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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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33話 夜明け前の一幕

どうも皆さんこんにちは!今回から2章開幕です(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾この章では新キャラが続々登場する予定ですのでお楽しみに!

 

 温かな陽光が差し込む前の少し冷えた夜明け前――殆どの人間は未だ夢の中で微睡み、目覚めの早き者は既に動き出している時間帯だ。「男」も、そんな人々の内の一人であった。


「ふぅ、今日は一段と冷え込むな……」


 薄暗く閑散とした街並みを歩く男――年齢は四十代前半、布越しでも分かる筋肉質の体に薄生地のコートの下に支給された制服に身を包み、胸には金色の星を示す意匠が施されたバッジが付けられている。それは彼の身分を示す物にして誇りの証だ。


 男はしがない警備官だ。城塞学園都市という名の通り、巨大都市であるオーフェンの周囲一帯を取り囲む市壁の警備に就いている。オーフェンに良からぬ事を持ち込む輩の侵入を未然の防ぐ砦たる彼の朝は、中央区の役場などに勤めている者よりも早い。


「まったく、警邏庁も警邏庁で人使いが荒い。こっちは連勤が終わってようやく落ち着けると思ったところを……」


 男はぶつぶつ独り愚痴を零すが、損な役回りが運悪く自分に回ってきた事に文句があるだけで、連勤明けの人間に出勤を命じざるを得ない状況もある意味仕方無い事だと思っていた。


 何せつい一週間前、国内でも最大規模のテロリスト集団・ルクセリオンが大挙して侵入し、この街の顔である魔法科学院を襲撃するという大事件を引き起こしたからだ。


(情けない話だ。賊が侵入してきた際に真っ先に戦わなければならない俺達が見事に出し抜かれるとは……)


 自分達が将来有望な若者を数多く失わせてしまった事に、男は歯噛みする他無かった。警備官になって数十年。この街で生まれ育ち、この街を守る為に警備官になった……にも関わらず、肝心な時に何も出来なかった事実は、彼に何物にも代えがたい激しい屈辱を残した。


 そもそも、襲撃事件そのものも妙だった。一端の警備官に過ぎない男にさほどの情報は降りてこなくとも、噂は流れるものだ。聞けば、学院襲撃はかなりの人数が乗り込んで来たらしい。密かに潜入しようともそれだけの大人数なら誰かが気付く筈だ。


 だが、見張りの警備官はおろか住民すらその存在に気付いていない。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……


(……悔やんでも仕方あるまい。テロの犠牲になった者達の命は戻らないんだ。せめてこれ以上賊の侵入を許さない為にも、俺達がしっかりしなければならない……!)


 そんな決意を胸に、男が歩む速度を上げようとした――その時だった。


「何だ……? 急に霧が……」


 詰め所に向かう為の狭い路地を歩いていた男は、自身の周囲を白い霧が徐々に渦巻いている事に気付いた。路地を流れるようにして漂う霞は確かな冷たさを持っており、男の吐息を白く染める。あっという間に男の視界は濃霧に埋め尽くされてしまった。


「これは……魔法なのか?」


 寒さで体を震わせている男は魔道士では無いが、この世界を巡り構成する()()()()を知っている。今日は比較的寒いとはいえ、春が終わり夏に向かう途中の今の時期にこれだけの霧が発生するなど明らかに異常だ。しかもそれ以上に――


「寒い……いや、何だこの寒さは!?」


 吐息を白く染めるどころか、凄まじい冷気を振りまく濃霧はとうに氷点下まで下がり切っており、コートを貫通して男の体を芯から凍えさせる。その寒波の影響は彼だけに留まらず、周囲のレンガ造りの建物を凍てつかせていく。


「何なんだ、一、体……」


 完成した小さな銀世界に、まともな防寒装備もしていない一般人が耐えられる訳が無い。すぐさま男は低体温症の他、意識障害を引き起こして力無く倒れ伏す。手足の感覚は既に消え失せ、素肌が晒されている部分は凍傷を併発している。


(俺は、こんな所で終わるのか……?)


 凍気を以て静かに自分の命を刈り取らんとする「死神」の足音を男が幻聴する――その時だった。


(……!?)


 薄れゆく意識の中……男は確かに見た。ボンヤリと向こう側が透き通るような出で立ちで空を浮かび、自分の身の丈の四倍はあろうかという巨大な「白き死神」の姿を――


(コレが本物の死神、なのか……)


 骸骨の容姿をした「死神」の姿を最後に……男は愛するオーフェンを守るという使命を果たすことなく、志半ばで倒れるのだった。


◆◇◆◇◆◇


「――フッ!」


 夜明け前、まだ草木も眠る時間帯のとある山中の開けた空間に、少年の気迫が響き渡る。少年の両腕が残像の如くブレるように閃くごとに、鋭い風切り音が夜気を斬り裂く。その剣筋に一片の狂い無し。動作においては余計な物も、余分な物も削ぎ落とされ、ただただ正確。何百、何千、何万…何十万と同じ作業を繰り返すことで磨き上げられた流麗にして鮮烈な技だ。


「……よし。とりあえずウォームアップは終わりだな」


 静寂に満ちた空間で一しきり剣を振るい続け、額の汗を拭って一息つく少年――アクトは先程まで振っていた愛剣・アロンダイトを地面に突き刺すと、薄暗く足場のおぼつかない地面から、丁度剣と同じくらいの長さの枝を拾い上げた。


「じゃあ、今日此処に来た目的を果たすとしますか……」


 アクトは木の枝を剣と同じように正中線に構え、手近な所にそびえ立つ大木に目を向ける。只の木の枝一本で何をするのかと思うところをその表情は真剣そのものだった。そして彼は静かに目を閉じ、無心の領域に落ちていく……


「フゥゥゥゥ……!」


 一つ一つ丁寧に姿勢・動作を確認、脱力・集中・呼吸……全身の骨と筋肉の隅々に至るまで意識を通わせ、気を練り、心を静める……自身が出せる最高最大の一撃を放てるよう心と体を最良の状態まで高めていく。


 そして、総身を巡る超常の力――魔力を体の奥底から熾し、エネルギー体として放出する。現出した銀の魔力光は彼の体を伝って木の枝全体にまで行き渡り、何の変哲も無い枝は鋭利な切れ味を持つ()()()と化す。


 心技体魔、全ての要素が高次元で揃い、準備が完了した。無心の領域から戻ってきたアクトはゆっくりと目を開き、正中線に構えた()()()を横一文字の形に持っていく。夜闇漂う静寂の中、彼は微動だにしないまま鋭き眼差しで斬るべき標的を見据え……時が満ちたその瞬間――


「――ッ!!」


 最高最速の横薙ぎを振り放つ! 幾らアクトの剣術が優れているからと言って、所詮得物は木の枝一本、こんな物でそびえ立つ大木を切るなど不可能…そんな当たり前の常識を覆すのが魔力、この世全ての生物が元来持つ「叛逆のチカラ」だ。


 目にも止まらぬ速さで繰り出された()()()は、何百年もかけて成長したであろう太い幹に横から深々と入り込む。


 だが、この刹那の出来事の間にアクトの体の軸がほんの少しズレる。普通なら気にも留めないその僅かな隙は、この瞬間においては致命的な隙に繋がり、結果、


「あっ」


 ()()()は大木を半ば程まで切断した地点で、バキッ! とへし折れてしまった。柄の部分は銀の輝きが失われて只の木の枝に戻り、大木を切断した部分は原型すら留めずに木屑となり、夜風に吹かれて消えていく。


 半ばまで切断された大木は暫くの間耐えていたが、やがて自重に耐え切れなくなり、ミシミシと音を立てながら他の木にもたれかかるようにして倒れた。大木には野鳥が止まっていたらしく、眠りから叩き起こされた彼らは慌ただしく明後日の方角へと飛んで行く。


「はあー、はあー、はあー……ダメだな。魔力制御に気を取られ過ぎて正確な身体制御が疎かになってる。この二つが高次元で両立出来ないと、アレを使いこなすなんて夢のまた夢の話だ」


 折れた枝を投げ捨て、荒い息を吐きながら汗に濡れた髪をかき上げるアクト。一振りしただけでこの消耗具合、それだけ彼がこの一撃に己の持つ全てを注ぎ込んで剣を振るった証拠だった。


「肝心の魔力制御を極める為にも、とにかく身体制御に意識を持っていかれ過ぎだ。何年も酷使してる自分の体なんだ、せめてこの状態まではほぼ無意識でやらないと……」


 アクトが何故、夜明け前にこんな山奥で訓練しているかというと、此処が彼の訓練に必要な大木や木の枝が無数にある場所だからだ。実はこの場所、丘陵地帯に建っているガラード帝国魔法学院の裏手にある山で、彼は特別にエレオノーラの許可を得て此処に立ち入っている。


 ルクセリオンが襲撃事件から暫く立つが、流石にこんな場所で一人剣を振っているのを見られたら通報案件なので、こうして深夜から夜明け前に行っている訳だ。


 機械仕掛けの剣士ヴァイス=ノルツァーとの戦いで、アクトは自分の力量不足を嫌という程味わった。特に彼の契約精霊である剣精霊・エクスの精霊武具――聖剣カリバーンの力に振り回されている節が多々あった。


 「限界突破(リミットオーバー)」で引き出される膨大な魔力を効率的に制御出来なければ、聖剣を使いこなす事はおろか、長時間の戦闘すら厳しいものになる。


 そこでアクトは本来、得物として振るうには分不相応過ぎる物をあえて得物代わりにすることで、より強力な魔力放出による行動強化と正確な身体制御を要するこの訓練を思いついたのだ。武器に魔力を集中させて強度・切れ味を増す技法「魔力撃」ならば、只の木の枝でも得物として最低限の力を発揮出来る。


 手始めに木の枝一本で大木を完全に切断し、いずれは岩を裂き……最終的には鋼鉄を断つまでに至れば、アクトの剣は真に「神業」と化すだろう。


 何とも気の遠くなるような話だが……それぐらい出来るようにならないと、あの剣精霊とは釣り合わないのだろう。主にして対等な関係である事を選んだ手前、アクトにはエクスに振り回されるのを許容出来なかった。


「……だが、やるしか無いならやるだけだ」


 勿論、エクスの事もある。だがそれ以上に、アクトの脳裏をよぎるのは燃えるような赤髪の少女の姿だ。自分は「主」である彼女の「騎士」になる事を誓った。誰かに守られるような柔な少女では無いが、彼女を守りその歩む道を見守る為に、彼には更なる力が必要だった。


「……よし、やるか」


 一息ついたアクトは再び地面から手頃な長さの枝を拾ってくると、新たな標的に狙いを定める。そして彼は木の枝で大木を切り落とすという一般人が見たら腰を抜かすような作業を何度も繰り返す。時間がくるまで何度も、何度も、何度も、何度も、何度も――



 ――そして遂に静寂の夜が明ける。温かな日差しと共に、今日も今日とて城塞学園都市オーフェンの一日が始まる。



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