をこなすのはかなり苦労をするであろう危険地帯だ。


(運動不足の魔道士サマにはキツイと思うが、頼むからその調子で付いて来てくれよ)


 そんな味方にとっても敵にとっても不利な地形を、アクトは華麗な体捌きで身軽に駆け抜け、樹海の激しい起伏ですらまるで苦にすることなく駆ける。


「ま、待て! 【駆けろ閃光】!」

「はぁ、はぁ……あ、【朱き魔弾よ】……!」


 そのアクトの背中を、二人の上級生が息も絶え絶えに追いすがる。そして、素早い彼の足を何とか止めようと何とか呪文を挟み込むが、まともな狙いも付けられていない弾幕など「魔道士殺し」の前ではまるで無意味。背後から迫り来る多数の法撃を、彼は見切って躱し、時に木々を盾にしてやり過ごす。


「ぜぇ、ぜぇ……何なんだアイツ、背中に目でも付いてるのか!?」

「落ち着け! 僕達程度の魔法が、彼に通じない事ぐらい分かってたじゃないか! それよりも、当初の予定通りアレを仕掛けるぞ!」


 まったく自分の魔法が当たる気配が無い事に業を煮やした男子生徒が更に呪文を唱えようとするが、まるで結果が初めから分かっていたように、丸渕眼鏡をかけたもう一人の男子生徒が制止する。


 この戦いに臨む前から、彼ら三年次生は対戦相手――アクト達についての情報を念入りに集めていた。大将たるコロナの実力は言うに及ばず、支援要員としては抜群の能力を誇るリネアも要注意。


 それに加え、剣一本だけを携え、魔法を一切使わず数多の選手を倒してきた謎の転入生……彼らが警戒するのも当然の道理だった。


(……動きが変わったな)


 樹海を軽々と駆けるアクトがふと背後を見遣ると、今まで自分の背中を必死に追ってきていた上級生達が忽然と姿を消していたのだ。アクトはその場で急制動をかけて立ち止まり、周囲をぐるりと見回すが……やはり姿はどこにもない。


(連中、俺の足にとうとう付いてこれなくなったのか……いや、違う。例え、姿は視認出来なくとも……あぁ、()()な)


 正確な位置までは分からなくとも、アクトは()()を鋭敏に感じ取っていた。立ち止まった自分を取り囲むようにして張り巡らされる二つの「視線」を。息を潜めながらも虎視眈々と自分を狙う二つの「気配」を。


 それなのに姿が見えないのは疑問だが、恐らくは無系統《透明纏衣(インビジブル)》、光操作による透明化の魔法だろう。


(コロナ達からは十分な距離をとった。これで横槍が入る事は無いだろう……さぁ、来るなら来い)


 迎撃地点を決めたアクトは聖剣を構え、自身の周囲、三百六十度全てに神経を注ぐ。


 幾ら透明化していても、実体が無いわけではない。動けばその分、足音や草木が擦れる音は必ず生じる筈だ。アクトはその卓越した集中力で、どんな些細な音や気配も見逃さないよう気を配る。不用意に動けば即・斬って捨てる体勢で……


 そして、鋭き眼差しで周囲を見回すアクトの視線が樹海のある一点、()()()()から外れた次の瞬間――


「【小さき竜よ・紅き息吹を以て・汝が威を示せ】ッ!」

「……!」


 光操作が効力を失い、一見何も無い空間が突如、陽炎のように揺らめく。刹那、その空間からいきなり姿を現した男子生徒は、炎熱《幼竜火吹(フレイム・ブレス)》の呪文を口早に唱える。


 形成されたゲートから高温の火炎流が渦を巻き、猛然とアクトに襲い掛かる。


 流石、最上級生。感知系の魔法は勿論、魔法を使わないアクト相手には有効と判断した透明化による攪乱から、全方位に気を配らなければならない彼の視線が切れた、ほんの一瞬の隙を突いた見事な不意打ち。並みの相手ならばこれで決まっていたかもしれない。だが、


「甘ぇよ」

「なに!?」


 男子生徒の呪文が完成した時には既に、アクトは軽やかに地を蹴った急加速でその場から離脱しており、うねる炎波は虚しく何も無い宙を流れ、ジリジリと空気を焼く。男性生徒が姿を現す直前、《透明纏衣》が切れる際に起こる魔力の流れを、彼は鋭敏に感じ取っていたのだ。


「クソッ……! 【駆けろ――」

「遅ぇよ! 《縮地》ッ!」


 不意打ちを完全に見透かされたにも関わらず、上級生は殆ど取り乱さずに次なる呪文を唱えようとするが――その隙はあまりにも大き過ぎた。炎波を躱したアクトの姿がブレるように霞んだかと思えば、次の瞬間、彼は男子生徒の懐まで瞬時に肉薄していた。右手に握った聖剣が疾く閃き、上級生の胴体を()っ捌く。


「かはっ……」


 鋼鉄をも易々と切断する聖剣に斬り裂かれ、見るも無残に鮮血を撒き散らして真っ二つ――なんて事はなく、煌めく白刃は男子生徒の胴体を横からすり抜けるようにして透過し、男子生徒は力なくその場に倒れ込み……その意識を闇に溶かした。


 斬られた部分からは、硝子辺のように細やかな謎の光の粒――魔力光とはまた違った性質の力の流れが舞い散っており、太陽の光を受けて淡く輝いていた。


 聖剣カリバーン――厳密には、精霊が宿りし「精霊武具(スピリタル・ウェポン)」には、攻撃した対象の精神に衝撃を与え、肉体的外傷を伴わずに敵を無力化するという機能がある。


 《慈悲》の権能と称されるこの力は、精霊の中でも良識のある精霊だけが元来持つ力で、「悪意」を抱える邪悪な精霊には宿らないとされている。この力を纏った武器で攻撃された人間は強烈な虚脱感と催眠症状に陥って意識を刈り取られ、事実上の戦闘不能状態になるのだ。


 ‟相手選手を斬る時は必ずこの精霊武具の力を使うこと”――校内戦を戦うにあたって、満一の不慮の事故を防ぐために、唯一本物の剣を扱うアクトに学院側が課した条件の一つだ。


 エクスが精霊であるという事はアクト達とエレオノーラだけの秘密なのだが、そこは流石、学院長。エクスの存在が露見しないよう、上手く誤魔化してくれた。


 今、この試合を観戦している群衆や監督官達は、聖剣をただの精霊武具としか認識していない筈だ。


 時間にして僅か十秒、一人目を倒したアクトが、次なる獲物を求めて再び周囲に神経を張り巡らそうとする――その時だった。


「【白に閉ざされ・白に染まれ】ッ!」

「――ッ!?」


 不意に、背後から響く短文詠唱。次の瞬間、アクトの足元に円形の魔法陣が出現する。


 その正体を瞬時に見抜いたアクトは、咄嗟に薄く魔力を放出して大きく跳躍しようとするが、緊急回避はほんの僅か間に合わず、


「チッ!!」


 魔法陣が眩く輝き放ち始めた刹那、アクトの両足から膝の辺りまでが瞬時に凍り付いた。


 地面に張った凍結の罠で対象の動きを制限する、氷結《縛氷枷(フリーズ・ロック)》だ。攻撃系の魔法では無いため致死判定を受けることは無いが、密度の高い氷に押し固められたアクトは、完全に動きを止められてしまった。


(そうかコイツ、俺が一人倒すのに夢中になっている間に、透明化したまま俺の後ろに回り込んでいたのか! ちょっとこれはヤベェな……仕方ない。使うのは初めてだけど、アレを使うか……)


 己の失策と油断を激しく呪うアクトだったが、瞬時に気持ちを切り替え、この状況を打開すべく静かに魔力を熾し始める――


「もらった!! 【駆けろ閃光】ッ! 【駆けろ閃光】ッ! 【駆けろ閃光】ッ!!」


 どれだけ素早かろうと、足を止められれば魔法を使わないアクトに為す術は無い。そう判断した丸渕メガネを掛けた男子生徒は、ここざとばかりに《紫電閃(ライトニング)》を連続詠唱。速度と詠唱速度に優れた三条の雷閃はアクトへと一


「【聖剣の依代(よりしろ)よ、我が魂に応えよ】ッ!」

(……【承認、起動】)


 ――その直前、アクトは古代アストラム語による何かの言葉を高らかに叫ぶ。男子生徒のまったく知らない、だが明らかに「呪文」の体を成した古き言葉を紡ぐ主の命に、どこからともなく聞こえた少女の声――聖剣が答える。


 直後、右手に握られた聖剣の刀身から、謎の紅い魔力光が起こり疾走する。


 この光の正体は――見紛うはずが無い。これこそ、魔法を嫌う一人の剣士が数多の魔道士と互角に渡り合うために磨き上げてきた、己が魂の結晶――固有魔法《魔道士殺し》。


「シィッ!」


 迫り来る雷閃をしっかり見据え、アクトは迸る紅き光を纏った聖剣を三閃する。比喩抜きで雷速に迫る速度を以て大気を斬り裂く聖剣の

 斬光は、同じく雷速に近い速度を持つ雷閃を正確無比に片っ端から撃ち落とし、跡形も無く消滅させるのだった。


「な、何ぃいいいいい!?」


 必中と思われた魔法を全て迎撃され、男子生徒はこれ以上無いほどの驚愕に思わず目を剥く。その隙にアクトは自分の足元を固めている氷塊に向けて聖剣を数閃、氷塊を粉微塵に斬り裂いて脱出した。


 ――アクト=セレンシアの切り札《魔道士殺し》は、能力そのものは彼の魂に刻まれた魔法適正に由来するものだが、それを現実に反映させているのは、カリバーンの憑依元であるアロンダイトに刻まれたルーン刻印だ。


 これを起動させることで初めて、あらゆる魔法を切断・消滅させる刃が完成するのだが、検証の結果、カリバーンの状態では《魔道士殺し》を起動させることは出来なかったのだ。


 だが、アクト=セレンシアは自分に出来る範囲に積み残しをするような半端者では無い。彼は聖剣の分身たる剣精霊エクスと協力して専用の術式を編むことで、カリバーンを振るいながらも《魔道士殺し》の力を行使出来るようになったのだ。


 剣士としての高い力量に未だ底が知れない聖剣の力、それに《魔道士殺し》が加わり、アクトの戦力は飛躍的に高まった。自分を呼び寄せたエレオノーラが言った言葉――これから始まる激動の時代を戦い抜く為に、彼が掴み取った新たな力であった。


「行くぞッ!」

「くっ……!」


 《縛氷枷》を強制的に解除したアクトは地を蹴って駆けだし、彼我の距離を一気に詰めていく。


 魔道士に必要な能力とされる事象改変力は、短期間に連続で魔法を行使したり、強力な魔法を放ったりすると損なわれていく。時間経過で元に戻っていくが、それを乱せばどんな魔道士でも一切魔法を使うことが出来なくなる。


 それ故に、魔力配分や事象改変力の管理は非常に重要なのだ。


 つまり、先の連続詠唱で事象改変力を殆ど使い切った今の男子生徒にまともな詠唱は不可能――完全な無防備だ。これを好機とアクトは臆することなく距離を縮め、残り数メトリアを切った――その時だった。


(……! マスター、危険です。その先は――)

(あぁ、分かってるよエクス)


 刹那、アクトの脳内に響き渡る少女の声――エクスが何かを伝えようと彼の脳内に語りかけてくる。だが、契約精霊の言わんとする事を全て察している主は、不敵な笑みを浮かべて突撃を続行する。


「くっ……フッ」


 ぐんぐんと距離を詰めて来るアクトに、男子生徒は何も出来ないように歯噛みする……ふりをして、尻尾を巻いて逃げだすどころか内心では小さくほくそ笑んでいた。彼の()()通り、疾走する剣士は地面に仕掛けられた‟ある一点”に真っすぐ誘い込まれ――


「よっと、この辺りか?」


 その直前に全力で下半身を捻り、稲妻の如き鋭角の切り返しで右に急旋回した。


 次の瞬間、業ッ! と半瞬までアクトが立っていた地面に新たな魔法陣が出現、そこから炎が火柱の如く吹き上がった。魔法罠(マジック・トラップ)の炎熱《焦地火陣(フロアード・ファイア)》が起動したのだ。


 アクトがこの場所を通ることを見越して、予め仕掛けられていたのだろう。


「なっ、読まれた!?」

「そりゃあ、あんな見え見えの誘導だからな!!」


 この期に及んでまだ隠し玉を持っていたのは見事という他無いが……今この瞬間においては、アクトの方が彼よりも一枚上手だった、つまりはそういう事である。最後の切り札だった魔法罠を起動して、遂に万策尽きた男子生徒は、何も出来ずにその場に立ち尽くすのみで、


「……決まりだな」

「……はぁ。そうだね、参ったよ」


 ゼロ距離にまで接近したアクトが、彼の首筋に聖剣の白刃を添えながら急制動をかけ……勝敗は決するのだった。


『――試合終了! 死亡判定と選手の降参により、勝者・コロナ=イグニス、リネア=エルレイン、アクト=セレンシア!』


 アクト側の決着が付いたのとほぼ同じタイミングでコロナ達の方も決着が付いたらしく、上空の投射映像から監督官の勝敗宣言が下される。これにてアクト達は、また一歩「若き魔道士の祭典」に近づくこととなった。


「いやはや、流石と言うべきなのかな。まさか、あの魔法罠を見抜かれるとは思ってもみなかったよ」

「あぁ、あれな。《紫電閃》を撃ちまくって事象改変力を使い切ったにしては、何故かその場から一向に動こうとしなかったからな。これは絶対に罠が張ってあるなと思った訳さ」

「……なるほど。魔法罠を当てることに固執するあまり、挙動や行動が不自然に見えたわけか。どうやら僕もまだまだのようだ」


 アクトが敢えて気絶させずに寸止めで留めた理由――それは、この男子生徒と話すためだった。というのも、彼は先日のルクセリオン襲撃の折に、妙な約束を交わした男子生徒――オルニスという生徒だったからだ。彼も校内選抜戦に参加していた選手であり、こうしてアクト達と戦う事になったのである。


「休校期間中に知り合いの伝手でかなり鍛えたつもりだったけど、やはり、僕の実力では君を抑えるには到底足りないようだ」

「そうか? さっきのは結構よかったぜ」

「謙遜を。負けたのは僕の方だ。……あの時、君に言われた言葉をずっと考えていたんだ」


 オルニスが言っているのは、ルクセリオンの襲撃の際にアクトが口走ったあの言葉の事だろう。


「確かに、僕はあの時までは何も考えてはいなかった。選択技能として軍用魔法を習得した時も、こんな物を使う日なんて一生来ないだろう、そう思っていた……そう、あの時まではね。……思い知ったよ。有事はいつだって、僕達の都合に関係なく、何の前触れもなくやってくるのだと」

「……」

「だから決めたんだ。悪意ある者達が振るう魔法の脅威から、力無き大勢の人を守るために――僕は帝国軍へ入隊する。大会には負けてしまったけど、この三年次生の期間はみっちり研鑽に使って、先ずは仮入隊試験に挑戦するつもりなんだ。それから――」


 職業軍人としての魔道士――「魔導兵」。それは学生が選ぶ進路の中でも、最も険しく残酷な道だ。帝国を守る戦力として、魔法の暴威吹き荒れる死の最前線へ立たなければならなくなる。魔法関係の職業で最も高い殉職率を持つ、まさに‟死職”だ。


 それでも、厳しい訓練を積んで一人前の魔導兵になれば、厚い待遇と保証が約束されるし、戦場で手柄を挙げれば「軍団」にも抜擢されたりする。田舎からのお登りや労働・中流階級の者が一発成り上がろうと志願者が後を絶たない名誉の職業でもあるのだ。


 オルニスは語り聞かせるように、自身のこれからの進路をアクトに告げていく。その表情に、あの時のように迷いに満ちた情けないモノはどこにもなかった。「魔道士殺し」として、無数の戦いの中で魔法の暗黒面に触れてきたアクトが率直に言い放った言葉を、彼なりに解釈し導き出した「答え」なのだろう。


「……そうか。まぁ頑張れよ。俺も、俺にやるべき事を果たすとするよ」

「うん。じゃあ、負けた僕達の分まで、大会頑張ってくれよ!」


 そして、二人はそれぞれ別々の道を歩みだす――この先、二人が会話をする機会は二度と訪れることは無いが、もうその必要も無かった。何故なら……彼は既に、己が力で道を切り開く、一人の立派な「魔道士」になっていたのだから。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



「はぁ~~~疲れた……」

「あはは、コロナ凄かったよね。上級生を三人一度に相手取って勝っちゃうんだから」

「えぇ、リネアもお疲れ様。ナイスフォローだったわ」


 校内選抜戦が終わった夕暮れ時の廊下、先週行われた中間試験も終了して人通りが増えた放課後の廊下を、一行は疲労と嘆息混じりにゆっくり歩いていた。エクスはと言うと、先の戦闘で消費した魔力を補充するため、霊体化してアクトの魔力供給待ちだった。


 ちなみにその中間試験だが、危うく落第の憂き目に陥りそうになったアクトも、リネアや他の友人の助けもあり、無事赤点以上の点数を取って文句なしに切り抜けることが出来た。


 なお、その間際にアクトとリネアの身に起こった不可解な事件は混乱を避けるために秘匿され、知っているのはアクト達やエレオノーラだけだ。


「俺は直接戦闘を見たわけじゃ無いけど、コロナ、最近ますます魔法の腕上がってるよな。選択演習でも負けなしだしって、それは元からだったか」

「別に、相手がまだまだ弱過ぎるのよ……とは言い難いんだけどね」


 アクトの称賛に、リネアのフォローがあったとはいえ最上級生三人相手に完勝したコロナの表情は、どこか苦々しかった。そしてそれは、この場に居る全員の心情を代弁していた。


「そうだな……そろそろ三人じゃ限界があるように感じるな」

「うん……」


 結果だけ見れば、三年次生相手に戦闘不能者ゼロで、コロナ達の圧勝に見えるだろう。だが、それは薄氷の上に成り立った危ういモノでもあった。


 ――コロナの魔法技能や戦闘センスはずば抜けてはいるが、それにも絶対的な限界はある。校内戦を勝ち進み、ひいては「若き魔道士の祭典」に出場すれば、敵の実力も増していくだろう。いくらコロナとて、自分の力量に限りなく近い相手を複数相手取れば、間違いなく苦戦を強いられる筈だ。


 ――リネアの支援能力やそれを挟み込む状況判断能力も見並み高いが、火力要因としては心許ないと言わざるを得ない。彼女も攻撃魔法を使おうと思えば使えるのだが、彼女は事象の「変化」を操り、エネルギーの変動・増幅を司る炎熱・氷結・雷撃の三属性と相性が悪い。


 ――この戦いにおいて、アクトは使用後に凄まじい反動が残るエクスの《限界突破(リミット・オーバー)》を制限している。無論、それを差し引いても彼の戦闘能力は化け物じみてはいるが、魔法を使わない以上、集団魔法戦の戦況を覆す決定打にはなり得ない。


 という事で、一行は現在、致命的な人数不足に頭を悩ませているのである。


「なら、そろそろ四人目を探す時期かもしれねぇな」

「とは言ってもねぇ……アタシ達の動きに付いてこれるような骨のある生徒なんて殆ど居ないでしょうし、居たとしても他のチームに加わってる筈よ。校内戦は、どれだけ早く理想の人材を速やかに揃えられるかも重要な要素なのよ」

「そうだね……アクト君が入ってくれたけど、去年一緒に戦ったローレンも抜けちゃったし、『生徒会長』率いるチームに勝てるかどうか……」

「……ローレンの、あの子の事は忘れなさい。でも、そろそろ新しいメンバーを増やす方針で行きたいわね」


 この場に居ないあの生真面目な青髪の少女の話題を出し、コロナとリネアの間に妙な緊迫感が流れる。そんな未だ自分のあずかり知らない謎の因縁で生じた空気に、アクトが逃げ場を求めるようにある物を取り出そうと学生鞄を漁るが――


「……あ? 無い、無いぞ!?」

「どうしたのよ?」

「アクト君?」


 すぐ傍で起こった異変に気付いたコロナ達がアクトの方を見るが、当の本人はそんな事露知らずに必死になって鞄を漁っている。そして、漁り続けること二分……諦めたように項垂れた。


「一体、どうしたのよ?」

「……本、教室に忘れた」

「本? 本って?」

「だーかーらー、文庫本だよ! 最近、街の書店で面白そうなヤツを見つけたから試しに買ったらこれが意外に面白くてよ。暇潰しのために学院にも持って来てたんだよ」

「何だ、そんな事か。良いからさっさと行って来なさい。アタシ達、校門で待ってるから」

「あはは、行ってらっしゃい。アクト君」


 そんな訳で、アクトは二人に見送られて閑散とした校舎内を全力疾走する。先の戦闘時よりも速度を増した彼は、一陣の突風の如く廊下を駆け抜け、途中、他の生徒とぶつかりそうになる時も、華麗な身のこなしでこれを回避。ものの一分で教室に辿り着いた。


「えーっと、多分机の中に……おっ、あったあった」


 予想通り、机の中にカバーを掛けられた一冊の本を見つけ、それを鞄にしまったアクトは一目散に元来た道を引き返す。早く撤収しなければコロナにどんな小言を言われるか分かったものでは無い。


「急げ急げ……!」


 腕を組んでメラメラと背中に炎を滾らせる赤髪の少女を頭に浮かび、急かされるままアクトが丁度、廊下のある一角に差し掛かろうとした――その時だった。


「「はぁ、はぁ……えっ?」」


 いきなり角から小柄な人影が飛び出して来た。両者共に、目的のために急いでいたのもあるのだろう。だがしかし、最も重要なのは、疾走するアクトと角の向こう側を走って来る人物の二つの足音が、()()()()()()()であったため、直前まで接近に気付かなかった結果、


「きゃ!!」

「うおっ!?」


 ドンッ、と鈍い音と共に両者は激しくぶつかった。何か大質量らしき物に衝突したアクトは体勢を大きく崩して尻餅を付き、もう一方の人物は抗うこと叶わず同じく尻餅を付き、手に持っていた大量の荷物が床に散乱する。


「痛ったた……」

「うっ……だ、大丈夫か?」


 先に起き上がったアクトは、ぶつかった人物――小柄な少女に手を差し伸べる。黒の長髪に、地味な丸眼鏡の下から覗くあどけない灰色の瞳、眼鏡で野暮ったく見えるが顔付きは非常に端正で、まだ幼さの残る中に女性としての美しさが見え隠れしている。順調に成長すれば、誰もが一度は目を奪われる美少女になることだろう。


 直後、少女の顔を見たアクトは、ふと何かに気付いたように呟く。


「あれ、君は確か……」

「え……あ、貴方は確か!?」


 少女もアクトの顔を見て何かに気付いたらしく、何故か急に頬を赤く染めだした。そう、彼女はアクトが転入初日に不注意でぶつかった少女、その人であったのだ。


「あ、あの……」

「や、やぁ。二回目、だな……」


 予想だにしなかった新たな出会い……これが後に、想像を絶する大きな波乱の幕開けでもあった事を、今の二人は知る由も無かった。


読んでいただきありがとうございました( ´ ▽ ` )

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