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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
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30話 死の天使の蹂躙劇

 

「――オルテウス様、首尾は順調です。学院地下からの『遺物』の奪取は七割方が完了、順次『箱舟』様の御力にて移送している段階です。このままいけば後、半刻程度で全ての作業が完了するでしょう」

「分かった。『結界師』の方はどうなっている? 制御は順調か?」

「問題ありません。この土地の霊脈から供給される魔力は非常に豊富であり、結界の維持には支障は無いようです」

「……そうか。御苦労、下がって良いぞ」


 時刻は比も日も沈み始める夕暮れ――戦禍に包まれるガラード帝国魔法学院のある校舎の一角にて、全身白いローブの男――白外套の男の感情の籠った報告に、ガタイの良い中年の大男が野太い声で応じる。


 男は、筋骨隆々とした強靭な肉体の至る所に沢山の古傷を抱える、正に歴戦の猛者といった風貌だ。白外套達とは違い、男は何かの意匠が象られた黒い礼服に身を包み、首筋にはやはり例の紋様……ルクセリオンの紋章が刻まれていた。


「これで我らが『悲願』の成就に一歩近づいた訳だ。今思えば、愛する妻と子を失ってから此処に至るまで、長く苦しい道のりだった。組織の『悲願』を叶える小さな礎になれた私は、もう満足だ……」

「そんな事を仰らないでください! 我々の計画は此処からが本番、指揮官の貴方にはまだまだ前線で皆を率いる義務があるのです!」


 感極まったように弱音を吐く男――オルテウスに、白外套は激励の言葉を送る。それは単なる部下と指揮官の関係ではなく、彼が部下から信頼されている証だった。


 ルクセリオン正規構成員指揮官のオルテウス=カイサーラは、元・帝国軍人だ。魔道士としても優秀な上に、戦場での指揮経験がある彼は、今ではこうして帝国内最大のテロリスト集団の実働部隊指揮官として重宝されている。


 元々、彼は生粋の愛国者で国を脅かすテロリストなどに与するような人物では無かった。実際、三十年前に帝国と連邦との間で勃発したリーン・フォール戦争に若くして参戦し、これを生き残る。更には戦争終結後も水面下の激しい抗争から祖国を守らんが為に奮闘した、叩き上げの軍人だったのである。


 だが、ある時を境に、その愛国心は一瞬にして彼方に崩れ去ることになる。オルテウスには妻と二人の子供が居たのだが……とある魔法犯罪者が引き起こした立てこもり事件で、彼の妻子は人質としてその他大勢の人々と共に巻き込まれてしまった。


 事態鎮圧に乗り出した帝国軍魔法部門は人質の犠牲を覚悟で突入、結果……全三十名の人質の内二十人が死亡、その中には彼の妻子も含まれていた。


 幾ら相手が魔法を操る犯罪者だと言っても、もう少しやりようはあっただろうという杜撰な突入劇を知り、帝国軍に絶望したオルテウスはそのまま軍を離反……全てに絶望した彼を勧誘したのが、ルクセリオンだ。彼は現世を見限り、信仰に身をやつした訳である。


「……分かっているとも。皆まで言わなくてもよい。そうだな、お前達も己が命を賭してこの計画に臨んでいるのだ。ならば私も、この老骨に今一度鞭打たねばなるまい……さあ、作戦の完遂まで後少しだ。お前達も気を抜くなよ」

「はっ!」


 オルテウスの言葉に白外套の男は勇ましく応え、その場に居た数人の仲間を連れて去っていき、後にはオルテウスと数人の護衛部隊だけが残った。


《静かなる狂気》で洗脳した連中と違い、彼の周りで指揮を執っているのは洗脳も何もされていない純粋なルクセリオン構成員、通称「信徒」だ。彼らはオルテウスが元・帝国軍人である事を過去を把握しており、その上で彼に信頼を寄せている。


「ところで……今も尚籠城を続けているという学院関係者はどうなっている?」 

「はっ……申し訳ありません。なにぶん、あれだけ強固な防衛陣地を作成されては我々も迂闊に手出しが出来ません。既に突入しようとした信徒にも多数の被害が出ております。校内全てをくまなく捜索しましたが、どうやら生き残りの生徒も全てあの場所に集結しているようでうす」

「そうか……突入部隊に伝えろ。籠城している奴らに外の状況を知る術は無い。故に、連中は計画上無視しても問題無い存在だ。部隊には我々の行動を悟られない程度に激しく、だが決してこちらに被害が出ないように動けとな」

「はっ! 直ぐに伝えて参ります!」


 そう言って部下を送り出したオルテウスの脳裏に蘇るのは、学院襲撃前、オーフェンの集合墓地に作られた地下空間での出来事だ。


(学院の教師や生徒を甘くみるな、か。なるほど、確かにあの方の言う通りのようだ。それにしても、襲撃時からお姿が見えないようだが、一体何処に……?)


 自分より遥かに年下ながらも、自分などよりも遥かに卓越した剣技と達観した思考を併せ持つとある青年。自分が心酔して止まないあの青年が負けるなど到底考えられないのだが……先刻生じた謎の巨大な火柱や、この世のものとは思えない程の眩い輝きの後に起こった破砕音も含め、何か自分の知らないところで得体の知れない何かが動いているのではないのだろうか……?


 その時、彼の嫌な予感が見事に的中したかのように、指示を伝えに向かわせた部下と入れ違いで一人の信徒が息を切らしながらオルテウスの元に駆け寄って来た。その表情には明らかな狼狽の色が浮かんでいる。


「はぁ、はぁ……ほ、報告します! ルクセリオン幹部・ヴァイス=ノルツァー様が何者かと交戦し重傷、撤退なさりました!」

「何だと、ヴァイス殿が!?」


 信徒からの報告に、オルテウスは思わず目を剥く。まさか自分が想定していた最悪の可能性――ヴァイスの敗北が実現するとは思っていなかったからだ。


「それで、ヴァイス様からオルテウス様に伝言です。『作戦は即時中止、回収した分の「遺物」を持って即時撤退してください』との事です」

「撤退……」


 順調に見えていた作戦に突如として差し込む暗雲にオルテウスは焦燥感覚える。この作戦において、ヴァイス=ノルツァーはルクセリオン幹部であると同時に完全に独立した存在であり、作戦には一切関与しないと予め「箱舟」や自分に対して誓っていた。……だが、他ならぬ彼からの直接の命令なのだ、自分にそれを拒む理由は無い。


 加えて……この学院には居るのだ。あの機械仕掛けの無双の剣士を降すことが出来る驚異的な存在が。ならば自分達が掛かってもあっという間に返り討ちに遭うのが関の山だ。故に彼は、


「……分かった。総員、今すぐ行っている作業を中断、撤退行動に移れ。『結界師』には結界の解除を、『遺物』は『箱舟』殿に転送した分だけで良い。とにかく速やかに事を為せ。良いな?」

「はっ!」


 指揮官として、その後もオルテウスは手早く部下達に指示を出していく。得体の知れない何かが今も尚、学院を徘徊しているのなら、早く事を為さなければ被害が拡大する可能性が高い。謎の焦燥感に駆られながらオルテウス自身も行動を起こそうとしたその時だった。


 パキッ、パキッ――


 ――それは、死神の足音……彼らの破滅を招く絶望の音であった。


「け、結界が……!」

「……!」


 信徒の一人が掠れるような声を出しながら上空を見上げている。それにつられて他の者も夕暮れ時の夜空を見上げると、空中に張られた結界に大きな亀裂が走っていることに気付いた。


 パキ、パキ――硝子に徐々にヒビが入るような不協和音を伴い、結界に走る亀裂は止まることなく全体に行き渡り――あっけなく崩壊してしまった。


 夜の帳が降りた空に、結界に使われていた魔力の残滓が魔素となって光り輝く。それはまるで、夜空に浮かぶ無数の星々のようだった。


「……ッ!? オルテウス様! 結界の外から人が……!」

「何だと……ッ!?」


 効力を失った魔力の輝きが漂うその場所には……「黒い天使」が居た。


 ()()()()()()()()()()()一人の女性が()()()()()()()のだ。


 まるで違和感なく宙に浮かぶその人物は、作業の為に学院の中庭に出ていたオルテウス達を睥睨していた。


 遠くから見ていても否応なしに伝わって来る尋常ならざる気配、心臓を握られているかのような息の詰まる圧倒的な重圧……アレは、人の形をした化け物だ。それが、この場に居た全員の感想だった。


「あ、あれは……()()()は……!」


 オルテウスは宙に浮かぶ女性に、酷く見覚えがあった。当然だ、何故ならあの人物は、自分が参戦したあの大戦争で、実に数万の敵兵を単騎で虐殺し、結果として自分や多くの兵士の命を救った救国の大英雄にして、自分達がいつか打倒しなければならない究極の敵なのだから……!


「『暴虐』の、エレオノーラ……!」


 女性の正体――夜風になびくプラチナブロンドの長髪に、闇に怪しく光る血のような赤黒い瞳。背中に生やした一対の翼《黒翼(ペルセフォーレ)》――アルテナ大陸最高峰の魔道士にして、「殺戮の天使(セラフィム)」の異名を持つ「七魔星将(セブン・スターズ)」第五座・「暴虐」のエレオノーラ=フィフス=セレンシア、その人であった。


「お前達か? 私の城に無断で入り込んで来た賊どもは」


 オルテウス達の姿を認識したエレオノーラは黒翼をはためかせ、ゆっくりと音も無く学院の中庭に降り立った。遠目からでもあれだけ伝わってきた圧倒的な気配はより存在感を増し、彼らの心臓を更に締め付ける。中にはあまりのプレッシャーに失神する信徒も数人居た。


「ば、馬鹿な!? 何故貴女が……いや、貴様が此処に居る!? 帝都から此処までどれだけ馬車を飛ばしても丸二日はかかる! 学院襲撃の報を知らされたとしてもこの短時間で帰って来るのは不可能な筈だ!」


 震える体を無理矢理奮い立たせ、オルテウスが疑問を投げかける。彼らはエレオノーラが不在の時を狙って襲撃を仕掛けたというのに、今此処にその本人が居る? そんな彼の問いに対し、エレオノーラは‟コイツは何を言っているんだ”と言いたげな様子で返す。


「は? そんなもの、帝都から此処まで二時間掛けて飛んで来たに決まっているだろう? ご丁寧な事に、学院に通ずる転送法陣はきっちり破壊されていたからな。仕方なく、私単独で戻ってきたのだよ。第三座・『風姫』なら、私の三倍は速く着くだろうがな」


 背中の黒い翼を見せながら、平然と答えるエレオノーラ。単騎といえ、本来なら人力ではかなりの時間が掛かってしまう道のりを、こんな短時間で詰め切って見せる彼女の規格外っぷりに、彼女を超える力を持っているとされる七魔星将の力に、彼らは唖然とするしかなかった。


「き、貴様が此処に居る理由は分かった……だ、だが! 幾ら貴様でも、この学院を覆っていた結界を瞬時に外から解呪するのは困難な筈! 一体、どんな魔法を使ったのだ!?」


 学院の施設を利用して作成したあの断絶結界は、組織内でも腕利きの魔道士によって編纂された傑作の魔法だ。大陸最高峰の魔道士と言えど、そう簡単に解呪出来る物では無い。考え得るのは、予め他のルクセリオン構成員から解呪用の暗号魔法鍵を入手していた可能性だが……


 オルテウスの思惑とは裏腹に、エレオノーラは全く見当の外れの、そしてとんでもない答えを返してきた。


「ああ、お前達が申し訳程度に張っていたあの断絶結界か。強引に中に入ることも出来たのだがな、何分、私は二時間ぶっ通しで飛び続けて非常に疲れている。だから結界を構成している術式情報に演算介入し、結界を巡る魔力を全て逆流(バックドラフト)させてやった。今頃アレを制御していた術者とやらは、反転して溢れ出した莫大な魔力に総身を引き裂かれているだろうな」

「「「……は?」」」


 この程度こなして当然と言わんばかりのエレオノーラの言葉に、彼らはその意味を理解出来なかった。組織がこの作戦の為に長い時間を掛けて作り上げたあれだけの大結界を、ただの一個人がいとも容易くどうにかしてしまう、これを悪夢以外の何と表現しようか。


「しかし、よく考えたものだ。大時計塔に設置されている大規模転送法陣……アレにはこの土地を流れる霊脈を通して常に膨大な魔力を供給している。それを横から介入術式によって魔力の流れを変更し、結界の維持に利用するとはな。この私も直ぐには思いつかなかった発想だ。褒めてやろう」


 感心したように小さく拍手を送るエレオノーラ。これ程までに嫌悪感を催す敵からの称賛があっただろうか。彼女が作り出す独特で強烈な雰囲気に、その場に居る全員が飲まれていく……


「ひ、怯むなッ! か、かかれぃッ!!」


 唯一、何とか飲まれずに済んだオルテウスが部下達に向けて怒号を上げる。彼の一括で戦意喪失しかけていた信徒達も復帰、各々が腰の鞘から剣を引き抜き、エレオノーラ目掛けて走り出す。残りの数人は後方から呪文詠唱を始める。


「お、おおおおおッ!」

「行けぇえええッ!」

「いずれは倒さなければならない敵なんだ、此処で息の根を止めろぉおおおおッ!」


 勇ましく突貫する信徒達。彼我の距離は約30メトリア、生粋の剣士でも無い者が詰めるにはやや遠い距離だ。本来なら魔法で一瞬で殲滅されるであろう所を、何故かエレオノーラは余裕の表情で微動だにしない。


(よし、奴は油断している……! 行ける、よしんば傷を付けられなくとも、その間に私達の魔法で……!)


 エレオノーラの力は確かに強大だが、彼女はあくまで魔道士、この距離での近接戦への対抗手段は乏しい筈だ。襲い掛かった信徒は全滅してしまうかもしれないが、誰かが一太刀でも浴びせれば隙が必ず生まれる。


 エレオノーラが彼らの対処に手間取っている間に、自分達の軍用魔法をぶつければ、いかに彼女でも只では済まない。今、あの大魔女は完全にこちらを下に見ている。故に、其処に勝機がある。この人数と物量と攻め立てればまだ勝負は分からない。そんなオルテウス達の淡い希望は――


「【失せろ】」


 たった一言で打ち砕かれた。彼女の拒絶を表す言葉が呪文となって世界の事象を改変し、現実を捻じ曲げる。刹那、得体の知れない邪悪な魔力が胎動する……


「なっ!?」


 その驚きはオルテウスのもの。エレオノーラから謎の強大な魔力の流れが生じたかと思えば、今まさに彼女に斬りかからんとしていた五人の信徒達が突如、全身の力が抜けたように彼女の傍を抜けて勢いよく地面を擦り……そのままピクリとも動かなくなった。虚ろに見開かれた目は、自分がどういう状況に陥ったのかという事すら分からないようだった。


「い、一体何が……?」


 あまりに突然の出来事に、彼らはそれぞれ詠唱を終えて発動待機していた魔法を維持するのを思わず止めてしまった。何が起こったのかは分からない……だが、これだけは分かる。今この瞬間、彼らは仲間を一瞬にして五人も失ったという事実だ。


「私の城をこうまで滅茶苦茶にしてくれた客人なんだ、ならばこちらも相応の報いを与えてやるのが筋というもの。お前達には特別に私の十八番をくれてやる。『死の魔法』の力、とくと味わいながら死んでいくがいい」

「し、死の魔法、だと……!?」


 エレオノーラは純粋な魔道士としても神の領域に位置する魔道士だ。それに加え、彼女には最強の切り札がある。それこそが、この「死」の概念を操る魔法、エレオノーラ=フィフス=セレンシアを大陸最高峰の魔道士、「殺戮の天使」たらしめる絶対の力。


 これは、肉体的損傷や精神的損傷による「死」などという生易しいものでは無い。純粋に、ただ純粋に、運命や因果を超越して対象に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、究極の理不尽なのだ。


 エレオノーラが元来持ち得る魔法適正の一つを利用して生み出されたこの力は、「事象」の更に上位存在である「概念」を改変し、現実として反映する。故に、どれだけ強固な魔法的防御や精神防御を施そうが意味を為さない。存在規格そのものが根本から違うからだ。


「死呪《死神ノ命狩鎌(グリム・リーパー)》。私にしか使えない、私だけの力だ。さて、先程のやり取りを見る限り、どうやらお前がこの襲撃を指揮しているようだな。目的を聞き出す為にも、先ずは邪魔な他の者には退場願おう……【邪魔をするな】」


 そして再び放たれるエレオノーラの、文字通りの死の言葉……直後、オルテウスの周りを守るようにして取り囲んでいた四人の信徒達の命を、見えない死神の鎌が瞬時に刈り取った。


「あ、ああ、ああああ……ッ!!」


 音も無くその場に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった部下達を見て壊れかけた呻き声を上げるオルテウス。人数差で追い込む筈だった作戦が、圧倒的な理不尽の前に敗れ去る瞬間を、彼は「絶望」という二文字で痛感していた。


(あの戦争で力は分かっているつもりでいた……だがそれでもこの女の力を理解しきれなかったのか……!)


 要するに、彼はエレオノーラの力量を見誤った(正しく測れたとしても馬鹿馬鹿しくなる程の差なのだが)のだ。目の前に君臨する魔道士は、従来の魔法戦の常識が全く通じない正真正銘の化け物なのだと……


「邪魔者も片付いた事だし、お前達の目的を聞かせてもらおうか? 理解に苦しむ壮大な『悲願』とやらを掲げているお前達の事だ。大方、将来的に脅威になるであろう生徒や教師などを始めとした学院関係者の大量虐殺か、学院が保管している貴重な魔法素材の奪取辺りなのだろうが、どうなんだ?」

「くっ……! 【いと鋭き雷槍よ】ッ!!」


「死」の匂いを振りまきながら徐々に歩み寄ってくる怪物を前に、最後の悪あがきと言わんばかりにオルテウスの元・帝国軍人としての技が光る。雷撃《貫穿(ペネトレイト・)雷槍(サンダー)》、ゲートから放たれた紫電一閃がエレオノーラの胴を貫かんと迫り――


「……は?」


 彼女の体に触れた瞬間、跡形も無く消滅した。予め耐性魔法を付呪(エンチャント)していた訳でも、ましてや防御魔法を張っていた訳でも、対抗魔法で打ち消した訳でも無い。まるで、巨大な岩石に小さな石ころを投げつけたかのような手応えの無さだった。それが当然の道理であるかのように……


「言っただろう? 私とお前では、()()()()()()()()()()()()()()()。お前のその拙い魔法も、そこらに転がっている雑兵共の攻撃も、私の薄皮一枚傷つけることも叶わんさ。私に傷を負わせたければ、せめて我が弟子と同程度には強くなければな」


 淡々と事実だけを述べていくエレオノーラ。そのどれもがオルテウスにとっての死の宣告に等しいものであった。


(……そうか。私達に勝機など、(はな)から万に一つも無かったのだな……)


 遂に、彼に残されていた僅かな闘志の灯さえも完全に消え去ったのだった。ガクリとその場に崩れ落ちるオルテウスに、エレオノーラは妖しく嗤う。


「ふむ……もう少し抵抗するかと思っていたが、意外と早かったな。もしかしてお前、根っからのルクセリオンの構成員では無いのか?」

「……そうだ。私は元・帝国軍人だ。『リーン・フォール戦争』にも参戦して、貴様の…いや、貴女の獅子奮迅の活躍によって命を救われた大勢の兵士の中の一人だ……」

「ほう? あの戦争にな……これも何かの縁、一つ取引をしてやろう。私は、未だ正体や規模すら判明していないお前達の情報が欲しい。だから、お前は私に自分の知る限りのルクセリオンについての情報を話せ。代わりに、私が直々にお前の安全を保障してやろう。無論、軍に突き出しもしないし、それ相応の身分もくれてやる。どうだ、悪い話ではあるまい?」


 突然差し伸べられた悪魔の取引、これがオルテウス以外の者であったならば、また結末は違ったのかもしれない……だが、オルテウスはこの悪魔からの誘いを一蹴した。


「見くびるなよ! 私は妻と子を奪ったも同然の憎き帝国軍を抜け、『あの方』の願いを叶える為にこの身を捧げると誓ったのだ! その忠誠は貴様が相手でも決して揺らぎはしない!」


 戦意は喪失していても、心の底では未だ熱く燃え滾る忠誠心を込め、オルテウスはエレオノーラを睨み返す。明確な「死」を前にしても、彼は一歩も引かなかった。そんな彼に対しエレオノーラは、


「そうか。まぁ、そういう事にしといてやろう。本当なら情報を洗いざらい吐かせてから他の者同様、『死神ノ命狩鎌』であの世に行ってもらうつもりだったが……これは私の気まぐれだ。お前は一息に殺してやろう」


 彼の忠誠心にほんの僅かな敬意を表し、薄く笑みを浮かべるのだった。一度は命を救われた大英雄に命を奪われる、何とも皮肉の効いた因果か。だが……不思議と彼に後悔や憎悪の念は無かった。


(「天導師」様、使命を全う出来ず申し訳ありません……ヴァイス殿、貴殿の武運をあちらで祈っております……)


 オルテウスの脳裏を洪水の如く流れる走馬灯には、自分が忠誠を誓った人物の顔が浮かんでいた。こればかりは不甲斐ない自分を呪うばかりだが……なに、自分が命尽きようと、彼らならば必ずや、自分達が夢見た「悲願」を叶えてくださるだろう……


(サラ、アンナ、ヒューイ、……待たせたな。私も直ぐにそちら側へ行くぞ……)


 手刀を構えたエレオノーラの腕が閃いて宙を切った直後…彼の頭は胴体から泣き別れした。走馬灯の最後に流れた愛する家族の顔を最後に、オルテウス=カイサーラの意識は其処で途絶えるのだった――



一斉投稿編第6弾です!よろしければ評価・ブクマ登録・感想・レビューの方、お待ちしております!

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