108話 インターミッション①
「若き魔道士の祭典」一回戦第一試合決着――その瞬間に会場を揺るがした歓声は、まさに音の洪水だった。
競技内容が決まった当初、会場の殆どの者達の意見は一致していた。片や、全員が大会初出場のぽっと出チーム。片や、魔獣狩り専門ギルドの派生チーム。試合結果など初めから分かり切っている。
故に、賭けを成立させる余地もなく、チーム「獣狩リノ導師」の勝利は固いと信じて疑わなかった……しかし、いざ蓋を開けてみればどうだ。
これまでの定石を無視した迷宮の電撃速攻。いっそ爽快ですらあった次々と魔獣を蹴散らす会敵瞬殺の早業。さらには常識外れの奇策による相手チームへの大規模攪乱。そして、魔殿の君主の完全討伐による大逆転劇。
そのどれもが何度も観客達の度肝を抜き、当事者達は知る由も無いが、試合開始から会場の熱気は常に最高潮だった。
迷宮の主撃破という若き魔道士の祭典の歴史でも非情に稀な快挙の瞬間を己が眼に焼き付けた観客達は、「伏魔迷宮」を戦い抜いた彼らの雄姿を忘れはしないだろう。
それと同時に、この試合を観戦していた他の選手達は理解した。彼らが大会二連覇者であるチーム「賢しき智慧梟の魔道士」を下して予選一位枠として勝ち上がってきたのは、ただのまぐれなどではないと。
チーム「奇なりし絆縁」は正真正銘、確固とした実力を持つ紛うことなき強敵であると。
「あんなに激しい戦いだったのに、皆、大した怪我がなくてよかったね」
「はい、二回戦までには万全な状態に戻せそうで何よりです」
という訳で、見事一回戦を勝ち上がった「奇なりし絆縁」の面々はそれぞれ治療を終え、選手専用の観戦席に向けて移動していた。
「あー疲れた…………」
怪我や体力は魔法で融通が利くが、魔力だけは如何ともしがたい。全員が激しく消耗している中、恐らくチーム内で最も消耗したでだろうアクトは、戦闘時の興奮状態が解けたことで、強烈な魔力欠乏の虚脱感に襲われていた。
「内心だと結構冷や冷やしてたんだぜ? あんな博打みたいな作戦はこれっきりにしてくれよ」
「確かに、一回戦からあんなに苦労するとはね。先が思いやられるわ……」
傍から見れば、先程の試合は大方の予想を覆したさぞ痛快な逆転劇に映った筈だ。だが、あれがどれだけ脆い薄氷の上に成り立った勝利であったかを知る者は少ないだろう。
アクトが先陣を切って魔獣を相手取らなければ、迷宮を爆速で進むことは出来なかった。
コロナの強力な魔法による制圧能力がなければ、いずれどん詰まりになってやはり足を止められていた。
リネアの的確な支援と索敵がなければ、魔獣を効率よく処理、相手チームへ誘導することは出来なかった。
アイリスが陣形の側面で奇襲を警戒していなければ、大きな被害を被っていた可能性があった。
ローレンが居なければ、そもそも作戦自体が早期に破綻していた。
誰が欠けても、誰が転んでも、勝利はなかった。そういう意味では、あの作戦は大博打以外の何物でもなかったと言える。
「善処はするわ。けど、正攻法で挑んでも勝ちの目は薄かった。私は、あれが最も成功率の高かった作戦だったと確信してる。もし、これからの試合で一筋縄ではいかない相手と当たった時は……また、賭けに走らざるを得ないかもしれないわ」
所々尖ってはいるが、曲がりにも自分達は学生離れした実力を持っているという自負はある。それを以てしても苦戦したという事実に、彼らは選手のレベルよりも競技そのものに対する認識の甘さを痛感させられた。
全てを賭さねば勝ち上がれない。次なる戦いに備え、それぞれが気を引き締め直すのだった。
◆◇◆◇◆◇
「……まぁ、そりゃ注目されるよな」
部外者は立ち入り禁止の選手控え室からエントランスホールに出た一行は、競技場内をごった返す人々から大量の視線の歓迎を浴びることになった。
今しがた歴史的快挙と言うべき大活躍を果たしたばかりの彼らに向けられる感情は様々だ。
一般客からは物珍しさから来る興味や好奇心を。同じ出場選手からは今大会一番の無名の番狂わせとなり得る存在への対抗心を。
ただ、あの試合を見た後では実力を疑う猜疑心や敵愾心といった悪感情はなく、どれもが真っすぐな熱を帯びた心地の良いものだった。
全員、今更この程度の注目で臆するような器ではないため、一行がそれらの視線を華麗にスルーして選手専用観戦席に向かおうとすると、
「あ、居た居た! 先輩ぃー!」
雑踏を強引に掻き分け、人混みの中から二人の男女が歩み寄って来た。
一人は左頬に大きな傷が入った野性味を感じさせる茶髪の少年、一人はポニーテールの金髪を揺らす小柄で人懐っこそうな少女。両者共にいつもの学院制服ではなくラフな私服姿であり、学院外で遊んだ事が無いのもあって、ある意味新鮮だった。
「やっぱり、お前らも来てたんだな」
「勿論です! 『若き魔道士の祭典』の記録は広報部の仕事の一つですし、先輩達の活躍をこの私が見逃す筈無いじゃないですか! 一回戦突破、おめでとうございます!」
「若き魔道士の祭典は学生魔道士の一大イベントだからな。此処に来る途中、学院の連中も何人か見かけたぜ。皆、お前らの話題で持ちきりさ。お疲れさん」
学院広報部のヘレン=アルコニスと、アクト達の同級生マグナ=オルビスは、興奮冷めやらぬといった様子で「奇なりし絆縁」の面々に労いの言葉をかけた。
「本当に皆さん凄かったです! 新学期の校内新聞第一号の見出しは決まりですね!」
「だな。あんなに見応えのある試合は初めてだったよ。思わずまばたきするのを忘れるくらいだったぜ!」
競技場の魔導映写機は試合内容をかなり細かく中継していたようで、二人は試合中のあらゆる場面を振り返りながら彼らの雄姿を熱く語り始める。
(じ、自分で自分の戦いを振り返るのは何とも思わないけど……)
(それを誰かに説明されるのは、うーん……)
(心に来るものがあるな……)
本人達は極めて必死だったが故に、後になって自分達が繰り広げた大立ち回りを詳しく掘り返されるのは少々――いや、かなり恥ずかしかった。
「そんな訳で! 早速ですが本選初出場にして見事、大勝利を納めた感想を取材させてもらっても良いですか!?」
「い、今から? 駄目よ、アタシ達も他のチームの試合を観たいんだから。夜に時間作ってあげるから、後にしなさい」
記者魂たくましいと言うべきか、録音用の魔晶石を握りしめ、肩から恐らく大金はたいて購入したのであろう高級射影機を提げ、ヘレンの取材準備は万全だった。
コロナが頬を微かに赤く染めて取材要求を突っぱねるが、完全に拒否するのではなく後で応じようとする辺り、彼女のヘレンに対する態度も随分と丸くなったものだ。
「ははは、あの様子じゃ、大会が終わるまで付きまとわれそうだな」
「ホント、うるさいのに気に入られちまったもんだよ。……で、お前も取材希望か?」
「まさか。俺は単にこの大舞台で戦う友達の激励に来ただけさ。……もう一つ、コイツを渡す用もあったしな」
そう言って、マグナは先程からずっと左手で持っていた小さな金属製のケースをアクトの前に突き出した。そして、両端に取り付けられた留め具を外し、中身を披露する。
「これは……『銀輝魔甲』?」
中身は、手甲型の魔導器「銀輝魔甲」。詠唱を必要とせず、装着者の魔力を流すことで盾状の魔力障壁を発生させる特殊武装だ。
アクトが校内選抜戦決勝に乱入してきた吸血鬼フェリドとの死闘の際に破損してしまい、開発者であるマグナに預けていたのだ。
「お前が教えてくれた改善点を踏まえて、障壁の強度はそのままに魔導器自体も前より耐久性を上げてある。少々重量が増えちまったが、これなら激しい戦闘にも耐えられる筈だ」
機能発動のために様々な機構が組み込まれた魔道具や魔導器は、機能性を重視する代わりに耐久性をおろそかにされがちだ。
中・遠距離を得意とする魔道士ならそれでも問題無いのだろうが、近距離魔法戦やそれより近い剣の間合いにおいて、道具にとってその脆弱性は致命的な損傷を生む可能性が高い。至近距離で苛烈な剣技を繰り出す人間が使うには、従来の耐久性では足りないのだ。
ケースから「銀輝魔甲」を取り出したアクトは、確認のために複雑怪奇なルーンが刻まれた銀の手甲を左腕に装着。
設計と素材を一から見直したのか、装甲に用いた魔法金属も一新された新たな手甲は、確かに以前より重くなってはいた。だが、剣を振るうにはそこまで影響は無いし、それを補って余りある頑丈さがある。アクトの注文通りの仕上がりとなっていた。
「……うん、しっくりくる。良い仕事だ。そもそも、こんなに早く修理が終わるとは思ってなかった。わざわざありがとな」
「へへっ、ありがとよ。今まで魔道士が使う製品ばっかり作ってたから、剣士目線で耐久性を重視するなんて事はなかったからな。面白い視点だったぜ」
校内選抜戦決勝後、アクトが修理に出してから今日に至るまで、そこまで猶予はなかった筈だ。恐らく帝都への移動中は勿論、宿泊先にも道具を持ち込んでギリギリまで調整を続けていたのだろう。
見れば、マグナの目元には薄っすらとクマが出来ており、この混雑によるストレスも相まって表情や身体運びからも疲労が色濃く浮き出ていた。
「なに、俺にとっては徹夜なんざ日常茶飯事だ。心配すんな」
言葉にせずともアクトの憂慮が伝わったのか、マグナは疲れが溜まった相貌に職人特有の健康的な不健康さをギラつかせ、ニヤリと笑う。
「それに、こいつを使ったお前が大会で名を上げれば、必然的に俺の作品にも注目が集まるからな。宣伝って結構大事なんだぜ? 『若き魔道士の祭典』なんて一大イベントなら尚更さ」
優れた魔道具や魔導器は、そのまま製作者の技術力の高さに直結する。自身の腕を売り込むなら、知名度のある人間に自身の製品を使ってもらうのが手っ取り早い。
魔法関係の各方面の有力者達が大勢集まる「若き魔道士の祭典」ともなれば、アピールには絶好の機会という訳だ。
「……ふっ、そうかよ」
今も記者魂を漲らせてコロナに迫るヘレンと同様、こちらも職人魂たくましい友人に、アクトはふと笑みを零した。
「てな訳でアクト。性能テスト兼、観客へのお披露目、是非とも頼むぜ?」
「あぁ、分かった。せっかく良い物を貰ったしな。遠慮なく使わせてもらうぜ」




