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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
4章 若き魔道士の祭典編(上) ~始まりの祭典~
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102話 波乱の交流会②


「先程ぶりであるな、アクト殿。確信を持っていたとはいえ、また会えてよかった」


 刀を構えたまま首を後ろに回し、謎の介入者――サンジョウノ=ツバキは、凛然とした笑みをアクトに投げかけた。


「ツバキ……何で此処に?」

「積もる話は後で。先ずはこの場を収めるとしよう」


 颯爽と現れたツバキ達は、本気でこの一触即発の場を収めるべく士官候補生達と対峙する。実際、彼らも突然の第三者の介入によって状況が呑み込めず、戦意が削がれている。


 二人の存在が、この張り詰めた空気を僅かに緩ませたのだ。事態を終息させるには今しか無い。

 

「誰だか知らないけど、どいてよ……!!」


 しかし、ローレンだけはまだ怒りが静まらなかった。普段の冷静沈着な彼女からは考えられない暴れっぷりで、このままでは無差別な魔法攻撃に出て周囲を巻き込みかねない。


「テンコ、頼む」

「分かっとる――《我道》」


 背中を預け合うツバキの短い指示に、テンコと呼ばれた白髪の少女が頷いた――刹那。その姿がかき消えたかと思えば、彼女は全員の視線を置き去りにし、ローレンの懐深くまで潜り込んでいた。


 距離にしてみれば10メトリアも無い至近距離。それでも、身体強化による高速移動とは次元が違う、まるで本当に点から点へ瞬間移動したかのような速度だ。


(な、いつの間に!?)

「ちょっと堪忍な」


 ローレンを抑えていたアイリスが自身の反射神経でも捉えきれない速度に驚愕していると、テンコは魔力を宿らせた指で素早く彼女の額に何かの印を描く。


「【高枕無憂・彼の魂を鎮めよ・急急如律令】」


 そして、両手でさらに印を組みながら帝国の呪文体系とは異なる呪文を括った。


「くっ、離し、て……うぅ……うっ…………」


 直後、ローレンの額で印が弾け、興奮状態の彼女の形相から怒気が急速に引いていく。そして、怒りの火が消え去ったローレンは気を失ったように目を閉じて脱力し……やがて、小さな寝息を立て始めた。


「ローレン……よかったぁ……あ、ありがとうございます」

「昂った精神を鎮める《鎮静之法》や。元は錯乱状態の人間を落ち着かせる術やし、一時間もしたら起きてくると思うで。……にしても、何か妙な気が残っとるな……」


 床に崩れ落ちそうになるローレンを抱きかかえ、リネアが安堵の溜め息を吐く。リネアの感謝にテンコは薄く笑って応じるが、ローレンに触れた時に感じた異質な気配を思い返し、怪訝な表情で呟く。


 気になるとこではあるものの、相棒の言う通り場を収めるのが最優先であると後回しにした。


「さてと……さっきのやり取り見てたで。先にこの人の事を煽ったのはアンタらや。此処で争ったところで、後々不利になるのはそっちやで?」

「……ッ!」

「アンタら軍人みたいやし、血気盛んそうやしな……それでも喧嘩するってなら、ウチらが良い値で買うたんで?」


 ツバキと共に士官候補生達を睨み据え、テンコは先程構えていた紋様入りの札を床に数枚投げ、複雑な印を結ぶ。すると、規則的に配置された札が瞬時に燃え上がり、青白い炎となって渦を巻く。


 ただの炎ではない。テンコの周囲で静かに燃える青炎は、まるで炎そのものが意思を持っているかのようにうねっている。


「ぐっ……お前ら、帝国の人間じゃないな。何者だ?」


 二人が放つ剣気と魔力に圧されながらも、士官候補生達は他国の人間に警戒心を剥き出しにする。


「拙者は、私立ダムシリアン魔法学院のチーム『剣妖万華』所属、皇国より留学生として参ったサンジョウノ=ツバキである」

「同じく、テンコ=ホウライや」


 そんな彼らの敵意にもまったく怯まず、異邦の少女達は堂々と名乗った。


「アマテラス皇国の人間か……!」

「で、どうするんや? 未来の帝国軍人の実力がどれ程のものか、試させてもらおうか?」 


 最早、趨勢は決した。火種であるローレンは意識を失い、頭数では上回られた。騒ぎも広まって他の選手達からの注目も集め過ぎているし、いずれ大会運営委員や監督の教師達が出張ってきかねない。


「チッ……まぁ良い。ローレンに伝えておいてくれよ。試合で当たった時、お前がどれだけ弱くなったか楽しみにさせてもらうってな」


 これ以上の騒ぎを大きくするのは得策ではない。不利を悟ったエドガーの捨て台詞と共に、士官候補生達は会場を後にするのだった。


 ――乱闘未遂騒ぎからしばらく経った後。時間をずらし、眠ってしまったローレンをリネアとアイリスが付き添いで介抱し、三人は先に部屋に戻っていった。


 緊迫した空気も緩んで会場内は元の雰囲気に戻り、選手達の賑やかな声で満たされつつあった。


「いやはや、止められてよかった」


 チームを代表して残ったアクトとコロナに、ツバキは頬をぽりぽりと掻きながら苦笑を浮かべた。


「アクト殿と、あの士官学校の御仁、どちらも相当な実力者である故、実力行使で止めれたかどうか、内心冷や冷やしていたでござるよ」

「……悪い、助かったよ。そっちの人も、ローレンを助けてくれてありがとな」

「かまへんかまへん。困った時はお互い様や。ウチらかて、乱闘騒ぎになって大会がおじゃんになるのは嫌やしな」


 申し訳なさそうに頭を下げるアクト。現に、あそこで彼女達が割れこんでくれなければ、互いに引き際を失って戦闘になってたかもしれない。そうなった場合、戦わずして自分達の目的を果たす機会を失うところだった。


 リネアとアイリスは静観を貫き、コロナは激怒こそしていたが決して手を出すことはなかっただろう。ローレンを除き、あの場で本気で剣を抜こうとしていたのは自分だけだ。


 チームメイトを侮辱されたとはいえ、目的を見失って目先の怒りを制御出来ないようでは本末転倒だ。まだまだ精進が足りないと、アクトはこの悔恨を強く噛みしめるのだった。 


「にしても……ツバキといい、そっちの子の怪しげな魔法といい、アンタ達、留学生だったのか」

「怪しい言うなや。アレはれっきとした『呪術』や『呪術』。まぁ、皇国式の魔法みたいなもんやな」

「アレが噂の『呪術』なのね。さっきローレンや眠らせた術やあの青い炎……魔法式の基礎的な理論が帝国の物と全然違っていたけど、道理で……」


 気を取り直し、アクト達は改めて互いの素性を語る。昼間のひったくり事件で顔を合わせていないコロナとツバキ達はこれが初対面だが、女子同士そう時間はかからず打ち解けることが出来た。


 特に、コロナとテンコはそれぞれ異なる体系の魔法を操る者として、魔法談義に花を咲かせていた。


 冷戦状態にある「連邦」と違い、帝国と皇国に敵対関係は無いが、そこまで友好関係がある訳でもない。特に魔法関係の情報は軍事機密として厳重に取り扱われるため、他国の術式について知る機会は少ない。こういった場で得られる情報は、互いに新鮮だった。


「ダムシリアン魔法学院所属って言ってたわね。確かあそこは、国内外から色々な人材を編入性や留学生として取り入れるスタンスで有名だった筈。アンタ達は皇国からの留学枠で帝国に来たって訳ね」

「左様。学生同士の大きな大会が開かれると聞き、見分を広めるために参った次第。この期を逃す手は無いと、テンコ共々こうしてお仲間に加えさせて頂いたのでござる」


 そう言って、ツバキは少し離れたテーブルに陣取る三人組に手を振った。留学組とは違い、ダムシリアン魔法学院の制服を着ているあちらの三人は、普通の帝国人のようだ。


「我々が参加した目的は一つ……ずばり、より強き者との熱き闘争。アクト殿、遠き異国の地にて、貴殿のような武人と巡り合えるとは思わなんだ。此度の大会、相まみえた時は、全力でお相手つかまつる」

「ウチはテンコほど戦闘狂じゃないけどな。帝国が誇る魔法や魔導技術がどれ程のものか、この目で確かめるために来たんや……けど、コロナやったか? あっちの同じ制服着とる連中も相当にデキる感じやけど、ウチの見た限り、この中ではあんたが一番手強そうや。楽しみにしてるで?」

 

 武人は武人、魔道士は魔道士、似た者同士は引かれ合うと言うべきか。ツバキはアクトへ、テンコはコロナへ向け、期待混じりの戦意を飛ばした。


 自分達と同等、あるいはそれ以上の実力を持つであろう強者の気迫をぶつけられ――アクト達は、不敵に笑った。


「強者との戦いか……ふっ、そうか。分かったよ。恩を仇で返す訳じゃないが、もし当たった時は、全力で相手させてもらうぜ」

「えぇ、そうね。皇国の『呪術』がどれ程のものか、楽しみにさせてもらうわ」


 二人の反応は、言うまでもなかった。それぞれ果たさなければならない目的はあるが、彼らとて、強者との血躍る競り合いは望むところなのだから。


 チーム「奇なりし絆縁」とチーム「剣妖万華」。恐らく本大会の優勝候補である両チームの代表は、好戦的な笑みを浮かべながら激しい火花を散らした。


「それでは、チームの皆と話もある故、我々はこれで失礼する。……どうやら、他にも貴殿らと話をしたい者が居るようなのでな」


 視界の端を流し見たツバキは話を切り上ると、テンコと共にチームメイトの元へ戻っていった。


 そして、二人が完全に離れたタイミングを見計らい、また一人の人物がアクト達の元にやって来る。


「少し良いでしょうか?」


 眩い金髪を背中まで流した少女だ。その物腰は穏やかで大人びており、同年代と思えない落ち着いた雰囲気はチーム「賢しき智慧梟の魔道士」の回復役であるエイラ=フローレスに近い。


 とある儀式法衣を元にした白い制服を纏う姿は、まるで本物の神官のようだ。さらに、その身の内に秘められし澄み切った魔力の気配も本物。紛うことなき実力者の証だ。


 だが、大多数の者にとって好印象を与えるような神聖さと美しさを兼ね備えた格好で近付いてくる少女を、アクト達は険しい顔で見つめている。何故なら、


「その制服は……」

「推測の通りです――私は、エリネイス魔法学院所属、チーム『法歌の聖戦隊(クリュセ・スクワイア)』リーダーのミューズ=エスクラド。どうぞよろしくお願いいたします」


 私立エリネイス魔法学院。その名は、ガラード帝国魔法学院の関係者にとっては忘れたくても忘れらない名だ。

 

 四ヶ月前、魔導テロ組織ルクセリオンが引き起こした学院襲撃事件……その発端とも言うべき自爆テロを実行したのは、エリネイス魔法学院から特別講師として招かれた人間だったのだから。  


 元々、二校の間に交友関係は殆どなかった。だが、死者数十名を出したあの大事件以降、因縁浅からぬ間柄となったのだ。


「「……」」

「皆さんが警戒するのは分かります。そんな態度をとられても仕方が無い原因を、我が校は作ってしまったのだから」

 

 生徒自治会の議長を勤めているミューズは、あの事件について他の生徒よりも多くの情報を学院側から得ているという。故に、自分達の学校の教師が余所の学校に起こした非道の内容を、ある程度知っていた。


「いち生徒が何かを言ったところで、関係が改善する訳でもありませんが……我が校の人間が取り返しのつかない事をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 そう言って、ミューズは深々とアクト達に頭を下げた。


「お、おい……?」


 対面するアクト達には分かる。彼女は単なる形式的な謝罪をしているのではない。本気で亡くなった者達を憂い、彼らの冥福を祈り、安らかな眠りを願っている。そこには純粋な謝罪の意思があった。


「大勢の人命が失われ、謝って済むような話でない事は重々承知しています。しかし、一つのけじめとして謝らせて欲しいのです」

「ちょ、ちょっと、頭上げなさいよ! 講師の中にルクセリオンの構成員が居たってだけで、アンタ達生徒は何の関係も無いじゃないの」


 無念の感情と共にいつまでも頭を下げ続けるミューズを、コロナは慌てて立ち直らせた。


 あの事件で、コロナも知り合いや友達を亡くしている。だが、工作員を入れてしまったエリネイス学院側に責任はあれど、諸悪の根源はルクセリオンだ。どちらかと言えば、ミューズ達も連中のテロの割を食った被害者なのだ。


 確かに、学院の関係者に悪感情がまったく無い訳ではない。事件の直ぐ後なら文句の一つや二つも言っただろうが、それくらいの分別はつく。


「でも、よく出場出来たわね。責任問題を問われて出場停止になってもおかしくないのに」

「そこは、こちらの校長が魔導省に掛け合ったお陰だと思います。さっき、士官学校の彼が話していたでしょう。出場枠のために他の学校の枠が一つ減ったと。その対象がウチになったんです」

「なるほど、さっきの話が此処で繋がる訳ね」


 士官候補生達が「若き魔道士の祭典」に参加した理由は、エドガーが言っていた将来的な戦力増強のためだけではないようだ。


 軍学校の参加枠をねじ込みたい国軍省と、学院襲撃事件の責任の一端をエリネイス魔法学院に追及する必要があった魔導省、両者の思惑と利害が一致した結果なのだろう。


「当然ですが、あの一件で対外的な我が校の評判は地に落ちてしまいました。まさにどん底、失った信用はそう易々と取り戻せるものではありません……しかし、だからこそ私は『若き魔道士の祭典』で結果を残し、母校の信用回復に貢献したいと思っています」

「……」


 狙うは優勝。文字通り学院の威信の全てを背負って立つ覚悟で、ミューズは宣言した。


 奇しくも、彼女がこの大会に懸ける動機は、コロナのイグニス家再興のための名声の獲得と似ている。似た目的を持つ者として、コロナは思うところがあった。


「目的のために、私達は全力で勝ちにいきます。だから、皆さんと戦うことになっても遠慮は出来ません」 

「勿論よ。半端な覚悟で戦いの場に上がってこられても白けるだけだわ。アタシ達だって、譲れない願いのために戦ってるの。こっちも全霊を以て、アンタ達を叩き潰す」


 憎むべき仇敵ではなく、堂々と打ち負かすべきライバルとして、コロナは真っ向からミューズに応える。


「……ありがとうございます」

 

 そんなコロナの真っすぐな想いを受け取ったのか、ミューズは柔らかな笑みで短い感謝を述べ、会場を去っていった。


「さて……随分とまぁ、濃い連中が集まったもんだな」


 自分達に接触してくる者が居なくなり、ようやく落ち着けたアクトは料理を口に運びながら、交流会が始まってから出会った者達の事を振り返った。


 帝国軍の士官候補生、皇国からの留学生、因縁の学院……たった一時間でこれだけの相手が現れたのだ。しかも、全員が同年代と比べても遥かに優秀な実力者ばかり。


 接触してこなかっただけで、「若き魔道士の祭典」にはまだ見ぬ実力者が控えているに違いない。一戦たりとも気を抜けなさそうな状況に、頭が痛くなるばかりだ。


 ……それでも、やるべき事は変わらない。自分にやれる精一杯で、チームを優勝に導くのみ。


「……誰が相手だろうと、倒すだけ。絶対に勝つわよ、アクト」

「あぁ、分かってるよ」


 恐らく自分と同じ想いで静かな闘志を燃やすコロナに、アクトは力強く頷く。


 かくして、再会と因縁、そして決着。様々な波乱の予感を孕み、交友の夜は更けていくのだった。


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