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ガラード帝国魔法学院剣術大会⑦


 決勝戦が終結してから先の時間は、さながら激流のような出来事として過ぎ去っていった。  


 多くの生徒達が‟学院最強の剣士”という栄光を求め、剣の腕を競ったガラード帝国魔法学院剣術大会の閉会式は、入場制限を解除して満員となった魔法競技場で、厳かに執り行われた。


 まずは、全五十人の参加者を労う大会運営委員長のスピーチ。大会開幕前は長ったらしくて退屈だった言葉も、全てが終わった今となっては、観客達に今日の記憶を振り返らせる良いきっかけとなっていた。


 そこから数人の来賓や、高名な「騎士剣術」の剣客の演説と続き……遂に、優勝者であるアクト=セレンシアへの「楯」の授与が行われる。  


 大会初参加にして、その鋭く激しい剣の冴えで多くの人々を魅了してみせたアクト。今大会の台風の目として見事優勝を掴み取った少年に、改めて割れんばかりの拍手と喝采が送られた。


 最後に運営院長が総括を行い、剣術大会の長い一日はようやく終わりの刻を迎えるのであった。


 ……だがしかし、大会が閉幕し、訪れた観客の大半が学院を去った後も、大会運営自体はまだ終わりではない。閉幕後の山のような事後処理が待っているからだ。


 来賓・貴族用の馬車の手配、会場の清掃やその他諸々の後始末など……事後処理が完了して魔法競技場から全ての人間が引き上げる頃には、太陽も既に地平線の彼方に沈み始めていた。



◆◇◆◇◆◇ 



「――ったく、すっかり遅くなっちまった……」


 街道のガス灯に火が宿り、周囲の家屋からも徐々に光が漏れだした時間帯。日も沈み夜気が漂うオーフェンの街中を、アクト達一行は並んで歩いていた。


「……うにゅ……」

「エクス日に何回か霊体化して霊核への負荷を抑えてたから、今日は結構無理させてたかもな」


 ほぼ一日中、人間の姿で受肉していたせいか、エクスは瞳を殆ど閉じた状態でアクトに手を引かれている。アクトはといえば、大会を優勝したにも関わらず、その疲れを微塵も感じさせないでいた。


 そんな彼は、右肩に一つの革袋を背負っている。革袋はかなりの大きさと重量で、アクトが歩く度にじゃりじゃりと何かが大量にぶつかるような音を立てていた。 


「まさか、賞金受け取るだけでこうまで時間がかかるとは思わなかったぜ」

「仕方無いよ。こういうお金関係って色々と手続きが面倒だし、係の人達も忙しそうだったから」


 革袋を尻目にアクトがボヤくと、リネアが苦笑を浮かべて応じた。大会自体は割と早い段階で閉幕したのだが、様々な事後処理が重なって優勝者への対応が後回しになってしまったのだ。


 閉会式にて優勝の証として授与された「楯」は後日、正式な加工と装飾を施して送るということで今日のところはお預けとなった。まぁ、当の本人は無用の長物としか思ってなかったりする。


 その代わり、運営委員長から直々に手渡された革袋の中には……優勝賞金の銀貨・金貨が溢れんばかりに詰められていた。大会要項に書かれていた通り、一般人にとっては目が飛び出る程の金額である。


「良いじゃないの。夕飯に時間を合わせなくて済んだ訳だし。今から準備するのも面倒だから、外で済ませましょ。良いわよね? 有言実行して見事賞金を獲得したア、ク、ト君?」

「う……」


 隣を歩きながらアクトの肩をがっしり掴み、わざとらしくコロナが言う。意図を察したアクトにジト目を向けられても悪びれる素振りも無し。実に良い笑顔だ。


「ちっ、やっぱり覚えてやがったか……はぁ、そうだな。金もたんまりある事だし、屋敷に戻って支度したらどこかへ食べにでも行くか」

「――え? ご飯ですか?」


 これだけあって使わないのは確かに勿体無い。ため息を吐きつつもアクトがコロナの提案を受け入れると突然、ずっと眠たげだったエクスの目がいきなりカッと見開かれた。


「マスター、私は高級レストランのフルコースを所望します」

「こっちは要求がど直球過ぎる上にいきなり元気になったな……エクスの食い意地は、精霊の疲れすらも吹っ飛ばすものなのか?」


 よく他人に指摘されるし、エクスに甘いという自覚もあるが、こうまで美しい灰色の瞳をキラキラ輝かされてはやはり逆らえない。


 それに、日頃から苦労をかけているのは事実の上、学院襲撃事件では何度命を救われたことか。あの時の礼も兼ねて、今夜は自身の契約精霊に贅沢させてあげようと思うアクトなのであった。


「勘違いするなよ。俺が奢るのは、あくまでリネアやエクスの為だ。コロナ、お前も見かけによらず大食いだからな。常識の範囲内にしてくれ分かったな?」

「はいはい分かってるわよ。それぐらいの分別はわきまえてるつもり」

「あはは、じゃあアクト君。お言葉に甘えさせてもらうね」


 そんなこんなで、一行はいつもと変わらない感じで賑やかに談笑しながら家路につく――その時だった。


「アクト」


 不意に、彼らの耳朶を打つ男の声。背後からアクトを呼び止める声があった。


 名を呼ばれたアクトが真っ先に振り返ると、彼らがつい先程通った路地の陰から、一つの人影が姿を現した。


「お前は……」


 ガス灯に照らされ、明らかになる人影の主。その人物とは――ほんの数時間前、決勝戦でアクトと熾烈な戦いを繰り広げた少年ヨシュア=カーラインだった。


「ヨシュア……つけてたのか」

「すまねえな。本当はもっと早く、学院を出た辺りで接触するつもりだったんだ。けど、お前らいつまで経っても別れる気配が無いから、こうして強引に声をかけた訳だ」


 迂闊だった。向こうに敵意が無いとはいえ、学生レベルの尾行を見逃すとは油断していた。肉体はともかく、精神面はかなり消耗しているのかもしれないと、アクトは微かに顔をしかめる。


 加えて、ヨシュアはアクトがエルレイン邸に居候している事を知らない。長く尾行されていれば気付いたかもしれないが、危うく屋敷まで付いてこられるところだった。


「……で? 尾行の真似事なんてして、俺に何の用だ?」


 一歩進み出たアクトの問いに、ヨシュアは両手を腰に添えて夜天を仰ぐと、しばらく沈黙を貫き……やがて、意を決したように答えた。


「……礼を言いたくてな」

「礼?」


 想定外の返答にアクトが思わず聞き返すと、ヨシュアは首を縦に振った。


「あぁ、そうだ」

「何を言い出すかと思えば。ついさっき、俺はお前を負かしたばかりだ。恨まれることはあれど、感謝される覚えは無いと思うが?」

「いや、まさにそこだ。俺を、()()()()()()()ありがとうって言ってるんだ」

「……解せねえな。そんなタマか? お前」


 アクトは訝しげな視線をヨシュアに向ける。ヨシュアと出会ったのは今朝が初めてだが、試合を通してアクトは彼の人となりはある程度理解しているつもりでいた。 


 ヨシュアが敗北から得るモノもある、なんて綺麗事を吐かすような人間では無い筈だ。故に、アクトはヨシュアの言葉の意図を理解しかねていた。


「まぁ、いきなりこんな事を言われても分かる訳無いよな」


 本人も自覚はあったらしく、ヨシュアは困ったような表情を浮かべる。そして、その上で話を続けた。


「はっきり言えばさ……俺は、驕ってたんだ。剣で俺に敵う奴なんて居ないと。実際、学院に入学した頃から俺より強い奴なんて居なかったし、二年前から賞金目当てで参加した剣術大会も圧勝だった」

「……」

「お高くとまった貴族の坊ちゃん共が使う騎士剣術なんて、ただのお遊びだ。どんだけ有名な流派だかは知らねえが、本来の存在意義を捨てて魅せ物に成り下がった剣に価値は無い。そうやって、周りを見下しながらな」


 アクトが無言で耳を傾ける中、ヨシュアは自嘲じみた声音で語った。


 ヨシュアの実力なら、彼の言う通り初めから敵無しだったに違いない。たとえ格上が相手だとしても、我流剣術と優れた視覚能力を以てすれば状況次第で勝つことも出来るだろう。


 魔がもたらす神秘について学ぶ事が本分の学院では、競争相手も少ない。自身に比肩し得る者が皆無なら傲慢になる気持ちも分かる。ヨシュアはそれが許されるだけの力を持っていたのだ。だがしかし――


「そんな、箱庭の中で醜く膨れ上がった俺の自尊心は……今日、粉々に打ち砕かれた」


 彼は出会った、出会ってしまった。‟格”という上下関係の次元を超えた相手、箱庭の外側からやって来た‟規格外”の存在に。


「観客も、俺ですら、何も分かっちゃいなかった。熱い試合? 互角の戦い? とんでもない。お前が()()()になっていれば、初撃で決着は付いていたんだ」

「……」

「今思えば、本当にダセェ話だ。俺は剣術を極めた気になって、クソみたいに狭い世界で粋がってただけなんだからよ。我ながら大馬鹿だよ」


 そう語るヨシュアの脳裏には決勝戦の終盤、決着がついた最後の交錯の瞬間が思い返されていた。  


 決勝を制した一閃……ただ斬る事のみを理とした無音の剣。脅威の速度でアクトが振るったあの斬撃は、優れた視覚を持つヨシュアに視認すら許さなかった。


 神速の域に達していたアクトの渾身は、ヨシュアが放った全力をあっさりと捩じ伏せ、彼が積み重ねてきた剣を、自信を、全てを叩き潰したのだ。


「俺にとって、今日の負けは敗北なんて生易しいものじゃない。崩壊だよ。剣に関して俺が磨いてきた物を、何もかも粉々にされた気分さ」

「……だったら、尚更感謝なんてされる筋合いは無いだろ」

「確かにな。これがただの敗北だったら、こんな感情も湧かなかっただろう。けど、お前は俺を完膚なきまでに負かし、これまでの俺を真っ白にした。そこに意味があるんだ」


 ヨシュアは言う。最近、自分が剣術の鍛錬に行き詰っていた事を。


 我流最大の欠点と言うべきか。自分だけの技を極めようとしても、ゼロから始めた技である以上、我流には定まった理想や完成系が存在しない。幾らでも突き詰められるという利点の裏返しではあるが、指針がなければ伸ばすことは出来ない。


 それは、無限の暗闇が続く荒野を独りで往く行為に等しい。先の形が見えなければ、これからどういう風に磨いていけば良いのかも分からないのは必定だ。


 オリジナルを志向する者なら誰もが直面する問題。突出した剣才を持つヨシュアも例外なく壁にぶち当たったのである。


 ……しかし、ヨシュアは「だからこそ」と付け加え、


「ボロクソに叩きのめされ、全部真っ白に戻されたからこそ、俺はさらなる高みを目指すことが出来るようになった。だから、窮屈な世界で閉じ籠もってた俺に先の景色を見せてくれたアクト、お前に礼を言いたいんだ」

「!」


 未知の物に心躍らせるような清々しい眼差しをアクトに向けた。


 ヨシュアは一度、逃れることの出来ない大きな壁に当たった。だが、彼はあの試合で経験したアクトの剣術から道筋を得ることで、壁を打ち破ったのだ。


 目を見れば分かる。ヨシュアの頭の中には、今も新たな考えが巡っているのだろう。たった一度の負けから多くを‟盗まれた”という事実にアクトは……ふと、本物の剣才を持つ少年に薄い笑みを零した。


「そういう事か。あれは俺にとっても勉強になる一戦だったんだが、どうやら割に合わない優勝だったという訳だ。けど、そういう礼なら素直に受け取っておく」

「おうよ。だからって、次も勝ちを許すほど俺は甘くないぜ。一から鍛え直して、次こそはお前から勝ちを奪ってやる」


 感謝と再戦は別物だと、獰猛に笑うヨシュアは燃えるような闘志をアクトにぶつけた。


 完敗を喫してもなお、ヨシュアの消えることなき闘志の炎。それに対し、アクトもまた冴え冴えとした剣気を以て彼に応えた。


「望むところだ。お前にはまだまだ見せてない技があるからな。次も返り討ちにしてやるよ」

「ははっ、そりゃ楽しみなこった。じゃあ、また()ろうぜ!」


 再戦の契りを交わし、ヨシュアは満足気に踵を返して夜のオーフェンの街並みに消えていくのだった。


「……」


 ヨシュアの姿が視えなくなるまで、その背中を見つめるアクト。ぼんやりと佇むアクトの胸中には、何とも言えない奇妙な感情が渦巻いていた。


 学院に入学する前、アクトは「魔道士殺し」として、多くの魔法を操る敵と戦ってきた。稀に剣士と出会えたとしても、相手は自分の遥か歳上であり、対峙するのはどちらかが死ぬ戦いの中だけだった。


 故に、生きるか死ぬかの戦いでは絶対に出てくることのなかった再戦の契りは、アクトにとって初めての感覚だ。契りを交わしたヨシュアは、彼に初めて出来た同年代の剣の好敵手と言える。


 たとえ、彼らが立っている舞台が魔法を学ぶ場所なのだとしても……剣を通した繋がりが、そこにはあった。


(また戦ろうぜ、か……)


 奇妙な感情の受け止め方について、アクトが少しばかり戸惑っていると、


「いやはや、良い物を見せてもらったわ」


 アクトとヨシュアのやり取りを後ろから静観していた少女達が歩み寄ってきた。


「アタシ達、完全に空気だったけど、なんだ。アンタもちゃんと、他人と仲良く出来るんじゃないの」

「そうだね。アクト君、私達以外の人とあまり関わらないから心配してたんだ。でも、大丈夫そうで安心したかな」


 コロナがニマニマしながら感心し、リネアも穏やかな眼差しでアクトを見つめる。二人からの謎の生暖かい視線に、アクトはバツが悪そうに顔を逸らした。


「うるせえよ。俺は、必要な人間以外とは話さない主義なんだ」

「またまたー。そんな事言って、本当は嬉しかったんじゃないの?」

「……マスター? 何故、いきなり心拍数が上昇しているのですか?」


 平静を装ってアクトは否定するも、コロナはまだ食い下がる。さらに、精霊契約でアクトと繋がっているエクスまでもが彼の状態を指摘しにかかってくる。


「二人とも、そこまでにしておいてあげてよ。誰だって、友達が出来たら嬉しいのは当たり前なんだから」


 底意地悪く絡み続けるコロナ、一切の邪気無しでアクトの内面を言い当てるエクス、フォローしているようでフォローになってないリネア。三者三様の勢いに押されに押され――


「ふん、言ってろ。ほらほら、さっさと帰って飯食いに行こうぜ!」

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」


 僅かに、ほんの僅かに顔を赤らめ、アクトは歩き出すのであった。


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