98話 出立
待ち焦がれていたその日は、遂にやって来た。
「――諸君らも知っての通り、今学期は非常に様々な事が起こった。死者を出した痛ましい事件も発生し、心に決して少なからぬ傷を負った者も居ることだろう」
王立ガラード帝国魔法学院の大ホールにて。先の学院襲撃事件で完全崩壊し、ようやく修繕・改装が終わって新品同然に生まれ変わったホール内には、大勢の学院関係者が集っていた。
学年次、クラスごとにずらりと整列する中等部から高等部までの生徒達は勿論、常勤・非常勤の教師・講師陣や学院に勤務する職員に至るまで、ほぼ全てだ。
「学院史上、例を見ない危機を経た今、改めて魔なる力を行使する意義が問われている。何の為に魔法を学ぶのか、何の為に魔導の神秘を求めるのか、今一度考え直して欲しい」
そして、彼らの視線はただ一点――ホール正面奥の壇上で講和を行うガラード帝国魔法学院長こと、エレオノーラ=フィフス=セレンシアに向けられていた。
帝国最強の魔道士集団『七魔星将』が一柱のエレオノーラは、自分達の遥か高みの頂と評するのもおこがましい絶対的な存在。
形式的な物とはいえ、多くの魔道士の畏敬と崇敬を集める彼女の話を聞き逃すのは、とんでもない機会の損失だ。
「魔導の深淵に触れるとは、自身の価値観や自我を崩すのに等しい。目的の境界が曖昧な者に、『魔』は黒き牙を剥くのだ。諸君らはそれをゆめ忘れぬよう、さらなる研鑽に励み――」
何より、この学院の主にして大陸最高峰の魔道士が話している最中に無駄話をする度胸など、誰にもなかった。
「ふぁ……」
暇そうに欠伸を吐く、アクトただ一人を除いては。
勿論、エレオノーラの話は真剣に聞いているし、学ぶべき点もある。だが、幼少期をエレオノーラと暮らし、彼女の事をよく知るアクトとしては、今更緊張するなど馬鹿らしい話だった。
(しっかし……一応、学院長らしい事はやってるんだな)
向こうから呼び出されない限り、エレオノーラは滅多に姿を現さない。だが、こうして学院のトップとして生徒達の前で立派に務めを果たしているものだなと、アクトも内心では結構驚いていたりする。
そんなアクトの胸中が伝わりでもしたのか。不意に、壇上のエレオノーラはホールのほぼ正反対、生徒達の列の後方に立つアクトと遠目で視線を合わせた。
「「……――」」
時間にしてみれば瞬きほどの間。しかし、エレオノーラはこの人混みからアクト一人に向けて、意識して見なければ分からないくらいの、ほんの僅かな微笑を浮かべた。
自分に向けられた意思の気配から、彼女の視線はアクトの方も認識していた。ただ、アクトはやや不貞腐れたようにうんざりする。
まるで……全て見透かした上でこれからに期待するかのような、愉悦混じりの魔女の眼差しだったから。
「……以上で、ガラード帝国魔法学院の前期課程を終了する。羽目を外し過ぎるような間抜けは居ないとは思うが、生徒諸君は学生であると同時に、知恵と理性を以てを『魔』を律する者であるという自覚を持って夏季休暇を過ごすように」
締めの話を終え、ホールのあちこちから割れんばかりの拍手が響く中、エレオノーラはホール端の舞台裏へと姿を消すのだった。
――やがて、担当教師による連絡事項の通達も終え、前学期終業式はつつがなく終わった。
解散した生徒達は、がやがやと喋りながらそれぞれの教室に戻っていく。アクトも気怠げに歩きながら教室のある校舎を目指し、生徒達の流れに身を任せている。
アクトの耳に入るのは、遊びにいく予定だったり、アルバイトの事だったり、休暇中の課題だったりと、終業式ではエレオノーラによって抑圧された分、早くも浮き足立った雰囲気が漂い始めていた。
羽目を外し過ぎるのはあってはならないが、夏季休暇は全ての生徒達が待ちに待ったイベント。特に中等部・高等部の一年次生にとっては初めての休み。やはり楽しみな物は楽しみだ。
時に学び、時に遊び、時には壮大な冒険をするかもしれない。彼らは明日から始まる楽しい毎日に想いを馳せていた。
(……まぁ、俺達の場合、あんまりのんびりもしてられないんだけどな)
また、ある意味で彼ら以上の熱意を持つ一部の者達にとっては、別の意味で待ち焦がれた日が来たと言うべきだろう。
何故なら……丁度一週間後、帝都バハルースにて「若き魔道士の祭典」本戦が遂に行われるからだ。
◆◇◆◇◆◇
夏の燃えるような熱気も鳴りを潜め、涼やかな風が吹く明け方。朝霧に包まれた城塞学院都市オーフェンを取り囲む市壁の外周、市壁北門の馬車駅では、既に慌ただしく動き回る者達の姿があった。
まだ日も昇り切っていない時間帯にも関わらず、ランタン片手に厩務員や御者が忙しそうにしている待機場には、予め手配されていたらしき都市間移動用の大型馬車が数台、並んでいる。
乗客が搭乗する馬車席の後ろには荷物運搬用の荷車も牽引されており、規模としてはかなりの物だ。
「コロナ、忘れ物はしてない?」
そんな喧騒とランタンの暖色光が飛び交う薄闇の馬車駅に、賑やかな声で話す若い一団が居た。
ガラード帝国魔法学院の制服に身を包んだ少年少女――先日の校内選抜戦での激戦を制し、見事、一位出場枠を勝ち取ったチーム「奇なりし絆縁」の面々だ。
彼らは数日後、「若き魔道士の祭典」が開かれる帝都バハルースに向けて出発準備中であった。
「問題無いわ。留守用に屋敷の魔導セキュリティーも強化してきたし、完璧よ」
旅行鞄やスーツケースなど大量の荷物を荷台へ積み込むリネアの問いに、コロナは彼女を手伝いながら意気揚々と答えた。
「そっか。ところで、今日は随分早くから起きてたみたいだけど、身体は大丈夫?」
「えぇ。不思議なものね。こんな時間に起きてたら、いつもは眠いったらありはしないのに、今はちっとも眠くないの。むしろ元気過ぎるくらいよ」
真っ暗な夜闇が街を覆う時間帯に起きてから、荷物をまとめてエルレイン邸を出てからも、コロナはずっとこんな調子だ。
だが、コロナにとって、「若き魔道士の祭典」への参加は彼女の大いなる目的を果たすための第一歩そのもの。会場に向かう前から燃えるのも無理はなかった。
「コロナったら……あんまり張り切り過ぎると大会まで持たないよ。それで、アクト君はどう?」
「こっちも問題ねえよ。というかお前ら、一体どんだけ持って行くつもりだよ?」
そう言うアクトの荷物は、二人に対して腰の鞘に納めた長剣アロンダイト、肩に背負った大きめの麻袋のみ。一見、とても遠征に行くような恰好ではなかった。
この程度の物をわざわざ荷台に乗せる必要もなく、アクトは麻袋をぽいっと、片手で馬車に放り込んだ。
「……うにゅ……」
ちなみに、アクトの傍らで眠そうに舟を漕ぐエクスはそもそも精霊なので、荷物は殆ど必要無い。偽装用の荷物を用意しているだけだ。
エクスの正体はチーム共有の秘密であり、絶大な力を持つ剣精霊も表向きはただの部外者に過ぎない。馬車に乗れなければ霊体化で付いて来てもらうつもりだったが、そこはエレオノーラが上手く手を回して同行を認められていた。
「アクトは逆に少な過ぎるでしょ。それだけの荷物で大丈夫なの?」
「男の旅支度なんてこんなもんだ。一週間近く滞在する訳だし、要りようの物は帝都で揃えれば良い」
傭兵時代、「黒の剣団」の仲間と共に世界各地を点々としていたアクトにとって、こういう旅はお手の物だ。旅に関する知識は人よりずっと心得ている。
荷物の少なさも、身軽さ重視で最低限の必需品だけを用意しての事だった。
「女子だから必要な物が多いのは分かるけどよ、俺達は遊びに行く訳じゃ無いんだぞ」
リネアの物と比べてもやけに多いコロナの荷物を見て、アクトは怪訝な表情を浮かべる。
魔道士の戦闘スタイルによっては、魔導器や魔道具を持ち運ぶ関係で荷物がかさばる事がある。だが、コロナは普段、それらを使うことはない。この量は少し妙だった。
「分かってるわよ。アンタこそ、『遠征学習』以来の遠出で浮かれてるんじゃないでしょうね」
「俺は昔、傭兵の仕事で何度か行った事あるからな。お前の方こそ、大会に懸ける想いは俺達も知ってるところだが、実は観光する気満々なんじゃないのか?」
「んなっ、このアタシが目的以外の何かにかまける訳無いでしょ! 確かに帝都で有名な製菓店の『パリヴェイユ』は行ってみたい……って、何言わせるのよ!?」
「図星かよ!」
と、ここでアクトとコロナによるいつもの喧嘩が始まった。別に本気で怒っている訳では無いこのやり取りも最近では日常化してしまい、リネアとエクスはほぼ無反応である。
「まったく、相変わらず仲のよろしいことで」
「あ、はは……本当ですね」
そんな仲睦まじい(?)二人の様子を、別の荷台に荷物を運んでいたローレンは呆れたように見つめ、アイリスはどこか複雑そうに笑うのだった。
霊脈の保全や各地に存在する古代遺跡などの関係上、オーフェン周辺には未だ鉄道列車の線路を敷設することが出来ない。そのため、この地域で長距離移動手段といえば、馬の一択となる。
ゆったりとした馬車の旅程は、調整や休息を行える最後の機会。そこから先は激動の毎日が幕を開けるのである。
「ん……おっと。どうやら、あちらさんもお出ましのようだぜ」
コロナを適当にあしらっていたアクトは、ふと自分達の元に近付く複数の靴音を拾う。そして、着々と接近してくる音の方向へ振り向くと、気を張り直して呟いた。
遅れて他のメンバーも、アクトが見ている方向に目を向ける。その視線の先には、濃密な朝霧の中から姿を浮かび上がらせる一団があった。
アクト達と同じ五人の少年少女、ただし平均年齢は彼らよりも高い。各々が荷物を手に持ち、全員が学院の制服を着ている。さらにその後ろには、軍服のような装衣に身を包んだ長身の青年も居た。
「おはようございます、先輩方。時間通りですね」
チームを代表して一歩前に歩み出たコロナは、馬車駅に到着した新たな一団――チーム「賢しき智慧梟の魔道士」の面々に挨拶をした。
「はい、皆さんおはようございます」
コロナの挨拶に、チームリーダーであるシルヴィ=ワインバーグは、にこりと笑って礼儀正しく挨拶を返した。
先の校内選抜戦決勝戦にて、激闘の末に「奇なりし絆縁」に敗れたチーム「賢しき智慧梟の魔道士」。だが、後日行われた二位出場枠決定会では余裕の勝ち上がりを見せつけ、晴れて出場が決まったのである。
もっとも、二位出場枠で評価されるのは個人の戦闘力やチームとしての総合力、これまでの実績などだ。敗れた者達の中で、彼らの輝かしい戦績に並ぶチームなど居なかった。
「全員、揃っているようだな」
「若き魔道士の祭典」に出場する者達が集まったところへ、武人の如きを佇まいをした蒼い長髪の青年――クラサメ=レイヴンスは、鋭き瞳で辺りを見回して言った。
クラサメは軍から派遣された特別講師。生徒をまとめる能力があり、帝都の地理にも詳しい。アクト、リネア、コロナ、ローレンのクラスを受け持つ担任という事もあり、今回の引率を任されたのである。
「私は事務所で出発の手続きをしてくる。お前達は自分の荷物を運んでおけ」
「分かりました」
指示を出したクラサメがその場を去り、「賢しき智慧梟の魔道士」のメンバーは荷物を馬車の後ろの荷台へ積み込んでいく。
先に積み込みを終えていた「奇なりし絆縁」のメンバーが手伝ったのと、男の割合が高く荷物の総量が少ないのも相まって、作業自体はものの数分で片付いてしまった。
それによって意図せず生まれた、クラサメが戻って来るまでの空き時間。その時間を利用して、アクトがおもむろに動き出す。
彼は、馬車に背中を預けて暇そうにしていた赤茶色の髪の少年――高等部一年次生の二コラ=ウォレスに声をかけた。
「よっ。お前が二コラで合ってるよな?」
「えっと、はい。そちらはアクト先輩、ですよね?」
「あぁ。それで二コラ、奴に負わされたっていう怪我は大丈夫なのか?」
真剣な眼差しでアクトが問うた直後、二コラは反射的に自身の首筋を手で抑え、その相貌に苦々しい表情を作った。
アクトが言った「奴」というのは言うまでもなく……例の謎の吸血鬼フェリド=ル=ノスフェラトゥスの事だ。
決勝戦が始まる前日、二コラは学院の帰り道でフェリドの襲われ、衰弱した状態で発見され治療院に運ばれた。聞くところによれば、発見が後少し遅ければかなり危ない容態だったらしい。
フェリド自身は、とある夜に一戦交えたアクトと決着を付けるべく、二コラに化けて決勝戦に紛れ込んでいた。真祖吸血鬼を名乗る理を外れし怪物との死闘は、アクトの記憶に新しい。
あの戦いの後、軍から大規模な討伐隊が派遣されたようだが、結局、討伐はおろか発見することすら出来なかったようだ。
「えぇ、首の傷自体は浅い物でしたし、後遺症などもありませんでした。……吸血鬼、だったんですよね。僕を襲った相手は。正直、今でも信じられません。吸血鬼なんて、おとぎ話上の存在だと思ってましたから……」
「残念だが、事実だ。実際に戦った俺が言うんだから間違いない」
強大な力を持つ吸血鬼を撃退した代償として、アクトも瀕死寸前の大怪我を負ったのだが、帝国が誇る最先端魔法医療のお陰で、今では何ともない。
むしろ、怪我を負う前より身体が軽いくらいだった。魔法嫌いで通すアクトだが、今回ばかりは自身の命を救った魔導技術と、特別に手配してくれたエレオノーラにも一応感謝していた。
「もしアクト先輩が居なければ、戦場に居た他の先輩方にも危害が及んでいたかもしれません。だから、皆さんを守ってくださり、ありがとうございました」
「いや、倒した訳じゃ無いからまだ安心は出来ない。どんな偶然か知らねえが、どうやら俺にとっても因縁浅からぬ相手のようだからな。……そうか、無事なら良いんだ。次はちゃんと戦えたら良いな。勿論、手加減はしないぜ」
「はいっ! その時は胸をお借りします!」
人智を超えた怪物に襲われたというトラウマを抱えてしまった気配もなく、二コラは活力を漲らせた目で応えた。どうやらアクトの心配は杞憂に終わったらしい。
一つ下の後輩の頼もしさに満足気な反応を示したアクトは、二コラと別れてさらに別の人物の元へと向かう。
「ディラン……先輩」
危うく敬称を付け忘れたその人物とは、熱血漢のようなガタイの良い茶髪の少年――高等部三年次生のディラン=カーシュであった。
「お? 俺に用か?」
「はい。用って程の事じゃ無いんですけど……アイリスと全力で戦ってくれて、ありがとうございました」
慣れない丁寧な口調で話し始めるや、いきなりアクトはディランに対して深く頭を下げた。
「あん? どういう意味だ?」
「え? あ、アクト先輩……?」
アクトの突然の理解不能な行動に、ディランは首を傾げて頭上に疑問符を浮かべる。離れた場所で聞いていたアイリスは、困惑の表情でアクトを見つめた。
アイリスのみならず、他の者達も皆、一様に驚いた様子でアクトとディランのやり取りに注目していた。
「アイリスと戦ってくれてって……もしかして、決勝戦の事か?」
「はい。二人の戦いの顛末は聞きました。凄く勉強になる戦いだったと、本人も言っていましたよ」
「いやいやいや、感謝される筋合いは無いぜ。中等部の女子を容赦なく殴り過ぎだって、シルヴィとライネルに滅茶苦茶どやされたからな……むしろこっちが謝らなきゃならないくらいだ」
そう話しながら、ディランはちらりと横目でアイリスの顔を窺う。彼女の怪我の具合と消耗ぶりも相当なものだったが、レパルド族が持つ驚異の耐久と治癒力で、二日経つ頃には完全復活していた。
にしても、ディラン自身もあれはやり過ぎたと反省していたのだが……「それは違う」と、アクトはディランの言を否定した。
「アイリスは頑丈で高い身体能力を持ってるけど、武に関してはまだまだ素人だ。何より心で大きく負けていた。先輩が終始勝ちにこだわっていれば、アイリスは何も出来ずに負けていた筈」
「!」
「そんなアイリスが最後まで食い下がって勝つことが出来たのは、試合中に先輩が発破をかけてくれたからでしょう?」
アクトは思う。二人の実力差を鑑みれば、たとえ十回戦ってもディランが全て勝つだろう……少なくとも、試合開始前の状態では。
戦い方などを教えることは出来ても、心持ちの問題を教えるのは難しいものだ。前のアイリスには、目的のために戦い抜くという意識が決定的に欠けていた。
だからこそ、アクトは期待していたのだ。戦いには負けたとしても、ディランと全力でぶつかることで、他者を蹴り落としてでも前に進む覚悟を彼女が持つようになる事を。
結果は大成功。アイリスは見事にディランを単騎で下し、真の強さにまた一歩近付いたのだ。
「仲間の俺じゃ、本当の意味で覚悟の何たるかを教えられなかった。だから、『本戦』の前にアイツを同じ土俵に立たせてくれたディラン先輩に、俺は感謝してるんですよ」
「……こりゃ参った。まさか、殴った本人でも無い奴からここまで礼を言われるとは」
あくまでも真面目に感謝の念を伝えるアクトに、ディランは何と言って良いか分からず後頭部をさすった。
あの時は熱い殴り合いに夢中になり過ぎて、ディランの頭からは打算という物が抜け落ちていた。アイリスにかけた言葉も殆どが直感と衝動的で、考えて出た物では無い。
……ただ。あの時のディランの中には、一つの確かな想いがあった。
「俺はあんまり深く考えてはなかったんだけどな……アクトだっけか? こんな事をするぐらいなんだ、アイリスはお前にとって大事な後輩なんだろう。けどな、俺達にとっても後輩なんだぜ。後輩の悩み一つ解決出来ないで、先輩が務まるかよ。俺が発破をかけた理由なんてその程度だぜ」
「……!」
至極当然とばかりにあっさり言い切ったディランの言葉に、アクトは目を見開いた。
「まぁ、それでこっちが負けてちゃ本末転倒だけどよ。俺も昔、似たような理由で悩んでた時期があったから、同じ境遇で困ってる奴を放っておけなかったんだ」
「先輩……」
「俺達はこれから『若き魔道士の祭典』の優勝を争うライバルだけど、同じ学校の仲間だろ。だったら、後輩に活を入れるぐらいの事はしてやらねえとな」
そう言って、ディランは真夏の太陽のように清々しい笑顔を浮かべる。屈託なき明るい笑みは、裏表が存在しない彼を象徴しているようで、アクトの目に眩しく映った。
(この人は、こういう事を自然に言えちまう人種なんだな……)
ここまでの会話からディランの人間性を僅かながらに理解したアクトは、気付けば口元を緩めていた。
「……なるほど。アイリスをぶつけた判断は正しかった訳だ。ディラン先輩、お礼と言っちゃ何ですが、アンタがアイリスにくれた‟恩”には、俺が『本戦』でとびっきりの‟仇”で返させてもらいますよ」
「おっ、良いじゃねえか。望むところだぜ。お前の剣術とも戦ってみたいと思ってたところだ」
ディランの性格を利用したようで後ろめたさが残っていたアクトだったが、これでもう後腐れは無い。瞳に強い闘気を漲らせた両者は、見えない火花を散らし合うのだった。
二人のやり取りのお陰と言うべきか。彼らによって若干の堅苦しさが残っていた両チーム間の空気は緩和され、他の者達もチームの壁を越して交流を試みるようになった。
馬車駅の所々で会話が弾みだした頃、手続きを終えたらしいクラサメが戻って来た。
「そろそろ出発だ。……先程と比べ、随分賑やかになったようだが?」
「ふふ、ちょっと色々ありましたから」
不思議と穏やかな物に変化していた雰囲気に対してクラサメは怪訝そうに眉をひそめるが、和気あいあいとした交流を見守っていたシルヴィが、どこか嬉し気に答えた。
「それではクラサメ先生。今回の引率の方、どうぞお願いします」
「あぁ。では全員、指定された馬車に乗れ。帝都までは長い道のりだ。『本戦』の具体的な説明はゆっくりするとしよう」
かくして、ガラード帝国魔法学院一行は、来たる決戦の地に向けて出立した。




