25話 聖剣使いvs魔剣使い
「はぁあああああああッ!」
「うぉおおおおおおおッ!」
渾身の気迫と共に聖剣と魔剣、銀と黒の閃光が交錯する。鋭く風を切り、超高速で振るわれる剣と剣とが激突する度に衝撃波が生じ、大気を震わせる。
アクトとヴァイス、両者共に人外の力を持つ超人の剣士同士の戦いは壮絶を極めた。その余波によって壁や床などの二人の戦闘範囲にある全ての物は瞬く間に崩壊していく。
「【剣よ・更なる力を】――フッ!」
先日の一戦と違い、ヴァイスは最初から本気だった。最初からアクトを殺す気で油断も隙も許さずに斬撃を放ってくる……そうせざるを得なかった。
元来の異常な身体能力に加え、禍々しき瘴気を放つ魔剣の力を解放して振るわれる刃は、まさに一撃一撃が必殺。圧倒的な速度と膂力を前に、アクトは成す術無く斬り捨てられる……筈だった。
「二之秘剣――『雲耀』ッ!」
ところが結果はどうだ。ヴァイスが繰り出す怒涛の猛撃に、アクトは雷速……それすら超える速度で銀色に輝く聖剣を振るい、真っ向からぶつかる。その速度たるや、剣を振るうアクト自身もブレるように霞む程だ。先日の防戦一方だった彼の弱々しい姿は、今や見る影も無い。
「凄まじいですね……! 僕のグラムも大概だと自負はしていましたが、まさかこれ程とは。それがその聖剣の力という訳ですか……!」
本気で斬り伏せようとしているのにも関わらず完全な拮抗……いや、徐々に自分が押され始めている現実に、ヴァイスは舌を巻く。
アクトの急激なパワーアップの正体、それは彼の全身から絶え間なく放たれている銀の魔力光だ。竜巻のように彼の周りを渦巻く銀光は、彼に際限なく力を供給する。
上位剣精霊・エクス――聖剣・カリバーンの能力、「限界突破」。人間は通常、自身の生命を守る為に無意識下で力を制限している。生命力に直結した魔力もそれと同じで、どれだけ優れた魔力保有量を持つ者であっても例外では無い。「魔力枯渇症」が良い例で、あれは魔力の過剰消費による生命力の低下を体が警告している証拠なのだ。
だが、エクスの力はその壁を半強制的に取り払う。精霊の加護によって、契約者は体の奥底に眠る本来では手を付けられない魔力にまで手を出し、爆発的な力を引き出すことが出来る。
まさに言葉通りの「本気」、並みの魔力量では数分と持たず干からびるだろう。膨大な魔力量を持つアクトでさえも一歩間違えれば自滅必至だが、使いこなせれば自分より遥か格上の敵とも渡り合える強力な武器となる。
アクトは限界まで引き出された魔力の全てを攻撃・守備・速度といった行動強化に転じている。そうすることで本来では到底、成し得ない動きを可能としているのだ。
「おおおおおッ!!」
「くっ……!」
怒号にも似た叫びを上げながらアクトは更に魔力を聖剣に込め、一際大きな一撃を放つ。それを魔剣の腹で受けるヴァイスだが、衝撃を完全に殺すことは出来ず、戦闘の余波で脆くなった校舎二階の壁を突き破って空中に放り出された。一瞬の浮遊感の後、ヴァイスは直ぐに体勢を立て直すが、
「まだだ!」
それを逃すアクトでは無い。ヴァイスを斬り飛ばすと同時に校舎の床を蹴って大きく跳躍、ヴァイスより更に高所を位置取って聖剣を両手で振りかぶり――
「六之秘剣――『渦旋刃』ッ!」
空中で逃げ場の無いヴァイスに向けて上段からの薙ぎ払いを打ち込む。辛うじて魔剣で受け止めたヴァイスは、そのまま中庭に設けられた花壇に叩きつけられた。
衝撃で地面は大きく抉れ、大量の散り花と土煙が宙を舞う。ヴァイスの後に続き、アクトも軽やかに中庭に着地した。
実に建物二階分の高さをあれだけの速度で落下したのだ。普通なら良くて全身骨折、悪くて即死の大ダメージの筈だ。少なくとも、ヴァイスが再び起き上がる可能性はゼロに等しい……彼が普通ならば。
「いやはや、まさかここまでやるとは。どうやら僕の『眼』もまだまだのようだ……っと!」
「……ッ!」
直後、土煙の中から現れる人影――ヴァイスは煩わしそうに魔剣を一閃し、それによって生じたただの風圧だけで土煙を吹き飛ばした。ぼろぼろの漆黒の外套は所々破れ、欠損しているが、当のヴァイス自身に大した傷は見られない。
「化け物かよ、テメェ……!」
「それはお互い様だと思いますがね」
ほぼ無傷のヴァイスの姿を認識したアクトは、額に嫌な汗を浮かべながら心の底から湧き上がってきた本音をこぼした。対するヴァイスは涼しい顔で体に付いた汚れをはたき落としていた。
(……エクス、アイツの異常な耐久力や身体能力の正体は何だと思う?)
『――不明です。ですが、魔法やあの者が持つ魔剣の力による物ではありません。もっと原始的な、人為的な何かなのは確実です』
アクトが心の中で念じると、彼の脳内に幼い少女の声――エクスの語り掛けるような声が聞こえてくる。聖剣を通して魂で繋がっている彼らは精神の中で、こうして会話・相談が可能なのだ。
(魔法や精霊の力では無い、か。なら、俺の予想も強ち間違ったものじゃないかもしれないな。力の供給頼むぞ、エクス)
『お任せください。マスターも、魔力量には十分ご注意ください』
時間的には五秒にも満たないアクト達の会話が終わり、ヴァイスも身なりを整え終わり、両者は改めて相対する。人外の力を持つ剣士の戦いは第二ラウンドを迎える。
「さて……第一段階では今の君とやり合うには力不足のようだ。これ以上段階を引き上げると僕の方にも負担が回ってきますが、どうやら背に腹は代えられないようですね……」
段階……? ヴァイスが不意に口走った謎の単語にアクトが怪訝な視線を向けていると、再びヴァイスの体から戦闘開始前と同じ謎の「異音」が生じる。「異音」はその大きさを増していき、集中して聞き分けなくとも聞こえるようになった。
「さあ行きますよ? もっと、もっと、君の力を見せて下さい」
不敵な笑みを浮かべながら、ヴァイスは姿勢を中腰に魔剣を水平に構え――
刹那、大気が弾けた。
「――ッ!?」
ギリギリで反応・迎撃、それがアクトに出来た限界だった。先程よりも数段速い踏み込みで振るわれた魔剣を辛うじて聖剣で防いだアクトに、更なる追撃が襲い掛かる。
速い、剣どころかそれを振るうヴァイス本人の姿すら霞んで見えるようだ。それに加えて、腕にのしかかる重圧も重く感じる。速度のみならず、明らかに膂力も向上している。
だが、アクトも負けてはいない。初撃こそ予想を大きく上回る攻撃に度肝を抜かれたが、今の彼ならば対応出来ない速さでは無い。二之秘剣「雲耀」による雷速の斬撃を以てヴァイスの猛攻を片っ端から撃ち落とす。
(エクスが言ってた「人為的な何か」、それにさっき聞いた謎の「異音」……コイツの異常性を打ち破る為にも、正体を知る必要があるな……なら、一度仕掛けてみるか……!)
――瞬間、交錯する二人の内、一人が致命的な隙を晒す。ミスを犯したのはアクト。ヴァイスが放った、ある一撃を受け損なったアクトは胴をガラ空きにしてしまう。生じた隙はほんの一瞬ではあったが、「眼」を持つヴァイスがそれを見逃す筈も無い。
「ハアッ!!」
「……ッ!?」
すかさずヴァイスはアクトに向けて突貫、突き出した魔剣の切っ先で彼の胸を深く貫く。それに留まらず、先の意趣返しと言わんばかりにヴァイスはその場で地面を蹴り砕いて急加速、音すら置き去りにする程の速度でアクトを突き刺したまま校舎の壁に叩きつけた。
叩きつけた衝撃で壁面は大きく抉れ、瓦礫の残骸と化す。その中央に魔剣で張り付けにされたアクト。心臓を一突きで射貫かれ、即死は免れられない――だが、彼の胸からは一滴の血すら流れていなかった。
「なっ……」
「かかったな?」
初めて大きな動揺を見せたヴァイスを至近距離で冷たく睨むアクト。胴を捉えたと思われたヴァイスの一撃を、アクトはほんの僅かな重心移動によってあっさりと躱し、その代わりに無防備に突き出された魔剣の刀身を脇で掴み、敢えて壁に叩きつけられたのだ。勿論、魔力放出と受け身でダメージを最小限に抑えている。
致命的な隙と思われたのはアクトがわざと生み出した物だ。それに疑う事無く乗って来たヴァイスの腹に、アクトは強烈な蹴りを叩き込む。体勢は不安定だが、「限界突破」で引き出された膨大な魔力で強化された蹴りは、硬質な感触と共に彼を数十メトリアも後退させる。
ヒュンッ!
「まさか誘われるとは……ッ!」
まんまと誘いに引っ掛かってしまった事に対して歯噛みするヴァイスに、風を切って超高速で投擲物が飛来する。魔剣で難なく弾き飛ばしたそれは――何と、聖剣・カリバーンだった。
次の瞬間、自分の武器を自ら捨てるとは何事かと「眼」を以て分析するヴァイスの手首に走る鈍い衝撃。気付けば其処には、彼の右手首を蹴り上げるアクトの姿があった。
「遅ぇんだよ!」
「ぐっ!!」
ダメージとしては大した物では無い。だが、突如受けた衝撃で打ち上げられたヴァイスの手から魔剣がすっぽ抜けてしまった。本当の意味で晒した致命的な隙を逃さず、蹴り上げの勢いを利用して跳躍したアクトは宙で弾かれた聖剣を回収、ヴァイスに強力な斬撃を放つ。
「おぉおおおおッ!」
渾身の気合で繰り出される横薙ぎの剣閃、膨大な魔力を纏って銀色に光り輝く聖剣はヴァイスの無防備な胴体を吹き飛ばす。互いに余力を削る激闘の中、遂にアクトの斬撃が直撃した瞬間であった。
規格外の膂力・速度で振るわれた鋭き銀の刃を受け、普通の人間ならば胴体を両断されて即死するだろう……だが、まだ終わらない。吹き飛ばされたヴァイスは地面を何度何度もバウンドし続け、やがてその勢いが弱まった所で素早い身のこなしで受け身を取り、何事も無かったかのように二の足で地面を踏みしめていた。
これだけの攻撃を加えてもほぼ無傷……目の前の男は本当に人間なのだろうかと思い始めるアクトだったが、一連の攻防で感じた三つの高質な感触から、彼はヴァイスの「異常性」の正体を看破した。
「はあ、はあ……やっぱり予想通りだ……テメェ、その体、『魔導義体』だな?」
「魔導義体」――それは西の大国「連邦」が生み出した偽りの体。元々は戦闘や事故などで体の部位が欠損した人間の生活を支える為の補助器具だったが、それに目を付けたのが魔導技術だ。
義体に従来の機能性に加え、魔法による強力な身体能力強化と耐久力を施すことで、使い物にならなくなった兵士を機械化兵士として復活させようという計画だ。
機械仕掛けと魔法が組み合わさった魔導義体は圧倒的な身体性能と耐久力を誇る防具として、帝国でも研究が進んでいたが、それは頓挫に終わる。義体を体に定着させる際に、装着者には耐え難い苦痛が襲い掛かるのと、よしんば定着出来たとしても定期的なメンテナンスをしなければ拒絶反応でまともにパフォーマンスを発揮出来ないという欠点があった。
予算と手間の無駄ということで、技術の荒波に飲まれた産廃物の一つとなったのだ。
ヴァイスの体が魔導義体で構成されているのならば、魔力も無しに発揮されるあの異常な身体能力や金属のような硬質の手ごたえも全てに納得がいく。アクトの剣術が合わさったアロンダイトやカリバーンの斬撃を受けてもほぼ無傷な事から、さぞ超高硬度の魔法金属を使っているのだろう。
「ご名答。昔、僕はある大事故で体の殆どを失いました。ですが、医療施設のベッドの上で死ぬしか未来が無かった僕を救ったのは、組織が開発した最新鋭の魔導義体でした。それからというもの、今や僕の体の約七割は魔導義体で構成されています。こんな機械仕掛けの体ですからね、僕の魔力量は常人の十分の一といったところでしょうか」
あっさり自分の力の正体を明かすヴァイス。魔力は、生命が宿る全ての生物が元来保有している力だ。後天的に移植された偽りの体に、新たな魔力は宿らない。ある意味、世界を巡る力の円環から強制的に外される事だ。
魔力量の低さを補う為の強力な身体能力強化や耐久性なのだが、ヴァイスは学生が当たり前のように使う初等魔法ですら発動させるのが精いっぱいの筈だ。
「魔導義体は、体の一割を戦闘に耐えれるレベルまで定着させる程度さえ、大の大人が発狂する程の苦痛だと聞いてる。それを七割も馴染ませるとか、どんな精神力だよ。テメェ、本当に人間辞めてるんじゃないのか?」
「ええ。実際、僕は人間を辞めていると思いますよ。様々な肉体の強化手術や精神改造を十年間、毎日のように重ね、ようやっと今の僕は居ます。何度諦めようと思ったか分からない……ですが、そんな僕を死の淵から救い、何時も励まし、導いてくれたのは、尊き『あのお方』でした。僕は『あの方』に全てを捧げると決めたのです」
どこか、この場に居ない何かに心酔するようにヴァイスは語る。只のイカレたテロリストの一人だと思っていたが、どうやら彼も彼なりに信じるモノの為に戦っているようだと、アクトは若干認識を改める。
だが、手心を加える訳では無い。アクトは自分に誓ったのだ。どんな手段、どんな力を用いてでも、自分の過去に踏み入ったこの男を……殺すのだと。
「しかし、今の君は僕以上に理解出来ない存在だと思いますよ。これだけの力と持っておきながら、何故過去を押し殺そうとするのですか? 君がこうして僕と互角以上に張り合えるのは、紛れもなく君が過去に積み上げてきたモノのお陰なのですから」
「何だと……?」
何気ないヴァイスの言葉にアクトの耳がピクリと動く。
「自分では気付いていないようなので教えてあげましょう。君は、頑なに過去を抑えつけて未来を見る振りをしながら今も尚、その過去に囚われている。そんな矛盾を抱えた存在なのですよ」
「黙れ。テメェに俺の何が分かる……!」
先日も、そして今もそうだ。諭すような、嘲るような、そのどちらとも微妙に違う感情を込めてヴァイスは話す。自分でも何故そう感じるのか分からない。だが、ヴァイスが紡ぐ言葉のどれもがアクトの心の奥底に深々と突き刺さり、彼を苛立たせるのだ。まるで、何かの精神汚染にでも掛かっているかのように……
「分かりますよ。何故なら、初めて会った時から僕には分かっていたからです。君は僕と同じであって違う。互いに目を背けたくなるような過去を背負っていながら、それを乗り越えて未来に生きている僕と、何時までも引き摺っている君。それが僕達の大きな違いであり、君が僕に勝てない理由でもある」
どれだけ強い力を持っていようが、どれだけ強い武器を握っていようが、それを振るう者の心と覚悟が劣っているならば、それらは全てただのガラクタと化す。そう聞こえるヴァイスの言葉がアクトの神経が更に逆撫でし、彼から冷静な判断力を奪っていく。
「違う……! 何も知らないテメェがアイツを、アイツらを語るんじゃねえ……!」
ヴァイスの正論にアクトは靄を払うように被りを振る。自分が来たるべき時まで背負うべき過去への葛藤は、そんな他人が並べる理屈的な物では無いのだ。理屈では無い……だが、否定出来ない。中途半端に発達した彼の精神と合理性が否応なく納得しようとしているのだ。
「やれやれ。まるで聞き分けの無い子供の癇癪だ。それが、かつて敵味方両方の魔道士を恐怖で震え上がらせたという『魔道士殺し』の底ですか。正直、失望しましたね」
今度こそ明確な嘲笑を浮かべるヴァイスは、自分のアクト=セレンシアという人間を倒すべき「敵」から取るに足らない「雑魚」へと格下げする。魔法が主流の現代戦において剣士が時として魔道士の脅威となり得るのは、その者のたゆまぬ努力と強靭な精神力が故だ。彼から見れば、心と身体がバラバラな剣士などそこらの三流魔道士より遥かに御しやすい。
「確かに僕も知識でしか君や君の仲間の事は知りませんがね……ですが、君がその程度ならば君の仲間とやらも別に大した人物では――」
「黙れって、言ってんだろうがぁあああああ!!」
突如、アクトの中で何かがプツンと切れる音が聞こえた。自分をどれだけ侮辱しても構わない。自分が抱えている葛藤は、所詮ただの強がりと意地だというのは心の何処かで分かっているから。だが、こんな幼稚な自分を認めてくれた「彼ら」まで侮辱するのは我慢ならなかった。怒りに叫び、アクトは全力全開でヴァイスに斬りかかる。
「はぁ…あくまでまだ抗いますか。なら、力ずくで分からせるしかありませんね……『第三段階』、限定解放」
銀色の魔力光を漲らせ、一直線に突貫してくるアクトを前に、呆れの溜め息を吐いたヴァイスは小声で宣言する。直後、魔導義体から大きな「異音」――「自律式出力機構」から「駆動音」が生じ、彼の力を高めていく。
「まあ、理解する頃には死んでいるかもしれませんが」
冷酷に微笑みながらヴァイスも魔剣を正中線に構えて突貫する。圧倒的な速度と膂力で自分に楯突く愚か者を両断せんと、瘴気放つ禍々しき刃を振るう。
「おぉおおおおおおッ!」
「フフフフ……!」
怒号と微笑、人外の剣士同士の戦いは第三幕を迎えた。
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