35話 波乱の試験勉強
――ガラード帝国魔法学院の授業が再開して、暫くが経った。当初は襲撃事件の事を思い出して精神的に不安定な生徒も少なからず居たが、それも何とか治まりつつあり、ようやく静かな…以前と比べてかなり生活が戻ってきた。
静かになったのはそれだけが理由では無い。ルクセリオンによって多くの人間が犠牲になったのもあるが……現実問題、一番大きな要因は自主退学者の数だった。教師陣の全力の説得によって一部の生徒は直前で踏み止まったものの、それでも多くの生徒が学院を去った。
しかも、この学校はただの教育施設では無い。魔法という超常の力を研究し、国が主導となって運営している施設だ。そこに所属していた生徒がただ退学しただけで終わりではなかったあ。
魔法が持つ秘匿性の関係上、彼らには徹底的な守秘義務が課せられ、危険な犯罪組織に寝返らないよう厳しい監視体制の下に置かれ、自由も制限される。
人々の生活を豊かにしている魔導技術を除けば、一般人の間では魔法はまだまだ認知されていない。むしろ、戦争に使われている血生臭い代物とすら思われている。それは彼らにとっても同様で、魔法科学院ではどれだけ優秀な成績を修めていた学生でも、一般の教育施設に入れば、それらは何の価値にも箔にもならない。
むしろ、一般倫理の欠如や教養が遅れている分、落ちこぼれてしまう人間が多い。魔法科学院でも一般教養は勿論組み込まれているが、十全かと言われれば程遠いのである。
それ故、魔道士から――魔法の道から一般の生活に戻れる者はほんのごく僅かで、大抵はどこか小さな魔法研究機関に所属したり、結局は「裏」の世界に落ちて反社会分子と化す者が多い。学院側が自主退学者を出したくない理由はその辺りの部分が大きい。
魔法という存在に関わった人間は、その因果からは絶対に抜け出すことが出来ない……魔道士という人種は、大半の人間が営むような当たり前の世界で生きるにはあまりにもか弱い存在、それがどこまでも残酷で純然たる現実なのだ。
――そんな、様々な変化が洪水の如く流れていく日々の中、学院ではとある大きな恒例行事が始まろうとしていた。
◆◇◆◇◆◇
「――諸君らは当然知っていると思うが、来週から前期中間筆記試験が始まる。それについて授業内容に若干の変更が――」
今日の授業が全て終わり、放課後前のホームルームにて一組担任のクラサメが幾つかの連絡事項を話す。ガラード帝国魔法学院は前期・後期と授業期間が分かれており、その間に長期休暇を挟んで一年としている。各期間にはそれぞれ中間試験・期末試験が設けられており、その一つが始まるわけだ。
「前期の成績を決める非常に重要な試験だ。今はとても大変な時期なのは重々承知している。しかし魔道士たる者、いついかなる時でも最高最良の能力を発揮出来るよう己を律するのも魔道士に必要な技能だと俺は思う。各自、抜かりの無いよう万全の対策を施してこれに望んで欲しい。以上、解散」
最後にクラサメが短く総括をして教室を出て行き、放課後となった。生徒達は思い思いの行動をとり始める。荷物を纏めてさっさと帰宅する者、研究会などの課外活動に向かう者、席に座ったまま雑談に興じる者、様々だ。
「コロナどう? 試験勉強進んでる?」
「当たり前でしょ。これの為に大分前から準備してたんだもの。二年次一発目の試験もぶっちぎりの一位を取って見せるんだから!」
帰り支度をしているリネアの問いに、同じく机に広げた教科書を片付けているコロナが自信満々に答える。事実、コロナは一般教養は勿論、魔法関連の試験においては中等部の頃からダントツの一位を不動の物としている。
実戦技能でも圧倒的な才能を誇る彼女は、まさに魔法の申し子のような存在だ。
「アタシが言うのも何だけど、リネアも筆記じゃ安定して成績抜群じゃない。上位十人にはまったく問題なく入れるでしょ? 頑張ればアタシやローレンにも十分張り合える筈よ」
「そんなー、私なんてまだまだだよ。魔法関連じゃコロナには敵わないし、ローレンも凄いから。それに、今勉強してるところでちょっと分からない所があるんだよね……」
謙遜するリネアも、コロナに次いで学年二位のローレンと同じ、全分野を満遍なく網羅する優等生タイプだ。成績は筆記試験と実技試験を合わせた物なので、実技が苦手な彼女の総合順位は高いとは言えないが、筆記に限るならコロナ達にもまったく引けを取らない能力を持っている。
「あら、アタシで良ければ相談に乗るわよ?」
「え……いやー、もうちょっと自力で考えてみるね。あはは……」
「そう? なら頑張ってね。アタシならいつでも力になるから」
純粋なコロナの好意に、リネアは苦笑を浮かべながらやんわりと断る。共に屋敷で暮らし、中等部からの付き合いであるリネアは身をもって知っているのだ。彼女の可愛くも致命的な欠点を……
「あっ、そういえばアクト君は試験勉強、どんな、感じ……?」
話題を強引に切り替えるべく、リネアが少し声量を上げて近くの席に座るアクトに話しかけようとするが、紡ぐ言葉が段々、途切れ途切れになっていく。その理由は明白、何故なら彼女が話しかけた黒髪の少年は真っ青な顔で俯いていたからだ。
「やべぇ……勉強、全然分からん……」
「コイツに前期試験の事伝えたらさっきからこんな感じでよ~、俺も困ってんだわ」
ガクリと力なく机に突っ伏すアクトの代わりに答えるマグナの表情は苦笑いだ。クラサメの言った通り、中間試験は前期の成績を決める重要な試験だ。当然、低い点数を取ってしまえば、総合成績に大きく響いてしまう。
結果として成績不振者には、指導・補修・追試・留年……最悪の場合退学など、それ相応の処分が下される。
これは完全実力主義を掲げ、富国強兵政策を推進する帝国政府が運営するこの学院ならではの厳しさだ。意欲・能力ある者は持ち上げられ、意欲・能力なき者は切り捨てられる。
アクトが初めて学院に呼ばれた際に、エレオノーラが彼に言った通り、成績不振による処分だけは学院長である彼女の力を以てしても覆しがたい。他の教師からの反感を買うことに繋がるし、何より雇い主の帝国政府の方針に背くことになるからだ。
「マスター、お気を確かにしてください」
「エクス……良いよなぁお前は。魔法知識も一般教養もそこらの生徒よりずっと優れててさ……」
休校期間中に特別に作られた新たな席に座るエクスがアクトを励まそうとするが、当の主といえば恨めしそうな重い声音で更に気を落とすだけだった。エクスは何千年もこの世界を見守ってきた精霊、頭の良さは半端では無い。下手をすれば自分を超えるかもしれないとしてコロナが密かに警戒していた存在だ。
「なに、アクトの成績って相当マズいの?」
「俺も詳しくは知らないけど、本人がこんな感じならそうなんじゃねえか?」
「ふーん……だったら、少し試してみるとしますか……」
リネアに続いてアクトの様子を見にやって来たコロナは、鞄から大量の付箋が伸びている教科書を数冊取り出すと、手早く幾つかの頁に羽ペンを走らせる。締めにその部分に新たな付箋を貼り付けると、それらをアクトの机に置いた。
「はい。アタシがしてた対策の中で試験に出そうな問題を幾つかピックアップしてみたの。基本の知識さえあれば解ける問題だと思うから試しにやってみて」
「お、おう……」
コロナに言われるがままアクトは自分の羽ペンを持つと、早速問題に取り掛かる。邪魔になっては悪いと思った四人が少し離れた所に移動したことで、彼はただ頭を働かせて問題を解くだけの機械と化す。この工程に余計な雑念は必要無い、彼は脳をフル回転させると同時に無音の領域にまで己の集中を高めていき……
――アクトが問題を解き始めてから約半刻が経過した。そろそろ全て解けたかと彼らがアクトの元に戻ると、其処にはまるで死体のように机に突っ伏して動かなくなった彼の姿があった。何事かと思い彼らは問題に取り組んだ形跡のある紙束に目を遣ると、
「うわー……」
「こ、これは……」
「酷いわね……」
目の前に広がる想像以上の惨劇に、彼らは唖然とする他無かった。ぱっと見ただけも正解している問題が殆ど見られない……いやしかし、たまたま見た部分だけが集中して間違っていただけかもしれない。そんな淡い希望を胸に、彼らは採点を進め……
「やべぇな、これは……」
「マズいわね、これは……」
「予想以上に酷いね、これは……」
「うぐっ……お前ら揃って二回も言わないでくれ」
結果はお察しの通りだった。彼らの言葉の追い打ちにアクトは鳩尾を殴られたような声で呻く。まあ、三人の反応もある意味当然、これでは学院側が定める最低限度の基準点数――通称「赤点」ですら超えられるか怪しい。
「マスター……」
「ごめんなエクス。こんな戦う事以外脳の無い馬鹿野郎が主で……」
いつも眠たげで無表情のエクスですら若干の呆れの籠った眼差しを主に向ける。今のアクトにはいつもの強く自身に満ちた、刃物の如き覇気は一切感じられなく、あまりにも弱々しい気配しか発していない。
普段の様子とはあまりにかけ離れたアクトの出来の悪さ……だが、それもある意味仕方ないと思う所も、彼の事情をある程度知っているマグナを除く彼女達にはあった。
アクト=セレンシアは生粋の武人だ。剣を持たせれば超一流、数々の凄腕魔道士を葬ってきた「魔道士殺し」としての魔法知識も非常に幅広い……だが、一般人として、学生としては非常に未熟であると言わざるを得ない。
育ての親であるエレオノーラから一通りの教育を施されたとはいえ、アクトはまともな教育はおろか、教育施設に通う事すら今回が初めてなのだから。
一般の学校に比べれば一般教養の水準は幾分か下がるとはいえ、教育の「き」の字程度しか学んでいないアクトに到底付いていける物なわけが無かった。学院に入ってからは興味のある分野もあったし、上手く誤魔化してきたようだが、とうとう限界が訪れたのだ。
魔法関連の知識に関する問題は決して少なくない配点ではあるが、それは学年上位を目指すような者が積極的に取りにいく部分であり、多くの配点は一般教養を始めとした基礎科目が中心となっている。故に決定的な得点源になるとは言いがたい。
「はぁ……此処に来る前から分かってはいた事だった。でもいざこうして実感すると、やっぱ俺ってこういう学校みたいな所、向いてないんだな……」
このかなり手詰まりな状況で割と本気で落ち込んでいるアクト。無意識のうちに彼が呟いた言葉にコロナの耳がピクリと反応する。そして彼女は一つ大きな溜め息を吐くと、やがて意を決したように口を開く。
「……仕方ないわね。良いわ、この一週間、アタシがアンタを徹底的に鍛えて何とか赤点ぐらいは取れるように仕上げてあげる。期末はより一層頑張らなきゃいけなくなるけど、とりあえずこの場は凌げるわ」
「……え? ほ、本当か!?」
思わぬ所から伸びた救いの手に、アクトの目に光が戻ってくる。想像以上の彼の食いつきっぷりにコロナは思わずどぎまぎするも、燃えるような赤髪をかき上げて毅然とした態度で言い放つ。
「か、勘違いしないで! イグニス家の人間と一緒に居る者が成績不振なんて、アタシの沽券にも関わるわ。これはアタシの為でもあるの。だから、その……アタシの気が変わらないうちにありがたく受けなさい!」
「あ、ああ……恩に着るぜ!」
絶望の淵に差した一筋の光明、アクトの元の強い気配が戻っていく。実は、彼はコロナの真意に気付いていた。口ではああ言いながらもフン、と顔を僅かに朱に染めながらそっぽを向いているのが何よりの証拠だ。二人の付き合いもそれなりの月日が経った。そして何よりも、「あの日」に交わした二人だけの「主と騎士の誓い」――二人以外誰も知らないあの「誓い」の為に、彼女が自分に力を貸してくれようとしているのが分かった。
(素直じゃねえよな、ホント。でもまあ、これがコイツなりの気遣いと優しさなんだろうな)
何て不器用な優しさなのだろうか。アクトも自分が相当捻くれている自覚はあるが、彼女も相当にひん曲がっている上に、本人にとっても無自覚なのだ。どうりで友達が少ないわけである。この少女を理解し、付き合うにはかなりの時間を要するだろう。
「そうと決まったら早速行動開始よ。丁度、アタシ達がウチの帰り道の途中に中等部の頃から試験勉強の為に利用してた喫茶店があるの。人が少なくて静かな所だから勉強も捗る筈よ。さっ、行きましょう」
「よし、やってやるぜ!」
「おっ、学年一位サマ御用達の喫茶店か。それは俺も気になるな。なら、ちょっとだけお邪魔してみましょうかね……」
「マグナ、アンタは来なくて良いわよ。邪魔だし」
「え?」
そんなやり取りをしながら、彼らは教室を出て目的の場所へ向かうべく学院を後にする。その道中、少し離れた位置から彼らの背中を追うリネアは一人想う。
(照れ隠しが下手……相変わらず素直じゃないね、コロナは。そこがまた可愛らしい所でもあるんだけどね。でも、コロナにアクト君を任せて大丈夫かなぁ……)
アクトとコロナだけの「誓い」の事を知らずとも、親友の事を正しく理解しているリネアは、親友の「欠点」について心配していた。自分の時でさえアレだったのだ、アクトという爆弾と彼女を混ぜれば一体どのような化学反応が起こるか分かったものでは無い。
(……ううん。コロナだってもう高等部二年次生、あの時とは違う筈! 先ずは信じてみない事には始まらないよね!)
胸中で渦巻く心のざわつきをただの杞憂と信じるべく……だが、どうしても拭いきれない心配を抱え、彼女は歩みを早めて一行に追いつくのだった。
◆◇◆◇◆◇
カフェ・ドゥ・ラペル。「安らぎ」の意味を名に持つその店は、文字通り静謐さを感じさせる濃い茶色の木材を基調とした造りになっている。
現代の喫茶店に多く見られるような小洒落た雰囲気はなく、喫茶店としての体裁を成す必要最低限の物だけが揃っている。だがそれは決して手を抜いているわけでは無い。
過ぎた小奇麗さというものは喫茶店が持つべき気品と優雅さを大きく損なわせるものだ。この店は敢えてそういう小奇麗さを廃することで、どこまでも訪れた者の心を落ち着かせる事に神経を注いでいるのだ。
天井に釣り下げられた灯りが唯一の光源の薄暗い空間に、蓄音機から落ち着きのあるバックグラウンドミュージックが流れるオーフェンの中でも隠れた名店、気品ある者にしか立ち入ることが許されないような大人な空間にて――
「ああもう、頭に来たぜ!」
「それはこっちの台詞よ!」
その静寂を粉々にぶち壊すように、二つの男女の怒声が店内に響き渡る。ダンッ! と机を強く叩く音が不快な音声となって店内の調和と静謐を跡形も無く打ち壊す。
(やっぱりこうなるよね、うん……)
静謐と調和に満ちた空間を粉砕した、この場で最も相応しくない不純物――アクトとコロナのいつもの喧嘩、リネアが心配していたものが、これ以上無い程の形で現実となった。
「何でこんな問題が分からないのよ!?」
「うっせぇ! そんな事言うならもっと分かりやすく解説しろってんだ!」
大きめのテーブル席に座り、教科書のある部分を抑えながら繰り広げられる二人の(いつもの)喧嘩、予想通り過ぎる展開にリネアは頭を抱えるしか無かった。もしかしたらと思って任せた結果が、ここにきて親友の「欠点」を剥き出しにする羽目になってしまった。
そう、コロナ=イグニスが抱える大きな欠点……それは‟極度の教え下手”だ。埒外の天才であるコロナは学生規格の「分からない」という感性とは無縁の立ち位置にある。
普通なら一度は必ず躓くような壁でも、彼女は関係なく軽々と飛び越えていく。故に、「分からない」者の気持ちが分からないのだ。
そんなコロナがアクトに物を教えようとすれば……結果はご覧の通りだった。口論を白熱させるアクトとコロナ、その成り行きを見守るリネアとマグナ、そんな事など露知らずに席の端でショートケーキを突っついているエクス、場は混沌の様相を呈してきた。
「おいおい落ち着けって。此処、店の中だぞ?」
「「うっさい黙ってて(てろ)ッ!!」」
「いやお前らが黙れよ先に!?」
やがて、とうとう見かねたマグナが何とか宥めようと試みるも、共に強烈な自我を持つ二人を抑えるにはまるで足りない。幸い、彼ら以外に他の客は居なかったので咎められることは無かったが……カウンターの奥では紳士的な容貌を備えた初老の店主が皿を磨きながら額に青筋を浮かべていた。
「ちょっと二人共、一回落ち着こう? ね?」
「ぐぬぬぬぬ……」
「ぬぅううう……」
暫く言い争いをした後、リネアの制止によって二人は低い唸り声を上げながらも、ようやくその怒りを鎮めた。再び店内に静寂が訪れる。彼らも熱くなり過ぎた自覚はあるようで、事前に頼んでおいた紅茶を一口飲んで気分を落ち着かせようとする。
「で? 実際、アクトはどの辺りが出来てないんだ?」
「そうね……とにかくアクトは、基礎部分が脆過ぎるわ」
まともな教育を一つも受けていないアクトは、学生ならば殆どの者が当たり前にこなせるような事もおぼつかないような感じだ。どれだけ高尚な事を学ぼうとも、本人の土台そのものが脆ければその上に何を積むことも出来ない、つまりはそういう事だった。
だが、判明したのは何も悪い事だけでは無い。口論しながらもあれこれ一通り解いてみたが……アクトは決して勉強が出来ないわけでは無い。基礎は変わらずボロボロであったが、要所要所で自頭の良さが垣間見える。
数々の戦場を渡り歩いていた賜物か、集中力もそこらの学生より遥かに高く、まさに磨けば磨くほど光る宝石であった。
磨き役がまともな人間だったらの話だが……
「――ダメだ、お前の説明じゃ全然分かんねえよ……」
「もう、何でこれで分からないのよ!?」
口から魂が抜けかけ、頭から湯気を出しながらアクトは羽ペンを机に放り出して椅子にもたれかかる。彼が勉強を始めて以来、成果は一向に上がらない。これにはコロナもお手上げだった。
「ここまでくると、単にコロナの教え下手ってわけじゃ無さそうだな」
「そうだね。二人の相性の問題かも……」
コロナの教え方は、確かに傍目で聞いていたマグナ達から見てもお世辞にも上手いとは言えない荒っぽいものだが、それでも最低限理解出来る部分はある。アクトの理解力不足でも無さそうだし、マグナとリネアの言う通り相性の問題の可能性が高かった。
先日の襲撃事件の際、あれほど息の合った連携をとっていた二人は、日常生活では面白いほど噛み合っていないのは周知の事実だ。それが勉強の面でも遺憾なく発揮されていた。
「うーん……」
当初の想像以上に事態が難航しているそんな時、何かを考えるような素振りを見せたリネアは、自分もノートを広げてコロナが勉強の過程で紙に書き記したメモとを見比べながら、手早く羽ペンを走らせる。そして――
「アクト君、これでどう?」
「あ、ああ。どれどれ……」
リネアがノートに作ったのは、今までコロナがアクトに教えていた事をまとめた物だった。言われるがままアクトは疲労の溜まった表情でノートの頁をめくっては読みめくっては読み……
「……ん? これ、普通に分かるぞ?」
「え!?」
そんな事をのたまった。あれだけ自分が教えてもまったく理解出来ないと言っていたアクトが、自分の記述をまとめた物を見ただけで何故急に分かるようになるのだと、コロナが素っ頓狂な声を上げる。
「本当かよアクト?」
「ああ。まだちょっと分からない部分もあるけど、大体は理解出来る」
別に、アクトの学力が急激に伸びたとかそういうわけでは無い。先程までコロナが教えていた事が蓄積されていたのもあるだろう。だがそれ以上に、書いてある事は同じでもそれを纏めるリネアの情報処理能力と彼が相性が良かった、ただそれだけの話だ。
「あれ、これって、リネアがアクトに教えた方が良いんじゃね?」
「ぐふっ!」
真理に至ったマグナがそんな事を口走ると、コロナが鳩尾を殴られたような呻き声を出す。本人にも相性が悪いという自覚は薄々あったのだろう。実際、天才型のコロナと違い、努力型のリネアは基礎の部分がまだ固まっていないアクトにとってはこれ以上無い適任者だ。
「えっと……私は別に構わないけど。他ならぬアクト君のピンチだしね」
「決まりだな。これからアクトの教育係はリネアって事で」
いつの間にか場を勝手に仕切っているマグナの下、アクトのこれからの学習計画がどんどん決まっていく。
コロナやリネア、エクスに会う前のアクトなら……このまま成績を落として落第退学になっても構わないと思っただろう。だが今は、あの学院に残る明確な目標が出来た、出来てしまったのだ。故に彼は妥協しない。現状、猫の手も借りたい彼はこの提案を全面的に飲んだのだった。
「てなわけでだ、すまねえな、コロナ。せっかく助けてくれたのに……」
一番最初に助けを借りたにも関わらずあっさりと切り捨ててしまった事に、アクトはバツが悪そうな顔で謝る。
「……別に気にして無いわよ。こういう時は適材適所って言うしね」
対するコロナも彼同様に目線を逸らして遠い所を見る。この男を助けられるのは自分しか居ないと思って真っ先に名乗りを上げたにも関わらず、彼の力になれなかった事を彼女は悔いていた。だが――
「心配すんなって。俺達の関係はこんなくだらない試験でどうこうなるほど柔なものだったのか?」
「……! そうね、今は、今だけはリネアに託すとするわ。アタシも上手く教えられるように勉強する。だから、期末試験ではもっと良い点取らせてあげるからありがたく思いなさい」
「おう、そりゃあ楽しみだ」
この程度で俺達(アタシ達)の「誓い」が揺るぐわけが無いだろう(無いでしょう)?――例え言葉にせずとも、二人は心の底では互いに分かり合っていたのだ。
「アイツの隣に居る身としては、いっつも喧嘩してるようで、妙な所で仲良いと思うんだよな、あの二人。リネアもそう思うだろ?」
「……え? あ、うん。そうだね……」
二人のやり取りを見ていたマグナが呟き、何故か心ここにあらずだったリネアが慌てたように応じる。
「じゃあ、これからよろしくな。リネア」
「うん、こちらこそよろしくね!」
こうして、アクトとリネア、二人の一週間に渡る波乱の試験勉強が幕を開けるのだった。
読んでいただきありがとうございました!今回は久しぶりに1万字近い日常回となってしまいましたが、温かい目で見ていただけると幸いです。よろしければ評価・ブクマ登録・感想・レビューの方、お待ちしております!




