107話 伏魔宮殿~攻略~
『ブルォオオオオオオ――ッ!!』
先刻とは異なる敵の動きを察知したのか、裂帛の気迫が漲った咆哮を上げ、巨人は猛速度で突進を開始した。
しかも攻撃の矛先は、後ろに退いてリネアの治癒を受けているアクトだ。
「くっ、いきなり……!?」
巨人が本能的に選んだその一手は、彼らにとっては最も対処がし辛い一手だ。アクトとリネアが動けない今、誰かが巨人の攻撃を引き付け、盾となる壁役にならなければならない。
前衛が一人欠けた現状、まともな壁役を張れるのはアイリスのみ。そして、敵は規格外の合成魔獣。怪物の膂力を以て振るわれる大戦斧は、アイリスといえどまともに防ぐのは不可能だ。
(正面からは絶対に無理……どうにか逸らさないと……!)
果たして武人としては半端な自分に、師と同じように器用な真似が出来るのか。アイリスが必死に対抗策を考えていると、
「アイリス下がりなさい!」
「——ッ!?」
背後から飛んできた鋭い声に反応し、アイリスは考えるよりも早く弾かれるように跳び退った。そして、アイリスの代わりに前に出てきたのは、コロナだ。
「コロナ先輩!? 無茶です!」
まさかコロナが前衛の距離に出てくるとは思わず、アイリスが慌てて制止するが、もう遅い。巨人は既に攻撃態勢に入っている。
純粋な後衛魔道士であるコロナに肉弾戦はこなせない。単に防御魔法で防ごうにも、大戦斧を受け止められるのは精々が一撃か二撃。防いだ後が続かないのだ。
後方で遠距離攻撃に徹していた者が、自分からのこのこ距離を詰めてきた。巨人もまた、この距離ではコロナにさしたる脅威を感じておらず、羽虫同然の障害を排除すべく無造作に大戦斧を振るうが、
「かかったわね。【大気よ爆ぜろ】――【集いて砕け】!」
対するコロナが唱えたのは、風魔《大気爆裂》。さらに律令詠唱の後追い改変によって、圧縮した大気を直ぐに球として発射せず、左の掌底に限界まで集め――
「はぁっ!!」
身体に常時付呪している無系統《剛力ノ解放》の術式に魔力を注ぎ、脚力を集中強化して跳躍。弾丸のように吹っ飛ぶと、完全に速度が乗り切る前の戦斧目掛けて、左の掌打を叩き付けた。
『――ッ!?』
接触と同時に収束された圧縮空気弾が弾け、爆発的な風圧が両者の間を吹き荒れた。風に巻かれたコロナは吹き飛ばされ、虚を突かれた巨人は大きく体勢を後ろに崩され、直立姿勢を維持出来なくなった。
ずしん……鈍い震動と音を伴って尻餅をついた怪物の相貌には、魔獣の感情を読み取るのは難しいのを差し引いても、驚愕がはっきりと浮かんでいた。
ギリギリまで溜め、ゼロ距離で解き放つことで局地的に発生した風の威力は、軍用魔法のそれをも凌駕していた。ただ、そこまでしても尚、怪物の膂力を受け止めるには足りないが、必ずしも力で勝つ必要は無い。
敵の攻撃の重心や起点を見切り、威力を分散させるように相殺し、いなす。先の攻防でアクトが咄嗟にやってのけた受け流しの技を、コロナは自分なりに取り入れ即興で応用したのだ。
「今よ!」
「——【起動】!」
吹き飛ばされる前提で動きを作っていたコロナが軽やかな受け身で一定距離を離れると、後ろで控えていたローレンが一節呪文を詠唱。
直後、巨人を中心に展開された魔法陣から極寒の冷気を放つ氷柱が何本も突き立ち、その氷柱に巻き込まれた巨人は極太の足から太ももにかけて、下半身をほぼ全て氷に覆われることなった。
氷結《縛氷枷》。戦闘開始から間も無い内に、密かに仕掛けておいた魔法罠が起動したのだ。本来なら足元を凍らせる程度だった氷の戒めも、コロナが巨人を転ばせたことでより多くの部位を氷漬けにすることが出来た。
それ単体では有効手段にはなり得ない二種の魔法をタイミングよく合わせることで大きな足止めに成功。コロナとローレン、二人の連携あってこそだ。
「攻撃こそ最大の防御よ。足止めはアタシ達がやるから、アイリス、アンタは攻め続けなさい! とにかくアイツを起こさせないようにするの!」
「わ、分かりました!」
戦斧を手放し、尻餅をつき、下半身を凍らされた状態では、いくら規格外の怪物といえど直ぐに立ち上がるのは困難だ。巨人は真っ先に、最も邪魔な自らを縛る《縛氷枷》の氷を剛腕を振るって砕こうとするが、
「闘仙――【炸牙】ッ!!」
そうはさせじと、瞬時に巨人の懐へ飛び込んできたアイリスが無系統《魔光昇華》を纏う右脚の回し蹴りを、自身の何倍もの太さを持つ腕に叩き込み、頭上に高く跳ね上げさせた。
「ずっとそこで!」
「大人しくしていなさい!」
さらには、コロナとローレンが矢継ぎ早に呪文を唱えては放つ魔法が、無防備な巨人に次々と着弾。的は狙いすらつける必要が無い程の巨体、反撃が飛んでくる事も無いため、一方的に撃ち放題だ。
行使された魔法の種類は直接的なダメージを狙ったものではなく、音波、風圧、光など、敵の動きを阻害・攪乱するような物ばかり。
その手の魔法は、基本三属性を始めとする攻撃魔法と比べて事象干渉強度への影響が少なく、負に振れにくい。よって、ニュートラルに戻す工程を必要とせず、ある程度の連射が可能だ。
『オォォォォォォ……』
作り出した千載一遇の好機に三人が全精力を傾けて足止めに専念する中、巨人は不愉快そうな唸り声を零しながら、腕で身体を覆うことで、侵入者達の致命的ではないものの煩わしい猛攻から重要な部位を守る。
そして、腕で隠された大口を開くと、凄まじい吸気量で周囲の大気を引き寄せた。外界から取り入れた魔素と体内の魔力が入り混じり、呪文の介在しない急速な事象改変が引き起こされる。
体内で生み出された雷は、特殊器官によって拡散から収束に。そして、防御姿勢を解いた巨人の口の奥で再び雷光が煌めいた。
「『息吹』、来るわよ!」
予備動作を確認した三人の行動は早かった。アイリスは目視からの回避が可能な距離まで離れ、コロナとローレンは後方のアクトとリネアを守れる位置に立ち、魔力障壁の展開を準備する。
きちんとした工程を踏んで張った障壁なら、あの「息吹」も防げるのはリネアが実証済みだ。此処を全力で凌ぎ、アクトが復帰するまでの最後の時間を何としても稼ぐ。
だが……そんな彼女達の目論見は、思いもよらぬ形で外れることになる。
臨界点に達した雷が一瞬、一際強い輝きを放ち、巨人の口から凄絶な勢いで解き放たれた雷の放射先は、侵入者達――ではなく、なんと巨人自身の足元だった。
「なっ……!?」
ローレンが張った氷の戒めも「息吹」の直撃を受けてはひとたまりもなく、巨人の足元で炸裂した紫電が氷柱を粉砕する。
しかし、代償も決して少なくない。巨人自身もただでは済まず、ゼロ距離で迸る雷の逆流によって肌を焦がされていく。
「自損覚悟の脱出!? 何てやつなの!?」
肉が焼ける嫌な臭いに顔をしかめ、戦慄するコロナ。されどその暴挙が功を奏し、巨人は《縛氷枷》の拘束を完全に解除。
さらに、巨人は頭を振り乱すことで「息吹」をあらゆる方向へ振り撒いた。
まるで狙いが伴っていない雷は、かえって照準が精確な時よりも大きな被害をもたらし、大広間の天井や壁を無差別に破壊する。
「くっ……!」
「「【光の障壁よ】】!!」」
天井から落ちてくるガレキや「息吹」の巻き添えを喰らわぬよう、アイリスは回避に専念し、コロナとローレンは防御《守護光壁》を展開してそれらを耐え凌ぐ。
やがて、「息吹」が放出限界に達し、雷はプラズマを帯びた魔素となって消滅する。だが、大量の土煙、粉塵、ガレキの残骸が舞い上がったことで視界が遮られ、コロナ達が巨人を見失った――その直後。
巨人はおもむろに、砕かれて足元に散乱した《縛氷枷》の残滓である氷柱を掴んだ。すると、怪物の膂力を以てそれをさらに砕き、礫と言うべき大きさまで粉々にすり潰していく。
『オォオオオオオオ――ッ!!』
そして、不格好ながらも渾身の力を込めた投球体勢から、数十個にまで砕かれた氷の礫をコロナ達の方向に向けて投げ飛ばした。
土煙と粉塵をぶち抜き、空気を切り裂いて疾く鋭く飛来する礫は、まさに氷の散弾。一つ一つは小さく脆くとも、巨人が生み出す埒外の力と速度が乗れば、肉体強度を高める《頑強堅鎧》を施していても十分な脅威だ。
(しまっ――)
コロナ達がそれを認識した時には、もう遅かった。《守護光壁》は既に効果時間切れで、障壁は消えかかっている。
視界を閉ざしたことで視認を遅らせた上で、巨人は時間差攻撃を行うことで相手の防御タイミングを外させ、障壁の持続時間の隙を突いたのだ。魔獣とは思えない恐るべき知能を働かせて。
障壁の再展開は間に合わない。殺到する氷礫の弾丸にコロナ達が成す術なく打ちのめされようとした――次の瞬間、彼女達の前に飛び出る人影があった。
「七之秘剣――《月輪円斬》」
刹那、目にも留まらぬ剣閃が宙を何重にも駆け抜けた。投げ飛ばされた氷礫がある一定の距離まで近付いた瞬間、超高速で振り抜かれた斬撃がそれらを片っ端から切り落としていく。
氷礫は次々と壁面にめり込んでいくが、あまりの速さと手数で斬撃の円を描くように映る剣の結界は、人影の主とその後ろのコロナとローレンには一つたりとも届かせはしなかった。
剣の間合いを自身の仮想領域と捉えることで一種の没入状態に入り、研ぎ澄ました知覚能力によって領域の"円”に侵入した異物を超反応で即座に斬り捨てる。アクトの数ある秘剣の中でも特に防御とカウンターに秀でた技だ。
「ギリギリだったな。ったく、図体の割に器用な事しやがって」
「アクト! もう動けるの!?」
「あぁ。リネアの治癒に加えて、俺自身も『道術』で自己回復力を高めてたからな。お前達が足止めに専念してくれたお陰だ」
自分達に向けられた全ての氷礫を見事に斬り落としたアクト。想定していたよりも早い復帰だが、確かに戦闘続行は可能なようだ。
「それでローレン、これからどうするの?」
「ダメージは確実に入ってる筈だけど、このままじゃジリ貧だよ……」
至近距離での《息吹》による自壊で巨人の動きが鈍くなったのを利用して一行が合流すると、リネアが懐中時計で時間を確認する。
タイムアップまでもうあまり猶予はなかった。巨人も相当に消耗してはいるが、あの異形の怪物を仕留めるには未だ遠い。そもそも、このような見るからに耐久力のありそうな敵を相手にした時点で、持久戦気味になるのは目に見えていた。
「問題無いわ。これでピースは全て揃ったから」
されど、そんな危機的状況にも関わらず、ローレンは不敵な笑みを浮かべていた。
眷属秘術《機動定石》で導き出した彼女の計算は、この戦いにおける結論を既に出していた。アクトが復帰した今、これなら足りると。
「【伝達せよ我が思念】——全員、フォーメーションC! 一分でケリをつけるわよ!」
「——ッ!!」
ローレンが一節呪文を唱えると、彼女の指先から放たれた小さな光の矢が途中で四つに分裂し、アクト達の頭を射貫いた。外傷はまったく無いが、光矢がそれぞれの頭部で弾けるように消えた直後、彼らの脳内にとある大量の情報が一気に流し込まれた。
その情報とは、ローレンの思考そのもの。彼らはローレンが頭の中で思い描いていた作戦を瞬時に、強制的に理解させられたのだ。
無系統《思考同期》、術者の思考を他者と共有する魔法。過剰な情報量で脳に負荷がかかるため乱用は出来ないが、言葉で説明する時間の無い緊迫した状況下では極めて有用だ。
「……なるほどな。上等だ、乗ったぜその作戦!」
「相変わらずの無茶ぶりだけどね。えぇ、やってやろうじゃないの!」
単なる説明と、文字通りの思考の完全共有とでは、作戦への理解度が段違いだ。ローレンが提示した作戦に全員が同意し、彼らは素早く陣形を再構築。
「行くぞ!」
そして、アクトを先頭に巨人目掛けて駆け出した。迷宮内を突破する時に組んでいた陣形に近いが、違うのはアクトと後衛メンバーとの間にかなりの距離がある事だ。アイリスだけはアクトの斜め後方を付かず離れずの距離で追従している。
フォーメーションC――すなわち、"アクトを中心とした物理攻撃による一点突破"の構え。連携攻撃では太刀打ち出来ない敵を相手にした場合、チーム屈指の近接戦闘能力を持つアクトを全力で支援し、全てを彼に託す事を想定した陣形だ。
「【剣閃の頂に昇りし汝・神をも喰らう我が剣・天より確と照覧あれ・――】」
先陣を切って駆けながら、アクトは呪文を唱え始めた。
「【終の先に刃は残らず・我、三千世界の悉くを斬討せんと・破の道を進む者が故に】……!」
最後の一節を括った瞬間、アクトの武人としての存在感が膨れ上がった。それに伴い、その速度が二、三段階増し、万全な状態程ではないにせよ、姿が霞み消えるような疾走で巨人との距離を一気に詰める。
道術《修羅の八刀》。吸血鬼フェリドとの死闘でも使用した、自身の八回の行動の精度を極限まで引き上げる切り札だ。
疲労と損傷が蓄積した身体では成しえない動きを、道術の自己変革作用で成す。単純に能力を引き上げたければ他の術でもよかった所を、敢えてアクトは劇的な強化をもたらす代わりに深刻な欠点を抱えるそれを選んだ。
術の効力が切れ、身体能力が著しく低下した後の事を気にする必要が無いからだ。
あの時は、再生能力持ちの敵と漫然と戦い続けてじわじわ削り殺されるか、自滅覚悟の一点突破か、天秤に賭けざるを得なかった。
しかし、今回は違う。そう、今回は――エクスの他にも自分を支えてくれる仲間が沢山居る。
『オォォォォォ……』
急接近するアクトに対し、巨人は周囲の大気を強烈に引き寄せ、莫大な魔力を以て口内に紫電を宿す。「息吹」の予備動作だ。速さで翻弄してくる相手を広範囲攻撃で関係なく吹き飛ばそうという魂胆だろう。
「【相克の理よ・悪しき雷の厄災より・彼の者を守れ】!」
予備動作を確認した後、リネアが対抗《守災加護》を即興改変で詠唱。基本三属性の内の雷撃属性に特化して損傷を軽減する付呪を、アクトに遠隔付与する。
カッ!! 翡翠色の防護膜がアクトを包み込んだ直後、一際強い輝きと共に吐き出された《息吹》。荒ぶる雷の奔流がアクトを呑み込まんと怒涛の勢いで迫るが、
「九之秘剣――《破槍・一角獣》――ッ!!」
アクトは低姿勢から剣の切っ先を前方へ突き出し、上半身の捻り、下半身の発条が生み出す全体重、全膂力を切っ先に集中。魔力放出で強化した脚力で地を蹴り砕き、雷の奔流へ自ら突っ込んだ。
その刀身には、ルーンの紅い輝きが漲っており、固有魔法《魔道士殺し》は既に発動している。
《魔道士殺し》が切断・消滅させるのは、あくまで斬撃が届く範囲内の事象改変作用に対してのみ。《息吹》のような広範囲に事象干渉の影響を及ぼす魔法を全てカバーするのは不可能だが、問題無い。
《修羅の八刀》で引き出された身体性能、雷撃耐性に特化した《守災加護》の防御力があれば、抜ける。
「おぉおおおおおおおお――ッ!!」
人の形をした「槍」と化したアクトは、圧倒的突破力と速度を以て雷の奔流を穿ち抜き、《息吹》の中を突き進む。真紅の輝きを纏う剣に触れた雷は消滅するが、それは荒れ狂う激流にほんの僅かな間隙を作ったに過ぎない。その間隙はあらゆる方向から直ぐに埋め尽くされてしまう。
されど、雷が間隙を満たす頃には、アクトの姿は既に無い。アクトは《破槍・一角獣》の勢いを一切緩めず、突き進んだ先でまた新たな間隙を作り出していた。
火災現場で炎にまかれるよりも早く走るように、威力の多寡に関係なく魔法を消滅させる《魔道士殺し》で正面からの抵抗を排し、埒外の速度で駆け抜けることで雷に包まれるよりも早く《息吹》の中を突っ切っているのだ。
「熱っちぃ……!!」
やがて《息吹》が放出限界に達すると同時に、雷の奔流を喰い破ってアクトが遂に姿を現した。所々、制服や肌を黒く焦がしてはいるが、損傷自体は軽微だ。
減速することなく巨人との最後の距離を詰め、アクトは《魔道士殺し》を解除した剣に魔力を集中させる。アクトの身体から溢れ出る魔力光は、次第にその猛りを鎮めていき、莫大な魔力を秘める銀光となって剣に宿った。
限界圧縮した魔力を武器に纏わせ、その強度と威力を極限まで高める――「縮退魔力撃」だ。校内選抜戦で使ってからは披露の機会がなかったが、聖剣を使いこなす修行の過程で魔力制御技術が大きく成長した今、強化効率は以前と比べ物にならない。
「【幼き紅竜よ・小さき火の吐息以て・――】」
「【吹雪け銀風・麗しき氷精に従い・――】」
それとほぼ同じタイミングで、コロナとローレンが横並びになって同時に詠唱を開始。
さらに、呪文を唱えながら互いの指を絡め、互いを引き寄せて正面から向かい合い、もう一方の手も繋いで自身の魔力を相手の体内へ循環させる。
校内選抜戦決勝において決定打となった、対象の魔力を自身の魔力で活性化、相乗作用によって魔法の威力を飛躍的に高める魔導技「同調詠唱」である。
「【汝が威を示せ】――ッ!!」
「【激しく踊れ】――ッ!!」
二人がそれぞれ突き出した手の先に形成されたリング状の円法陣が、両者の中心で噛み合うように二つ重なって猛回転を始め――自然の摂理を超越せし、正負相反する冷気と炎の波動が解き放たれた。
されど、いささか性急だった。大気震わす氷炎の奔流は、見かけ程の威力は出せていない。この極限状況下で急ごしらえに魔法式を組んだことで、魔力の練りが不十分だったのだ。
校内選抜戦決勝の時のような、巨人を倒し得る程の大威力は秘めていない――だが。
「寄越せッ!!」
渦巻く氷炎の向かう先は巨人ではなく、今まさに巨人の懐に飛び込もうとしていたアクトだった。厳密には、彼が両手で構える剣。
撃ち込まれた氷炎は消滅することなく吸い込まれていき、何と銀の輝きと混じるようにして剣に宿った。
通常、武器に魔法を付加するには付呪を始めとした専用の魔法が必要であり、ただ攻撃魔法を武器に撃ち込んでも、それは直ぐに拡散して消えてしまう。
だが、アロンダイトは高い強度と魔力親和性を持つ「魔法銀」を叩き上げて造られた錬金刀匠会心の一振り。そこへアクトは、「縮退魔力撃」の応用で圧縮した自身の魔力ごと魔法を固定することで、一時的に付呪として纏わせたのだ。
実質的に三人分の魔力が押し込められた氷炎纏いし剣の刃は、エクスの精霊権能解放を除く正真正銘、チーム最高の攻撃力を持つ一撃となる。
『ブルォオオオオオオオオオ――ッ!!』
アロンダイトから尋常ならざる魔力の気配を感じ取ったのだろう。こちらに肉薄してくるアクトを吹き飛ばすべく、巨人は右腕で戦斧を振り抜くが、
「邪魔はさせません!」
刹那、アクトの後方を付いてきていたアイリスが先んじて前に飛び出した。
「闘仙――《炸牙》ッ!!」
戦斧がアクトに迫るよりも早く懐に潜り込んだアイリスは、無系統《魔光昇華》を纏う左足で巨人の右腕を下から激しく蹴り上げ、戦斧ごと態勢を崩させた。
『オォオオオッ!!』
「がふっ!?」
怪物の判断は早かった。武器による攻撃を諦め、戦斧を手放した右腕による風圧でアイリスを振り払うと、残る左の剛拳をアクトに繰り出した。
「【戒めの鎖よ・狼藉働く不逞の輩を縛れ】!」
しかし、それを止めるのはリネアの無系統《呪縛魔鎖》。空中から幾つも伸びた魔力の鎖が、巨人を雁字搦めに縛り上げる。
『グルァアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!』
それでも、これだけの図体を一つの拘束魔法で縛るのは不可能だ。咆哮を轟かせながら巨人は戒めを力任せに全て引き千切り、鎖は三秒と持たずに砕け散ってしまった。
「きゃあっ!?」
術が強制解除された反動でリネアが弾き飛ばされる――だが、三秒あれば十分だ。
「後は、頼んだよ……!」
損傷を受けながらも微笑むリネアの視線の先は、巨人の遥か頭上。
アイリスとリネアが時間を稼いでいる間、アクトは巨人の腕を伝って天井近くまで跳び上がり、死角から攻撃態勢に入っていた。
もう対応は間に合わない。次の一撃を防ぐ術は、完全に上を取られた巨人には無い。
「剛の極――」
これより放つは、彼の「剣神」が編み出した至高の剣技。九之秘剣《破槍・一角獣》を"横”の突破力とするなら、これは"縦”の突破力に特化した技だ。
自身の全体重と膂力を攻撃力に転化し、高低差と重力をも利用して空中から斬撃を繰り出す、五大奥義が一つ――
「《虎牙》――ッ!!」
落下しながら斜め上から振り下ろされた圧縮魔力と氷炎を纏いし剛剣は、双角の片方をバターよろしくあっさり切断しながら、そのまま無防備な巨人の首元に叩き込まれた。
「その首、寄越せぇえええええええ――ッ!!!!」
『ブルォオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!???』
首筋から鮮血が舞い散り――抵抗は、ほんの一瞬だった。
巨人から断末魔の如き叫びを引き出し、アクト渾身の一撃は巨人の頭部を見事に胴体から斬り飛ばした。
ごろごろ……ずしん…………
泣き別れした頭部が床を転がると、一泊遅れて切断面から大量の血飛沫を噴き出しながら、巨人の胴体はゆっくりと仰向けに倒れていくのだった。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ど、どうだ……?」
「あ、アタシ達、やったの……?」
「た、多分……」
まさに王と呼ぶに相応しい力で猛威を振るった合成魔獣「ミノス・ダイダロン」――迷宮の主が遂に倒れたことで、広間に静寂が訪れる。壁際の大燭台で燃えていた炎が、冷たい青から温かみのある赤へ徐々に色を変えていく。
先程までの重圧は最早、微塵も感じられなかった。
未だかつて経験した事の無い超大型魔獣の討伐。その事実があまり実感出来ず、疲労が色濃く浮き出た表情で彼らが呆けていると、
『試合終了。全魔獣の敵対命令を即時破棄、両チームの選手はただちに戦闘行動を中止してください』
丁度その時、音響魔法による拡声音声で大会運営からのアナウンスが迷宮内に響き渡った。
制限時間の経過、タイムアップだ。
『――ただいま、集計が完了しました。チーム「獣狩リノ導師」、計970点。チーム「奇なりし絆縁」、計2130点――よって勝者、ガラード帝国魔法学院・チーム「奇なりし絆縁」!!』




