23話 激闘・ルクセリオン
反社会的魔法結社「ルクセリオン」――その名はコロナ達もよく知っていた。
‟「真なる神」を彼の地に降ろす”という未だ謎に満ちた教義と思想の下、魔法犯罪組織の中でも群を抜いて危険な存在であり、長年に渡って数々のテロ・要人暗殺・誘拐、その他重犯罪を犯してきた極悪テロリスト集団。
構成人数・規模・リーダー・etc.全てが不明のルクセリオンは、正に魔法界隈の最暗部であり、水面下で日夜、帝国と血で血を洗う抗争を繰り広げている。
彼らの前身は、元・帝国国教会「聖光カトリアナ教」。帝国有史初期から国教として認められた新興宗教団体だった彼らは、他宗教にも寛容で非常に幅広い信仰を国中から集めていた……だが、何代目かの教祖の代替わりの時にそれは一変してしまった。
今でこそ「聖光カトリアナ教」は‟旧教”として歴史に葬り去られ、‟新教”たる「聖プロテシア教」が帝国の国教となっているが……連中はかつての平穏な宗教団体などではなく、多くの謎に満ち溢れた強大な魔法組織として、帝国や世界の裏を暗躍している。
「――はぁ、はぁ……で、これからどうするの!?」
襲撃を受けて戦禍に包まれる学院の校舎内を、アクト達は全力疾走していた。校庭のような開けた場所ではまともに迎撃出来ないと判断した彼らは、校内の狭い場所を陣取り続ける事を選んだのだ。
一行の先頭を涼しい顔で駆けるアクトに、息を切らしかけながらも追随するコロナが問う。
「先ずは、逃げ遅れた生徒達を集めながら魔導演習場へ向かう。クラサメ先生みたいな軍属の教師達が主導となって防衛拠点を築いている筈だ。どう動くかも其処に着いてからだな!」
「クラサメ先生、生きてるの!? マーズ先生……あの男が起こした爆発でてっきり……」
「あの人は現役の『軍団』所属だぞ? あんな自爆テロに巻き込まれた程度で死ぬタマじゃねえよ。それより、周囲に人の反応はあるか?」
校舎内を進むにおいて、彼らはそれぞれの役割を決めていた。接敵時に真っ先に敵陣へ突っ込むアクトを先頭、その後ろを各種防御魔法や支援魔法で援護するリネア、更にその後ろを索敵・迎撃要員としてコロナ、もしもの時に備えて殿をエクスの一列編成だ。
索敵要員であるコロナは無系統《空間識覚》、音響による探知魔法で常に周囲の状況を探っていた。
「待って、今確認してる……居た! 直線距離100メトリアに生体反応、六! 三・三で対峙するような並びよ――ッ!」
コロナが叫ぶと同時に、一際大きな爆発音と人が猛烈な剣幕で何かを話している声が彼らの耳に届いた。
「間違いねえ、奴らと生徒だ! 其処の角を左に曲がった先だな。行くぞ!」
「「「ええ!(うん!)(はい)」」」
そして、長い廊下の角に差し掛かり、それを左に曲がった先には……コロナ達を襲った例の白外套の連中と学院生が居た。アクト達は彼らの背後に出るような形となるが、彼らを援護出来る程の距離では無かった。
「【朱き魔弾よ】!」
「【白き牙よ】!」
「【駆けろ閃光】!」
生徒達は三者三様にそれぞれ魔法を放つ。速い、魔法に関しては二年次生最強のコロナをしてそう思わせる程の無駄のない流れるような動作。
風を切って宙を駆ける三条の炎・氷・雷。この距離では未だ詠唱もしていない白外套達に対抗魔法を唱える暇は無い……そう、無いのだ。それが迎撃を前提とする話ならば……
「「「……【雄々しき炎獣よ・激しき怒りのままに・我が眼を真紅に染め上げろ】」」」
直撃する魔法群。炸裂した魔法の猛威が校舎内に巻き起こり、白外套達を襲う。……だが、連中は白い服装を所々焦がしただけで、全くの無傷。まるで何事も無かったかのように、淡々と揃って反撃の魔法を詠唱し始める。
「ちょ!? 何で俺達の魔法が効かないんだ!?」
「に、逃げろおおおおお!?」
「嫌――ッ!? 死にたくないッ!??」
完全に決まったと思われた魔法を防がれ、恐慌に陥った生徒達はアクト達の方に逃げていく。そんな彼らの背中を狙う三つの破滅。放たれた灼熱の火炎流が、彼らを骨すら残さぬ灰燼に帰さんと渦を巻いて襲い掛かるが、
「――・無に帰せ】――【2】――【3】ッ!」
それらは直前に防がれた。生徒達が魔法を放った時点で既に詠唱を開始していたコロナの対抗魔法《回帰霧散》、それを「連続詠唱」で連唱し、白外套達の放った魔法を片っ端から打ち消した。
「「「……えっ!?」」」
成す術無く焼き尽くされると覚悟していた三人だが、それとはかけ離れた別の未来に思わず目を剥いて驚愕する。そして、横に並走する彼らの間隙を縫うように疾走する一陣の風――
「【第二深域解放・縛を解かれしは・人の理を外れし下法・我は駿馬の威を体現せし・一陣の疾風なり】ッ!」
生徒達と交代する形で前に出たアクトは道術《神足法・烈風》を発動、強化された脚力を以て一気に肉薄すると同時にその場で大きく跳躍した。
「オラッ!!」
宙から繰り出されるは大上段からの強烈な蹴り下ろし。身を軽やかに翻すアクトの鉄槌の如き足蹴りは、これまた器用に白外套達の三つの頭部を正確に打ち据え、大理石の床に叩きつけた。
「今だ、リネア!」
「うん! 【戒めの鎖よ・狼藉働く不逞の輩を縛れ】!」
着地したアクトの合図と共にリネアは無系統《呪縛魔鎖》を発動。具現化によって生み出された魔力の鎖が床に伏せる白外套達を纏めて拘束した。
常人の力では破るのは困難な魔法の鎖に縛られ、てっきり激しい抵抗を見せると思われた奴らだったが、あっさりと大人しくなった。
「……やはり、一定規格以上の損傷や不測の事態に陥ると強制的に解除されるんだな。コレに掛かった時点で廃人確定の筈だが、万が一の情報漏洩を恐れてるという事か……」
単に気絶しているだけなのか眠っているだけなのか分からない、虚ろな目を開けながら死んだように動かなくなった白外套達に向けて、アクトは独り静かに呟く。今しがた彼らを斬り捨てるのは簡単だったが、彼らの出自的に、無闇な殺生は憚られた。
「た、助かったよ。あっちの彼は前にウチに来た転入生……? それに、君ってもしかしてコロナ=イグニスさん? って事は君達、二年次生だよね?」
「ええ。……その言い方だと、アンタ達は三年次生――先輩のようね」
丸渕メガネをかけた理知的な雰囲気を漂わせる男子生徒が、三人の中から代表してコロナと話す。対するコロナは自分より上級生と分かったにも関わらず、変わらず不遜な態度を崩さない。
例え、年齢的に上だとしてもこの魔法界隈では到達位階と、どれだけの偉業を為したかが全てだ。その辺りは本人の心持ち次第ではあり、この非常事態もあるのだろうが、コロナの態度に眉をひそめる素振りは無い。
「これは一体、何が起こっているんだい? 集会所の方から凄い爆発音がしたかと思えば、学院の至る所からこの白いローブを着た連中が沢山現れて、生徒や教師達を見境なしに襲って……うっぷ」
自分と親しくしていた生徒が殺された光景でも思い出したのか、男子生徒は顔を青くしてその場に蹲る。実を言うと、話しているコロナも精神の限界が近いのだが、あの光景を忘れつつ、生き残る為に全力を尽くすことで何とか繋いでいる状態なのだ。
周囲の警戒を密にしながら、コロナ達と男性生徒達はそれぞれが持つ情報を交換することにした。そして――
「なるほど、コイツらがあの凶悪なテロリスト集団の……僕達は一体、どうすれば良いのだろうか?」
「学院に何かがあったのかは外から丸見えだから直に帝国軍が動くでしょうね。……ねえ、連中が現れた時に学院の外に逃げた生徒は居なかったの? その生徒達が外から応援を呼んでくれることもあるんじゃない?」
コロナの問いに、男子生徒はアクト達と共に周囲を警戒していた同級生の大柄で粗野な感じの男子生徒と小柄で大人しそうな女子生徒に視線を送る。彼らは皆、一様に暗い表情を浮かべていた。
「……勿論、直ぐに学院の外へ逃げようとしていた生徒なら居たよ。だけど……出られなかったんだ。まるで、何かに弾かれるみたいにね。連中から隠れながらその理由を分析していたんだけど……今の学院は、周囲を巨大な断絶結界で覆われているような状態なんだ。しかも、僕達の腕では到底解呪なんて出来ない複雑な物をね」
「な、何ですって!?」
「う、嘘……!」
「……」
男子生徒が告げた事実に、コロナ・リネアは驚愕の表情を浮かべる。最悪、事が上手く運ばなくとも外まで逃げきれれば何とかなると二人は心の底で思っていたので尚更だった。リネアの傍に居たエクスは相変わらずの無表情だったが。
「って事は、今のアタシ達は周囲から完全に孤立した状態にあるって事!?」
「うん、残念だけどね。しかも、その結界はどうやら周囲の認識を偽装する効果もあるみたいなんだ。だから、街の方じゃ学院が連中に襲撃されている事にすら気付いていないじゃないかと思う」
逃げるどころか助けも呼べない……更なる絶望が彼らを襲い掛かり、支配し、重苦しい雰囲気が荒れた校舎の一角に充満していく。
「……アクトの方は何か無いの?」
この空気を打開する為にコロナは、制圧した白外套達の持ち物を真剣に物色しているアクトに問う。こんな事を言うのは違和感があるが、今、この場で最もこのような有事に対する対応力が高いのは間違いなく彼だからだ。
「……あ? 俺か? そうだな……見ての通り、コイツらのローブには、強力な魔法耐性が付呪されてる。俺達が着てる制服みたく幅広い機能を持っている訳じゃねえが、機能を一点に集中させてる分、生半可な初等魔法じゃ怯ませるのが関の山だ。倒したいと言うのなら威力が高めの魔法を使うか……連中と同じ軍用魔法でも使うことだな」
最後の方で含みのある言い方をするアクト。コロナに負けず劣らずの彼のぶっきらぼうな態度に三年次生達は揃って怪訝な表情を浮かべる。それと同時に横からコロナが凄い剣幕で彼に詰め寄る。
「ちょっとアクト、その話をこの場で切り出すのは違うでしょ……!」
「落ち着けよ。アレはお前が特別なだけで、今のコイツらにとっては普通の事なんだよ。ある学院関係者のツテで学院の授業カリキュラムを見たが、アンタら三年次生は二年次の最終課程で軍用魔法について学び、三年次になった時から実戦の為に、体系化された軍用魔法をある程度習得している筈だ。そして、それらは有事の際は個人もしくは集団の裁量で使用が可能……言いたい事は分かるな?」
この学院で三年次生に進級して卒業する――それは、力はまだ足りなかったとしても、魔道士としては一人前になるという事だ。故に、今の彼らは最早、只の学生では無い。己が力と信念で障害を乗り越え、道を切り開かんとする「魔道士」なのだ。だが……
「……確かに、君の言う通りだ。僕達が学んだ軍用魔法を使えば、連中にも引けを取らずに有利に立ち回れるかもしれない。……けど、いざ使おうと思った瞬間、酷く手が震えたんだ。連中が使う魔法の威力を見て思ったよ。僕らが使おうとしていたのは、紛れもない人殺しの魔法なんだって……それを考え始めてたら、気付けば初等魔法の呪文を唱えていたよ」
表情を暗くし、俯く男子生徒。他の二人も同様の反応であった。
軍用魔法について忌避感を持つのはアクトも正しい事だと思っている。忌避感を持つという事は、魔法――人殺しの技術が持つ暗黒面をしっかりと理解している証なのだから。だが、振るわれるべき時に振るわれない強大な力は、危険性を内包した爆弾と変わらないのもまた事実。
「アンタら、本当に状況分かってるのか? これは普段やっているような授業や演習じゃ無い。今、俺達は明確な害意を持って敵に命を狙われてるんだぞ。こういう状況だから言うがな。俺は魔法が大嫌いで大嫌いで堪らない。けどな、そこの赤髪のチビが言ってたように、魔法だって俺の剣術のようなチカラの一つなんだろう。本質的には何も変わらない、誰かが何かをする為の力なんだろう。だから、もうそれを否定したりはしない……アンタらがその手に持つ力は只の飾りか? こういう時に率先して力の無い奴を守る為に、アンタらは人殺しの技術とやらを学んだんじゃないのか?」
「「「……ッ!」」」
最初は淡々としていたが、アクトの言葉は徐々に熱を帯びて彼らの心に突き刺さる。コロナ達以外にあまり関心を示さないアクトが、こうして見ず知らずの赤の他人に熱くなるのは珍しい事だった。今までの言葉は、彼がこの学院に来て魔法という、自分が忌み嫌う存在と真っ向から向き直った末に出した、一つの結論であった。
「……ッ!? アクト君! 周囲に生体反応、真っすぐこっちに向かって来てるよ! 数は……三!」
その時、コロナに変わってこの場を代表して《空間識覚》で周囲の索敵をしていたリネアが突如として叫ぶ。戦闘はごく短時間だったが、どうやら他の仲間に聞かれてしまっていたようだ。
「チッ……! おいアンタら、此処が俺達が受け持つ。アンタらは道すがら生き残りの生徒を集めながら、防衛陣地のある魔導演習場まで一直線に走れ。今回は手助けしたが、仮にも三年次生なら自分達の身くらい自分達で守れるよな、センパイ?」
「……! あ、ああ。任せてくれ! よし、二人共行こう!」
アクトの言葉に突き動かされ、男子生徒の号令と共に三人はアクト達がこの場に駆け付けるまでに通った道へと消えて行く。その去り際に、
「……お互い、この戦いを無事に乗り切れたら、君とは一度話をしてみたいな。良ければ名前を教えてくれるかい? 僕はオルニス、オルニス=ミルトスだ」
「……アクト=セレンシアだ。良いぜ。今俺が言った言葉を、アンタが本当の意味で理解出来たその時にな」
表情は変わらず鋭いままだが、心なしかニヤリと不敵に笑ったアクトに、男子生徒――オルニスは微笑を返し、その場を後にするのだった。
「こんな非常事態だけど、男同士の友情って言うのかしら? そういうの、ちょっと憧れるわよね」
「そうだね。女の子同士じゃ、あんな感じにはならないよねって、そんな事言ってる場合じゃ無いよ! 敵が!」
リネアの言う通り、廊下の向こう側から数人の人間が小走りでこちらに近づいて来る音が聞こえる。空間探知系の魔法では詳しい敵味方の識別は出来ないが、わざわざ戦闘音を聞いて駆け付けて来る集団の正体など、推して知るべしである。
「行くぞ。作戦通り、リネアは俺の援護、コロナは俺の指示で魔法詠唱、タイミングは任せる。エクスは二人の護衛だ。……来るぞ!」
角を曲がり、アクト達の居る廊下に現れた集団――白外套達は報告通り三人、彼我の距離およそ30メトリア。一人は今までの奴と同じ素手だが、残る二人は鮮血がこびり付いた血濡れの長剣を一本ずつ持っていた。
「――・其の携えし眩き尖槍以て・――」
(コイツら、前までは俺達の姿を認識してから詠唱し始めるようなとろくさい奴らだったのに、もう詠唱を始めてやがる! 発動前に制圧するのは無理だな。加減する暇もねぇ……!)
この間、僅かコンマ三秒、高速で脳を走らせて作戦を立てたアクトは表情を苦々しくしながらも自分も動きつつ、手早くコロナ達に指示を出す。
「【ルーンよ・我が命に従い・起動せよ】ッ! コロナ、雷撃の放出系統頼む! リネアは障壁展開したまま待機ッ!」
「――・数多の障害を刺し射貫け】」
アロンダイトの白い刀身に紅い光が走り、《魔道士殺し》が起動すると同時に白外套の魔法が完成。一条の雷閃がアクトの心臓を穿たんと迫るが、《貫穿雷槍》は一点を超高速で駆けるだけの魔法。
射線を見切ったアクトは、紅く光る刀身の腹で雷の槍を受け止める。剣を構える両腕に強烈な衝撃が走るが、《魔道士殺し》は彼の胸を貫かせることなく雷槍を凌ぎ切った。
「【踊れ氷霊・雪原を吹き荒れるは・白銀の風なり】」
第一射を防がれるも、白外套は動じることなく次の魔法を詠唱し始める。同時に、待機していた剣持ちの白外套も魔法詠唱者の邪魔にならないようアクト目掛けて走り出す。
「フッ!」
アクトは臆することなく銀の魔力光を放出し、床を蹴って一気に加速する。そして発動する氷結《銀氷乱舞》、ゲートから血液すら凍り付かせる極低温の吹雪と、それによって生じる氷の礫が同時に放出されアクトに迫るが――
「今ッ!」
疾走するアクトの前方に光輝く魔法障壁が展開され、吹雪と激しくせめぎ合う。詠唱を終えて発動待機していたリネアの《守護光壁》。
「【走れ疾き雷獣よ・汝が過ぎ去りしは・電光の足跡】ッ!」
障壁でアクトが猛烈な吹雪をやり過ごした後、コロナは指示通り雷撃《雷獣光跡》を発動、床に形成されたゲートから放出された雷が彼だけを避けながら放射状に迸り、白外套達を巻き込む。
「「……!」」
学生が扱う初等魔法の中では威力が高めとはいえ、強固な耐魔法装備に身を包んだ白外套達を倒すには至らない。精々が痺れさせる程度の物だ。だが、アクトは見抜いていた。この連中にとって、雷撃系統の魔法は威力以上に致命的な弱点になると。
「サンキュー二人共! ……五之秘剣――《迅風閃》ッ!」
二人に向けて礼を言ったアクトは剣を右腰下段に構え、体勢を一気に低くして奴らに肉薄する。間一髪麻痺から解放された白外套達は無茶苦茶な太刀筋で彼を上から斬り落とさんと乾竹割りを繰り出すが、
「テメェらとは剣すら合わせてやるかよ」
ヒュンッ――シュパッ!
それはまるで、吹き抜ける一陣の突風だった。白外套達が剣を振り下ろした瞬間、再加速を残していたアクトは奴らの腰の辺りで間隙を縫うように床を蹴って交錯、奴らの攻撃を抜けてその後ろに控えている魔法詠唱者の元へ一直線に駆け抜けた。直後、剣持ち達の腰から、真っ赤な鮮血が噴き出した。
五之秘剣《迅風閃》――ギリギリまで自分の間合いまで引き付けた相手を魔力放出による急加速ですり抜け、すれ違い様に相手の体を薙ぐという対軍・対集団相手に有効な秘剣の一つだ。
「とりあえず、テメェは寝てろ」
すれ違い様に高速の二連撃で剣持ちを斬り伏せたアクトは魔法詠唱者の白外套にゼロ距離まで接近し、魔力放出で強化された強烈な回し蹴りをお見舞いした。蹴りを顔面に受けた白外套は大きく吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドしまくって動かなくなった。
「やり過ぎたか? まぁ、元々廃人だからそんなの関係無い……ッ!?」
その時、アクトは自分の背筋に悪寒が走るのを感じた。いや、正確には彼に向けられた物では無い。その矛先は、彼が最優先で守るべき二人の少女に向けて……!
「二人共ーーッ!! 後ろだーーッ!」
「「「――ッ!?」」」
アクトが振り返って叫びと同時に、四人目の敵は突如、後方に居るコロナ達の傍に現れた。現れたのは他の連中と同じ姿をした剣持ちの白外套だったが、あの距離で近接攻撃の手段を持たない彼女達に迎撃する術は無い……! ならばと、彼は命じた。自分が契約した上位精霊に……!
「エクスゥウウウーーーッ!」
「【剣よ・斬り裂け】」
主の命に、契約精霊は瞬時に応じる。今正に、白外套が一番近くに居たコロナを斬り殺さんと鋭き白刃を振り下ろそうとその時、
ヒュパッ!
「……え!?」
突如、何か見えない刃に斬り裂かれたように白外套は胴体から激しく血を撒き散らした。だが、白外套は止まらない。白い衣装を血で真っ赤に汚しながらも、その虚ろな瞳でじっ、とコロナを見据え、白刃を振り下ろさんとする。
「うおおおおおッ!!」
アクトは渾身の気合と共にアロンダイトを投擲、風を切って宙を駆けた剣はコロナとリネアの頬を掠め、白外套の胸に見事に突き刺さり……その命を完全に絶った。衝撃でフードが脱げ、白外套――名も知れぬ男性から溢れ出る鮮血がコロナの髪・肌・服にべっとりと付き、彼女が持つ「赤」のイメージをより増長させた。
「はあ、はあ、はあ、間に合ったか……ッ!?」
まだだ、テロリスト共の抵抗はまだ終わらない。コロナの無事を確認したアクトが一息ついたその直後、先程彼が斬った剣持ちの白外套達が音も無く起き上がったのだ。腰の辺りからはとめどなく血が溢れ続け、とても動ける状態では無い筈なのだが、奴らは感情の籠らない虚ろな瞳で彼の姿を認識すると、一斉に剣で襲い掛かる……!
「くっ、剣が……なら、【第二深域解放・縛より解き放たれしは・理より外れし下法・我は鋼鉄の威を体現せし・堅固なる怪物なり】ッ!」
迎え撃とうにもアロンダイトは放り投げて手元には無い。二方面から思いのほか悪くない筋の通った太刀筋で振るわれる剣を何とか躱しながら、アクトは呪文を唱える。その間にも白外套達は問答無用に襲い掛かり……ある時生じた彼の致命的な隙を逃さず、彼に凶刃を振るうが、
ガキンッ!
甲高い金属音と共に、寸での所で交差された彼の両腕に阻まれた。白外套達の刃は確かにアクトの腕を捉えたものの、制服の裾を斬り裂いただけでそれ以上刃は進まず、肉を裂き骨を砕くことも無かった。見れば、斬り裂かれた裾の中からはアクトの光沢のある肌が露になる。
「はぁあああああああッ!」
魔力を全力放出して二振りの白刃を押し返したアクトは、その勢いで白外套達から剣を奪い取ると、逆に二つの胴を深々と斬り裂いた。勢いよく吹き出る赤の鮮血が白一色の衣装を真っ赤に染め、返り血が彼の体を更に汚す。急所に近い場所を二ヶ所も切られた白外套達はその場に倒れ伏せると……今度こそ、そのまま動かなくなった。
「はあ、はあ……クソッ、致命傷を与えないように斬ったつもりが、それが逆に仇になっちまったか……」
アクトが一息つくと、発動していた道術「鋼体法・黒鉄」の効力が切れ、光沢のあった肌が元に戻っていく。「鋼体法」は文字通り、肉体を一時的に金属のように硬化させる魔法だ。「鬼人法」や「神足法」のような筋肉や骨格を強化する物ではなく、体そのものを作り変える為、消耗具合が一番高い緊急防御手段となっている。
「……すまねぇ。俺の至らなさが結果的にお前らの命を奪ってしまった。許せとは言わねえ。精々、地獄か天国で俺の事を呪ってくれ。俺も直にそっちへ行くだろうからさ……」
――一方、アクトが二人の命を奪った頃、コロナは突如訪れた死の気配に戦慄していた。恐らく主人であるアクトの指示で動いたであろうエクスの助けが無ければ、今頃どうなっていた事か……
「大丈夫コロナ!?」
「はあ、はあ……だ、大丈夫。今のは、エクスが守ってくれたの?」
「はい。私の権能の一つである『剣』の概念を使い、『切断』の因果をこの者に与えました。止めはマスターが刺されたようですが、ご無事で何よりです」
「え? あ、うん、ありがとう。助かったわ」
思わずその場にへたり込んだコロナの問いに、エクスは淡々と答える。何やら魔道士としては聞き捨てならない単語が幾つか聞こえたが、まさかこの精霊が自分の身を案じてくれるとは思っていなかったらしく、コロナは一瞬きょとんとする。
「全員、無事か?」
「ええ、何とかね……っ」
「うん! アクト君も無事で……っ」
そんな彼女たちの元に、全身血まみれとなったアクトが歩み寄って来る。コロナ達が明るく迎えようとするが、彼の姿を見てその表情を少し暗くする。思う所があるのだろう、それ以上二人が何かを言うことは無かった。
「エクスも大手柄だな。流石、俺の契約精霊だ」
「光栄ですマスター。私も、初めて貴方のお役に立てて嬉しく思います」
「何言ってんだ。何時も助かってるよ……って、こんなに血だらけの手じゃ嫌だよな」
つい何時もの癖でエクスの銀髪を撫でようとするアクトだったが、手にべっとりとついた血を見て苦笑を浮かべる。明らかに軽く引かれているコロナ達の反応も相まって何とも言えぬ居心地の悪さだった。
「構いません。どれだけ血に塗れていようと、マスターの手は暖かいのですよ」
「……そっか。まあ、気持ちだけ受け取っておくよ。そっちの二人も、これから作戦会議するからこっちに来てくれ」
――そんな訳で、過ぎた事は過ぎた事として、一行は再びこれからの行動指針を練り直すことにした。追求も糾弾も批難も全て受け止める。だから、今だけはこの地獄を生き残る為に誰もが最善と全力を尽くすのだ。
「……さて、これで八人のルクセリオン構成員を倒した俺達だが、目標を変更したいと思う」
「え? 生き残りの生徒を集めながら演習場に行くんじゃないの? そろそろ休憩しないと、アンタも含めて、アタシ達そろそろ限界よ?」
「ああ。可能ならば勿論その手もあるだろうが、最優先で解決しなければならない問題がある。それは勿論、学院を覆ってるっていう結界をぶち壊す事だ」
内部からの脱出は不可能。その上、周囲からも認識偽装で見えないとなると、助けが来るのはまだまだ先の話になるだろう。今日が大半の生徒が休校なのが幸いしてまだ被害は軽微だろうが、相手の人数が分からない以上、下手な籠城は命取りになる。
「それが出来ないから苦労してるんじゃない。結界を解呪するにしても、防衛陣地に居る先生達の手助けは必須、やっぱり演習場に行くべきなんじゃないの?」
あくまで退避場所に行く事を優先するコロナ。それは隣で事の成り行きを見守っているリネアも同意見だった。一度休息をとらなければ、いざという時に疲労で致命的な隙を晒しかねないと考えての判断だ。だが、アクトはあくまで結界の排除を優先させようとする。それには明確な理由があった。
「結界は破れない、か。けどな、さっきのセンパイの話で一つ明らかになった目標があるぜ。上手く行けば、学院を覆っているっていう結界を無力化出来るかもしれないぞ」
「「え!? あるの!?」」
意味ありげな言葉を並べるアクトに二人娘が驚く。確かに、目下最大の脅威である断絶結界を速やかに打ち破ることが出来たならば、事態は一気に好転するだろう。
「良いか? この学院襲撃の要になるモノ……それは、エレオノーラだ」
「学院長が?」
「ああ。考えてもみろよ。大陸にその名を轟かせる世界最高峰の魔道士・エレオノーラ=フィフス=セレンシア、そんなヤバい奴が守ってるような鉄壁の城に攻め入る馬鹿が居るかよ。ましてや相手はルクセリオン、帝国政府や帝国軍がずっと煮え湯を飲まされてきたテロリスト集団がそんなリスキーな真似しねえよ。コイツらは言わば、城主のエレオノーラが留守の間に入った城荒らしなんだ」
確かにそうだと納得する二人娘。今まで自分達を幾度も襲って来た白外套も脅威と言えば脅威だが、エレオノーラが相手ならば分が悪い……というか、絶対に勝てない。
「……それで、学院長が不在なのがどういう事なの?」
「簡単な話だぜ、リネア。学院一つを丸々覆える程の大結界にあのエレオノーラが気付かない訳が無い。つまりこの結界は、エレオノーラが出張で帝都に出向いてる間に仕掛けられた物って事だ。これは法陣構築における基礎中だが……起動する法陣が大規模な物であればある程、それを維持する為の消費魔力、術式制御も馬鹿にならなくなってくる。元々、一個人で起動出来たり、遠隔起動出来たりするような使い勝手の良い代物じゃ無いんだよ」
「……まさか!」
真相に気付いたらしいコロナが驚いたように叫ぶ。断絶結界はあらゆる物の侵入を防ぐ。中には勿論、魔力のような霊的な力も含まれる。遠くから一方的に操ることが出来ないのらば、答えは一つだ。
「ああ……居るぜ。奴らの仲間の中にこの学院に留まって結界を維持してる術者がな。しかも、そいつは足りない魔力を補う為に太い霊脈が通っている場所の近くに居る筈だ。そこまで行き着けば、後はおおよその場所は絞り込めるって寸法だ」
その術者を制圧するこちが出来れば膨大な時間も手間もかからずに結界を解呪することが出来る。そうすれば学院から脱出出来る上に外から助けも呼ぶことが出来る。正に、この最悪な状況を引っ繰り返す起死回生の一手だ。しかも、その場所についてコロナはおおよその見当が付いていたのだ。
「アタシ、一つ心当たりがあるわ!」
「何? 何処だ?」
「……コロナ! もしかして……」
「ええ。絶対って言い切れはしないけど、可能性としては限りなく高いわ。それは――」
コロナがその場所の名を告げようとしたその時だった。
「残念ですが、その目論見を許容する訳にはいきませんね」
「「「「――ッ!??」」」」
リネアの索敵にも引っ掛からず、男は立っていた。白外套とは真逆の、ボロボロの漆黒の外套を纏った幽鬼のような出で立ち、以前は暗がりで顔すらまともに顔すら認識出来なかったが、黒いフードの奥には一筋の不気味な笑みが浮かんでいる。更に、腰にはもう隠す気も無いのか、無骨な鞘に挿された精霊武具――魔剣。
「やあ、アクト君。二日ぶりですね。どうです? 僕達が用意した‟素敵な事”は楽しんでいただけていますか?」
「お前は……ヴァイス!」
アクト=セレンシアが全力を尽くして倒すべき宿敵が、其処には居た。
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