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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
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32話 傷付いた日常へ

補足:ペンデの月とは5月を指します

 

 ~王立「ガラード帝国魔法学院」襲撃事件調査報告書~


 ペンデの月9日に発生した、国際魔法犯罪組織「ルクセリオン」による王立ガラード帝国魔法学院襲撃の概要を此処に記す――


 ・犠牲者数……生徒四十名、教師七名、その他職員十三名の計六十名(ただし、これは身元確認が完了しただけの数であり、実際はこれ以上の数となる)


 ・敵性対象被害数……一般市民(《静かなる狂気》で洗脳、魔導兵化)、死亡十名、捕縛二十名。一般構成員、死亡三十二名、捕縛……皆無。幹部相当者、死亡一名。


 ・建造物被害……学院校舎は戦闘の余波で半壊、各種魔法関連施設への被害は軽微、いずれも修復可能な範囲の模様。唯一、校内に建設されていた礼拝堂は謎の爆発と大火事によって全焼・倒壊、内部には激しい戦闘の痕跡が散見された。


 ――事件概要(ガラード帝国軍情報処理編纂室長・ヘンリー=スミス百翼騎士長、筆)



 ・午後約二時十五分頃、先に校内へ潜入した構成員――通称「信徒」が騒ぎを起こすと同時に、総勢七十名もの信徒が守衛の魔道士三名を殺害して校内に侵入、学院の周囲一帯に内部からの脱出と外部からの認識を阻む断絶結界を展開した。


 ・帝国軍の「軍団」を始めとした教師陣による素早い指示の元、生き残った全ての学院関係者は魔導演習場に防衛陣地を作成して籠城を決行、被害を最小限に抑えることに成功する。


 ・学院からの連絡が途絶え、この襲撃にいち早く気付いたガラード帝国魔法学院長にして「七魔星将」・第五座「暴虐」のエレオノーラ=フィフス=セレンシア女史が帝都バハルースから帰還、元・帝国軍人のルクセリオン指揮官オルテウス=カイサーラ及び多数の構成員を瞬時に制圧、事態の鎮静化を図る。


 ・事態発生から五時間が経過した頃に救援部隊が到着、残存勢力の掃討に乗り出すも既に学院内は制圧済みであり、その後速やかに事後処理を開始、事態は一先ずの終息を見せた。


 ――以下の記述は、事件終息後における調査と推察を情報処理編纂室にて纏めた報告である


 ・学院校舎第二棟にて、二十名の信徒が死体となって発見された。殺害の手口が一様に同じことから、単独でのものと推測される。本書は軍内における共有情報の扱いの為、倫理上詳細は省くが、そのどれもが凄惨な死に様であったと記録しておく。


 ・尚、これだけの人数が一斉に乗り込んできたにも関わらず、事前にその在を全く認知出来なかった事から、本件には「九魔鬼(ナイン・ヘル)」が一柱、《箱舟》が関与しているものと推測。その能力の厄介さから、捕縛は追跡・捕縛は困難を極めると思われる。


 ・突入部隊襲撃前に発生した自爆テロの主犯である故・マーズ=ルキウスの素性は現在調査中。当該者をガラード帝国魔法学院に特別講師として送り出した私立「エリネイス魔法学院」については追及を続けているが、以前回答は無し。このまま回答が無ければ密偵を数人派遣し、内部調査を行うものとする。


 ――以上


◆◇◆◇◆◇


「――まあ、ざっとこんな所だな」

「なるほどな。よく分かったよ」


 ガラード帝国魔法学院は職員棟の最上階にある学院長室にて、アクトは応接椅子に腰掛てエレオノーラに補足説明を受けながら、渡された書類に目を通していた。


 これは本来、帝国軍の上層部にしか閲覧を許可されていないのだが、それを彼女は無断で持ち出して彼に見せたのである。「七魔星将」は軍属では無いが文字通り国の切り札、その存在故に超法規的な側面があり、多少の事は許される。


「復帰早々、あれこれ事後処理で忙しい私に何の用かと思えば、こんな物を寄越せと言うとはな。この私を顎で使うとは、お前も人の使い方というものが分かってきたようだな」

「うっせ。アンタのからの『依頼』を完遂する為にも、あんなふざけた真似をしやがった連中の情報は欲しいんだよ。大体、その事を分かってて俺にコイツを寄越したんじゃないのか?」


 アクトの問いに対し、彼が話している間も一切手を止めることなく何かの書類を書いているエレオノーラは顔を上げて彼を一瞥すると、意味ありげな無言の笑みを浮かべた。まあ、合理主義者の彼女がわざわざ動いたのだ。何かあるのは間違いないだろう。


 ――ルクセリオンによる学院襲撃から二週間が経過した。ヴァイス=ノルツァーを退けたアクトとコロナは疲労の限界の限界にまで達して気を失い、リネアの先導によって駆け付けた担任のクラサメに保護された(という経緯をアクト達はリネアから聞いた)。


 外傷は少ないとはいえ、魔力を極限まで酷使した彼らは三日三晩眠り続け……つい最近、ようやく復帰することになった。


 事後処理と設備復旧の為に学院は一時休校となり、彼らは落ち着いた環境で静かに療養することが出来た。そのお陰でアクト達は体力・魔力共に完全に回復し、今日、休校以来初めての登校日に顔を出したのだ。


 休校期間の間に学院は一通り修復を終え、今も各校舎や設備では多くの作業員が忙しなく働いている。このまま行けば、直に学院は元の姿を取り戻すだろう……それでも、元の「形」には決して二度と戻らない。


「今回の襲撃は我々にとって青天の霹靂だった。連中は実に用意周到に計画を練っていたのだろうな。私の留守を狙い、外からの救援を防ぐと同時に内部からの脱出を抑え、非常に手際よく『遺物』を奪取した。死んだ生徒や教師達含め、我々が被った被害は甚大だ」

「……そうだな」


 エレオノーラの言葉にアクトは神妙な表情で同意する。全体的な在籍人数的に見れば、亡くなった者の人数はあまり多くないように見えるだろう。だが、今回はあまりにも血が流れ過ぎた。敵味方を合わせば百を超える犠牲者出したこの事件は、未来永劫語り継がれることだろう。


 不幸中の幸いと言うべき事は、襲撃当時、中等部の生徒は休校で、高等部一年次生も一部の者しか居なかった事だ。もし連中が全員が登校していた日に襲撃を仕掛けていれば……想像するのも恐ろしい。


 建物は何度破壊されようが時間を掛ければ取り戻すことが出来る。しかし、失われた生徒や教師達の命が戻ってくることは無い。こればかりは、如何なる技術・魔法を総動員してもどうにもならない、絶対の壁なのだ。


「……正直、アンタが戻ってきてくれて助かったよ。まさか、帝都から学院までの距離をたった二時間で詰めるなんてな。アンタが居なきゃ被害は確実に拡大してた。アンタの行動が結果的に戦闘不能だった俺達を救ったことにもなるし、素直に流石と言っておくよ」

「お褒めに預かり光栄だと言っておこう。そういうお前の方も、何人か斬り殺したそうだな」

「……まぁな」


 この襲撃事件で学院関係者側が行った殺人行為は、全てお咎め無しという事になっている。魔法の性質上、闘争とは切っても切れない関係にある魔道士を保護する法律も、帝国ではしっかり整備されているのだ。クラサメを始めとした軍属の魔道士が陣頭指揮を執っていたこともあり、味方同士での内輪揉めや暴動も無かった事も幸いした。


 アクトも極力殺しは避けたいと思っているが、必要な時には彼は絶対に躊躇しない。殺す気で襲ってくる輩には殺す気で応じる、そうでなければ極限の命のやり取りを生き抜くことなど出来ないからだ。


 だが、彼以外の人間はそう割り切れる訳では無い。実際、信徒に向けて致死性の魔法を放った生徒の中には、精神疾患を患って自主退学を申し出てくる者も少なからず居たそうだ。


「それだけでは無い。信徒を手に掛けた連中だけでなく、襲撃を生き残った生徒の中にも魔法に対する強い恐怖心が芽生えたようだ。今、その生徒達を中心に数々の自主退学届けが寄せられている。あれだけの量を一度に受理してしまえば大きな混乱が予想されると判断し、とりあえずは保留にしてあるが、中には有力貴族や財界実力者を親族に持つ者も居る。いずれは押し切られるだろう」

「へぇ、自主退学、ねぇ……」


 書類仕事の手を止め、淡々と話すエレオノーラ。その声音には珍しくどこか疲れたような気配が滲んでいた。彼女としては、これだけの被害を出しておきながら件の賊に関する有力な情報が殆ど得られなかった事の方が強いのだろう。


 重要な事は一切分からず、全てを悪い方向に転がしていくルクセリオン。傭兵経験のあるアクトがルクセリオンと直接事を構えるのは今回が初めてだったが、彼はあの組織が帝国を長年に渡って苦しめている理由が少し分かった気がした。


「これがアンタの言ってた、帝国に巣食う『闇』って奴なんだな……」

「あれだけでは無い。今、この帝国にはルクセリオンを始めとした様々な不穏分子が急激な活発傾向にある。まるで、邪悪なモノを引き寄せる強大な『何か』に導かれるようにしてな。……これを一つ残らず駆逐する為に、私は『奴』の元からお前を呼んだのだ。今ならこの意味が分かるな?」


 エレオノーラの問いにアクトは無言の肯定で応じる。何故此処を襲撃したのかは分からないが、連中は絶対に放っておいてはならない存在だ。いつか近い内に必ず奴らは取り返しの事をしでかす、彼にはそんな予感があった。


「今、『軍団(レギオン)』と連携して不穏分子の徹底的な洗い出しを行っている。上もこの一件で尻に火が付いたようだ。非正規のお前には私が直接指示を下すのでそのつもりで頼む。この帝国を、この日常を守る為にお前には存分に働いてもらうぞ」

「……分かった。こんな事があったんだ、今更見て見ぬ振りも出来ないしな。それに――」


 今の俺にとってもこの日常は、もう切っても切り離せないかけがえのないものになってるからな――


◆◇◆◇◆◇


 話を終えたアクトが学院長室を去った後、エレオノーラは執務机から彼に渡した書類とは()()()()()()書類を取り出した。書かれている文言はアクトが見た物と全く同じだ。ある一つの記述を除いて――


(恐らくこれが、連中がウチ(学院)に襲撃を掛けた理由だな……)


 エレオノーラが見ている記述は、軍上層部の中でも一部の者にしか開示されていない「抹消された記述」であった。その内容とは、‟ルクセリオンが学院の地下に設けられている特殊倉庫から多くの「遺物」を盗み出した”という物だ。


「遺物」――またの名を「古代遺産(アーティファクト)」。それは大陸に点在する古代遺跡から出土する謎多き物体。遥か太古、魔法とは似て非なる優れた文明を持っていたとされる古代人が作りし未知の存在だ。その種類は様々で、現代魔法の智慧の粋を結集しても未だ全容はまるで測り知れない。


 使用用途と魔法による機能解析が可能なことから魔法に類する何かなのは判明しているのだが、要調査ということで学院にも幾つかサンプルが保管されていたのだ。


 現代の魔道士にはあまり関りがなくとも、禁じられた儀式によって長き時を生きるエレオノーラは「古代遺産」にも深く精通している。その上で断言出来る。古くより「古代遺産」が関わった事例に、まともな結末など無いという事を……


(古代人が作ったロクでもない物で何をする気か知らんが、必ず阻止してみせる……!)


 別にエレオノーラはガラード帝国そのものに愛着がある訳では無い。彼女は当代の皇帝陛下に大きな借りがあり、それを返す為に帝国に根を降ろしているに過ぎない。……それでも、このままルクセリオンを始めとする『闇』がどんどん力を増し、世界を巡る力の均衡が崩れるような事があれば――いずれ「彼女」が降臨する。


(それだけは絶対にさせてなるものか。もう二度と、「彼女」にあのような辛い役目は押し付けはしない……!)


 そんな強き覚悟を胸に抱き、エレオノーラはより一層熱を込めて書類仕事に勤しむのであった――


◆◇◆◇◆◇


 職員棟から出たアクトは戦闘で荒れ果てた中庭を眺めながら正門に通ずる遊歩道を歩いていた。今日は久し振りの登校日、放課後の校内には沢山の生徒が右へ左へ現れては消えていく。一見、何時もの日常が戻ってきたように見える……だが、空気は何処か重く沈んだものだ。あの凶悪なテロリスト集団が刻んだ見えない傷は、着実に学院そのものを蝕んでいるのだ。


(まあ、当然の事だよな……)


 エレオノーラの話では多くの自主退学希望者が居るようだ。不本意ながらに登校している生徒も少なくない筈、そんな彼らの苛立ちや戸惑いが消沈した学院の雰囲気を悪化させるのを助長しているのだろう。


 人々の雰囲気とは裏腹に、設備の方は徐々に元の形を取り戻している。周囲にはやはり沢山の作業員もとい業者が忙しなく働いており、校舎内は一部立ち入り禁止だ。アクトが聖剣カリバーンの「奥の手」で消し飛ばした礼拝堂にいたっては修復の目途すら付いていない有様だ。


(エクスのあの力は、使い所を考えないとな)


「精霊権能解放」は文字通りの切り札だ。アレは起動詠唱に時間がかかる上に威力が高過ぎる。屋内で不用意にぶっ放せば崩落で自滅しかねない。しかも、今のアクトの魔力制御力では一撃で全魔力を使い尽くしてしまう。魔力放出と同じで、エクスの膨大な力を任意の威力規格で放つには並外れた制御技術が必要不可欠となる。


(エクス本人も言ってた事だ。この二週間まともに剣を握らなかったし、そろそろ鍛え直さねぇといけないな……)


 自身の鍛錬、「闇」の掃除、これからのルクセリオンの動向、そして……ヴァイス=ノルツァーとの決着、気になる事・やるべき事は山積みだ。それでも今は――


「あっ、来た来た。遅いわよアクト!」


 ふとアクトが自分を呼ぶ声がした方を向くと、其処には正門で彼を待っていた三人――コロナ・リネア・エクスの姿があった。エクスは彼の契約精霊なのだが、最近は何かとコロナ達に付いて回ることが多い。


「悪い悪い。ちょっとエレオノーラとの話が長引いちまった」

「学院長を呼び捨ててって……きっとアクト君だからこそ許されてるんだろうね……」

「問題ありません、マスター」


 アクトの到着に彼女達は三者三様の反応を見せる。この流れも今となっては慣れたやり取りだ。


「さっ、今日は夕飯の買い出しだね。早く行こう?」

「ああ。今日は何だっけか?」


 そうして彼らは歩き出す。あんな事があったにも関わらず、彼らの賑やかさは全く変わっていなかった。


「……ちょっと良いか?」

「……? 何よ、急に改まって」


 街に続く坂道を降りている途中、唐突にアクトがコロナの横に並んで彼女に話しかける。


「コロナ、お前は今回の一件で魔法が抱える暗黒面に深く入り込んだと思う。お前が見た通り、あんなのが今の戦場じゃ日常的に繰り広げられているんだ。ホント、魔法なんてロクでも無いもんだ……だから、その上で聞きたい。お前は、魔法を嫌いになったか?」


 コロナに問いかける彼の表情は真剣そのもの。それは二週間前からずっと聞こうと思っていたが今まで言えなかった問いだった。


 あの襲撃を経て、アクトはコロナも他の生徒同様、魔法に対して嫌悪感を抱いたのではないかと思っていた。特に彼女は軍用魔法――自分を死に至らしめる力に何度も晒され、止めに「静かなる狂気」という魔法の深き暗黒面に触れた。魔法に対する忌避感は普通の生徒の比では無い筈だ。


 ルクセリオンとの戦いやヴァイスとの激闘の中で、コロナは魔法がどれだけ闇深くとも最後は生き抜く為に必死になる他無かった。だからこそ、全てがようやく落ち着いた今、底に押しとどめていた忌避感がぶり返してきたのではないだろうか。


 アクト=セレンシアは魔法が大嫌いだ。本当にロクでも無いものだと思っている。自分の魂の結晶たる「魔道士殺し」はこの世のありとあらゆる魔法を斬り捨てるという覚悟の表れだ。これからもその考えは変わらないだろう……でも、理由は自分でも分からない。魔法が織りなす暗き時代の中、この赤髪の少女には最後まで希望を捨てないで欲しい思いがあった。


「頼む、答えてくれ」

「……」


 これまでそんな素振りは見せなかったとはいえ、内心どう思っているかなんて分からない。アクトの真剣な眼差しに、コロナは真っすぐ向き合い……やがて自分の気持ちを語りだす。


「……そうね。確かにアンタの言う通り、魔法はロクでも無いものなのかもしれない。アンタが魔法嫌いになった理由も分かる気がする……それでも、前に言った筈よ。アタシは魔法を好き嫌いの基準で判断したことは無いわ。どんな魔法も、所詮は無色のチカラの一つでしかない。それをどう活用するかは自分次第。だから、アタシは自分に恥じないよう、イグニス家の魔道士に恥じないよう魔法を使いこなしてみせる。それが答えよ」

「……!」


 返ってきたコロナの答えはアクトの懸念を全くの杞憂たらしめるものだった。思わず唖然とするアクトに、コロナは彼の心中を全て見透かしたように薄く微笑む。


 コロナ=イグニスは自分の考えを絶対に曲げない。行き着く果てがどれだけ悲惨で報われない結末だとしても、彼女は己がこうと決めた道を突き進む。立ち塞がる全ての障害を薙ぎ払って…それが彼女の「魔道士」としての生き方なのだ。


 ――なんて強気で、それでいて眩しいくらいの覚悟なんだろうか。俺には絶対真似出来ない生き方だな……


「それでも、見ての通りアタシは魔道士としてはまだまだひよっ子。これから先、自分の道に迷うこともあるかもしれないわ。だから、アンタにはアタシが迷わないようにしっかり見てて欲しいの」

「……そうか。安心しろ、お前が道を踏み外しそうになった時はぶった斬ってでも止めてやるからよ。『主』を守り、正し、その行く末を見守るのが『騎士』の役目ってもんだろ?」

「斬られるのは流石に勘弁願いたいわね。まあ、アンタはアンタがこれだと決めたやり方を貫き通せば良いと思うわ。アタシもそれを尊重する。イグニス家の人間たる者、従者には寛容でないとね」


 そう言ってコロナはどこか嬉しそうに小走りでアクトの前を歩く。何故ご機嫌なのか分からなかったが、まあ機嫌が良いならいっか、とアクトは呆れながらその背中を追う。この少女に一々反応するのは労力の無駄だと彼はここ最近の生活で心得ていた。


「何してるの二人共ーー? 早く行くよー」

「さっ、リネアも言ってるしさっさと行くわよ。荷物持ちお願いね、私の『騎士』サマ?」

「おいおい。『騎士』ってのは主サマの荷物運びなんていうちっぽけな役回りなのかよ?」



 ――夕暮れ前の温かな日差しの下、彼らは傷付いた日常に戻っていく。彼らが享受していたかつての平穏は二度と帰って来ない。時代が進むにつれ、現実はより歪に、複雑に変わるのだろう。誰もが想像も付かない混迷の時代へ……


 ――だとしても、彼らは今其処に居る。彼らが居るその場所こそが真の現実なのだ。過去は絶対に変えられない。故によりよき未来へ前を向いて歩いていくしかない。だから、全ての人間は、変化した「いつもの日常」に戻っていく――


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