ガラード帝国魔法学院剣術大会②
「まさか、この学院に剣術大会なんてのがあるとはな……」
午前の授業が全て終わった昼休みにて。腹を空かせた生徒達で溢れかえった学生食堂の席で、アクトは数枚の書類を読みながら感じ入ったように呟いた。
「ん……」
その隣では、アクトより遥かに小柄な銀髪の少女――先日、とある経緯で彼と精霊契約を交わした剣精霊・エクスが、注文した沢山の昼食を(代金は勿論アクト持ち)無表情のまま口へ運んでいる。
エクスが正体を隠して主のアクトと共に学園へ通うようになってしばらく経った。当初は色々ボロが出まくって苦労したが、今では殆ど違和感なく学生生活に溶け込めていた。
「しかも、参加者名簿を見ると結構な数の生徒が参加するみたいだし……」
セオドールに大会の事を聞いたアクトは、食堂に向かうついでに職員棟の庶務課へ寄っていた。すると、具体的な内容が書かれた大会要項は簡単に手に入った。
「これって、そんなに知名度のある催しなのか?」
「毎年、この時期になると開催される伝統行事なの。見物に来る人も多いから、ちょっとしたお祭り騒ぎになるんだよ」
アクトの疑問に答えたのは、彼の対面に座る金髪の少女――リネア=エルレインだ。学院では聖女の異名を持つ楚々と整った面立ちに、朗らかな笑みを作って説明を加えた。
「意外過ぎて驚いたぞ。てっきりこの学院の連中は魔法一筋で、純粋に剣を使う奴なんて居ないと思ってからな」
「授業や実戦で使う人はほぼ居ないよ。でもほら、ウチって貴族の子供も通ってるから、剣術を学んでる人も少なくないんだ」
「貴族? ……あぁ、そういう事か」
富国強兵政策を掲げる帝国政府が運営する学院には、様々な層から優秀な人材を取り入れるために、労働者階級から中産、上流まで、幅広い身分の生徒が混在している。
上流階級においても、地方の田舎貴族から中央の有力貴族の子女まで層は様々だ。そして、ガラード帝国では剣術、馬術、拳闘、学問、魔法……これらは帝国貴族の五大教養とされている。
「人の上に立つ者は文武両道たれっていう、貴族の古き伝統だね」
「貴族、か……そういえばさ、コロナ。お前の家も公爵家だったんだろ?」
するとアクトは、リネアの隣に座る赤髪の少女――コロナ=イグニスに視線を移した。話を振られたコロナは、リネアとは別ベクトルで整った凛々しく攻撃的な美貌を彼に向ける。
「……それが?」
「だったら、他の奴よりは剣術も知ってるんじゃ……あ」
刹那、アクトは己の失言を呪った。とある理由でこれまで壮絶な人生を歩んできたコロナに、イグニス家の話をするのは非常に拙いのだ。経験上、ロクな目に遭わないのが目に見えている。
「わ、悪い。変な事聞いちまったな……」
しかし、一度口にした言葉はどうやっても取り消せない。一体どんなお叱りが飛んでくるか、バツが悪そうに謝ったアクトが身構えていると、
「構わないわよ。アンタに悪意がある訳じゃ無いだろうし。それとも違うの?」
「え? い、いや、別にそういうつもりじゃないが……」
「でしょう? なら良いの。確かに、イグニス家は領地経営もしてたけど、生粋の魔道士家系だからね。アタシ自身、魔法の鍛錬ばかりで貴族の教養なんかそっちのけだったわ」
てっきり魔法で吹っ飛ばされることくらいは覚悟していたアクトだったが、コロナは特に怒ることもなくあっさり話してくれた。
自身の遠き過去、今は失われた炎の大家に想いを馳せ、ほんの少しだけ寂しそうな表情で……
「……」
「ごほん! な、なになに、具体的な内容は、と……」
そんなコロナを、親友として一番近くで見てきたリネアは心配そうに見つめる。そして、気まずくなった雰囲気を払拭すべく、アクトは昼食の黒パンを片手に大会要項を読み進めることにした。
「予め指定された剣の型を披露する一次予選で数を一定数に絞ってから、二次予選は模擬剣を使ったトーナメント形式か。試合は分かるが、一次予選にある型の披露ってのは何だ?」
「あ……多分、騎士剣術に出てくる型の事だね」
「騎士剣術?」
「うん。私も詳しくは知らないんだけど、動きの美しさや足運び、技の完成度みたいなのを点数で評価する感じだったかな」
少しでも話題を逸らそうとするアクトの問いに、彼の気遣いを察したリネアが乗ってきてくれた。
魔法という戦争における絶対的な武器が存在する現代において、‟実戦的な剣術”という物は廃れてしまった。代わりに現代で栄えたのは、技の流麗さや見栄えを重視した騎士剣術だ。
こちらは実戦的ではなく見世物としての側面が強い。戦闘よりも演舞で用いられる騎士剣術とはよく言ったものだが、その理念や指南のし易さから、貴族の間で広く取り入れられている技であった。
「他人の剣に他人が点数を付けるのか。……気に入らねえな」
「あら、何か不服なの?」
「そりゃそうだぜ。俺が剣の腕を磨いてきたのは、戦いで生きる為に必要な術だったからだ。決して、誰かに見せびらかす為に磨いてきたモノじゃない」
気を取り直したらしいコロナの指摘に、アクトは苦々しい表情で応じた。
アクトの剣術は、彼が学院に来る前から……いや来てからも、幾多もの命を賭した死闘の中で鍛え上げられてきた、いわばアクト=セレンシアの血塗られた半生そのものだ。
その‟人殺しの剣”を赤の他人に評価されるというのは、アクトの人生に点数を付けられるようなものだ。間違いなく、あまり良い気分はしないだろう。
「せめて大会の内容が試合だけだったらな。せっかくのイベントだけど、参加は止めとくよ」
「そっか。まぁ、決めかどうかはアクト君だし、私も口は挟まないでおくね」
あくまで参加の意思は本人次第ということで、リネアも無理に進めるようなことはしなかった。
……ただ、言葉とは裏腹に、アクトはどこか名残惜しそうに眉をひそめていた。
「ふぅん、なるほど……」
そんなアクトの様子を窺っていたコロナは、やがて、悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。
「ところでアクト。その剣術大会、優勝したら賞金が出るわよ」
「え、賞金?」
コロナに促され、戸惑いながらもアクトは要項を読み進めていく。すると、確かに最後の頁の下端に、優勝賞金についての概要が小さく記載されていた。
「あ、本当にあった。けどよ、この手の大会の賞金なんて、どうせ大した額じゃないのが普通――」
そこに記載されていた賞金額は……
「……マジで? こんなに?」
アクトは硬直させるには充分過ぎる額であった。
流石は唯一、国が公的に運営する魔法科学院が主催なだけはある。一般学生にとっては超がつく程の臨時収入だったのだ。
「………………」
たっぷり十秒以上、半眼となって賞金額をじっと見つめ続けるアクト。
「あらあら、目の色が変わったわよ。もしかして、参加したくなったちゃった?」
「こ、コロナったら……」
それをにやにやと見守るコロナは、隣のリネアが苦笑するほど実に良い笑顔であった。
「……ま、まぁ、無視出来ない金額ではあるな。ここで心変わりしたら金に釣られてるみたいですげぇ癪なんだが……」
「現に釣られかけてるじゃない。アンタ、お金に余裕がある訳じゃ無いんでしょ? もし剣が使えたらアタシも参加したいくらいよ。お金に不自由してない貴族連中に賞金を取られるぐらいならね」
コロナの言う通りだ。今のアクトは、リネアの生家であるエルレイン邸で居候生活を送っている。リネアも最初は断ったが、宿無しの自分を拾ってくれた恩義として、アクトは彼女に生活費を渡していた。
故に、大した収入源も無いアクトには自由に出来る金があまり無い。その小柄な身体からは到底考えられない大食いであるエクスの食事代を確保するためにも、賞金は喉から手が出る程欲しかった。
「うぬぬ……でもなぁ……」
こんな機械は滅多に無い。参加するだけのメリットは充分にある。しかし、アクトの剣士としてのプライドが、後一歩のところで参加を渋らせていた。
「はぁ~~~仕方無いわね。変なところで強情なアンタの為に、理由をもう一つ付けてあげる。噂では一人、毎年大会に参加する生徒の中に、かなりの使い手が居るらしいわ」
アクトのはっきりしない態度に肩を竦めたコロナは、そんな話題を切り出してきた。
「かなりの使い手?」
「あ、私も聞いたことあるよ。私達と同じ学年だったよね。しかも、貴族じゃなくてごく普通の学生だって」
「えぇ。詳しい話は知らないけど、特に去年と一昨日に開催された剣術大会では、ほぼ全ての試合を圧倒的な実力差で勝ち抜いて優勝した屈指の実力者。どう、興味湧いた?」
貴族の子女も参加する大会で二連覇して尚、あやふやな情報しか行き届いていないのは、やはりここが魔法の技量を至上とし、剣術などは軽く見られてしまう魔法科学院だからかだろう。
それよりもアクトが興味を引かれたのは、リネアが言ったその実力者がただの一般生徒だという事だ。剣という武器が廃れて久しい現代において、教えを乞うべき技量の剣士を見つけるのは中々に骨なのだ。
きちんとした指南役を雇える貴族や、アクトのように特殊な出自ならまだしも、一般生徒が大会で優勝出来るのは相当なものだ。偶然、身近な人間に優秀な剣士でも居たのか……それとも、独学で鍛え上げたのか。
「よく言うじゃない。何事も、強い相手と戦うのが成長への近道でしょ? 魔法も剣も理屈は同じ。違う?」
「……」
日頃、どれだけ厳しい鍛錬を積んでいたとしても、人間を大きく成長させるのは、土壇場で様々な能力が要求される実践でのやり取りの中でしかない。
種類の違う相手との戦闘経験は、そのまま純粋な力に繋がる。アクトも未だ途上にある一人の剣士として、件の実力者の存在が気にならないと言えば嘘だった。
「自分の剣をむやみに振るいたくないって気持ちは分かるわ。けど、これは少なくともアンタが経験してきた命の奪い合いじゃない。ただのちょっとしたイベントよ。もっと気楽に考えてみたら?」
「……!」
そして、最後のその言葉が決め手となった。心を突き動かされたように、アクトは目を見開いた。
――そうだ。こんなところで折れている場合じゃない。
この学院で遭った多くの出会いや出来事を通して、決めたのだ。停滞した時を進めるために、憎悪の対象として嫌っていた魔法と、今まで目を背けてきた現実と向き合うと。
傷付くことを恐れずして、何かを変えることなど出来ようか。自分自身を変えるためには、いつまでも消極的な考え方では駄目なのだろう。それに……
(もっと気楽に考えろ、か……)
自分は、いつから他人の目を一々気にするような大人しい人間に成り下がった? 腑抜けてしまったと言われても仕方無い。
他人からの評価など知ったことか。剣技に点数を付けられるのが嫌なら、点数なんて付けられないくらいの剣技で、観客や審査員達の度肝を抜いてやれば良いのだ。
たとえ血塗られた歴史があろうと、たとえ‟人殺しの剣”であろうと、剣に文句だけは付けさせない。
「……ふっ。あの時と同じだ。また、お前に諭されちまったな」
一度、前向きに考えだせば様々な案が頭に浮かんできたアクトは、いつの間にか口元に不敵な笑みを湛えていた。
「やっと良い顔になってきたじゃない。まぁ、たかが学生の剣術大会に出てくる相手なんてアンタの敵じゃ無いわよ。さっさと参加して、さっさと優勝しちゃいなさい」
「あぁ、そうだな。貴族連中の間で培われてきた騎士剣術とやらも気になるし、奴らの剣がどの程度か確かめてみるのも一興か」
後ろ暗い過去の一端から吹っ切れ、大会参加の意思を固めたアクトに、コロナも満足気に笑い返した。だが、
「そんな訳で、優勝したら賞金でアタシ達に何か美味しい物でも奢って頂戴ね」
「って、おいコラ! 言わないでおいてやったのに遂に言いやがったな! やけに参加を勧めてくるなと思ってたが、お前、絶対最初からそれが目的だったろ!?」
「アタシやリネアのお陰で決まったも同然なんだから、それぐらい良いじゃない! 賞金総額に比べたら、ちょっと高い食事くらいお安いもんでしょ!」
良い感じにまとまりそうだった雰囲気から一転、いつものくだらない理由で二人の言い合いは喧嘩に発展してしまった。
「リネアはともかく、んな打算ありまくりの善意でよく自分のお陰とか言えるな!?」
「ぐだぐだとよく分からない理由で迷ってたアンタに言われたくはないわよ!」
「あぁん!?」
「何よ!?」
最早、一部の生徒の間では名物として見慣れてしまったその光景を、リネアはにこやかに微笑みながら、エクスがきょとんと不思議そうに見守るのだった。
放課後、アクトは職員棟へと赴き、ガラード帝国魔法学院剣術大会への参加届を提出した。
学院創立当初から、伝統行事として行われてきた剣術大会……その長き歴史の中でも、多くの想いが交錯する今年度の大会は、初参加にして大会史上最大の‟規格外”が席巻することを、他の出場者達はまだ知らなかった。
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