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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
4章 若き魔道士の祭典編(上) ~始まりの祭典~
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105話 伏魔迷宮~乱戦~


 ――「伏魔迷宮」第二階層。第一階層よりもさらに広大な敷地面積と複雑な構造を有する迷宮屈指の魔窟は、下で見た小型の魔獣が続けて出現すると同時に、国が定めた危険度の高い魔獣や中型・大型のような生物の規格から著しく逸脱した怪物達が出現し始める階層だ。


 たとえ魔獣討伐の経験がなくとも、実力のあるチームなら第一階層の魔獣は容易に倒せる。故に、殆どのチームは第一階層の魔獣では物足りず、早々に狩り場をこの階層に移すため、実質的にこの階層が迷宮最大の主戦場と言える。


「次……『殺毒紫蜂デッドリー・ホーネット』四、『牧場荒らし(ヴェンデッタ)』二体接近ッ! 接敵まで後十秒!」


 そして、その例に漏れず、チーム「獣狩リノ導師」もまた、異例の速さで階層を駆け上がり、第二階層の魔獣達を相手取っていた。


「"蜂”は僕とカーターが! エレイナは"牛”を頼む!」

「了解!【駆けろ閃光】――ッ!」

 

 階層を上がることで新たに現れた種類を含め、第一階層よりも確実に数と強さが増した魔獣の群れに対しても、彼らは冷静に対処してそれらを退け、どんどん点数を稼いでいく。


 現代の魔道士には珍しく、「獣狩リノ導師」は全員、剣や弓といった武器を所持していた。しかもただの武器ではなく、それぞれが振るう五つの武器には魔力が宿っており、とある術式が働いていた。


 付呪《屠獣剣(ビースト・スレイヤー)》――ギルド「撃獣団」が独自開発した‟魔獣特攻”というシンプルにして強力な付呪だ。魔獣に与える損傷を増加させる武器と魔法を組み合わせることで、彼らは魔獣討伐で多大な戦果を挙げてきたのである。


「しかしよ、この競技、ルールがあまりに俺達に有利過ぎやしないか?」


 猛速度で向かってくる銀の毛並みを持つ虎型の魔獣――「銀牙大虎(シルバリオ・ファング)」を剣によるカウンターで両断し、チームリーダーの赤髪の少年――ハウザー=ベラストは余裕の笑みで話す。


 普段は魔獣討伐を生業としている彼らだが、一口に魔獣討伐と言ってもその業務は多岐に渡る。


 各地方における魔獣発生地帯の生態系の調査、魔獣被害の抑止と対処、魔獣関連犯罪の取り締まりと摘発など、魔獣に関係するおよそ全ての案件を総合的に取り扱っているのだ。


 その中には、魔獣調教師(イビル・テイマー)の犯罪者や違法な合成魔獣(キメラ)の開発に手を染めた魔道士との戦闘も含まれており、対人戦闘が不得手という訳でもない。むしろ、研究中心で表立って戦う事が少ない魔道士と比べれば遥かに手練れだ。


 数こそ厄介だが、この競技も常日頃から大自然の中で魔獣と命のやり取りをしてきた彼らにとっては、生温い戦場でしかなかった。


「油断するなよ、リーダー。いくら俺達だって、一つ階層を上がればもう分からないんだからな」

「……まぁ、そうだけどよ」

 

 全四階層の内、第二階層は最も広大な階層だ。そして、出現する魔獣の種類もバラつきが多く、自然界では決して気が抜けない相当な強敵が出現する事がある。

 

 先程倒した「銀牙大虎(シルバリオ・ファング)」や黒妖狼の上位種である「暗黒影狼(ガルム・ノワール)」を始め、「緑森精鹿(フォレスト・エルク)」や「一角聖馬(ユニコーン)」といった点数の高い希少魔獣も見られ、まさに魔獣の宝庫である。


 そして、第三、第四階層の魔獣はさらに強力で、軍などが正式に討伐協力を要請してくるような大物ばかり。討伐依頼も自分達のような下っ端ではなく、熟練の団員が引き受けるものだ。


 迷宮の魔獣は「若き魔道士の祭典」に合わせて弱体化されているとはいえ、奴らの能力自体はそのままだ。大抵、上位種の魔物の能力はどれも人智を超越したものばかりで、生半可な覚悟で挑んで良い相手ではない。魔獣についてこの大会の誰よりも詳しいからこそ、彼らは危険な賭けには出なかった。

 

 実際、過去の傾向から見ても、目先の点数に欲がくらんで上階層に挑んだチームは多かれ少なかれ返り討ちに遭い、逆に点数を大きく減らしてしまうというケースが多い。


 よって、実力を過信して安易な賭けに走ったりはせず、確実に対処可能な階層で順当に点数を稼ぐ。自信があるが故の作戦だった。


「とりあえず、このまま狩りを続けていこうぜ。あっちが焦って上の階層で自滅してくれたら万々歳、第二階層に留まってきても、こっちに分がある。同業者でもなきゃ、魔獣狩りで俺達に勝てる奴なんて居ないんだからよ」


 傲慢に聞こえるが純然たる事実をハウザーが述べ、彼以外のメンバーが頷く。この近辺に配置されていた魔獣はあらかた掃討し、「獣狩リノ導師」が次なる魔獣を求めて次のエリアに移動しようとした――その時。


「ん? こっちに来る反応が一つ……あれ、この反応は……」

 

 定期的に索敵魔法で周囲の状況を確認していた選手が妙な反応を拾うのと、何者かの足音が彼らの耳朶を打つのは、同時だった。 


 石造りの床をコツコツと靴で蹴る軽やかなその足音は、魔獣の物ではない……人間だ。そして、この迷宮で自分達以外の人間の反応など可能性は一つしか無い。


「う、うぉおおおおおおおおおおおお――ッ!??」


 薄暗闇の向こう側から一人で姿を現した敵チームの「奇なりし絆縁」の黒髪の少年――アクトが、何故か裂帛の大絶叫を上げながら、魔力放出で強化した脚力による疾走で「獣狩リノ導師」の方へと猛然と駆け寄って来ていた。


「あれって、相手チームの選手、だよな?」

「何でこんな所に……?」


 迷宮内での相手チームへの直接攻撃は禁止されており、今の自分達の状況は観客席から映像で丸見えだし、不正防止のための魔法的に厳重な監視網が敷かれている。いきなり襲われるという心配は無いだろうが、それでもやはり警戒はしてしまう。


「おぉおおおおおぉぉぉぉぉぉ――――………………」


 しかし、「獣狩リノ導師」の面々が警戒心を露わに身構えるのを他所に、アクトは彼らに目もくれずにそのすぐ傍を通り過ぎ、そのまま完全無視で反対側の闇の中へと駆け抜けていく。そして、叫び声も徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


「な、何だったんだろう……?」

「この魔獣だらけの迷宮で単独行動なんか、自殺行為だぞ? 一体、どういうつもりで……」


 索敵魔法の結果ではチームで行動している訳ではないようで、ただメンバーとはぐれて迷宮内を彷徨っているのか。奇行にも見えるアクトの行動に彼らが困惑していると、


「……う、嘘だろ……? まさか、アイツ……!?」

「どうした、ウェッジ?」


 真っ先に異変を察知したのを、索敵役の少年だった。念のために範囲と精度を上げて索敵魔法を再び発動した瞬間、額から大量の冷や汗をびっしり流し、震え声を絞り出す。


 その様子に気付いたハウザーが何事か尋ねようとした直後。


「何の音……?」

「こんな時に地揺れか……いや、違うぞ!!」


 丁度、アクトが走ってきたのと同じ方角から、地響きにも似た震動が……否。複数の巨大な何かが床を乱暴に踏みつける()()が、凄まじい勢いでこちらに近付いてくる。


 荒々しく、重々しいその足音は、明らかに人間の物ではない……魔獣だ。それも、一匹や二匹どころの話ではなく、十匹……それ以上だ。


「な、なぁあああああああ――ッ!??」


 ハウザーが無系統《遠視鷹眼(ホーク・アイ)》、遠見の魔法で音が聞こえてくる方向に視界を飛ばし――その光景に目を剥く。


 当然だった。青白き光が作り出す薄暗闇の中を我先にと掻き分け、今までの散発的な襲撃とは比較にならない数の魔獣が、大軍となって自分達の元に迫っているのだから。


「おいおいおいおい――ッ!??」

「何、 あの数ッ!?」

 

 鳴り響く足音、獰猛なる獣の咆哮。遅れて群れの全容を視認した他の選手達からも、悲鳴じみた驚声が上がる。


 小型の雑魚から中・大型の上位種まで、第二階層に出現する様々な魔獣で大軍は構成されていた。通常、魔獣は己のテリトリーを守るために他の魔獣と敵対するが、「伏魔迷宮」の魔獣は攻撃対象を選手のみに限定している。あれら全てが彼らの敵なのだ。 


 さらには、


「あ、あれは、『古源蛇竜(エルダー・ウィルム)』に、『地竜暴君(タイラント・ザウラー)』――竜種だと!? まさかコイツら、第三階層の魔獣か!?」

 

 群れの最後尾で、他とは比べ物にならない圧迫感を放ちながら猛進する巨躯の怪物は、魔獣の生態系の頂点に位置する竜種――本来なら居る筈の無い階層に出現する魔獣だ。

 

 それぞれの階層で産出された魔獣は、自ら別の階層に移動する事は無い……しかし、こうして別の階層の魔獣達がアクトの走り去った方角からいきなりやって来たという事は、


「あ、アイツ、階層を超えて俺達に魔獣を押し付けやがった……ッ!?」


 明らかに対処不可能な物量を前に顔を真っ青に染めながら、ハウザーはようやく自分達が嵌められた事を察した。


 アクトがした事は非常に単純だ。彼は大きく先行して第三階層を走り回り、その過程で自分を狙ってきた魔獣達をそのまま引き連れて第二階層へ移動。戻ってきた先で会敵した魔獣も含めて、絶えず位置を補足していた「獣狩リノ導師」にまとめてぶつけたのである。


 他と比べて敷地面積が狭い第三階層は、短時間で魔獣を集めるのはうってつけの構造だったのだろう。あの大量の魔獣を見れば、それは顕著に表れている。


(アホか!? そんな、一歩間違えれば仲間を失う自滅必至の大博打、この大一番でやるか普通!?)


 あまりに馬鹿げた作戦だが、彼らが直ぐに気付かなかったのも無理はない。何故なら、彼ら魔獣狩りにとって、相互の同意無しに自分が受け持った魔獣を他者に擦り付けるなど、絶対に犯してはならない禁忌(タブー)だからだ。


 されど、これは本当の意味での魔獣狩りではない。あくまで「若き魔道士の祭典」の競技の一つだ。現に、過去の「伏魔迷宮」の試合でも似たような罠を仕掛けた事例はある。……此処までの規模のものは初めてだが。


 良くも悪くも魔獣狩りの常識に囚われているが故に、彼らはその本質を失念していたのである。


「クソッ! どうするんだよ、リーダー!? あんなのと戦ったら十秒持たずに踏み潰されるぞ!?」

「落ち着け! 全員、即時後退ッ! 俺が殿を務める、お前らは正面の魔獣だけに火力を集中させてとにかく走れ! 十分な距離さえ離せば奴らも追って来ない筈だ。全速離脱で、ひとまず第一階層まで逃げるぞ!」


 まともにぶつかれば勝ち目は無い。素早い判断を下し、ハウザーはチームに撤退の指示を出す。指示を受け、「獣狩リノ導師」のメンバーは弾かれたように駆け出し、元来た道を引き返し始めた。


「どけぇえええええ――ッ!!」

「【白き精よ・其の腕振るいて凍てつかせよ】!!」


 奇しくも、その様は先刻の相手チームと同じだった。倒すよりも先に足を奪い、確実に止めを刺せる魔獣も無視し、彼らはなりふり構わず正面の道を切り拓く事だけに集中する。追いすがる怪物の形をした"死”から逃れるために。


 幸い、此処まで魔獣を倒して進んで来た道のりを戻っているためか、襲い掛かってくる魔獣の数は少ない。


 後ろの大軍とも徐々に距離は引き離せており、このまま行けば逃げ切れるだろう。


(しかし、奴ら一体何のつもりだ? これだけの物量を擦り付けられたら、どんな間抜けだって撤退一択だろ? 幾ら直接攻撃が禁止されてるったって、手段が回りくど過ぎるぞ?)


 最初こそ面食らったが、作戦としては理解出来た……それでも、危うい賭けには違いないだろう。


 確かに、処理不可能な量の魔獣を一度にぶつければ、相手を戦闘不能にして持ち点を減らせるかもしれない。だが、もし相手が逃げの一手に徹した場合、時間をロスする上に自分達が本来取る筈だった点数の一部を相手へ渡してしまう羽目になる。


 迷宮内の魔獣は非常に数が多いとはいえ、それでも有限には違いない。配置されている個体数が少ない上階層の魔獣なら尚更だ。制限時間内に倒した魔獣の点数を競うルール上、リスクが大き過ぎるのだ。


 仲間を危険に晒してまでやる作戦としてはメリットが少ないし、最悪、逆転不可能なビハインドを付けられる恐れさえある。


 ――もし、彼らがこれらのリスクとリターンを全て承知した上で、さらに勝つための秘策を用意しているのなら……


(……まさか?)


 追ってくる魔獣を魔法で振り払いつつ全力疾走しながら、ハウザーはある一つの可能性に思い至るが……既に遅い。彼らの思惑の地から現在進行形で離れている今となっては。


 この時、「獣狩リノ導師」はまだ知らなかった。試合が始まる直前の作戦会議で挙がったとある選択肢、実現性が低過ぎて真っ先に候補から除外していたそれに、彼らが全てを賭けた事を。



◆◇◆◇◆◇



「—―はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……さ、作戦通り、分断には成功したぜ……」


 迷宮の某所にて。


 肩で激しく息を吐きながら、アクトは疲労困憊といった様子で他のメンバーと合流を果たした。


 魔獣ひしめく迷宮内を駆け回り、大量の魔獣を相手チームに擦り付けるという大立ち回りを繰り広げた反動は、やはり大きい。その身体は魔獣の返り血でさらに真っ赤に染まっている上、額からは滝のような汗を流している。


 体力、魔力は相当に削られ、いくらタフネスのあるアクトと言えど流石に消耗は激しいようだ。


「ま、マジで死ぬかと思ったぞ……引き受けはしたけどよ、俺の負担デカくないかコレ?」

「ご苦労様。目論見通り、彼らは第一階層に引き返していったわ。そして、第二階層は貴方が引き連れてきた魔獣で溢れかえり、第三階層への道も絶たれた……もう、制限時間内に彼らがこの場所に辿り着く事は無い」


 悪態を吐いてジト目を向けてくるアクトを、他のメンバーを代表してローレンが労う。


 試合開始から止まることなく突き進んできた「奇なりし絆縁」だが、今は完全に足を止め、息を潜める訳でもなく開けた広間のど真ん中に堂々と陣取っていた。


 こんな所で突っ立っていれば、すぐさま魔獣に補足されてしまうが……その気配は無い。少し移動するだけでも怒涛の勢いで襲い掛かってきていた魔獣の襲撃が、何故か先程からぴたりと止んでいたのだ。


 不思議な事に、三百六十度、全ての方角からあれだけ剥き出しにして垂れ流されていた魔獣の殺気が、今は周囲からはまったく感じられない。


 空間の面積自体も今までの階層よりもずっと狭く、相変わらずの薄暗闇で視界は不明瞭だが、魔法で視覚を強化すれば四方の端の壁が視認可能な程度しかない。


「文句言わないの。アタシ達だって、アンタが合流しやすいように第三階層の魔獣を間引くの、大変だったんだから」

「まともに戦っていたら、私達も危なかったね……でも、ようやく辿り着いたよ」


 そう、此処は強力な怪物が出現する第三階層をさらに超えた、この迷宮の最上階――第四階層だ。


 アクトは引き連れた魔獣を「獣狩リノ導師」に擦り付けた後、予めルート構築していた迂回路を使って第三階層に戻り、再び合流したのだ。他のメンバーは第三階層に残った魔物の内、第四階層への進路上に立ち塞がる魔物だけを退けておくに留め、彼が合流しやすいようにしていたのである。


 そして、実の所、例外を除けば第四階層に魔獣は出現しない。事実上、この迷宮で産出される最も強力な魔獣は第三階層の魔獣であり、この階層には魔獣が産出されない設定になっている。


 一見、何も無い空間がただ広がっているのみ……しかし、それには確固たる理由があった。


「さて、後は私達がコレに勝つだけよ」


 そう言って、ローレンはある方角を鋭く見据える。彼女の視線の先には――見上げる程に巨大で重厚な扉が立ち塞がっていた。


 一際明るい魔法照明に照らされたそれは、まるで玉座の間に至るための扉のようだ。しかし、その壁面には"数多の邪悪な怪物が矮小なる人間を無慈悲に喰って回る”という、悪趣味な模様がびっしりと刻まれている。


 さらには大扉の左右にそびえ立つ、とある大悪魔を象った像は、今にも動き出しそうな程に精巧な造りで、観た者の正気を削る禍々しい威容を放っていた。


 迷宮内で最も静かで、されど最も酷く冷たい空気が満ちる空間。もしも、此処が()()()()世界観だとして、この先に座するのは間違いなく、王は王でも――"魔王”だ。


「さぁ、やるわよ――迷宮の王(ボス)の討伐を」


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