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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
4章 若き魔道士の祭典編(上) ~始まりの祭典~
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104話 伏魔迷宮~突入~


 トーナメント表と一回戦第一・第二試合の競技内容が発表され、開会式は大盛況の中、閉幕となった。解散した選手達はアリーナを離れ、それぞれの行動をとり始める。


 試合に備えて控え室で精神統一をする者、選手用の観客席で他のチームの試合を見学する者、今日は試合が無いのでホテルに戻る者など、過ごし方は様々だ。


 フィールド上では、対戦舞台設定のために運営スタッフが慌ただしく動き回り……アリーナ端の待機スペースには、準備のために四つのチームの選手達が集まり、試合開始を待っていた。


「嘘でしょ……いきなり一回戦、それも『伏魔宮殿(パンデモ二アム)』を引くなんて。どれだけ運悪いの……」


 事前に運営から渡されていた「若き魔道士の祭典」全競技の詳細なルール本を片手に、コロナがうんざりしたように呟く。


「大ハズレも良い所よ……」

「お前がはっきりハズレって言うとはな。そんなにヤバい競技なのか?」

「えぇ、まぁね……」


 最大規模の学生魔道士大会である「若き魔道士の祭典」には、実に二十種類以上もの競技種目が存在する。その中には、時代の流れに応じて追加されてきた競技、ルール改定を重ねて洗練されてきた競技、危険過ぎて廃止となった競技など、様々だ。


 内容も多岐に渡り、純粋な戦闘能力を競う物もあれば、応用力やチームワーク、魔導への造詣の深さを問う物など、魔法の発達と共に日進月歩で作られてきたのである。


「『伏魔宮殿(パンデモ二アム)』は、『若き魔道士の祭典』で行われる競技種目の中でも一、二を争う過酷さと言っても良いわ」


 「若き魔道士の祭典」についての知識が疎いアクトに、ルール本の当該項目を開いて見せながら説明するコロナ。それとほぼ同じタイミングで、観客席では一般人向けのルール説明が行われていた。


 ルールはシンプル。両チームは全四階層で構成された迷宮(ダンジョン)に突入し、内部に配置されている数多の魔獣と戦い、制限時間内にその討伐数を競うというのが、基本的な内容だ。


 各魔獣には種類ごとにそれぞれ点数が設定されており、階層が上がるにつれて点数の高い魔獣が配置されている。だが、点数の高い魔獣は戦闘力、凶暴性共に非常に高く、討伐の難易度は跳ね上がる仕組みだ。


 相手チームへの直接的な攻撃は禁止。そして、戦闘不能者の数に応じて獲得した点数は大幅に減少し、全滅した場合は強制的にゼロとなる。尚、自由なタイミングで途中退場も可能で、互いが互いの獲得点数を知るのは試合終了後となっている。


 全滅のリスクを抱えて高階層の魔獣に挑戦するか、低階層で弱い魔獣を多く倒して手堅く点数を稼ぐか、戦闘能力からチーム間の連携、体力や魔力配分のペースなど、魔法を用いた戦闘に関するおよそ全ての技能を要求される競技と言える。


「魔獣との戦闘は、魔道士との対人戦闘とは訳が違う。それを学生にやらせようってんだから、確かにハードだな」

「えぇ。フィールドには《不殺の結界》が張られてるから、死に至るような事故は滅多に無いけど、それでも年によっては何人もの重傷者が出る競技よ。しかも、私達の相手は……」


 アクト達は、反対側の待機スペースに控えている対戦チームの姿を遠目に見やる。硬派で堅苦しい制服が多い魔法科学院と違い、割とラフな格好でギルドの紋様が刻まれた薄手の制服を纏っている。


 距離が離れているので正確な実力を推し量るのは難しいが、誰もが相当な自信に満ちた顔付きであるのは分かる。


「ギルド『撃獣団』のチーム『獣狩リノ導師』か」

「聞いたことがあるわ。確か、魔獣狩りを専門にして生計を立てているギルドね。軍が直々に魔獣討伐の依頼も出してる大手で、その道じゃかなり有名な連中よ」

「魔獣狩り専門……厄介だな。大会のレギュレーション上、出場しているのは若手のメンバーだろうけど、それでも対魔獣戦闘に関しての腕は高い筈だ」


 単純な戦闘能力で「奇なりし絆縁」の面々が劣っている事は無いだろうが、相手は魔獣狩りのプロ。二位出場枠といえど侮ることは出来ないし、油断すれば足元を掬われかねない。


 魔獣を倒す競技に魔獣狩りのギルドが選ばれ、観客的には一回戦からいきなり格上殺しが起こりそうなマッチアップに見えるだろう。


「大会の仕様とはいえ、一回戦から苦労しそうね……それで、ローレン。勝てるの?」


 そして、コロナは振り向くと、競技種目が決まった時から一言も喋らずにいるローレンへ声をかけた。しかし、呼ばれた当人は返事もせず、椅子に座って口元に手を当てながら、何事かを考え込んでいる。


 フェルグラント家の秘術《機動定石》は、事前情報が多ければ多い程、実によく機能する。今回の場合、情報はそこら中に転がっており、彼女の脳内はあらゆる検討と思索が爆速で走っていた。


 競技の要点、フィールドの構造、相手チームの動向、不確定要素の介入、それら全てを考慮に入れ、拡張並列思考演算を以て思考を深く巡らせ、巡らせ、巡らせて――


「——勝てるわ」


 参謀の少女は、きっぱりと言い切った。


 迷いなくそう答えるローレンの表情は、他より少しだけ付き合いの長いコロナだからこそ分かる、"読み切った”顔だ。


「ふふっ、アンタがそういう顔する時は大抵、99パーセント勝てる作戦か……あるいは、大博打の作戦を思い付いたって事ね?」

「当たりよ。ルール本なんてなくとも、私は十年以内に行われた全ての競技種目の内容を把握してるし、対策も立ててある。それを踏まえて、今回は後者。皆に聞いて欲しい作戦があるの」


 不敵な笑みを湛え、ローレンは作戦の概要をメンバーに説明した。


「……マジか。それで本当に上手くいくのか?」

「私達は魔獣狩りの専門家じゃない。純粋な討伐数で競えば、こちらに勝ち目は無いわ。順当に戦って勝てないなら、前提を覆すしかない。私達はそこに大きく賭ける必要があるの」


 概要を聞いたアクトは、怪訝な表情を浮かべる。


 理解は出来るし、納得も出来る。だが、実行するにはかなり賭けの要素が強いと言わざるを得ない。


 チームメンバーの一部は、「若き魔道士の祭典」に文字通り人生を懸けて臨んでいる。この初っ端大一番でそのような賭けに走って良いものか、アクトが決めかねていると、


「でも、この作戦が上手くいけば、相手に逆転不可能な点数差を付けられます。やってみる価値はあるかと!」

「そうだね。ローレンが勝てるって言い切ったんだもん。皆の力を合わせれば、きっと出来るよ!」


 参謀が導き出した結論を信じ、リネアとアイリスはこの作戦に同意した。


 ……いや、アクトも分かってはいた。ローレンは時に無茶な作戦を立てるが、仲間を見捨てたり、勝ち目の無い無謀な作戦は決して立てない。まだ付き合いは短いが、彼女の参謀としての能力は本物だ。


 この作戦も、確かに大博打で成功率は低いように思われるが……自分達が全力を尽くせば、成功率を100パーセントに引き上げられる。ローレンは自分達に出来る限界ギリギリを見極めて立案したのだ。

 

 何より……傷心中の彼女を参謀として奮い立たせた自分が、一番に信じないでどうする。


「……やれやれ、仕方無いな。俺達の腕次第で実現可能ではあるんだ。どうせだし、派手にやってやるとするか!」

「えぇ、これはアタシ達のデビュー戦よ。最大戦果で、会場の度肝を抜いてやりましょう!!」


 肩をすくめながらもアクトは意気軒昂に頷き、コロナもチームの士気を高めるように戦意を燃やす。そうして、全員がローレンの作戦に同意するのだった。


「皆、ありがとう。それともう一つ、『若き魔道士の祭典』を勝ち抜いていく上で、懸念事項があるの……アクト。貴方はエクスの、聖剣の力を安易に使っては駄目よ」

「何?」


 いきなりエクスを引き合いに出され、アクトは思わずローレンに聞き返した。


「競技内容がどうであれ、貴方達の力なら、大抵の相手は正面から打ち破れるわ。でも、あの力には時間制限があるんでしょ?」

「……」


 エクスの権能の一つである《限界突破(リミット・オーバー)》は、契約者が潜在的に持つ魔力を、生存本能による限界をも超えて強制的に引き出す。だが、現状のアクトの技量では無駄が多く、引き出される魔力が活用されずに垂れ流しの状態となる事がある。


 日々、魔力制御の鍛錬は積んでいるとはいえ、未だエクスによってもたらされる莫大な力を御し切れているとは言い難い。使いどころを見極めずに何度も乱用していては、遠からず魔力が枯渇するのは目に見えている。


「力を見せて警戒されるのを防ぐ理由もあるけれど、それ以上に貴方はウチの貴重な前衛。貴方が消耗したら、陣形が一気に崩壊しかねない。だから、いざという時まで切り札は取っておくの。良いわね?」

「……そういう事なら分かった。という訳で、悪いなエクス。ヤバくなった時はガンガン頼らせてもらうから、その時は頼むぜ」

『――問題ありません。私はマスターの剣、貴方は貴方の意思のままに我が力を振るってください。』


 アクトの呼びかけに、霊体化して待機状態となっているエクスが彼の脳内で答えた――その時。


「「「……!」」」


 突如、競技場にけたたましい警報音――環境構築制御機能の起動の合図が鳴り響いた。


 直後、スタッフが居なくなった中央のフィールド上を、膨大な魔力が迸る。何本もの魔力の線がフィールドの端から端まで縦横無尽に伸びては絡み合い、幾何学模様の巨大な魔法陣を形成していく。


 どれだけ高度な魔法式が同時に作用しているのだろうか。一見しただけでは、その片鱗すら読み解くことが出来ない緻密にして大規模な魔法陣がその機能を発揮し、とある召喚術式を発動する。


「さぁ、おでましよ」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………召喚門へと姿を変えた法陣から重々しい音と震動を伴い、同位相異次元空間より現れ出でるは、競技場の高さを超える勢いでそびえ立つ巨大な黒鉄の塔だ。  


 優美さの欠片も感じられない漆黒の迷宮は、外観的な均整は整っているものの、不気味で近寄り難い印象を与える。荘厳な城や聖堂が醸し出すのとは別種の、悍ましさや禍々しさに満ちた威容を放っている。階層構造としても少し特殊で、第二、一、三、四階層の順に広いツボ型の構造となっている。


 そして、あの中には一体、どれだけの数の魔獣が待ち受けているのか。獣が持つ純粋にして凶暴な殺気、それが大量に束となって殺意の洪水となり、迷宮の外にまで漏れ出ている。


 まさに、"魔が伏す迷宮”。「若き魔道士の祭典」の名物の一つである大規模競技フィールドだ。


 ガラード帝国魔法学院にも試合や訓練用で使うそれなりの環境構築機能はあるが、帝国が誇る魔導技術を惜しみなく注ぎ込んで作られたこれは、まさに別次元だった。


 さらに、隣のフィールドでは第二試合の舞台となる疑似的な小都市が出現していた。空間を歪めて敷地を広げているだけあって、外から見ればまるでミニチュアのように映るが、それでも都市そのものは見た目では殆ど本物と見分けがつかない程の精巧な造りとなっている。


 どちらの舞台も、単調な建物や地形を作るのが精一杯な並の環境構築機能では出来ない芸当だ。


「チーム『奇なりし絆縁』、勝ちにいくわよ!!」

「応ッ!(うんっ!)(はいっ!)(勿論ッ!)」


 いよいよ始まる激闘に観客席が湧き立つ中、両チームは試合開始の信号弾と共に魔獣ひしめく宮殿へ突入した。



◆◇◆◇◆



 青白い炎のような魔法照明が不規則に設置された迷宮内部は、魔法で空間が歪められているため外観よりも遥かに広大だった。ただし、敷地の広さに対して照明の数はあまりに少なく、最低限の明るさしか保証されていない。


 迷宮と称されるだけの事はあり、内部構造も非常に激しく入り組んでいる。酷く殺風景で温かみの欠片も感じられない魔窟の闇が冷たい空気となって充満し、石造りの大広間や回廊、狭い通路などを複雑に、かつ不規則に繋げた構造は、人を迷わすのに特化している。


 そして、薄暗闇が支配する空間の陰には、大小様々な種類の魔獣が無数に潜んでいる。闇に蠢く奴らは殺意の籠った唸り声を上げながら、近くを通りかかる獲物を今か今かと待ち構えていた。


 迷宮内を徘徊する魔獣は野生ではなく、全て召喚術で人為的に配置されたものだ。召喚の際、侵入者に致命となる負傷を与えないよう設定されている。加えて、フィールド内には《不殺の結界》という選手の負傷を瀕死一歩手前に抑える特殊な結界が張られている。 


 だが、どれだけ安全策を備えていても万が一の事故は起きるし、たとえ殺されることはないと分かっていても、自分の背丈と同等かそれ以上の体躯を持つ獣が隊伍を成して次々と襲い掛かってくる様は、やはり原始的な恐怖を呼び覚まされる。


 中には命こそ助かったものの、魔獣の殺意に晒されたことで重度の心的外傷(トラウマ)を植え付けられ、魔道士生命を絶たれた者も居る。「若き魔道士の祭典」で一、二を争う危険な競技と言われるのも納得だ――しかし、それでも彼らは止まらない。時に非情に、強欲に、己が手で未来を切り拓かんとする魔道士として、求めるモノを掴むために。


「うぉおおおおおおおお――ッ!!」


 進む、進む、進む。仄暗き魔窟の闇より出でて、怒涛の如く押し寄せる異形の獣――魔獣の群れに、魔力を漲らせたアクトが全力疾走で正面から突撃する。


 襲い掛かってきた魔獣を順番に迎撃、などという消極的な手段はとらない。自ら猛速度で距離を詰めては、魔獣を剣の間合いに捉えるや否や、二之秘剣《雲耀》――雷速の斬撃を以て斬り捨てる。

 

 鬼気迫る勢いとは、まさにこの事。返り血で身体を真っ赤に染まりながらも、アクトは的確に急所を突くことで進路上の魔獣を一太刀の下に屠りつつ、一切止まることなく群れの中を猛然と突き進んでいく。


 だが当然、敵は進行方向から真っすぐ襲ってくるだけではない。テリトリーに侵入した獲物を狩るべく、後方から数体の魔獣が迫り、その爪や牙を容赦なく突き立てんとするが、


「【朱き魔弾よ】——【続く二射】――【さらなる三射】!」


 チーム「奇なりし絆縁」の最後尾、殿を務めるコロナが「連続詠唱(マルチ・アクション)」で炎弾を撃ち込んで撃破しつつ、後続の追撃を振り払っていく。


「コロナ、陣形を崩さないで! 無理に倒さなくても、熱で遠ざけるだけで良いわ!」

「分かってる! 【幼き紅竜の息吹よ】——【燃え上がれ】!」


 炎熱《火炎弾(ファイア・ボール)》や雷撃《紫電閃(ライトニング)》を主軸とした攻撃魔法で魔力消費を抑えつつ一体ずつ確実に倒し、それらで処理しきれない数が現れた場合は、「律令詠唱(コマンドオーダー)」や改変呪文で威力を上げた広範囲制圧魔法でまとめて薙ぎ払う。


 チームの連携が途切れないギリギリの距離感を見極めつつ、魔獣の攻撃対象が他の者に向かないようにいなさなければんらない。先頭同様、殿も負荷の重い役割だが、コロナは優れた瞬間状況判断力で魔法を巧みに使い分け、魔獣を追い払い続ける。


 走りながらの並行詠唱や照準も完璧であり、高性能移動砲台として十分に機能していた。


「アクト先輩もコロナ先輩も、凄い……!」

「本当、頼りになる二人だわ……! 次、二時の方角から『怒角猛猪(レイジ・ボア)』三、七時の方角から『硬殻巨蟲(シェル・セクト)』二体接近ッ!!」


 正面を斬り込み役のアクト、後方を殿のコロナが受け持ち、中心でリネアが索敵魔法で周囲を探り、彼女と一時的に使い魔契約を結んで情報を共有したローレンが指示を出しつつ状況に応じて補佐を行い、左右をアイリスが遊撃的にカバーする。これが彼らの基本的な陣形だ。


 どのポジションも大事な役回りだが、やはり最大の要であるのは、陣形の最も安全な場所に居る索敵役のリネアとローレンだ。 


 進行方向の先の状況すら確認が困難な暗闇が満ちるように、迷宮内は重度の視界不良が続く上、直線的な通路に対して直角に交差する脇道が多く存在する。


 不用意に進めば死角からの奇襲を受ける可能性が極めて高く、魔獣の早期発見と奇襲の防止を徹底しなければならない。故に、探知系魔法による索敵は必須であり、二人はチームの生命線と言っても良い。


 個々の能力の高さもあり、今の所は順調に魔獣の襲撃を退けられていた……しかし、何事にも例外はある。相手が人ではなく、大自然が産み落とした脅威であるなら尚更だ。


「……」

 

 アクトがこじ開けた道を駆け抜けながら、アイリスは他のメンバーへ指示を出すローレンの傍らで静かに神経を研ぎ澄ませ……刹那、闇の中から自分達の元へ急接近する"ソレ”の臭いを嗅ぎ取った。


「——来る!」


 直後、猛スピードで走る彼らからは丁度、死角となっていた左斜め後方の通路から、三体の黒い狼型の魔獣――「黒妖狼(ブラック・ウルフ)」が突如として姿を現した。リネアが索敵魔法の範囲を常に最大にしながら全方位を警戒していたのにも関わらず、だ。


 魔なる獣と呼ばれるだけあって、生物の規格を外れた魔獣は高い身体能力のみならず、種族ごとにそれぞれ特殊な能力を持っている。


 それは肉体や体内の器官に直接現れたり、目に見えなかったりと様々だが――黒妖狼の能力は「気配遮断」。文字通り、獲物の認識に干渉して自らの気配を隠し、さらには体表を特殊な波長の魔力で覆うことで探知系魔法からも反応を消してしまう、不意打ち特化の恐るべき能力だ。


『グルゥアアアアア――ッ!!』


 最優先で排除すべき敵が本能で分かるのだろう。強靭な四足の脚で冷たい床を疾く駆け、三体の黒妖狼はチームの頭脳であるローレン目掛け、殺意を剥き出しにしながら陣形の横っ腹に喰いつかんとする。


 その速度は相当なもので、《剛力ノ活性(フィジカル・ブースト)》を発動した魔道士の脚力に匹敵する。加えて、状況はほぼ奇襲に近い。


 救援は間に合わず、黒き大狼は少女の無防備な柔肌に鋭き爪牙を突き立てんと迫る――だが、獲物である筈の彼らに動揺はなかった。


「アイリス!」 

「はぁあああああああ――ッ!!」


 ローレンが指示を出すより早く、アイリスは既に動き出していた。


 初めにローレンへ飛びかかった一体目の頭部に、タイミングを合わせた回し蹴りを横から差し込み、常人離れした膂力を以て近くの壁に蹴り飛ばす。この一撃で十分なダメージは入ったようで、壁に叩き付けられたその黒妖狼は断末魔すら上げずにぴくりとも動かなくなった。  


 そして、続く二体目が繰り出した爪撃を、前もって付呪しておいた無系統《魔光(ライズ)昇華(・プライオリティ)》を纏う右の拳で流れるように迎撃。


「闘仙――【旋破】」


 高密度魔力が付与されたレパルド族の肌は魔獣の鋭爪といえど傷付けることは出来ず、動きを止めたが最後。跳び退って距離をとられる前に、残しておいた左拳を低位置から捻るように振り抜き、回転力と魔力を乗せた拳打をがら空きの腹部に叩き込んだ。


『~~~~~ッ!??』


 宙に打ち上げ、一体目同様、断末魔をもかけ消す程の衝撃で二体目も処理し――此処までかかった時間は約三秒。アイリスの拳と脚は全て伸び切っており、これ以上の迎撃行動はとれない。三体目の対処が間に合わず、今度こそローレンに魔獣の牙が迫るが、


「【氷の牙よ】!」

『ギャウン――ッ!?』


 それだけ稼げれば十分。ローレンの氷結【凍牙弾(フリーズ・バレット)】が完成し、発射された無数の氷礫が今まさに自分を襲おうとしていた黒妖狼を激しく打ち据えた。


「助かったわ!」

「これが役目ですから!」


 そう、過去に行われた「伏魔迷宮」の情報から、彼らはこの階層で最も脅威である黒妖狼の存在を始めから警戒していた。しかし、たとえ警戒していても「気配遮断」を持つ黒妖狼の接近を察知するのは難しい……そこでアイリスの出番だ。 


 たとえ気配を消し、探知系から魔法から逃れようと、物理的に存在が消えている訳ではない。レパルド族由来の鋭い五感と野生的な危機察知能力を持つ彼女は、魔獣の足音や臭いを正確に察知することが可能であり、遊撃兼チーム第二の索敵役として機能していた。


「ボサッとしないで! アクトと距離が離れ過ぎてるわよ!!」


 奇襲を無事に退けた所へ、殿から追い付いたコロナを二人を急かす。折角の点数獲得のチャンスにも関わらず、彼女らは沈黙した黒妖狼に止めを刺すことなく前進を始めた。


 会敵瞬殺。それが、「伏魔迷宮」を攻略する上での彼らの立ち回り方だった。ルートに立ち塞がる魔獣を、遭遇した瞬間に最大火力を以て撃破する。側面からの奇襲はアイリスの五感でカバーする。


 足を止めれば他の魔獣を集めてしまう事になり、時間を無駄にしていまう。倒した分だけ点も入るので決して無駄という訳ではないが、彼らの作戦上、時間のロスは点を取る機会を失うとしてでも抑えたい。


 迷宮内の魔獣は学生規格の初等魔法でも討伐可能なように耐久力が調整されており、幸い第一階層の魔獣は一撃か二撃で倒せる程度には弱く設定されているようだ。そのお陰で、今の所は時間のロスを極限まで短縮出来ていた。


「……ちょっと待って、今反応が……ローレン居たよ! 北西の方角、距離300メトリア!」

「!」


 再び陣形を組み直し、後を追ってくる魔獣をコロナと共に撃退するローレン。そこへ横から声を挟むのはリネアだ。


 彼女は接近してくる魔獣の発見の他に、もう一つ――チーム「獣狩リノ導師」を探す役割を与えられていた。絶えず移動しながら複数の目標の位置を探すのは難しいため、ローレンと使い魔契約を結ぶことで索敵を補助していたのだ。


 ローレンがリネアから受け取った結果では、反対側の入り口から突入した彼らも同様に魔獣を狩りながら順調に迷宮を進んでいた。


 こちらがそれなりに先行しているものの、此処までノンストップで進んで来た自分達と大きく離されていない辺り、やはり魔獣討伐の手際に関しては彼らに分があるようだ。


「このルートからして、あっちも第二階層に上がるつもりだと思うよ!」

「なるほど。迷いなく上に行くという事は、上の階層でも問題なく狩りを続けられる実力がある……都合が良いわ。『手間』が省ける」


 索敵結果と現在の状況を元に、《機動定石》を駆使して作戦成功率を再計算。その上で、脳内演算を爆速で回し、ペース配分と計画を修正し……展開を"読み切った”ローレンは、一人ほくそ笑む。


「こちらの方が先に着く。アクトは先行して第二階層の地形を確認! リネアは相手の位置を見失わないよう常に確認を! 此処からが作戦の本番よ。各自、気を抜かないで!!」

「「「「了解ッ!!」」」」


 自分が立てた作戦を、仲間が全力を出して遂行してくれる。これだけ指揮官冥利に尽きる事もそうはあるまい。そんな想いを抱くローレンの号令に、チームの面々は力強く応えた。


「さぁ、最速で行くわよ」



伏魔迷宮の外観は、SAOのアインクラッドのようなイメージしていただければ分かりやすいと思います。

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