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ガラード帝国魔法学院剣術大会⑤


「お疲れ様、アクト君!」

「流石マスター、見事な剣捌きでした」

「お疲れ。ブロック優勝したって割には、まったく疲れてなさそうだけど」


 決勝戦進出を決めて一度観客席に戻ったアクトを迎えたのは、 三人娘(一人は見た目だけ)による労いの言葉だった。アクトは少女達が予め空けておいてくれた席に腰掛ける。


「他の試合もあるから連戦って訳でも無いんだ。あの程度でへばるもんかよ」

「一次予選とは打って変わって、凄い余裕っぷりね。……そういえばアクト。アンタ、一回戦の試合中に相手と何か話してたみたいだったけど、何を話してたの?」

「その件についてなのですがマスター、あれは――」


 隣の席についたアクトへコロナが疑問を投げるのに続き、さらに彼女の隣に座るエクスが何かを言いかけると、


「まぁな。向こうが俺の剣術について色々と聞いてたから、ちょっと軽い話をしてただけだ」

「!」

「何よそれ。試合中にそんな事をするなんて、随分と気が抜けた相手も居たものね」


 コロナと会話を交わしつつ、アクトはエクスにだけ見えるよう片手を立てて制止を促した。


 どうやらエクスには、あの一連の出来事が見えていたらしい。だが、こうして問題なくアクトが勝ち抜いているのなら、わざわざ口にする必要も無い。言わぬが花、というやつである。


 二度と不正なんてしないよう叩きのめしたしな――主の意図をしっかり汲み取ったのか、それ以上エクスは何も言わなかった。


「あ、そろそろ始まるみたいだよ」


 フィールドの様子を窺っていたリネアの言葉で、アクト達も目を向ける。丁度、清掃や次の準備が終わったようで、フィールドにはAブロックの時とは別の若い審判が立っていた。 


「さて、こっちに手応えのある奴は居なかったが、向こうはどんな奴が出てくるかな、と……」

「うーん、よくよく考えてみれば、アクト君と良い勝負出来る人なんて、この学院に居るのかなぁ……」


 そうこうしているうちにBブロック第一試合が始まり、様々な方向を向いていた他の観客達の視線も再びフィールド上に注がれ始める。すると、控え場から一人の生徒が歩み出てきた。 


「アイツは……」


 優れた視覚で現れた参加者の姿をいち早く認識したアクトには、その人物に見覚えがあった。同年代でもかなり恵まれている大柄な身体に、逆立った短い茶髪、ギラリと鋭い眼が特徴的な男だ。


 一見、粗野だが確かな力に満ちた雰囲気――忘れる筈も無い。かつて、アクト達が校内選抜戦で戦った因縁深からぬ男子生徒――クライヴ=シックサールであった。


「えぇえええ!? く、クライヴ!? 何でアイツが剣術大会なんかに出てるのよ!?」

「さ、さぁ……」


 遅れてクライヴの姿を認識したコロナ、リネアは困惑を隠せていない様子だった。


 クライヴは中等部時代から純魔法戦スタイルを貫き通していた。中等部からの知り合いである二人も彼がこんな大会に出るとは思ってもいなかったのだろう。 


「……」


 アクトだけは二次予選進出者の名簿をチェックしていたため、クライヴの参加については知っていたのだが……彼はどこか苦々しげな表情でクライヴを見据えていた。


「……ん? ていうかお前ら、最初から一次予選を観てたんじゃなかったのか? だったらアイツも出てた筈だろ?」

「そ、そういえば……あ、そっか。アンタの出番が終わった後、アタシ達は学院の食堂が混む前にお昼を買いに行ってたから、全部は観てないのよ。アンタの方こそ、クライヴとは会わなかったの?」

「参加者の待機室は二つか三つあったんだよ。俺が割り当てられた部屋には居なかったな」


 と、それはさておき、どうやらクライヴも冷やかしやお遊びで参加した訳では無いようだ。フィールド中央へ向かうクライヴの足取りには、‟絶対に勝つ”という強い意思が感じられた。


『お、おい。クライヴさん出て来たぞ!』

『本当だ! クライヴさーん!!』

『頑張ってください!!』


 その時。アクト達の反対側、西側観客席から一際大きな声を上げる者達が居た。彼らにも見覚えがある――クライヴとよく行動している取り巻きの男子生徒達だ。


 クライヴの反応を見るに、頼んではいなかった事のようだ。しかし、わざわざ休日のこんな大会まで自分を応援に来た「舎弟」に対し、クライヴは渋々ながらも彼らに視線を返した。


「口は悪いし素行も最悪。何でまだ退学になってないんだろうっていうぐらいの奴だけど……なんやかんやで人望はあるのよね、アイツ」

「あはは、そうだね」


 犬猿の仲として、昔からクライヴと事あるごとに対立してきたコロナは、面白くなさそうに半眼で溜め息を吐く。そんなコロナに、リネアは苦笑を浮かべて応じるのだった。


 直後、クライヴに応じて反対側の控え場から、もう一人の参加者が姿を現した。


「あ、アイツは……!」


 ゆるりと、重心を掴ませない足取りでフィールド中央に向かうその姿を認識した瞬間、アクトは思わずがたりと勢いよく席を立ち上がった。 


 周囲の注目を受けるアクトの反応も当然だった。クライヴの対戦相手とは、女性受けしそうな整った相貌に肩まで流した赤い髪の少年――大会開始前、アクトに視線だけで喧嘩を売ってきた、謎の男子生徒だったからだ。


「どうしたの? 知り合い?」

「いや、喋ったことは一度も無い。けど、それが――」


 言葉では説明出来ないあのやり取りを第三者が理解するのは難しいだろうが、アクトは大会開始前にあった出来事をなるべく分かりやすく話すことにした。


「なるほど。マスターのご様子がおかしかったのはそのせいでしたか」

「私達が居ない間にそんな事が……」


 アクトが大体の経緯を話し終えるが、エクスとリネアの感想は淡白なものだった。やはり、一言も話していない人間に対する意見を求めるのも無理な話がある。


 しかし、一方でコロナは口元に手を当てて何事かを考え……はっ、と突如ひらめいたかのように言った。


「やっと思い出したわ。アクト、あの男子生徒こそが前にアタシが言ってた噂の実力者。去年と一昨年の剣術大会の優勝者よ」

「な、何っ? アイツが?」

「えぇ。名前は忘れたけど、髪と色が似てたから記憶の片隅に引っかかってたのよ」


 それは初耳過ぎるとアクトは目を見開いた。だが、彼が剣術大会の連覇者なら、あの射抜かれるような‟戦意”にも納得がいく。実際、コロナが言っていることは事実なのだろう。他の観客達の歓声がその証拠だ。


 耳を澄まさなければ隣の人間の言葉が聞こえないくらい、歓声の密度はクライヴが現れた時とは比べ物にならない程に凄まじかった。しかも、彼らの殆どは件の男子生徒を知っているようだ。


「これより、Bブロック第一試合、クライヴ=シックサール対ヨシュア=カーラインの試合を始める。双方、礼!」


 打ち付ける豪雨のような歓声も一段落落ち着き、審判立ち合いの下に礼を済ませた後、クライヴと――ヨシュアと呼ばれた男子生徒は、それぞれの開始線へ下がっていく。


「抜剣!」


 そして、両者が腰に携えた木剣に手をかけた――次の瞬間、観客席から小さなどよめきが沸き起こった。 


「な、何よあの構え?』

「あんな持ち方ってあるの……?」


 初観戦であるコロナやリネアを含めた一部の観客達の視線は、妙な体勢で木剣を構えるヨシュアに向けられていた。


 基本通り剣を中段正中線に構えるクライヴに対して、ヨシュアは左腕を前に出し、右腕を肩の辺りまで引くようにして切っ先をクライヴに向けている。


 剣というより、まるで細剣(レイピア)でも構えているかのようだ。だが、この大会に剣の構え方の制限は存在しない。審判もルール的に問題無しと判断したのだろう、


「始めッ!!」


 審判が勢いよく手を振り下ろし、Bブロックの試合が幕を開けた。


「おらぁああああああ――ッ!!」

 

 先に仕掛けたのはクライヴだ。開幕速攻とばかりに彼我の距離を詰め、木剣の間合いにヨシュアを捉えるや、地を踏みしめ上段から全力で振り下ろす。


「うらぁああああ!!」

「――ッ!」


 今大会一番の壮絶な打撲音を立て、両者の木剣が激突した。二人の気迫が乗った斬撃の衝突は小さな風圧を生み、観客達の髪を僅かに揺らす。


 ただし、拮抗はほんの一瞬。明らかな力負けによって、クライヴの斬撃を下段から受けたヨシュアが押し負けた。


「ぐっ……」


 魔法や魔力放出による身体能力強化が禁止されている状況では、彼我の体格差はそのまま力の差に直結してしまう。一切逃がすつもりは無いクライヴの剣圧に、ヨシュアの身体が徐々に下へ潰されていく。


 これは早くも決まったか――剣術大会連覇者ともあろう者があっけなく敗北する瞬間を前に、観客席から悲鳴が混じった困惑・動揺の声が上がるが、


(いや……アイツの狙いは)

「……ふっ」


 アクトは冷静に状況を分析し、クライヴの斬撃を受けながらヨシュアは薄く笑った。

 

 刹那、ヨシュアが動いた。彼は半身を逸らしながら自らの木剣をクライヴの木剣に滑らせることで、打ち込みを受け流した。対象を失ったクライヴの斬撃は虚しく空を斬る。


「シッ!」

「うおっ!?」


 そこから繰り出されるのは反撃の鋭い突き。それをクライヴは持ち前の運動能力を以てギリギリで躱し、咄嗟に木剣を引き戻した。


「ちぃぃ……小癪な真似しやがって。逃がすかよ!!」


 勝負は振り出しに戻るが、たった一回攻撃を防がれた程度で引き下がるほど、クライヴは大人しい男ではない。再びヨシュアを捉えるまで何度でも果敢に攻め立てる。


 対するヨシュアは……どこか楽しげな様子でひたすら受けに徹し、反撃することなくクライヴの剣を捌き続けていた。


「ご、豪快な戦い方だね、クライヴ君……」

「えぇ、そうね。よくあれで一次審査に通ったものだわ」


 フィールドを動き回るヨシュアを一心不乱に追いかけるクライヴの剣は、コロナ達の言う通り、とにかく豪快で荒々しい。恐らく完全な我流だ。


 故に、騎士剣術のような優美さがある訳でも、アクトの剣技のような苛烈さがある訳でも無い。一般市民はともかく、貴族の観客はあまり良い顔をしていなかった。


「アクト君はどう思う?」

「あぁ、奴の剣は確かに決まった型も、何かしらの技も存在しないようだが……筋としては悪くない。アイツの動きは、自分の身体の使い方を分かってる動きだ」


 だが、クライヴの太刀筋には相当な鍛錬をこなしてきたであろう跡が見て取れた。それは適切な動作・力加減で何百、何千と剣を振るうことで骨身に刻んだ成果に他ならない。


 クライヴが一次審査を突破出来たのは、刻み込んだ基礎動作の正確さが審査員に評価されたのだろう。


「言われてみればそうかも。校内選抜戦でアタシと戦った時は、『精霊武具(スピリタル・ウェポン)』に身体を乗っ取られて滅茶苦茶な動きだっけど、今はちゃんと自分の意思で剣を振るえてる感じがするわ」

「う、うん。さっきからクライヴ君、押せ押せ状態だよ。……もしかしたらこの試合、クライヴ君が勝つんじゃないかな?」


 剣を使うなど論外、魔法戦特化だったクライヴのあまりの変容っぷりに、コロナとリネアは心底驚いていた。そして、二人の予感と同じように他の観客達の心境も変わりつつあった。


 当初の勝敗予想は、剣術大会連覇者であるヨシュアに大きく傾いていた。しかし、いざ蓋を開けてみればどうだ。先程から試合展開はヨシュアの防戦一方、クライヴが押しまくっている。

 

 我流な上にどうしても付け焼刃感は否めないが、あのトラブル続きだった校内選抜戦からまだ二ヶ月近くしか経っていない。この短期間にこれだけ剣の腕を仕上げてきたのなら大したものだ。


(……それでも)


 だが、唯一アクトだけはこの試合の結末を既に見抜いていた。そしてそれは、悲しい程に現実的で残酷な、彼我の()()()によって引き起こされるものであると。


 人知れず表情を曇らせるアクトがその結論に思い至った頃……実際に剣を交える当事者達の間でも変化が起きていた。


(ど、どうなってんだ……!?)


 ヨシュア目掛けて木剣を振るいながら、遂に疲労が現れ始めたクライヴの額に焦燥の汗が滲む。太刀筋に影響こそ出ていないが、胸中の動揺は加速度的に膨れ上がっていた。


 互いに使っている得物は同じでも、単純な体格差ではクライヴが勝る。先の一合で彼はそれを理解し、間合いと膂力を活かした圧殺するような攻撃を仕掛けていた。


 だが、これだけ一方的に攻め立てているにも関わらず、ヨシュアは微塵も余裕の態度を崩さない。クライヴどんな斬撃を繰り出そうと、容易く受け流されてしまう。 


 有効打だったのは最初の一撃のみ。そこからの戦いは、まるで遊ばれているようで……だからといって、クライヴには状況を覆せるだけの技や駆け引きが無い。


「くっ……うぉおおおおお――ッ!!」

「!」


 引き出しの数が少ない以上、愚直に勝利への一打を見出すしかないのだ。そんなクライヴの気迫が剣に乗ったお陰か、想定を上回る剣速にヨシュアの回避行動が一瞬遅れる。


 木剣が再び激突し、拮抗は……生じた。力負けを避けるべく、ヨシュアは咄嗟に打ち合った反動を逃がすようにしてクライヴの斬撃を受けたことで、両者は鍔迫り合いにもつれ込んだ。


「……クライヴよう、お前、まだ寝てなくて良いのかよ?」

「あぁん?」


 互いの息遣いがはっきり聞こえる至近距離、一歩も譲らぬ緊迫の鍔迫り合いにて。木剣を握る腕に力を込めながら、ヨシュアは不意にクライヴへ話しかけた。


「噂で聞いたぜ。お前、どっかの誰かに変な精霊を掴まされて、校内選抜戦で魔法能力の一部を失ったってな。もう魔道士としては大成しないと踏んで、そんで次は剣に逃げてきたってか」

「……」


 ニヤリと笑うヨシュアの挑発めいた言葉に、クライヴが押し黙る。それらは全て事実であった。


 あの校内選抜戦一回戦で、クライヴは前日に邪悪な第三者の誘惑によって奇妙な「魔剣」に手を出してしまい、コロナとの一騎打ちの最中、自身の欲望に負けて暴走してしまった。


 暴走自体はアクトが介入して止めたが、代償としてクライヴは魔法行使に関わる霊魂に損傷を負った。完全に魔道士生命が絶たれた訳では無いが、痛手には違いない。


「先に言っとくが、そんな力任せの剣じゃ俺は一生捕まらないぜ。お前は行儀が良いだけの剣を振ってる貴族の坊ちゃん共にすら劣る。思いつきで剣を振ってるような半端やってる奴に負ける道理があるかよ」

「っ……」


 薄く笑いながらも、ヨシュアの整った相貌には小さな怒りがあった。即ち、魔法の道を諦めた半端者が、剣技の雌雄を決するこの場所に立つな、と。


 大会に紛れ込んだ不純物に対する怒り。それが剣の重さに乗り、クライヴの身体が徐々に後ろへ下がっていく。


 なるほど。なまじ事情を知っている者ならば、クライヴの剣術大会参加はそのような意図があると思われても仕方無い――だが、ヨシュアは一つ大きな勘違いをしていた。


「……うるせぇよ。俺は半端やってるつもりはねえ。もう半端なんて出来ねえ。俺は本気だ」

「あ?」


 直後、クライヴの後退がぴたりと停止した。ヨシュアはさらに力を込めて押し込もうとするが、まるで巨大な岩石でも相手にしているかのように、クライヴはびくともしなかった。


 それだけではない。巌のように踏み留まり続けるクライヴが纏う圧が、一回り大きく、重厚なものとなった。


「俺が剣の道を進み始めたのは、魔法能力を欠損したからだけじゃねえ。ちっせえ縄張りで満足してた今までの俺じゃ、いつまで経っても奴らに追い付けないと思ったからだ……!」


 そう、ヨシュアの考えは大間違い。クライヴは本気だった。一つの手段に凝り固まっていれば、いつか絶対的な限界が訪れる。だからこそ、クライヴは己の殻を破って剣の修行を始めたのだ。


 でなければその背中すら拝めはしないだろう。かつて追い付きたいと欲した、常に常人の百歩先を行く赤髪の少女にも。かつて自分を救ってくれた、(この)道の遥か先を行く黒髪の少年にも……!


「お山の大将を張るのはもう辞めだ。どれだけ背中が遠くたって、とことん喰らい付いてやる。だから、こんな所で負けられないんだよ! うおぉおおおおおおおら――ッ!!」

「……!」


 咆哮する裂帛の気迫。底から引き出された力が拮抗を打ち破り、クライヴは一息にヨシュアの剣を押し返した。


 大きく吹き飛ばされたヨシュアは素早く体勢を立て直すが、靴底を盛大に擦り減らし、そのまま10メトリアは押し滑らされていく。


「剣術大会連覇が何だか知らねえが、俺を舐めんな!」

「……そうかよ。まぁ、今のは良い一撃だった。半端な覚悟で参加したってのは訂正するぜ」


 木剣の切っ先を突き付けながら啖呵を切るクライヴに対し、ヨシュアは素直にあやまちを謝罪した。


「ぶっちゃけ、今年の大会で俺が全力を出すのは一人だけだと思ってたが……良いぜ。そろそろ決着付けちまうとするか」


 そして、クライヴ=シックサールという男を全力を以て倒すに値する()と認め――この試合で初めて本気の攻勢に転じた。


「フッ!!」


 身体を低くした前傾姿勢をとり、鋭い気迫と共にヨシュアが地を蹴って駆け出す。


「おらよ!」


 彼我の距離をあっという間に潰してクライヴに肉薄すると、目にも止まらぬ刺突と斬撃の連打(ラッシュ)を開始した。


「――ッ!??」


 視界全体を埋め尽くす連続攻撃の嵐に、クライヴの表情が凍り付く。初撃で決着が付かなかったのはクライヴの恵まれた運動能力と勘の賜物だろう。


 単純な一撃の威力はクライヴの方が強い。しかし、ヨシュアの連撃はクライヴの攻勢よりも遥かに鋭く、速い。さらに、繰り出される連打には全て刃線刃筋がしっかり通っており、クライヴの一撃に迫る威力を生み出していた。


「おぉおおおおお!?」


 守勢に回っても崩されるのは時間の問題、反撃に回れば二秒で斬り捨てられる。あらゆる方角から襲い来るヨシュアの攻勢に対し、クライヴは回避と防御に全ての力を注がざるを得なかった。


「ほらほら、お前の威勢は口だけかぁ!!」

「ぐぅうううう……!!」


 それでも尚、クライヴの防御能力を超えた木剣が彼の身体を浅く打ち据える。


 大会ルールでは勝敗を分けるような決定打を喰らわない限り敗北にはならないが、総身に刻まれる無数の鋭い打撲に、さしもの頑丈なクライヴも苦鳴の声を漏らす。


 防戦一方。クライヴ対ヨシュアの試合の構図は、先刻と完全に逆転していた。


(クソッ!! これが、野郎の本気か……!)


 甘く見ていた。舐めるなと言っておきながら、侮っていたのは自分の方だった。試合開始当初、ヨシュアはただ遊んでいただけ。こちらの実力を見極めるために手を抜いていたに過ぎなかったのだ。


 だが、今は違う。ヨシュア=カーライルは自分を負かすために本気で斬りにきている。風の噂で耳には入っていた。これが剣術大会連覇者の本当の力……


(強い……が、それがどうしたぁ!!)


 決めたのだ。敵がどれだけ強大であろうと、最後まで諦めない。どれだけみっともなかったとしても、泥臭く足掻き続ける。弱者が強者に唯一勝てる可能性がある要素は、諦めの悪さなのだから。


 たとえ、最終的にこの試合には負けるのだとしても……一方的に終わってなるものか。せめて、本気の奴に冷や汗をかかせるぐらいの事はやってやる!


「ぐ――うぉらぁあああああああ――ッ!!」


 クライヴは後退の足を止め、ヨシュアの高速連撃に向けて自ら前へと突っ込んだ。


 彼我の剣速を鑑みれば全てを撃ち落とすことは到底叶わない。故にクライヴは勝敗を決定づける致命打だけは木剣で弾き、細かい被弾は気合いで耐える。ほぼ捨て身だ。 


「痛ってえなぁあああああ――ッ!!」

「なにっ!」


 しかし、その無謀な選択はこの状況における最適解と言えた。捨て身の突撃によってヨシュアの連打(ラッシュ)を強引に破ったクライヴは、渾身の意思を込めた突きを放つ。

 

 かなりの速度と勢いが乗っているとはいえ、大振りの上に所詮は直線的な軌道に過ぎない。繰り出された刺突をヨシュアは身体を逸らすだけであっさりと躱してしまうが、


(今だ!)


 それは予想通りとばかりに、クライヴは虚空を突いた木剣の柄を縦から横に素早く持ち替える。瞬間、水平に伸び切った刃をヨシュアが身体を逸らした方へ全力で振り抜いた。


「おらぁ!!」

「ちっ!」


 刺突をフェイントとした二連撃。これにもヨシュアは驚異の反応速度によるバックステップで対応してみせた――が、虚空を奔った強烈なスウィングが制服を浅く切り裂いた。


 されど、勝敗を決める致命打にはまだ程遠い。咄嗟にクライヴがひらめいた会心の不意打ちですら、いとも容易く対処されてしまったかのように見えたが、


「やっば……!」

 

 ヨシュアがふわりと着地した直後、その身体が突如として傾ぐ。予想外の一撃を躱すためにかなり不安定な体勢でバックステップを入れたことで、着地の際にバランスを崩したのだ。


「掛かったなアホがぁああああ――ッ!!」


 たたらを踏んで身体を後ろへ倒すヨシュア目掛け、クライヴが猛然と追撃を被せる。あの体勢からではまともに剣を振るうことは出来ないだろう。クライヴの剣の方が先に届く。


 全身全霊の力を以て、受け流す暇など与えず一撃で剣ごと吹っ飛ばす。クライヴはもう初撃の時のような受け流しはさせない心算だった。


「――認めるぜ。確かにお前は強い」


 クライヴにとっては千載一遇のチャンス、ヨシュアにとっては絶体絶命のピンチに喜色と悲痛の声が上がる最中。そんな事を呟きながら、ヨシュアは驚くべき行動に出た。


 敢えて後ろへ崩れたバランスに身を任せることで、木剣を振りかざして迫るクライヴから自然な動作で遠ざかったのだ。


 結果、目測が狂ったクライヴは踏み込みが遅れ、両者の間に僅かな距離が生じる。


「けどよ……」


 距離としては本当に僅かな、しかし()()を放つには十分過ぎる距離。巧みな身体制御でバランスを戻したヨシュアは、試合開始前と同じあの妙な体勢で木剣を構え――


「俺よりは弱い」


 刹那、三条の()が閃いた。


「~~~~~ッ!?」


 クライヴを防戦一方に追い込んだ高速連撃を一笑に付すかの如き、最小限の予備動作(モーション)から放たれた超高速の三連突きが、大気を鋭く抉り穿つ。


 三つの突きが同時に繰り出されたかと錯覚させるような速度で、ヨシュアは至近距離のクライヴに知覚すらさせず二度、三度と突きを打ち込み、彼の剣を空高く弾き飛ばした。


「終わりだ」

「ぐあっ!?」


 そして、両腕を打ち上げられてガラ空きとなったクライヴの胴体に木剣を叩き込み、容赦なく吹っ飛ばすのだった。


「そこまで! 勝者、ヨシュア=カーライン!」


 受け身もとれず地面に仰向けで倒れ込んだクライヴを見て、審判が判定を下す。


 Bブロック初戦の勝利を飾った剣術大会連覇者に、四方の観客席から大瀑布のような歓声が爆ぜた。


「ぐっ……!」

「よく考えたもんだ。最後のは結構焦ったぜ。……が、俺を倒すにはまだまだ足りねえ。腕を磨いて出直してくるこったな」


 一息吐いたヨシュアは木剣を収め、動けないでいるクライヴを見下ろした。互いの力量差をはっきりさせたようにそれだけ言い残し、クライヴに背を向けてフィールドから去っていく。


「……ちくしょうが……!!」


 広漠とした舞台に一人取り残されたクライヴは、晴天の大空をしばし仰ぎ見る……その後、悔しさに顔を歪ませ、腕を地面に叩き付けるのだった。


「クライヴ君が負けた……流石、剣術大会の連覇者と言うべきなのかな。何というか、凄い人が出て来たね」

「えぇ、二次予選はアクトの一人勝ちだと思ってたけど……想像以上の強さだわ。アクト、アイツに勝てると思う?」


 一連の試合の流れを砂かぶりの最前列で観戦したコロナとリネアは、揃って戦慄の表情を浮かべていた。それ程までに、本気を出してからのヨシュア攻勢は凄まじかった。


 特に、最後に試合を決めた超高速の突き――騎士剣術の観点からでも紛うことなき絶技を遠目からギリギリ視認出来た二人は、アクトの研ぎ澄まされた剣技に近しいモノを感じたのだ。


「…………」

「マスター?」


 しかし、彼女達の問いにアクトは何も答えず、ただ怪訝な表情を浮かべ、控え場に消えていくヨシュアの姿を見据え続けていた。


 ――そこからは、怒涛の展開だった。結局、ヨシュアを手こずらせたのはクライヴ一人であり、他の参加者達は対等な斬り合いすらさせてもらえずに悉く敗れ去っていく。


 まるでAブロックのアクトを訪仏とさせる破竹の勢いでヨシュアはBブロックを勝ち上がり、あっという間に決勝進出を決めてしまった。 


 かくして、今年度のガラード帝国魔法学院剣術大会の決勝戦は、大会史上初めてのハイレベルな実力者同士の戦いとなるのであった。


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