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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
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24話 顕現せし聖剣

 

「ヴァイス、やっぱりテメェもルクセリオンの仲間だったんだな……!」

「フフフ……ええ。だから先日言ったでしょう? あれは『顔合わせだと』。君達こそ、よくこの戦場を生き残れたものです」


 刃物のような鋭い表情でアクトが睨み据える先に立つぼろローブの男――ヴァイスは、漆黒のフードの奥で不敵に微笑む。彼の不可侵にして「地雷」である過去に無遠慮に踏み込み、コロナにとっても学院の生徒を利用して刺客を送り込んだ張本人。二人にとっての宿敵は、その幽鬼のような出で立ちも相まり、日中にも関わらず不気味な雰囲気を放っていた。


「減らず口を叩いてやがれ。それでテメェ……一体、何時から其処に居た?」

「つい先程ですよ。報告に戻って来た仲間から『信徒』が大量に倒されている事を聞いて現場近くに来てみれば、何と君達が居たじゃありませんか。しかも、我々の計画が抱える唯一の弱点について話し合っていたので、こうして姿を現したということですよ」


 今のヴァイスの言葉から推察するに、やはりアクトの予想通り要となる結果師は実在するのだろう。その存在が確定しただけでも大きな進歩だ。


「結界を壊されたら困るって? はっ、まだ未確定の事実を自分からあっさりばらすとはな。余裕ぶっこいてわざわざ姿を見せた事といい、エレオノーラの居ない時を狙ってこんなふざけた事をしでかすような連中とは思えないズボラさだな。それとも、単にお前の口が軽いだけか?」

「煽っても無駄ですよ。まあ、彼女の不在を狙ったのは認めます。彼女は一魔道士としては強大過ぎる存在、必ずや我々の計画の妨げ……いやそれどころか、計画その物を破綻させかねないイレギュラーですからね」


 ヴァイスの感情を少しでも乱して有益な情報を引き出しつつ戦闘を有利に進めようとしたアクトだったが、それは徒労に終わる。先日刃を交えた時にも感じた違和感だが、この男の「完全さ」は異常だ。身体・技・精神……どれをとっても完成されているというのに、まるでその風格が感じられない。……だが、アクト自身はその疑問に一つに答えを見出していた。


「そんな事はどうでも良いのです。彼女は今、この場には居ないのですから。それで、気分はどうですか?」

「あ? 何がだよ?」


 唐突なヴァイスの問いに、アクト達は怪訝な表情を浮かべる。……次の瞬間、場を絶対零度に凍り付かせるとんでもない発言が投げ落とされた。


「何がって、決まってるじゃないですか。『信徒』を――何(・)の(・)罪(・)も(・)無(・)い(・)一(・)般(・)市(・)民(・)を(・)大(・)勢(・)殺(・)し(・)た(・)気分は?」

「「……えっ?」」


 いきなりヴァイスが告げた言葉の意味を、コロナ達は暫く理解することが出来なかった。常人を三度殺して余りある力を持つ軍用魔法を、あれだけ自分達に向けてきたテロリスト共が実は只の一般市民? 


「あ、アンタ何言ってるの!? そんな話、信じる訳無いでしょう! それに、仮に嘘なら、いくら何でも悪過ぎる冗談よ……!」


 有り得ない、コロナは被りを振って敵であるヴァイスの言葉を否定しようと躍起になるが……彼は何処までも、限りなく、果てしなく少女達に非情な現実を突きつける。


「冗談ではありませんよ。おや? その様子だと彼から聞いていないのですか? 今まで貴女方が戦ってきた彼らは『信徒』……組織が有する秘術によって洗脳された、信仰心深き只の一般市民なのですよ」

「――ッ!?」


 ヴァイスは嘘をつく様子も無く、ただ事実だけを述べていく。本当にそうだとするなら、命を狙われているとはいえ、今まで自分達が加担し、アクトが問答無用で斬り殺してきた連中は全て、何の罪も無い一般市民という事になる……


「……アンタは、その事知ってたの……?」


 頭を強く叩かれたような衝撃でふらつきながら、震える声音でコロナがアクトに問う。傍らのリネアも口には出さなかったが、顔を青くしながら目線で問いかけていた。対するアクトはヴァイスから片時も視線を外さずに、一瞬思い詰めたように苦々しい表情を浮かべたが、やがて意を決したように口を開く。


「……そうだ。これを知ってしまえば、きっとお前らは連中と戦う事を躊躇すると思ったから、あえて言わなかったんだ。でも、もう隠す必要も無いな……」


 そうしてアクトは語りだした。魔法という、一つのチカラが生み出したドス黒い負の面、その一端について――


「白ローブの連中に施された魔法の名は《静かなる狂気》……‟対象の人格を強力な精神作用系魔法で塗り潰すと同時に、対象の深層意識に仮初の心象風景を植え付ける”って魔法だ。これを一度施してしまえば、例え魔法の『ま』の字も知らない一般市民でも、命令に忠実で数種類の軍用魔法を操れる立派な魔導兵の完成って訳だ」

「……は? 嘘、でしょ……? そんな魔法って……」


 深い魔法知識を持つコロナは完全に理解、そして戦慄した。人々の人権を完全に無視した魔法の、非人道さ加減と脅威について。


 現代魔法戦において、個々人の質は勿論大事だが、重要なのは物量と頭数だ。百人の雑兵は時として一人の猛者に勝るのである。只の一般人を使い勝手の良い魔導兵に変える上に、幾らでも補充が可能。しかも、施術時に人格を破壊するから情報漏洩の心配も少ない。それは、ルクセリオンが頭数の点において帝国軍を遥かに上回っている事を表している。


「コイツを施された人間は完全に術者の傀儡となって死に対する恐怖を一切感じなくなる……いや、感(・)じ(・)さ(・)せ(・)ら(・)れ(・)な(・)く(・)な(・)る(・)んだ。帝国政府や帝国軍を翻弄し続けるルクセリオン、それを構成する人間の殆どは、何も知らない一般人て事だ」

「ほう……? そこまで知っているとは驚きですね。単に、知識や外聞で知ったようでは無いようだ。もしかして、何処かで我々と戦った経験でも?」


 この魔法からは最早、誇りや信念などは微塵も感じられなかった。コレは世界の真理を追い求め、その恩恵で暮らしを豊かにせんとする魔道士が編み出して良い魔法では無い。魔道士の存在意義に反した、底なしの悪意を凝縮して生み出された「魔法の闇」その物だ。


「うっ……」


 これが、かつてアクトが言っていた魔法が抱える暗黒面だとでも言うのか。世界にはアレと同じような魔法、それ以上の物があるとでも言うのか。コロナ自身、魔法が抱える負の面についてはある程度理解しているつもりではあった。だが……なるほど、確かに彼の言う通り、自分の知識など氷山の一角に過ぎなかった訳だ、とコロナは今まで自分が信じていた物が一瞬で崩れ去る感覚の襲われた。


 そして、同時に理解した。理解せざるを得なかった。同い年でありながら、自分達とはかけ離れた経験をしてきたであろうこの黒髪の少年は、根本から自分達とは見てきた物が違うのだと、見ている物が違うのだと痛感させられた瞬間であった。


「コロナ、気持ちは分かるがしっかりしろ。……仕方ねえ。リネア、頼む」

「う、うん……」


 凄惨な現実に打ちのめされ、半ば放心状態のコロナをリネアに任せ、再びアクトは宿敵と相対する。


「さて……僕達の計画が抱える唯一の弱点を見抜いた観察眼と洞察力は流石と言っておきましょうか。『信徒』もかなり削られてしまった。どうやら、これ以上の君の介入は計画その物を台無しにしてしまう恐れがあるようですね。なので、僕は『真なる神』を崇める同士の一人として、この場で確実に君の息の根を止めるとしましょう」

「はっ、それはこっちの台詞だ! 真なる神だか同士だか何だか知らねえが、こんなにも早くテメェをぶちのめせる日が来るとは思わなかったぜ……!」


 ヴァイスの言葉にアクトは殺意を剥き出しにしてヴァイスを睨み据える。常人が当てられたら失神してしまいそうな程の殺気を前にしても、それをそよ風のように受け止めるヴァイスは、彼を嘲笑うかのように不敵な笑みを浮かべる。


「おやおや、そんなに血気盛んで大丈夫ですか? 先日の戦いで僕と君の力の差は嫌と言う程分かっている筈だ。君達を逃がすつもりはありませんが、それを分かって尚、僕に戦いを挑みますか?」

「……ああ、そうだな。今の俺じゃテメェには勝てないだろう……俺だけではな」


 その時、アクトの横に並び立つ人影が一つ――エクスは主であるアクトと同じく真剣な表情でヴァイスを、正確には鞘に挿された魔剣を見据える。


「エクス、今こそお前の本当の力を見せる時だ。ぶっちゃけ、ほぼ一日しか練習は出来なかったが……準備は良いな?」

「勿論ですマスター。では……誓約に誓い、これより我、剣精霊・エクスは我が主(あるじ)、アクト=セレンシアの剣となりて、貴方に立ち塞がる数多の苦難を、障害を斬り払いましょう――」


 すると、アクトの言葉に頼もしく応えたエクスの体が金色に発光し始め、受肉した体が徐々に薄れていく。その姿が完全に消えた後、アクトの周囲には何処からともなく現れた金色の粒子が漂う。


「来い、『カリバーン』ッ!」


 アロンダイトを天に向けて掲げ、アクトはその名を高らかに叫ぶ。直後、彼の周囲を漂う金色の粒子がアロンダイトに向けて集束していき、凄まじい輝きを放つ。光り輝く金色は血と殺戮に穢れた学院を照らす、一条の希望となる。


「「「……!」」」


 そして、一際強い輝きが剣から放たれ、この場の誰もが強烈な眩さに思わず目を瞑ってしまい――発光が収まった後、彼の手には、一振りの「聖剣」が握られていた。


 繊細で絢爛な装飾が施された美しい両刃剣だった。すらりと伸びる銀色の刀身は重厚なアロンダイトよりも細身ではあるがリーチに優れ、曇天の隙間から差す陽光を受けてギラリと鋭利な輝きを放っている。何かの意匠が彫られた金色の十字柄の中央には静謐さを感じさせる碧色の宝玉が埋め込まれている。


 剣の道に生きる者なら誰もが一度は見惚れてしまう繊細優美さとは裏腹に、剣からは遍く全てを斬り裂いてしまうと思わせる程の「凄み」が放たれていた。この剣の前には如何なる高名な刀剣鍛冶が打った作品でさえも、幾百幾千の駄作と化す……そう思わせる程の至高の造形が、そこにはあった。更に、鉄すら斬り裂く刀身から生じる圧倒的な気配――精霊の気配。


「剣精霊・エクスが精霊武具として憑依した剣、それがこの聖剣カリバーン。俺とエクスが思い描く理(・)想(・)の(・)剣(・)の(・)形(・)……これはその一つだ」

「……本当に君には何度も驚かされる。まさかこの短期間で‟上位精霊の精霊武具化”を習得するとは。ですが解せませんね。前に僕と戦った時、君はその精霊の力添えを断っていたのに、一体どういう心境の変化ですか?」


 手に持つ「聖剣」を通して、アクトは体の奥底から爆発的な力が湧いてくるのを感じた。普段は眠っている力を強制的に引き出された感じだ。「呪い」によって認識出来なくとも、今だけは聖剣を通してエクスの存在もより身近に感じられる。これがエレオノーラの言う契約者と精霊の魂の同調という物なのだろう。


「もう自重するのは止めたんだ。俺は、俺の持てる全ての力を出し切ってでも……テメェを、殺す」

「……良いでしょう。それでは僕も、全力を以てお相手を務めるのが筋というものですね」


 より一層鋭くなったアクトの殺気にヴァイスも応じるように、彼は腰の鞘から己の得物を抜く。振り抜かれるは謎の精霊武具――魔剣・グラム。主の意思に応え、魔剣からは禍々しい瘴気が放たれ始める。聖剣の極光と魔剣の瘴気、相反する二つの強大な力が場を支配していく。


「リネア、コロナを連れて他の連中から見つからない場所に隠れておくんだ。コイツは、校内戦でクライヴに憑依して戦ったあの精霊の比じゃねえ。エクスの力を十全に使いこなして俺の全力全開でようやく勝てるかどうか、そんな相手だ。これ以上はお前らを庇いながら戦えない」

「……分かったよ。でもアクト君、一つ約束して……必ず危なくなったら逃げてね。アクト君には、まだ聞きたい事が沢山あるんだから。勿論、コロナ含めてね。絶対に帰って来てね!」

「……ああ、任せろ。さあ、行け!」


 ……今思えば、このほんの数秒の短い会話がアクト=セレンシアという人間の命運を左右したのかもしれない。リネアは未だ放心状態のコロナを肩に担ぎ、アクトから背を向けるようにして去って行く。後には二人の剣士、二振りの剣だけが残された。


(リネアには悪いが、その約束を守ることは出来ない。もう二度と、俺がお前らの前に現れる事は無いだろう。達者でな、リネア……コロナ)


 確信があった。激闘の末に、目の前の男を殺せたとしても、この手をテロリスト共の黒い血で汚れ切らせた自分が、温かい日向の世界で生きる彼女達の元に戻る事は無いだろうと。エレオノーラとの契約には反するが、その辺りはどうとでもなるだろう。


「最期の別れは済ませましたか?」

「まあ、ある意味な。さて……フゥゥゥ……」


 改めて、アクトは正中線に聖剣を構える。それと同時に、筋肉を瞬時に総動員させる重低音の吸気音(アクト自身はこれを「特定動作」と呼んでいる)が彼の体から発される。対するヴァイスも片刃の魔剣を槍のように構え、その鋭き切っ先をアクトの心臓に狙い定める。それと同時に彼の体から生じる、謎の「異音」。


「剣士・アクト=セレンシア。この聖剣に懸けて、お前の命、必ず貰い受ける」

「剣士・ヴァイス=ノルツァー。この魔剣に懸け、我らが悲願の障害となる君を排除します」


 ――今まで外で断続的に起こっていた戦闘音もぴたりと止み、辺りは不自然な程の静寂に包まれる。肌を斬り裂くような極限の緊張状態が校舎の一角に充満していき、対峙する二人の神経を研ぎ澄ます。そして――


「フッ!」

「シッ!」


 緊張が最高潮に達したその時、両者は床を蹴り砕き、中間で激突した。



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