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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
4章 若き魔道士の祭典編(上) ~始まりの祭典~
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100話 帝都へ


 その後、何度か小休止を挟み、ステージで馬を繋ぎ変え、幾つかの関所を超えつつ、一行を乗せた馬車は帝国中部「リヨン地方」を北上、順調に「ベルンド地方」の帝都への道程を消化していく。


 道中、トラブルと呼べるような出来事も起こらず、実に快適な旅であった。


 そして、オーフェンを出立して三日目。頭上の太陽もそろそろ頂点に差し掛かろうという頃、小高い丘陵が続く街道の舗装路を超えた先に、それは遂に現れた。


「お、見えてきたな」


 馬車の開けた二階席で日光浴をしていたアクトが、一行の誰よりも早くそれを見つける。


 丘の向こう側から現れたのは、巨大な壁だった。オーフェン市壁のそれよりも長く分厚い城壁が、左右にどこまでも伸びてそびえ立っているのだ。


 遠目からでもはっきり大きいと分かる城壁には、これまた立派な城門がその口を開けている。


 絢爛豪華な装飾が施された立派なその門は、防衛関係の設備としては明らかに特別製だ。所々、経年劣化で僅かにヒビが入ったり風化している部分もあるが、それらを差し引いても、何百年分もの歴史を感じさせる威厳と頼もしさがあった。


「『ル・イクシア凱旋門』だ。もうすぐ着くな」 


 要所を堅固な城壁で守られた帝都には大小様々な通行用の門が存在し、あの巨大な城門は南の大門に位置している。それに加え、あの門は通行用のみならず、凱旋門としての側面も持っているのだ。


 通常、凱旋門は軍事的勝利を納めた際の記念碑として建てる物だ。しかし、ガラード帝国建国初期の時代、帝都南門から出撃した軍は、歴史上、幾度も勝利を重ねてきたとされている。


 故に、建国の祖達はあの門を造られた後から凱旋門と定め、勝利と栄光の象徴として崇め続けてきたのだ。


 そのような超、縁起の良い建造物を今さら壊して新築する訳にもいかず、あの南門は改修と修繕を繰り返し、通行用と記念品を兼ねた特別な門として今も使われているのだ。


 要するに、大掛かりなゲン担ぎ兼、予算削減である。年に一回の軍事パレードも、恒例としてあそこを出発地点として行われるようになっている。


「今までこっちから入った事なかったから、何か新鮮な気がするな」


 そして間もなく、一行はこの旅の終着点である「ボレアス大街道」最後の関所に差し掛かった。関所前には、違う道を通って別の地方、あるいは別の国からやって来たのであろう馬車が複数停車していた。


 純粋に観光目的で訪れた一般人、大都市に出て名を上げようと野心を燃やす若者、商魂たくましく商品の売り込に励む行商人などなど、検問の順番待ちのために立往生する人々で、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。


 そうした人々も時間と共にやがてハケていき、遂に彼らの順番が回ってくる。身分証の確認から滞在の目的、所持品や武器の確認など、厳しい衛兵のチェックを受けるも、特に問題もなく馬車は関所を通過した。

 

 今までの舗装路とは異なる上質な石材造りの道路をカタカタと車輪で小気味よく鳴らし、近くで見るとやはり圧巻な凱旋門の下をくぐり抜け――


「うわぁ……!!」


 その先に突如として広がった光景に、ある者は感嘆の声を漏らし、ある者は圧倒されたように目を見開いて固まった。


 古き良き古典様式と最先端様式建築の建物が所狭しと立ち並び、乱雑としながらも新古に富んだ美しき街並み。その下を行き交う大量の人と物が生み出す未だかつて経験した事が無い熱烈な活気が、彼らを怒涛の勢いで出迎えた。


 進行方向を見失いそうになる程に街路を埋め尽くす人々は、どこからか現れては忙しそうにどこかへと消えていき、いたるところで屋台やバザーが開かれ、個人商店や大商会傘下の販売店などが客を取り合って商売合戦を繰り広げている。


 道行く別の馬車は、やはり沢山の人や物資を乗せ、ひっきりなしに都市を走り回っている。


 少し開けたスペースでは、いわゆる野良演奏という形で音楽家達が美しい音色を奏で、大道芸人が鮮やかなパフォーマンスを披露し、それを見た通行人が拍手と共に幾ばくかの金を落としていく。


「此処が、帝都バハルース……!」

「噂には聞いてたけど、こんなに栄えてるなんて……凄い……」


 そんな活気に満ち溢れた帝都の中央通りを目的地に向けて進む中、馬車から顔を出したアイリスを目を輝かせ、きょろきょろと物珍しさそうに辺りを見回している。彼女ほどではないが、初めて訪れたリネアも少し興奮気味だ。


「広過ぎるでしょ……これ、全部見て回るのにどれだけかかるのかしら……」


 小さい頃、両親に連れられて何度か訪れた事があるコロナも似たような反応で、幼少期の記憶を遥かに凌駕する大都市のスケールに圧されている。


「相変わらず、此処は賑やかだな」

「そっか。アクト君は来た事あるんだっけ?」

「傭兵時代に何度かな。けど、来る度に景色が変わって見えるぜ。帝都はこの国で最も栄えた都市であると同時に、地方都市から諸外国まで、ありとあらゆる人材や技術が集まってくる。色んな文化を吸収して、まだまだ発展を続けてるんだ」


 分厚い城壁のせいで排他的と思われがちだが、都市間交通輸送手段の発達、各地方を繋ぐ鋼鉄列車の普及などで、帝都への人と物の出入りは激しい。大手商会や民間企業も本拠地を此処に構える事が多い。


 中央市場サンライズ・ストリート、王立魔導研究院、ガラード帝国大学、クルス=ソルシア鉄道駅、ガルエニーナ大劇場、聖ノトゥス=ダカルド神殿――世界的に有名な施設、観光地、歴史的名所も数多く存在し、これだけの物を擁する都市は片手で数えるくらいしか無いだろう。


 そして、やはり目を引くのは都市中心部にそびえ立つ、質実剛健を絵に描いた荘厳な城だ。他よりも高い立地から帝都を見下ろす城館の傍を絢爛優美な宮殿が囲い、さらにその周りを魔法と魔導技術も駆使した防衛設備が守り、厳重な警備が敷かれている。

 

 この国の最高指導者――皇帝が座する最重要地「オルベール城」と、王族の居住地にして各大臣や執政官が集う宮殿「紅竜宮」だ。


「帝国第二の都市って言われてるオーフェンも、規模としては相当に大きい筈なんだけど……これを見た後じゃ、見劣りするって言わざるを得ないね」

「えぇ……まさに、帝国の中心地と呼ぶにふさわしい場所だわ……」

 

 いよいよ始まるのだ。学生魔道士最強を決める大会「若き魔道士の祭典(フェスタ)」が。こうして仲間と共に帝都へ足を踏み入れると、その実感がふつふつと湧いてくる。


 これまで色々あったし、苦労も多々あった。だが、遂に此処まで来たのだ。イグニス家再興という夢の実現、その第一歩となる決戦の舞台に――人知れず拳を固く握りしめ、コロナは決意を新たにするのだった。


「……」


 静かに闘争心を燃やすコロナとは対照的に、ローレンは馬車内の仲間達から離れた所で、帝都の街並みをただぼーっと眺めていた。


 緩やかに後方へ流れていく活気ある光景を映す水色の瞳は、どこか冷めていて……誰か大切な人に置いてきぼりにされたような、若干の悲壮さが滲んでいた。


「ローレン? どうしたの?」


 そんなローレンの様子に気付いたリネアが声をかけるが、


「……大丈夫よ。ちょっと酔っただけだから。すぐ落ち着くと思うから気にしないで頂戴」


 言葉を選びながらも、彼女を素っ気なく遠ざけてしまった。


 帝国魔導武門筆頭のフェルグラント公爵家の嫡子であるローレンは、産まれた瞬間から将来、帝国軍人となる道が決められている。故に、訳あってガラード帝国魔法学院に通うまでは帝都で暮らし、士官候補生として軍学校に通っていた。


 産まれも育ちも帝都の彼女にとって、多少の変化はあれど、此処は見知った風景だ。むしろ、街そのものに対する郷愁や思い入れは、オーフェンよりもずっと強い。


 ……それでも、だ。今のローレンには、久方ぶりの故郷への帰還を、まったく喜ぶ気にはなれなかった。


「……あの人は、来てるのかな……」


 掠れるように弱々しく吐き出されたローレンの呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。


 ――程なくして、一行は予定していたホテルに到着した。大会運営委員が手配して貸し切り状態となっているホテルであり、他の代表チームの選手も此処に宿泊している。大会開催の数日間における彼らの拠点だ。


 今夜開かれる前夜祭のパーティーも、このホテルのホールで行われる手筈となっている。


「荷物を置き次第、自由行動とする。パーティー開始の一時間前には準備しておくように。以上、解散」


 クラサメがこの後の予定と指示を伝えた後、アクト達は「賢しき智慧梟の魔道士」の面々と別れ、それぞれの部屋に入った。部屋割りはコロナ、リネア、エクスの三人部屋(エクスは素性を隠して同行しているため)、アイリス、ローレンの二人部屋、アクトは一人部屋だ。


 準備を含めてもパーティー開始まではまだ時間があるため、それまで何をしようかという話になった際、アイリス、ローレンは疲れたから部屋で休むと言ってホテルに残り、リネアは前々から行きたかった場所があると言って別活動をとる事になった。エクスは実体化時間の限界がきたため、霊体化して休眠している。


 そして、アクトとコロナは――


「遂に来たわよ、『パリヴェイユ』!」


 いの一番にホテルを出て、商業区のリベル・ストリート三番街にある有名な製菓店を訪れていた。店の場所は出発前に調べていたので、初めての場所でもそこまで迷いはしなかった。


「昔、リネアの両親が買ってきてくれたのを食べて以来、この店のケーキをもう一度食べるの、凄く楽しみにしてたのよ。保存用の冷凍魔法を解呪した後だと味が落ちるから、やっぱり食べるなら生じゃなきゃね」

「それは旅の途中で散々聞いたけどよ……ったく、大会が始まる前からこんなに緩くて良いもんかね」

「変に意識し過ぎて緊張するよりかはマシでしょ? アンタも食べてみれば分かるわよ。此処のは本当に絶品なんだから」


 コロナの言う通り、相当な名店なのだろう。今しがた並び始めたアクト達の前には、これでも大量の客が長蛇の列を作っており、彼らの後ろにも既に新たな行列が生まれつつある。歩道にはみ出した列が通行人の邪魔にならないよう、店員が店先に出て誘導している程だ。

 

 お手頃価格で絶品スイーツが味わえるというコンセプト通り、労働者階級の一般人から上流階級の貴婦人まで、幅広い層が並んでいる。 見るからに貴族の風格を漂わせる人間が取り寄せずにこうしてわざわざ並んで買いに来る辺り、余程の物であるに違いない。

 

 店員達が忙しなく動き回る店内のショーウインドウには、色とりどりのスイーツが陳列されており、それは列の途中に設置されているメニューが書かれた看板越しでも、否応なく美味を予感させる。


「……」


 甘い物があまり得意でないアクトでさえもごくりと喉を鳴らすほど。


「……確かに美味そうだな」

「でしょ?」


 何だか負けたような気がしてそっぽを向くアクトに、コロナはドヤ顔で胸を張る。まぁ、試合前日から気負い過ぎて、当日に参ってしまうのもよろしくない。今ぐらいは好きにさせておくかと、アクトは納得しておくことにした。


 あの大行列とは裏腹に幸い回転率は高いらしく、雑談に興じつつ列に並ぶこと約三十分。あまり待つことなく、アクト達の順番がやってきた。


 事前情報やメニュー表を見て既に買う物は決まっている。カウンターの前に立ち、うきうきとした表情でコロナが注文しようとした――その時だった。


「きゃあああああああ――ッ!??」


 甲高い女性の悲鳴が、至近距離でアクト達の耳朶を揺らした。


「「——ッ!!」」


 ばっ、とこの場に居る全ての者が悲鳴のした方を振り向いた瞬間、彼らの視線とは逆方向に猛速度で過ぎる人影が一つ。アクトだけが反射的に視線を切り返して追うと、何者かが群衆を押しのけて走り去っていくのが見えた。


 浮浪者が被るようなボロのフードと外套を纏って顔は見えないが、体格や走り方からして男。そして、そんな恰好の男が持つには不自然な女物の高価そうなバッグを肩にかけている。


「ひったくり! ひったくりよーッ!!」


 悲鳴の発生源では、身なりの良さそうな婦人が、近くに居た者に支えられながら叫んでいる。状況は一目瞭然だった。


「アクトは追って!」

「分かってる! ああもう、着いて早々トラブル発生かよ!」


 二人の判断は早かった。コロナは警備官を呼びに、アクトは泥棒を追ってそれぞれ駆け出す。


「待てッ!!」


 かくして、アクトと泥棒の追跡劇が始まった。距離こそ開けているものの、迷いなき状況判断と素早い走り出しのお陰で、アクトは対象を見失わず視界に収めている。


 さらに、泥棒が過ぎ去った後の、騒ぎ反応して通行人が道端に避けたことで出来た道を辿ることで、順調に距離を縮めていく。


 この人混みの中で、アクトが手加減抜きの全力疾走中に通行人とぶつかりでもすれば、大惨事だ。肉体を魔力で強化した魔道士との衝突など、一般人にとっては魔獣に突き飛ばされるのと変わらない。


 故に、アクトは最小限の魔力量による強化に留めざるを得ない。それでも、常人であればアクトの脚から逃れるなど不可能。全力を出せない事を差し引いても、追い付くのは容易――の筈だった。


「チッ……!」


 三番街を南下し、熾烈なチェイスを続けて約五分。アクトは変わらず泥棒の姿を捕捉してはいるが、ある時点から、両者の距離が中々縮まらなくなった。


 実際、徐々に追い付いてきてはいる。このまま追えばもうすぐ捕らえられるのに、一歩ごとに埋まる距離があまりにも遠い。


 その理由を、アクトは泥棒の挙動から直ぐに理解した。


(足元に微かな魔力の痕跡……コイツ、魔道士崩れか!)


 泥棒もまた、魔力放出による行動強化で人間離れした速度を得ているのだ。さらには接地面にも微量の魔力をぶつけることで、その反発でさらに加速している。


 しかも、土地勘は完全に向こうが上手だ。逃走経路を迷いなく滑らかに駆け抜ける泥棒に対して、単純な足の速さなら勝っているアクトも、未知なる場所ではどうしても減速を強いられてしまう。


 アクトの追跡にも動揺を示さない様子から、追われるのにも慣れている感じだ。


 追って、逃げて、追い続けた果てに、両者は商業区大通りに繋がる小さな脇道に差し掛かる。目前には、広い街路を大量の通行人が歩いているのが見えた。


 その時、フードに隠された泥棒の口元が、醜悪な弧を描く。


(マズい! 人混みに紛れる気か!)


 先に到達した泥棒は脇道を素早く右に曲がり、アクトは泥棒の姿を一瞬、見失ってしまう。


 数秒遅れてアクトも大通りに飛び出したが――泥棒の姿は道行く通行人の中に溶けて消え、どこにもなかった。


「クソッ!」


 脱ぎ捨てられていたフードと外套を拾い上げ、アクトが毒づく。


 追手の視界を切った僅かな隙に、即座に変装。しかもそれを周囲の誰にも気取らせていない。どうやら隠形にも優れているようだ。


 あの手際からして常習犯のようだし、並の警備官では捕まえられないのも無理はない。魔道士を捕まえられるのは同じ魔道士だけだが、魔導関係出身の警備官の人数は非常に少ない。


 仮に居たとしても、これだけの人混みの中に消えてしまっては魔法を以てしても探すのは至難の業だ。


 恐らく何度も撒かれてしまったのであろう警備官同様、アクトも追跡を諦め……は、しなかった。


(まだだ。まだ、手はある。馬車に揺られてばっかりで緩んでたからな。大会前に鈍った感覚を戻すのには丁度良い機会だ)


 そして、アクトはそっと目を閉じ、自身の内側で全神経を研ぎ澄ませ――



◆◇◆◇◆◇


 帝都バハルース商業区。住民向けの一般雑貨や食料品に始まり、一部の好事家向けの骨董品、魔道士向けの希少な魔法素材、魔導書、魔導具などなど、古今東西の品々が揃う都市最大地区の大通りは、昼夜問わず大勢の人間で溢れかえっている。


 特に最近は、帝国が誇る魔法教育機関のエリート達が一堂に会する「若き魔道士の祭典」が開催されるだけあって、多くの観光客が足を運んでおり、市場は年に数回ある繁忙期を迎えている。


 今日も今日とて、様々な目的のために人々が行き交う中、大通りを一人のある男が歩いていた。


 他の地区に向かう人の流れに身を任せてとぼとぼと歩くその男は、一見するとただの冴えない中年の一般人でしかない――だが、この男の正体は、先程、三番街で騒ぎを起こしたあのひったくり犯であった。

 

 なんとこの男、前職は帝都警邏庁勤務の警備官だった。地方の魔法教育機関を卒業後、男は引く手数多な警備官の魔道士採用枠として就職して以来、魔道士の特権を笠に着て不正や横領を繰り返していた。


 だが、上層部の捜査によって不正が露見し、あっさりクビになってしまった。そして、こういった魔道士の犯罪履歴は厳重に管理、魔法関係の省庁や民間企業に送られるため、魔道士としての立場をほぼ完全に失ったのである。


 かといって、魔道士のプライドが邪魔して今さら一般企業で働こうという気も起きず、こうしてひったくりや泥棒などで食い繋いでいたのだ。要は、社会不適合な魔道士の成れの果てである。


 今まで捕まらなかったのも、元警備官であるが故に巡回の人数、時間、経路を知り尽くしていたからだ。待ち伏せを受けて追われた時も、魔力を用いた肉体強化と、元々適正があった偽装と隠蔽の魔法を活用し、何とか生き延びてきた。


 流石に警戒が厳重になってきたため、今回の仕事は念入りな下調べを重ねて臨むことにした――だが、首尾よく盗みを終えた自分を追ってきたのは警備官ではなく、なんと子供だった。 


 状況から察するにあの店に並んでいた客の一人だろうが、驚異的な足の速さだった。恐らくは自分と魔道士だろう。そこいらの警備官などよりも恐ろしく速く、危うく捕まるところだった。


 それでも、此処まで逃げ切ってしまえば関係無い。この群衆の中から、たった一人を見つけ出すなど不可能だ。ましてや、変装を解いた今の自分の恰好は、他の通行人とまったく変わらないのだから。


 男はそう結論付け、肩にかけた高価そうなバッグに目を向ける。今回は下調べの段階で身なりの良さそうな人間を狙って盗んだため、収穫には期待出来る。


 早速、家に帰って戦利品の確認だ、と男がほくそ笑んだ――次の瞬間。左右後方から伸びてきた異なる()()()()に、両腕をがしりと掴まれた。



◆◇◆◇◆◇



「そこまでだ」


 優れた体術の使い手にとって、人混みの中を進むのはそう難しい事ではない。方向は同じでもバラバラな人の流れを読み、人と人との間に出来た僅かな隙間を縫うように抜け、目標に近付く。


 そうして、息を殺し、目を付けていた男の背後まで迫っていたアクトは、タイミングを見計らって一息にその右腕を掴む。


「~~~~~ッ!??」


 どうやら当たりらしい。ほんの数分前まで追い回されていた人間にいきなりゼロ距離まで迫られ、男は驚愕で声も出せないようだった。 


 魔道士相手に手加減などしない。暴れる間すら与えず、アクトは掴んだ男の右腕を引き寄せて右肩を取り、そのまま瞬時に地面へ組み伏せた。


「な、何で――ッ!?」

「たとえ姿を変えていても、まだ近くに居る事は変わらない。全力疾走した後の乱れた息遣い、追手を撒いて油断した足音の歩調……情報は転がってんだよ。そのバッグ、ちゃんと隠しといた方がよかったかもな」


 周囲の全情報を取り込み、研ぎ澄ませた神経を以て空間に潜む違和感を見つける。対偽装・対幻術に用いる技術を応用し、集団の中から明らかに不自然な気配を持つ者を辿り、見つけたという訳だ。 


 これだけの人数から探し出すのは初めてだったため、さしものアクトも半信半疑だった。こんな真似までしてハズレだったらどう謝ろうと考えていたのだが、盗んだ物を隠さずに堂々と持っていたことで疑惑が確信に変わったのだ。

 

 何はともあれ、事件発生から三十分も経たずに現行犯でのスピード解決だ……ただ一つ残った問題を除いて。


「それで……アンタは?」


 近くの店から縄を借り、泥棒を縛って拘束したアクト。そして、確保の瞬間、自分とほぼ同じタイミングで泥棒の左腕を掴んでいた腕の持ち主に視線を移す。


 後頭部で一本に纏められた艶やかな黒髪が特徴の少女だ。文句なしの美少女だが、顔付き的に帝国の人間ではない。腰回りを帯で締め、スカートを膝より下まで伸ばした装束は、確か東方の伝統衣装だったか。 


 気になるのが、少女が右腰に佩く長い剣だ。鞘に納められて刀身は見えないものの、あの形状から推測するに、東方で言うところの「打ち刀」と呼ばれる剣だろう。


「多分、外国人だよな? 言葉は分かるか?」

「大丈夫でござる。とても美味い甘味処を売る店があると聞いて並んでいたら、突然の騒ぎの後、貴殿がこの盗っ人を追いかけたのが見えた故、拙者も追いかけた次第」


 アクトの問いに、少女は流暢な大陸共通語で答える。どうやら、この少女もアクトと同じ製菓店「パリヴェイユ」の客だったようだ。


「アンタもあの場に居たのか」

「左様。別の道からこの通りに先回りしたは良いものの、貴殿と同じで拙者も人混みに紛れた盗っ人を見失ってしまった。しかし、貴殿の言う通り、探し方など如何様にもあるもの。邪悪な『気』を読み、『流れ』を辿り、そこに混ざりし異物を見つけ出したのでござる」

「何……?」

 

 こういうのは得意分野だと、少女は事もなげに発見に至ったからくりを説明した。方法こそアクトが実践したものと近いが、そんな芸当、誰にも真似出来る訳ではない。


 魔法を至上とする者なら鼻で笑うような古臭い技術な上、よしんば修得出来たとしても、アクトと同じレベルまで使いこなすには長い修練と経験が必須なのだから。


(コイツは……)


 そこまで考えて、アクトはようやく気付いた。眼前の少女が静かに放つ気配――冴え冴えとした刃物が如き気配を。


 集中して感じ取れば分かる。この気配は、アクトがこれまで相対した一流の魔道士が纏うプレッシャーとは違う。首筋に冷たい刃を押し付けられるような剣気だ。


(俺と同類、しかも相当な使い手!)


 腰の刀は、伊達や酔狂で携えている訳では無い。つまりこの少女は、魔導兵団戦術隆盛のこの時代に、魔法よりも剣を好んで扱う生粋の武人という事だ。


 そしてそれは、向こうも同じ。少女もまた気付いたのだろう。自分と同質の剣気を纏う、アクトの武人としての力量を。


「しかし……まさか、帝国にもこれ程までに()()()御仁が居ようとは。名前を聞いてもよろしいか?」

「あ、あぁ。俺はアクト、アクト=セレンシアだ」

「アクト殿であるか。失礼、申し遅れた。拙者はサンジョウノ=ツバキ。この身、遥か彼方の異郷の地にて見分を深めるため、『皇国』より参った」

「皇国の……」


 皇国――「アマテラス皇国」。アルテナ大陸東方の地を治める巨大国家。「帝国」、「連邦」に並ぶ三大列強の一角だ。


 あの国には、「刀剣士(サムライ)」と呼ばれる武芸に秀でた屈強な戦士が居るという。この少女――ツバキもその一人なのだろう。


「む、その装いは……もしや、貴殿……」


 すると、ツバキがアクトの学院制服をじーっと見て、やがて何かに気付く。そして、アクトに何かを言いかけようとすると、


「探したでツバキぃ!」


 一際大きな声と共に、野次馬見物に集まっていた群衆を掻き分けて、一人の少女がやって来る。


 キリっとした目付きに、新雪のような白髪が美しい少女だ。髪色と同じでツバキと似た雰囲気の白い装束を着ているが、空いた胸元やスカートの丈がかなり短かったりと、肌面積で言えばこちらの方が少ない。


 何かの儀式に使う祭服を魔改造した結果なのか、見る者に神聖さを与えつつも女性として均整の取れた抜群のプロポーションを押し出し、群衆の目を釘付けにしている。


 あの少女も皇国の人間なのだろう。ツバキと違って武人の気配は感じない……しかし、代わりにひしひしと伝わってくるのは、その身に秘められし強大な魔力だ。


 優れた魔道士ほど魔力を隠す術に長けているため、正確な総量は分からない。だが、直接肌で感じた魔力の質に関しては、コロナやローレンに匹敵するかもしれない。


「すぐトラブルに首突っ込みよってからに……皆待っとんで!」

「おお、すまぬなテンコ。……という訳で、どうやら拙者は行かなければならないようだ。警備官が来るまで、盗っ人の見張りはお任せしてもよろしいか?」

「あぁ、構わねえよ。直接追いかけた俺の方が事情を説明しやすいだろうしな」


 犯人を捕まえ、ひったくり事件に関与してのはあくまでアクトだけだ。ツバキは形的に外部から捜査に手を貸しただけで、居なくても別に問題は無いだろう。


「感謝する。ではアクト殿、また後ほど……」


 テンコと呼ばれた知り合い少女に連れられ、異国から来た少女は事件現場を去っていくのだった。


 そう遠からず再会するような、そんな言葉を残して。


読んでいただきありがとうございました!色々間に話を挟んではいますが、記念すべき第100話でございます!

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