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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
4章 若き魔道士の祭典編(上) ~始まりの祭典~
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111話 因縁、来たる


 その後、いくつか情報交換と連絡手段の確認を行い、ひとまず本日の打ち合わせは終了となった。


 アクトとしては偵察に出ているらしい他の団員とも話しておきたいところだったが、今は嘘をついてメンバーと別行動をとっている状態。


 帰りが遅くなってバレれば後で色々と面倒だし、そうなる前に戻らなければならない……何より、様々な理由でセオドラと二人きりでいる時間にもそろそろ我慢の限界が訪れていた。


 故に、アクトは早々に話を切り上げ、屋敷を去ろうとするのだった。


「……アクト君」


 必要な情報交換も終わり、部屋を出ていこうとアクトがドアノブに手をかけた直後。丁度、引き留めるようなタイミングでその背中にセオドラの声が浴びせられる。


 扉の方を向いているアクトからは顔が見えないが、先刻の打ち合わせ(仕事)をしている時のきりっとした声音は、久方ぶりの再会を果たした時の穏やかでどこか活力の抜けた声音に戻っていた。


 まるで、「黒の剣団」団長という立場からセオドラ=ベルムートという一人の人間に戻ったように。


「最後に一つ、聞いて良いかい?」

「……」

 

 アクトは何も答えない。


 ただ、ドアノブに触れる手の力を僅かに抜き、背を向けたまま彼女の言葉に耳を傾けるのだった。


「アクト君、君は――」


 それは、確かめようとしても聞けずにいた一つの疑問。


 再会してから聞くタイミングは何度もあった。だが、過去の呪縛から解き放たれ、未来に向けて歩み始めた少年をまた苦しめる事になるのではないかと、心の底へ押し込めようとしていた。

 

 それでも……やはり、確かめずにはいられなかった。扉の前で佇むアクトの態度を肯定と受け取り、セオドラは意を決して何かを言おうと口を開きかけ――


「——いや、何でもない。『若き魔道士の祭典』での活躍、楽しみにしているよ」


 駄目だ――心の底より漏れ出ようとした言葉を、衝動を、理性で無理矢理に呑み込んだ。


 代わりに吐き出されてきたのは、呆れる程に淡白な激励の言葉だけ。過去(自分)未来(アクト)の足を引っ張ってはならない、そうして踏み止まれた事に、セオドラは珍しく自分を褒めるのだった。


 ……されど、意味などなかった。セオドラが自分を呼び止めた時点で、このようなシチュエーションになった時点で、アクトは彼女が何を聞きたかったのを全て察していたから。


 あまりにも歪な以心伝心を以て。


「……あぁ、ありがとな」


 ほんの一瞬、ほんの僅かな間、アクトはセオドラの方へ振り向いた。そして、彼女の作られた笑みの裏に隠れた感情――痛々しい程の悲哀をはっきりと瞳に映し、今度こそ部屋を出ていく。


 かくして、団長と少年は互いに煮え切らないまま溝を残し、三年ぶりの再会を果たすのであった。



◆◇◆◇◆◇

 


 南西部の旧開発区から競技場やホテルがある北部まではそれなりに距離があるため、アクトが徒歩で戻ってくる頃には陽もすっかり傾き始めようとしていた。


 他のメンバーと合流すべく、アクトはホテルへ戻らずに前を通り過ぎ、そのまま競技場へ足を運ぶ。すると、競技場の方へ近付くにつれ、アクトが向かうのとは逆方向の人の流れがぽつぽつと現れ始めた。


 年齢も身分もバラバラ、興奮した様子で何事かを話しながら歩く者が殆どを占めるが、街路中央を馬車で颯爽と走り去っていく者も居る……言うまでもなく、「若き魔道士の祭典」の観客達だ。


 どうやら二日目の試合が全て終了した後らしく、観客達が帰路につこうとしているのだ。


「アクト君ー!」


 その流れに逆らって競技場に辿り着くと、競技場外周部の自然公園の方から少年の名を呼ぶ声が上がった。


 反射的にアクトが声のする方を向くと、未だ大勢の人々が引き上げる最中で混雑している中から目敏く彼を発見したのは、リネアとアイリスだ。二人は公園内の手近なベンチに腰掛け、アクトへ手招きをしていた。


 景観保全と試合観戦を兼ねて整備された自然公園は、緑豊かな木々が立ち並ぶ中にしっかりした舗装道路が敷かれている。いたるところに設置されたベンチや東屋の近くには投影映像が映し出され、競技場内の様子を中継していた。

 

「先輩、身体は大丈夫なんですか?」

「ああ、もう元通りだ。心配かけて悪かったな」

「よかった……先輩は皆のために無茶ばかりする人だから、本当に心配してたんです……」


 疲労が抜け切られない云々の話は真っ赤な嘘なのだが、合流して早々アクトの体調を気遣ってくるのはアイリス。


 こ、心が痛い――事情があったとはいえ、純粋で健気な後輩の少女を騙してしまった事実に、アクトは自身の胸のチクリとした痛みをはっきり自覚するのだった。


「ご、ゴホン……てな訳で、体調も戻ったから少しでも試合を観ときたかったんだが、この様子じゃちょっと遅かったみたいだな」

「うん、ついさっき第十六試合が終わって、私達も今出て来たところなの」

「それで、どんな感じだったんだ?」

「チーム『賢しき智慧梟の魔道士(オウル・ウィザード)』は『探淵の派閥』の一軍チーム相手に余裕の勝利、ツバキさんとテンコさん達の『剣妖万華』も強豪校を危なげなく下して突破。後は……エリネイス魔法学院の『法歌の聖戦隊(クリュセ・スクワイヤ)』も二回戦進出だよ」


 他のチームの結果が気にかかっていたアクトの問いには、試合結果をメモしていたリネアが内容も含めて事細かく伝えた。


「流石は大会二連覇のチーム、だな。これでウチの代表はどっちも無事に勝ち上がったって訳か」

「そうだね。今年はリーダーだった生徒会長さんが抜けてるのにその穴をまるで感じさせないし、二コラ君も初めての大舞台の上でもしっかり実力を発揮していたよ」

「あれだけ強い先輩方が一回戦なんかで負ける姿は想像出来ないですけど……校内選抜戦の時よりも強くなっている感じさえしましたね」


 想定外の戦闘に巻き込まれたアクトを除き、実際に校内選抜戦決勝を争った身として、リネアもアイリスも「賢しき智慧梟」の実力はよく知っている。確かに、自分達以外のチームが彼らを倒すイメージはあまり湧かなかった。


 他にも、一日目に勝ち上がった帝国軍士官学校同様、交流会でチーム「奇なりし絆縁ストレンジ・フェイター」と絡みがあった者達も軒並み二回戦進出を果たしたようだ。


「そういえば、コロナとローレンの奴はどこに行ったんだ?」

「二人は大会運営本部へ向かったよ。さっき一回戦で勝ったチームが全員集められて、二回戦の対戦相手の組み分けと競技種目の発表があったの」


 一回戦では自分達の番が回ってきた際に競技種目が発表されたが、二回戦からはくじ引きによる対戦相手の決定と同時に競技種目が発表されることになる。対戦前に十分な準備と作戦会議の猶予を与えることで、より高度な試合を実現させる狙いだ。

 

「そろそろ帰ってきても良い時間だと思うけど……あ、噂をすれば、だね」


 リネアが視線を向ける方へアクトが振り返ると、丁度、ようやく人混みが掃けつつある競技場正面ゲートから出てくるコロナとローレンの姿が見えた。


 ……ただ、どこか様子がおかしい。両者共に遠目からでも分かる程に浮かない顔をしており、とぼとぼとアクト達の元に歩いてくる。


 落ち込んでいると言うよりかは、何か嫌な出来事に遭遇した後のようだ。


「アクト……身体は大丈夫なの?」

「問題ない。万全に戦れるぜ」

「なら良いわ」


 合流して早々、短い会話を交わすアクトとコロナ。傍目から見ればかなり淡白なやり取りではあるが、この二人であればこれくらいで丁度良い。


 日常では喧嘩と口論の絶えない二人も、闘争の場においては途端に口数が減るようになる。多くの言葉で互いを気遣う必要が無いくらい、確かな信頼関係があるからである。


「で、次の競技内容と対戦相手は?」

「それは……」


 次に倒すべき敵が判明したのであれば、コロナなら溢れんばかりの闘志を燃やしまくり、ローレンならその明晰な頭脳を以てチームを勝利に導く策を練っている頃合いだ。


 しかし、二人の反応はどうにも歯切れが悪く、返答もはっきりしないものだった。 


(……ん?)


 すると、アクトは先程からコロナが目線でチラチラとローレンの顔色を頻繁に窺っている事に気付く。この明らかな挙動不審も彼女の影響によるものなのか。


 当の本人はと言えば、曇った顔に申し訳程度の平静さを貼り付けて隠してはいるが、どう見ても本調子ではない。迷いや葛藤、様々な感情の揺らぎがはっきりと見て取れた。


(なるほど、妙な反応の原因はローレンの方か。状況から察するに、ローレンにとって苦手な競技種目か対戦相手でも選ばれたってところか……対戦相手?)

 

 ローレンが浮かべる深刻な表情に潜むモノ――時折、彼女が自分達に晒してきた、過去にまつわる苦悩から珍しく勘を働かせたアクトは、ある一つの可能性に思い至る。


 ほんのつい最近、それが原因で騒動を引き起こしかけたのだから。


「……おい。まさか」

「……えぇ、そのまさかよ。アタシ達の次の対戦相手は――」


 アクトが事情を察した事を察したのか、コロナは観念したようにローレンに代わって重々しくその口を開いた。



◆◇◆◇◆◇



「——まさか、もうローレンのチームと戦う事になるとはな」


 半刻後。「若き魔道士の祭典」参加者達が拠点としているホテルの五階廊下を、自室を目指してずかずかと歩く一団が居た。


 軍の士官制服に身を包み、その若さながら隙の無い立ち居振る舞いの少年少女――チーム「奇なりし絆縁」の二回戦の対戦相手である帝国軍士官学校の面々だ。


「アイツとの決着は決勝戦まで取っておきたかったんだが、仕方ないか。まぁ、当たった以上は全力でぶっ潰すだけだぜ」


 チームリーダーを務める逆立てた茶髪の候補生――エドガー=ヘンリネスは後頭部を後ろ手に組みながら一行の先頭を練り歩いていた。


 その脳裏に想起されるのは、二日前の交流会における再会と騒動。士官学校特別課程出身の魔道士が「若き魔道士の祭典」に出場しているという噂はエドガーの耳にも入っており、それがローレンの事だと知った時には大いに驚いたものだ。


 特別課程時代、同期の中では常にトップの成績を取り続けてきた両者。表面的には落ち着き払っていながらも、来たる因縁の少女との対決を前に隠し切れない闘志が溢れ出ていた。


「熱くなるな。相手が誰であろうと関係無い。俺達は軍人として戦うだけだ」


 そんなエドガーを後ろから諫めるのは、同年代ではかなりがっしりしている筈の彼より二回りは大柄な巨漢だ。 


 顔付きはとてもエドガーと一、二歳程度しか離れていないとは思えず、軍服をはち切れんばかりに主張する肉体はまさに鋼の如し。


 巌、という表現が相応しく、彼の存在そのものを構成する情報量が他の者とは根底から違っていた。


「んな事言ってよ、セルゲイ。お前だって、個人戦ならともかく集団戦じゃ散々ローレンに良いようにされてきたクチじゃねえか」

「……否定はしない。俺個人としては、ローレンには興味がある……正確には、軍を抜けた後の彼女の力を、だが」


 セルゲイ、と呼ばれた男の言葉を聞いた途端、突如としてエドガーの足が止まる。先頭が止まったのを受けて他のメンバーも足を止め、一様に疑問の視線をエドガーへ飛ばす。


「あれから約二年。俺達も厳しい訓練をくぐり抜けてきたが、彼女もまた、一段と腕を上げていたな。どうやら、軍を抜けて腑抜けになっていた訳ではないらしい」


 今日で一回戦の全試合が終了した訳だが、その中で最も観客や出場選手達の話題を攫ったのは、一日目の一回戦。初日の初っ端からチーム「奇なりし絆縁」が打ち立てた会心の偉業についてだった。


 大会競技種目の過酷さで一、二を争う「伏魔迷宮」の最上階に座する「迷宮の主」を討伐したという事実は当事者達が思っている以上に影響が大きい。見所のある試合も他に幾つかあったが、インパクトという点ではやはりあの試合に勝るものはなかった。


 観客達は皆、期待しているのだ。あのチームは次の試合では一体、どのような活躍を見せてくれるのかと。


「エドガー、特別課程時代からお前とは長い付き合いだ。勿論、ローレンの事もよく知っている……だからこそだ。あの時はお前に合わせることにしたが、何故、交流会であんなにローレンへ強く当たったんだ?」

「……」


 セルゲイの問いに、エドガーは何も答えない。顔を見せないよう進行方向を向いたまま押し黙るだけだった。


「もー、セルゲイったら。そんなの決まってるじゃないの」

「だねー。戦い方だけじゃなくて、そういう心の機微なんかも察せるようにならないと」


 そんな二人の会話に口を挟んだのは、彼らのさらに後を付いてきていた非常に似た顔付きの少女二人だ。ただ、顔付きは同じでも雰囲気はそれぞれ異なっている。


 一人は手入れの行き届いた金の長髪を一つに留めて垂らし、背は片方と比べると僅かに大きく、大人びた雰囲気だ。そして、落ち着いた相貌に潜む悪戯っ子のような茶目っ気が、さらに魅力を増幅させる。


 もう一人は同じ色の短髪が首回りで綺麗に整えられており、見る者に快活で人懐っこい印象を与えるが、くりっとした目に込められた強烈な闘志と負けん気がジリジリと伝わってくる。 


 方向性は違えど、どちらも美少女には違いない。


「むっ……では、何だというのだ?」

「流石にデリカシーが無いから直接は言わないよ。まぁ、一つ言えるのは……エドガーってば、昔からローレンの事になるとムキになるよね。そういうの何て言うんだっけ、ロビン?」

「そういうのを『ツンデレ』って言うのよ、フッド」

「おいそこのバカ姉妹、うるせえぞ!!」


 くすくすと笑ってからかってくる少女達に、エドガーは思わずカッと顔を真っ赤にし、怒鳴りながら振り返る。


「えーだって、交流会でエドガーがした事ってさ、好きな子の気を引きたくて悪戯したい思春期の男の子の思考そのまんまでしょ? 私達も付き合いだけは長いんだから、それくらい分かるわよ」

「違うわ!」


 ロビンと呼ばれた少女の言を、エドガーはあくまでも否定する。


 その後も廊下のど真ん中で茶番もとい熾烈なやり取りが行われたが、完全にペースは少女達の方にあった。


「ったく……惚れた腫れたの問題じゃねえよ。俺は……ただ、気に入らなかっただけだよ。くっだらねえ悪評に潰されて燻って、軍を逃げ出したアイツの事がな」

「悪評って……あの"事故”の噂?」


 しつこくからかってくる姉妹を鬱陶しそうに振り払うと、エドガーは表情に出していた怒りをふっ、と消し去り、代わりに己が心の内に怒りの炎を再燃させる。その矛先は姉妹――ではなく、今此処には居ない青髪の少女だった。

 

 それは、約三年前。士官学校と正規軍の合同軍事演習中に発生したとある事故。軍上層部をも巻き込んだ悲劇として当時は新聞などでも大きく取り上げられたが、大衆で未だ記憶に留めている者は殆どいないだろう。


 所詮は自分達とは無縁な別世界の出来事。世間手的にはその程度の認識……しかし、軍内部においてその事故の話題について触れるのは、暗黙の禁句(タブー)となっていたのだった。


「あれについて詳しく知ってるのは、軍上層部と巻き込まれた一部の班の人だけ。別行動をとっていた私達は運よく被害を免れた……でも、それでローレンは……」


 静かなる怒りを燃やしながら、深刻そうな表情を浮かべるエドガー。対するロビンもおどけた態度を引っ込め、士官学校時代に良き話し相手となってくれていた少女の当時を振り返る。


 件の"事故”の原因は、ローレン=A=フェルグラントである――今となっては出所など分からないが、しばらく経った後、そんな根も葉も無い噂がどこからともなく士官学校内を流れ始めたのだ。


 本人の能力の高さもさることながら、エリート軍人の家系であるフェルグラントに妬みや嫉み、あるいは憎悪を向ける者も少なくない。多数の死傷者を出した"事故”の規模も合わさり、当時のローレンに対する風当たりは相当なものだった。


 このまま放置しておけば、いずれはローレン自身からフェルグラントそのものが批難の的になる恐れがある。実際に本人の口から聞かされていなくとも、彼女が火消しのために家の意向によって士官学校を離れることになったのは明白だった。


「彼女はフェルグラント、軍のトップに立つ一族の人間だ。急に士官学校からガラード帝国魔法学院に飛ばされたのには、家の圧力が働いていた筈だ。それでローレンを逃げ出したと責めるのは筋違いではないのか?」

「そうだよ。同期の中にも、ローレンの事を悪く言う人はまだ居るけど、あの子があんな事をする訳ないよ。先ずは事情を聞いてからでもよかったんじゃないの?」


 セルゲイとロビンが口々にローレンを擁護するが、そこじゃねえよ、とエドガーは頭を振った。


「違うんだよ。俺が言う逃げたってのは……あの後、何も言わずに俺達の前から消えた事だ」

「……!」

「ローレンがあんな事故を起こす訳が無い、だと? んな事分かってんだよ。俺が気に入らないのは……アイツが、俺達を頼ってくれなかった事だ」


 家の格は天と地ほども離れているが、士官学校の特別課程時代からエドガーとローレンは幾度もぶつかってきた。時には同期トップの座を争うライバルとして。時には背中を預けて共に戦う仲間として。


 友人、と呼べるような気軽な関係ではなかったかもしれない。だが、自分達は友人などよりも遥かに固い絆で結ばれた関係――戦友であったと、少なくともエドガーはそう思っていた。


「大方、俺達の態度が変わるのが怖かったのか、あるいは俺達を巻き込みたくなかったんだろうが……あれぐらいで、俺達が見る目を変えたりするもんかよ。舐めんなっての」

「……うん、そうだね。確かに、ローレンは随分と私達を見くびってたんだなって考えると、少し腹が立ってくるね。ほんの少し、ほんの少しでも私達を信じて頼ってくれたら……」


 今よりは少しだけマシな未来が作り出せていたかもしれない。エドガーほどではないにせよ、ローレンと確かな絆を築けていたと信じているロビンは、くすりと笑みを零した。


(だが、もう遅い。お互いに道を違え、随分遠い所まで来ちまった……だからこそ)


 自分でも性格は悪いと思っている。禁句である"あの事故”をわざわざ引き合いに出し、ローレンの意識は必要以上に自分へ向けさせた。あそこまで激情に駆られて牙を剥いてくるのは流石に予想外だったが。


 軍を離れて腑抜けになったローレンを奮起させ、そんな彼女をさらに上から叩き潰す。士官学校時代の自分達の因縁を全て清算し、超克の礎とする。それこそがエドガーの望みだった。


(喧嘩も売ったし、侮辱もした。そこは後で謝らねえといけねえな――だが、全ては次の試合に勝ってからだ)


 気持ちを切り替えたエドガーは、チームメイトに向き直って一人一人の顔をしっかりと確かめて言った。


「お前らも分かっただろうが、俺達の予想を裏切り、ローレンはとんでもなく強くなってた。それに、一回戦の戦いぶりを見た限り、他の連中も尋常じゃねえ。しかも、俺達の大体の手の内は割れてるに違いない」

「だろうな。事前情報ではこちらが圧倒的に不利、肝心の競技も残念ながら俺達に有利に働くような物ではなかった」

 

 当時より実力は遥かに上がっているとはいえ、自分達の基本的な戦闘スタイルは当時とそう大きく変わってはいない。苦戦は必至であると、セルゲイが同意する。 


 一筋縄ではいかない。このまま漫然と戦いに臨めば敗色濃厚。あの才媛が導き出す策謀の糸に絡めとられてお終いだ。


「だから、こっちもローレンが想定していない札を切る」


 そう言って、エドガーは一行の最後尾を歩いていた眼帯の少女に視線を移す。


 このチームの内、特別課程時代のローレンの知り合いは四人。とある理由によって一般課程から軍学校に入ってきたこの少女だけは、ローレンとの面識が無い。


「エーディン。一回戦は温存出来たが、早々にお前の力を使う事になるかもしれない。ローレンの虚をつくことが出来るとすれば、アイツが知らないお前の"眼”が最も効果的だ。いけるな?」

「……了解、隊長。私の力、存分に使い倒して」


 チームを組んで日は浅くとも、他のメンバーと同等の信頼を向けるエドガーに、少女はボサボサに伸び切った白髪の切れ目から紫紺の瞳を覗かせ、静かに頷くのだった。


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