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ガラード帝国魔法学院剣術大会①


 太陽がそろそろ空の頂に差し掛かろうという時間、王立ガラード帝国魔法学院の魔法競技場にて。


「【朱き魔弾よ】――ッ!」

「何の! 【寄りて阻みし壁よ】!」


 快晴の大空に、幾つもの呪文と衝撃音が吸い込まれていく。広漠とした楕円形のフィールド上では、複数人の生徒達がそれぞれ一対一の決闘形式で魔法の鍛錬に励んでいた。


 任意選択によって、通常の授業とは違う専門的な魔法分野について学ぶ「選択専攻演習」。その一つである魔法戦闘組の本日の授業内容は、「魔法戦教練」だ。


 文字通り魔法を使用した戦闘訓練を行い、戦いにおける魔法の運用などを学ぶ授業である。魔道士として最低限の護身の術を得る目的で通常の授業でも行われているが、こちらはより実戦的・高度な内容となっている。 


「うむ……今日は前回までの復習ということで自由にやらせてみたが、無事に終わりそうで何よりだ」

「えぇ、そうですね。怪我人も出ませんでしたし、安心しましたよ」


 万が一の事故を防ぐために、観客席の高い位置から目を光らせていた二人の魔法戦教練の教官は、フィールドをぐるりと見回して安堵の溜め息を吐いた。


 つい最近、帝国全土を震撼させた大事件が起こり、学院の管理体制が疑問視されているのだ。これ以上、生徒を危険に晒して波風を立てるのは絶対に避けたいところだった。  


「……しかし。今更ではありますが、本当に変わっていますね、彼は」

「その変わり者に。あの事件で助けられた者も多いと聞く。実際、教える側の私達ですら戦って勝てるかどうか分からないのだから、扱い辛いところを含めて、末恐ろしい少年だよまったく……」


 そんな会話を交わしながら、教官達はフィールドの端の方に目を向ける。そこでは、ある二人の男子生徒が対峙していた。


「【駆けろ閃光】! 【駆けろ閃光】ッ!!」


 茶髪の大柄な男子生徒が呪文を唱え、その左手の指先を対戦相手に向ける。呪文を構成する魔法式の暗示作用により、心象風景を構築した男子生徒の指先から二条の紫電が真っ直ぐ飛ぶ。


 速度・精度ともに申し分の無い雷撃《紫電閃(ライトニング)】。お手本のような魔法行使に、訓練を止めて見守っていた周囲の生徒達も思わず息を呑むが……相手が悪過ぎた。


「ふ――」


 対戦相手である訓練用の木剣を持った緑色の瞳に黒髪の少年――アクトは、飛来する雷閃の射線を正確に見切り、半身を僅かに逸らすだけでそれを事もなげに躱してしまった。


「なっ!? こ、【氷の――】」

「遅い」


 驚愕で一瞬固まった男子生徒が次なる呪文を唱えようとするが、その隙に懐へと入り込んだアクトは素早く足払いをかけ、彼を地面に転がした。


「痛ってぇ……くっそ! またやられた!」

「狙いは良いが、判断が遅い。避けられたぐらいで一々動揺してんじゃねえよ」


 上半身を起こし、その場に胡坐をかいて悔しげに顔をしかめる男子生徒に、アクトは極めて余裕な様子で改善点を指摘する。


「きっちり射線を把握していれば、今のを躱すのは造作も無い。今のはもう一発くらい撃てた筈だぞ、カイン」

「いやいや無理無理。遠距離ならまだしも、あの至近距離で《紫電閃》を見切って躱せる奴なんか、ここじゃお前くらいしか居ないって」


 と、そんな事を汗どころか息一つ乱さず告げるアクト。平然と引き上げられたとんでもないハードルに、カインと呼ばれた男子生徒は全力で頭を振った。


 アクト=セレンシア――とある理由でこの春ガラード帝国魔法学院にやって来た転入生。帝国最高峰の魔法学府に在籍しておきながら、魔法を嫌い、魔法を使わず、超人的な剣術や体技で魔道士と戦う異端児である。


 将来、魔法戦闘職を目指す者が多く集まるだけあって、皆、魔法の腕前に関しては中々のレベルだ。しかし、魔法も剣も全てを含めた「戦闘力」という面で、彼らはアクトに遠く及ばなかった。


 今の立ち合いのように、アクトに魔法を命中させられる生徒は誰一人として居ない。そもそも前提として魔法を使わないので、評価規格外という形で彼は担当の教官から半ば放任に近い扱いを受けていた。


「本当凄いよね、アクト君は。僕はまだ相手になった事は無いけど、一生当てられる気がしないよ」

「だな。教官達が投げ出すのも分かる気がするぜ」


 ふと、休憩がてら雑談に興じていたアクト達に話しかけてくる者が二人。隣で先程の立ち合いを見守っていた生徒達だ。


「今回も綺麗なやられっぷりだったぞ、カイン」

「これで三戦全敗、だね」

「うるせえよセオドール。お前こそ、真っ先にアクトに挑みかかって返り討ちに遭った一人じゃねえか。ジールも、他人事だと思ってたら実際に戦った時に痛い目を見るぜ」

「おいコラ、俺に対するお前らの扱いは一体どうなってるんだよ?」


 小柄な眼鏡の生徒ジールと、長身痩躯の生徒セオドールは、ごく自然にアクト達の会話の中へ入り込んでいく。つい最近学院にやって来たアクトへの気配りなどは感じられなかった。


 アクト自身も、慣れ親しんだ様子で気兼ねなく彼らと言葉を交わしていた……しかし、少し前まではこうはいかなかったのである。


 学院長の計らいで学院に転入(という名目で入学)してきたばかりのアクトは当初、魔法に対する否定的な態度や魔法嫌いを公言していた事もあって、一部の者を除けばかなりの嫌われ者だった。


 日々、魔道士としてより高みに至るために魔法を学び、魔導の技を神聖視している彼らにとって、アクトの存在はただただ不愉快な不純物でしかなかったのだ。


 ……だが、最近になって、彼への評価は大きく変わりつつあった。先日勃発した前代未聞のテロ――学院襲撃事件の渦中において、身体を張って生徒達を助けて回るという活躍が、学院中に知れ渡ったのである。  


 今やアクトは嫌われ者の転入生から一転、多くの人命を救った有名人となった。特に、実際にアクトに命を救われた者達にとっては英雄扱いである。


 それに加えて、何か心境の変化でもあったのか。事件以来、真剣に授業に参加するようになった事もあって、アクトに積極的に話しかけてくる者も増えたのであった。


「俺にとって、身体の扱いは戦いで生き抜く為の生命線なんだ。これが中途半端なようじゃ、今頃俺はこの世にいねえよ」

「この世に居ないだなんて、お、大袈裟だなぁ」

 

 歪な環境下で育ったアクトも、初めて出会った同年代の者達には特に突き放すこともなく接していた。ちなみに今アクトと話しているカイン、ジール、セオドールは、彼のクラスメートである。


「僕、詠唱が遅いから魔法を撃っても相手に防がれたりすると、いつも反撃をもらって防戦一方になるんだ。だから、魔法を撃った後にアクト君みたいに動けたら良いなって思う時があるよ」

「ジールの魔法は命中精度重視だから仕方無い所もあるだろう。が、それは俺も思ってたところだ。俺達もアクトと同じくらい動けたら、戦術の幅も広がるかもしれないしな」


 方向性は違えど、卓越した技術を持つアクトへ純粋な尊敬の眼差しを向けるジールの言葉に、セオドールが静かに同意する。


 アクトの体術は、武に疎い者ですら惚れ惚れする程の超一級品だ。無駄な動作はなく、最小限の体力で最大限の能力を発揮出来るよう鍛え抜かれた、歴戦の猛者のそれである。そこに超人的な剣技が合わさり、これまで数多くの魔道士を打ち倒してきたのだ。


 十六と少しの年月でここまで熟達した技が培われた経緯は、アクトの壮絶な生い立ちや過去が関係しているのだが……彼の素性を知らない 者には理解し得ないだろう。


「なぁなぁ、アクトよう。俺達には剣は分からないけどさ、お前のその体術っての? めちゃくちゃ早くて正確に動けるようなコツ、よければ教えてくれねえか?」

「ぼ、僕からもお願いするよ。今の僕のままじゃ、上には行けないって思うから……」

「俺からも頼む。魔法が絶対的な武器じゃないって事は、お前に吹っ飛ばされて嫌というほど知ったからな」

「おいおい……」


 随分簡単に言ってくれると、頼み込んでくるカイン、ジール、セオドールに対し、アクトは困ったように後頭部へ手を当てた。


 言うまでもない事だが、技術とは一朝一夕で身につく物ではない。魔法でも体術でも、それは変わらない。仮に教えたとしても、短期間で培った技術など所詮、付け焼き刃でしかない。


 中途半端な刃は戦闘では役に立たないどころか、返って危険を招く恐れすらある。そもそも、自分と彼らとでは根本的な戦闘スタイルが違うのだから、同じ技術でも運用法はまるで違う。


「お前らの一番の武器は魔法だ。遠距離攻撃が得意な奴が、近距離特化の俺と同じくらい動けたとしても意味は薄い。……けどまぁ、そうだな。いざって時の魔法に依らない動き方ぐらいなら教えられるぞ」


 ただ、一芸以外にも出来る事が多いに越したことは無いし、技自体は門外不出で隠すような物でも無い。求める者が居るなら、教授するのもやぶさかではない。


(俺の教えが将来的にコイツらの命を救うことに繋がるのなら、それは意味のある事、か。その果てに……いずれ、‟同級生”としてではなく戦場で‟敵”として相まみえるのだとしても……)


 見知った顔と戦う覚悟はしているが、とはいえ流石に寝覚めは悪いだろう。そのような未来が来ないことを切に願うアクトであった。


「マジかよ、恩に着るぜ! やっぱり言ってみるもんだな!」

「分かった分かった。だが、俺の動きを真似るなら魔法を使う以上に基礎的な体力が必要になるからな。途中でへばるんじゃねえぞ」

「う……アクト君の訓練って、絶対スパルタだよね……今のうちに走り込みとかしておかないと」


 見たところ全員やる気もあるようだし、これも何かの縁だとアクトは三人の頼みを了承するのだった。


 後日、「選択専攻演習」の授業が終わると、何故か他より遥かにボロ雑巾と化した生徒が校内で見られることになるのだが……それはまた別の話である。



◆◇◆◇◆◇


 

 しかし、早速これからアクト達が訓練を始めようとした矢先、授業終了を告げる時計塔の鐘の音が鳴り響いたことで、本格的な訓練の開始は次の授業以降に決まった。


 生徒達を集めた教官が総括を終えると、今日の「選択専攻演習」は解散となり、それぞれ片付けと怪我の確認を済ませた生徒達は校舎の方へと引き上げていった。


「そういえば、アクト。お前って、本来は剣が一番得意なんだよな?」


 道中、待ち合わせの人物達と合流すべく食堂へ向かうアクトの隣に並んだセオドールが、唐突にそんな事を聞いてきた。


「授業ではまったく使わないけど、校内選抜戦の戦いぶりを見てるとそうなんじゃないかと思ってな」


 そう言いながらセオドールの視線は、アクトの腰の鞘に納められている彼の愛剣アロンダイトに向けられている。とある国の鍛冶師が魔法銀(ミスリル)と呼ばれる超硬度の魔法金属を叩いて作り上げた、苦心の業物だ。

 

「ん? まぁ、確かに得意と言えば得意だが……いきなりどうした?」


 いきなりな問いにアクトは少し面食らいつつも答えた。アクトにとって、剣とは戦いで生き抜くための絶対的手段だ。()()()()では済まされない。


「いや、な。だったらアクトも、アレには参加するのかと思ってさ」

「アレ? 何だそりゃ?」

「……え、もしかして知らないのか?」


 まったく話の筋が見えず怪訝な表情を浮かべるアクトに、セオドールは思わず目を丸くした。


「それは勿体無いぞ。お前が出たら絶対優勝出来ると思うんだけどな」

「だから、さっきから何の事だよ?」


 先程からセオドールの話はどうにも容量を得ない。焦れたアクトが語気を強めて問うと、セオドールは至極当たり前の事を話すかのように答えた。


「何って……来週、学院で開催される剣術大会だよ」



読んでいただきありがとうございました!この番外編では、アクト達のより細かい学院生活の風景を書いていければと思いますので、本編ともどもよろしくおねがいします!

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