34話 再会と再開
「アクト君ー、ご飯だよー」
「――おう。すぐに行く」
朝飯を作り上げたエプロン姿のリネアの呼び声に、シャワー上がりで薄着のアクトがタオルを頭に被りながら応じる。最近の日課である山中での訓練を終えてエルレイン邸に帰って来たアクトは全身汗まみれで、そのまま部屋に戻ろうとした所を見たリネアに激しいお説教を受けてしまった。普段怒らない人間を怒らせると恐ろしいくらい怖いという事を身をもって知ったアクトなのであった。
「おはようございます、マスター」
「おはよう。何処行ってたの?」
「……おう。まあ、ちょっと朝の散歩をな。エクスもおはよう」
リビングに出て来たアクトと、同じく朝の準備を終えた制服姿のコロナと昨日は彼女の部屋で寝ていたエクスが顔を合わせる。彼がその美しい銀髪を撫でると、エクスは嬉しそうに目を細める。以前ならば唐突にやっていた事も、撫でるのに丁度良い高さにあるエクスの頭を撫でるのは、今や日課となっていた。
変化という点ならコロナについてもそうだった。以前ならアクトとコロナは出合い頭に一言二言小競り合いしたものだが、「あの日」以来、二人の関係はどこか落ち着いたものになっていた。
そんな訳で、エプロンを脱いで制服姿になったリネアも席に着き、食卓に全員が揃う。早朝の賑やかな食事と共にエルレイン邸の一日が始まる。先日の登校日を経て、今日から本格的に授業が再開するのだが、襲撃事件による不測の休暇を満喫した彼らは、学院へ行くのを心待ちにしていた(一名、魔法嫌いな剣士サマはそうでも無いようだが)。
「……へぇ~、街の防壁近くで警備官が一人、凍死状態で発見されたんだって」
紅茶片手に朝刊を読んでいたリネアがそんな事を言い出す。
「凍死? もうすぐ夏になるっていうこの季節に?」
「うーん、捜査は難航してるみたいだよ。警備官なら野宿しなきゃだめっていう事も無いだろうし、かといってこの季節に凍死もありえない……何処か寒い所に幽閉されて亡くなってから放置されたとか?」
「ありえるわねそれ。なら――」
と、記事に書かれた不可解な事件について二人娘が頭を悩ませている傍で、アクトは耳を傾けながら別の可能性を密かに考えていた。
(凍死、か……)
学院襲撃前、宿敵・ヴァイス=ノルツァーが自分達に接触してきた時に発生した謎の霧の正体は不明のままだった。明らかに魔法的に生み出されたあの霧も凍死する程では無いがかなり寒かった……奴らとその事件が関係しているかはまったく分からないが、確信めいたものがあった。
そして、不本意ながらも「連中」との関連性が浮上してきたお陰で、アクトも話を切り出す心の用意が出来たのだった。
「皆、突然で悪いんだが聞いて欲しい」
朝食の最中、トーストを齧りながらアクトが唐突に口を開く。同じくトーストを齧っていた三人の視線が彼に集中する。
「何よ、急に改まって」
「ああ。この際だから皆にも知っておいてもらおうと思ってな……俺達を襲い、学院と帝国に大喧嘩を吹っ掛けた連中の事を――」
アクトの言葉に、場に薄い緊迫感が漂う。「連中」の意味が何なのかは言うまでも無い。約四週間前、自分達が通う学院に襲撃を仕掛け、多くの生徒や教師達を殺害した極悪非道のテロリスト集団――ルクセリオン。
「そうだよね。ルクセリオンって一括りに言っても私達、あの人達が何者なのか知らないんだよね……」
「アンタは知ってるって言うの? 情報源は?」
「殆どはエレオノーラから提供された物だ。既にアイツから了承もちゃんと得てるから夜道でザクッ、てされる事は無いから安心しろよ」
冗談にしてはさらっと空恐ろしい事を言ってのけたアクトに彼女達は軽く引き気味だが、何とか飲み込んで続きを促す。
彼の口から語られる連中についての情報は(正確にはエレオノーラが調べた物だが)全て真実であり、壮絶な物だった。各種テロ行為に始まり、暗殺・誘拐・強盗・密輸……枚挙に暇が無い。連中が掲げている「真なる神」とやらの存在と構成員の殆どが着用している白い外套がその不気味さを更に助長している。
「噂には聞いてたけど、想像以上に恐ろしい連中ね……」
「うん、そうだね……」
アクトの話が終わり、二人娘は戦慄の表情を浮かべる。エクスは相変わらずの真顔無表情だったが。平凡な力しか持たない「信徒」が大半を占めているものの、魔法犯罪組織たるルクセリオンはその懐に多数の凄腕魔道士を抱えている。それも、帝国軍の中でも精鋭と呼ばれる「軍団」所属の魔道士をも凌ぐ実力者も居る。しかも、
「中でも『九魔鬼』って呼ばれてる連中は別格だ」
その凄腕魔道士を遥かに超え、「化け物」とまで呼ばれている魔道士、それが「九魔鬼」。文字通り、九人の超一流魔道士で構成された精鋭集団だ。通常の魔法技能に加え、全員がそれぞれ規格外の禁呪・秘術を持っている、まさに帝国の「七魔星将」的存在なのだ。
彼らが人前に出て来る事はまったくと言って良いほど無く、最早一種の都市伝説と化している。
「まっ、ルクセリオンは性質的にはかなり慎重な集団だ。そんな組織の切り札みたいな奴らがホイホイ現れてたまるかって事だな」
「そうよね。そんな奴らが現れたら、勝てる気がしないわ」
「あはは…二人共、そんな事言って、本当に起こったらどうするの?」
そう言ってアクト達は小さく笑う。……この何気ない会話が後に想像を絶する戦いに繋がることになるのだが、当然彼らにそれを知る術は無かった。
◆◇◆◇◆◇
朝食が済んだアクト達は少しの間思い思いの時間を過ごし、準備万端で学院に登校した。ルクセリオンの襲撃は学院のみに行われただけで、街に被害は一切無い。故に、オーフェンの街はいつもと変わらない活気に満ち溢れていた。だが――
「おはよー!」
溌剌とした元気の良い挨拶と共にリネアが二年次生一組の教室に入り、他三人もその後に続く。時刻的には登校真っ盛りの時間帯なので、教室には既に多くの生徒が居た。
「おはよう、リネア」
「おはようございます」
クラスの人気者であるリネアの元に多くの級友が集まって来る……だが、彼らの表情は皆一様に暗い。その理由は教室の一角にある空席の机の上に置かれた花瓶だった。それが計三つ、本来なら生徒が着席するにしては邪魔でしか無いそれらが許容されているのが何よりの理由であった。
「オルガ、イレーネ、そしてウィンディ……アイツらは助からなかったって、先生達が言ってたよ……」
「他のクラスの方も、大勢の方が亡くなったと聞きましたわ……」
「……そうだね」
ルクセリオンが残した爪痕は彼らの心に深い傷を刻み込んだ。まだ成人すらしていない生徒達にとって、今まで共に学んできた級友が突然死ぬというのは相当に堪えるものだった筈だ。比較的関わりが薄いコロナ達でさえ数日間は立ち直れなかったのだから、近しかった者達は相当こたえただろう。
教室内に重苦しい空気が流れたそんな時、一人の人物がアクトの元に歩み寄って来る。学院襲撃当初にはぐれてしまった彼の友人、マグナ=オルビスだ。前からあった顔の傷以外に見たところ外傷らしき外傷も無い彼は、朗らかな笑みをアクトに向けて話しかける。
「よっ、アクト。お前も無事だったんだな」
「マグナ……前の登校日には居なかったじゃねえか。無事だったのは知ってたけど、これでも結構心配してたんだぞ?」
「悪かったな。実は親に行くの止められてさ、お袋を心配させる訳にもいかなかったし、仕方なくな」
「それは良いんだが、親が心配、ねぇ……」
アクトの脳裏をよぎるのは先日エレオノーラが言っていた、自主退学者が増加しているという話だ。あんな事があった以上、両親が心配するのも仕方の無い事かもしれないが……両親の顔すら知らないアクトには分からない感覚だった。
「ん、ああ、お前は俺が自主退学するとでも思ってんのか? 心配すんなって。俺にはまだ此処で学ぶ事が山ほどあるんだ。それに、魔道士って人種は多かれ少なかれ闘争の中に生きてるんだ。あんなふざけた野郎どもの所為で逝っちまった奴らも、アイツらの所為で心折れちまった奴らも気の毒だとは思うけど、それが魔道士に、魔法に携わる者の因果・宿命なんだと俺は思う。だから俺は迷わない」
アクトの心情を察してか、マグナは自身の思いを告げる。選択演習の中でも魔導工学系の分野を選択している彼の進路はアクトも殆ど把握していない。
だが彼の言う通り、この世界の真理を探究し時に闘争に生きる魔道士は、いつでも自らに訪れる死への覚悟はしなければならない。それが魔道士にとっての「最低限の覚悟」だ。
どのみち命を落とす事を恐れているような魔道士に、大成する未来は無い。どうやらマグナは魔道士の卵としての覚悟は持ち合わせているようだ。これにはアクトも思わず頬を緩ませる。
「……そうか。まあ、良い心持ちなんじゃねえか? あんなロクでも無いもの学んで何になるかって話だけど」
「え? 最後の方何て言った?」
「何でもねえよ」
その後、マグナは他クラスの生徒に用があるという事で二人が分かれ、アクトとコロナは今も多くの生徒に囲まれているリネアを放って自分の席に向かおうとする。しかしその直前、二人の名を呼ぶ声が彼らの背中にぶつけられた。
「二人共、無事で何よりです。あの時、あなたたちは先生方の指示も聞かずに真っ先に集会所から出て行ったから心配したのよ」
声のした方を向くと、其処には深い青を連想わせる瑠璃色の髪に青色の瞳を持つ女子生徒――ローレン=フェルグラントが立っていた。彼女もまた、襲撃事件を無事生き延びた生徒だ。
「ローレン……」
「な、何だよ? お前が俺の事を心配? 明日は嵐だな……」
「私の事を血も涙もない人間みたいに言わないで。……この前の襲撃事件で、貴方達の活躍は耳にしました。凶悪なテロリスト集団と戦いながら、逃げ遅れた生徒を沢山救出したそうね。今、学内では貴方達の噂が小さく囁かれているみたいですよ。良かったですね、これで日頃の悪評も少しは治まるというもの」
「……マジで?」
恐らく学内で最も彼らと対立しているローレンが、氷の微笑を浮かべて皮肉っぽく言う。防衛陣地の外に出てルクセリオンの「信徒」と大立ち回りを繰り広げたアクト達の行動が知られた原因は一つしか無い。
十中八九、救出された生徒達本人からだろう。助けたのは全体的に見れば少数とはいえ、騒がれるのはアクトにとっても想定外だった。
「はっ、余計なお世話だ。褒めるか貶すかどっちかにしろっての。大体、テメェもテメェで色々あったようじゃねえか。良かったじゃねえか、大貴族サマの面目躍如になってよ」
ローレンと同じような形式でアクトが皮肉っぽく返す。活躍という点ではこのローレンも相当なものだったようだ。聞いたところによると、籠城戦の時に教師の指示の下、見事に生徒達をまとめて見せたようだ。流石、名高きフェルグラント家の人間というところか。
「アンタもそっちじゃ大活躍だったみたいじゃない。他の生徒が言ってたわよ。アレこそ名門・フェルグラント家の名に恥じない勇士だったったてね」
「……いいえ。あの時、私に出来たのはアレぐらいしか無かっただけよ。私に、前線に立ってテロリストと戦う力なんて無いわ。精々が恐怖を必死に取り繕いながら怯えている他の生徒を励ます事だけ……」
「いや何も、別に戦う事だけが役に立つ事ってわけじゃ――」
「それじゃ駄目なのよ!」
ローレンの卑屈な考えを嗜めるコロナの言葉を遮るように突如、ローレンは声を荒げて吠えだした。普段は問題児のアクトを叱るとき以外は滅多に怒鳴らない彼女の突然の怒号に、クラスの視線が彼女に集まる。
「お、おい。大丈夫か? 一回落ち着けよ」
「ローレン、アンタ一体どうしたの? さっきから変よ……?」
ローレンの凄まじい剣幕に、思わず押されながらもアクト達は何とか宥めようとする。訪れた僅かな時間に静寂が流れ……やがて自分のしでかした事に気付いたローレンはハッ、と怒気を引っ込めて一転、暗い表情になる。
「……ごめんなさい。あんな事があったから、私も気が動転してるみたい」
「そ、そう? 別に構わないんだけど……」
「……ごめんなさい。じゃあ、またね」
「ローレン、お前……」
沈んだ顔でそう言い残し、ローレンは窓際にある自分の席へと戻っていく。コロナとはまた別ベクトルで気丈な性格である筈のローレン、だがアクトには、今の彼女の後ろ姿は途轍もなく弱々しく見えた。まるで、その背中にとても重い何かを背負っているような……
「やっぱり凄いのね、貴女達は。こんな愚図で鈍間で、いつまで経っても『姉さん』みたいになれない私と違って……」
去り際、か細い声で呟かれた彼女の言葉を聞き取れた者は、この場に誰一人して居なかった。
◆◇◆◇◆◇
「皆、おはよう」
生徒同士の再会もようやく一段落し、修理の完了した大時計塔の轟音が学院内に響き渡る。それと同時に教室の扉が小さく開かれ、黒を基調とした学院講師の制服を着た男性――クラサメ=レイブンスが入室してくる。
アクトがエレオノーラから聞いた話によると、学院襲撃で多大な戦果を挙げた彼に昇進の話が持ち上がったそうだが、彼はそれらを全て一蹴して今の立場に戻ったようだ。
帝国軍の精鋭部隊と呼ばれる「軍団」に所属している彼が今更、昇進話に興味が無いとは思えないが、真意は定かでは無い。クラサメは教室前方からその鷹のような鋭利な眼光で一組の生徒達を一通り見回すと……厳かに話し始める。
「魔法犯罪組織ルクセリオンの襲撃から約一ヶ月、諸君らも知っての通り、多くの生徒や教職員が犠牲になった。だが、先ずは今日こうして諸君らが無事生きている事を喜ばしく思う……よく生き延びたな」
冷静沈着常時無表情、鉄仮面の厚い冷血漢を体現したかのようなクラサメから出た物とは思えない言葉に、生徒達からどよめきが起こる。本人もその自覚はあるのか、一つ咳払いをして場を濁すと、話を続ける。その鋭い眼光に極めて真剣さを滲ませて。
「確かに、今回の一件は悲惨な物だった……しかし、諸君らはこの事件を決して在学中に起きたただの悲惨な出来事と片付けないで欲しい。私達にとっては極めて皮肉な事に、本来ならば世界の真理を解き明かす為の学問である魔法が発展するにつれ、それを利用した犯罪も飛躍的に増大している。これからの混迷の時代、今回のような事件も最早、対岸の火事ではなくなっていくだろう――」
時に純然たる事実、時に自身の見解を交えながらクラサメは言葉を紡いでいく。「軍団」に所属しているが故の直感と経験則から来ているのだろう、彼の言葉はエレオノーラがアクトに語ったのとほぼ同じであった。そして彼の言葉に、今まで生徒達の中でくすぶっていた一つの「疑念」が急速に膨れ上がっていく。
「今回の事件で諸君らも否応無く理解させられた筈だ――魔法とは、使い方一つで人間を何人、何十人と容易く殺すことが出来る恐ろしい代物であると」
生徒達が抱える「疑念」――それは、この場のほぼ誰もが無意識に目を背けようとしていた事実であった。
魔法が抱える底なしの暗黒面をテロという形で触れた……自分達が今まで必死に学んできた物の片鱗が、こうして自分達に牙を剥いて襲い掛かって来た。今まで自分達が信じてきた物が、一瞬でひっくり返った。この不安定な状況の中で、彼らの魔法に対する「不信感」が急速に膨れ上がっていく。
「諸君らの気持ちも分かる。しかし残念だが、これが現実だ。魔法が持つ暗い部分は、諸君らが日頃授業で学んだ知識よりも遥かに深く、遥かにおぞましい。これはなにも魔法に限った話ではない。この世界のありとあらゆる存在にも、闇は無数に存在する。諸君らが進もうとしている道の先にはそういう『闇』がある」
クラサメはどこまでも現実を突きつける。限りなく辛い現実を前に、生徒達に大きな動揺と困惑が走る。中には襲撃の事を思い出してしまったのか、目に大粒の涙を浮かべるも居た。程度は違えど、彼らはかつてアクトが経験した絶望感と喪失感を痛烈に味わっていた。
(アンタ、一体どういうつもりなんだ……?)
怪訝な表情でクラサメを見据えるアクトは、彼の真意を図りかねていた。言っている事は紛れもない事実であり、アクトが学院生に広めていこうと密かに画策していた物なのだが、彼には学院側の人間であるクラサメがわざわざ生徒が魔法から離れるような発言をしている理由が分からなかった。
……しかし、そんなアクトの疑念はすぐに解消されることになる。いたずらに生徒の不安を煽ったのは、それが絶対に必要な工程だったから。そうまでクラサメは伝えたかったのだ。自らの意思で茨の道を往かんとする若き魔道士達に向けた言葉を――
「だから、だからこそ、諸君らには自分の信念に誇りを持ってこれからを生きて欲しいと思っている。確固たる自我と信念さえあれば、例えどれだけ道が険しくとも、曲がらず折れずに切り抜けられてると俺は信じているからだ」
「「「……!」」」
クラサメの心からの激励に、生徒達は驚愕に固まる。授業の質は高いが、個人的に生徒とは殆ど話さないクラサメが、まさかそんな言葉をかけるとは思ってもみなかったのもある。だがそれ以上に、彼の生徒達に向けたどこまでも真剣な気持ちに彼らの心は釘付けになったのだった。
「……回りくどくなってしまったな。何が言いたいのかと言うと、諸君らには将来、魔法の道を選んだ事を後悔して欲しくない。志半ばで信念を挫き、従軍の犬になり下がった男の戯言だ。すぐに理解しろとは言わない。少しずつ理解して、卒業までに自分なりの信念を見出されば、それで良い……以上だ」
クラサメの話が終わり、教室に静寂が訪れる。彼が語った内容の濃過ぎた話に生徒達は、皆一様に神妙な顔で何とか情報を処理しようとしている。その中で、アクトもクラサメ=レイブンスという人間の認識を改めていた。
(ただの軍属の冷血漢だと思っていたけど、見誤っていたみたいだな。なんだ、意外と「熱い」部分もあるじゃねえか。そうか、俺と違ってアンタは自分なりの答えを見出してたんだな……)
出会った当時から自分とあの軍人にはどこか似た部分があると思っていたが、とんでもない。「彼女」を失い、魔法が引き起こす現実に嫌気が差してくすぶっていた自分と違い、彼はもっと先の領域に居たのだ。武人としての力量を見誤るつもりは無いが、その内面までは詳しく測れなかった事に、自分もまだまだだとアクトは自嘲じみた苦笑を浮かべる。
(……どうやら、アンタの熱意に動かされたのは俺だけじゃないみたいだな)
心で呟くアクトが見渡すのは、生徒達の真剣な横顔だ。彼らは気持ちを引き締めたように真剣な眼差しでクラサメに視線を向ける。クラサメの心からの言葉に、彼らも強く心動かされたのだ。そんな生徒達の反応に彼は鋭い表情を少し、ほんの少しだけ緩め、薄く笑みを浮かべた。
「さて、前置きもここまでにして、今日の授業を始めるとしよう。先ずは――」
こうして、約一ヶ月の時を経て、ガラード帝国魔法学院二年次生一組の授業が再開した。
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