96話 空白の記憶
「――ここは…………」
気付けばアクトは、真っ直ぐな空間がどこまでも続く長い廊下に、ぽつんと立っていた。まるで身体の動かし方を忘れてしまったかのように微動だにせず、彼は呆然と佇んでいた。
「……終わった、のか……?」
やがて、目が覚めたように意識が現実を正しく認識し始める。霞む視界は真っ赤に染まり、だらりと垂れ下がる右手には、流れ落ちた血が蒸発する程の光熱を帯びた聖剣。
壁に設置されたランタンと小さな窓ガラスから差し込む光だけで、辺りはかなり薄暗いが……あの身が凍えるような暗闇が充満していた謎の異空間よりは、遥かにマシだった。
激闘によって記憶が殆ど抜け落ちていたが、思い出した。ここは校内選抜戦決勝の舞台である屋内フィールド。真祖吸血鬼フェリドが「空想結界」とやらで作った異空間から、現実世界に戻ってきたのだ。
「がはっ! うっ……く……げほっ……ッ!」
その事実を認識した途端、アクトの身体から急に力が抜けていく。代わりに襲い掛かってきたのは、未曾有の疲労感と激痛。たまらず膝をついて倒れそうになるところを、アクトは何とか踏みとどまった。
戦闘高揚が終わったのだろう。無数の切創、裂創、刺創、大量出血、《修羅の八刀》の効力切れによる身体能力の低下、魔力枯渇症、エトセトラ……限界を騙して身体を酷使した反動が、全て返ってきたのだ。
最早、立っているのも困難。正直、今すぐにでも横になりたい……だが、まだ倒れる訳にはいかない。これだけの傷を付けまくってくれた敵の死体を確認するまでは。
「エクス、無事か……?」
『――問題ありません。日頃の鍛錬の賜物でしょう。精霊権能解放に伴う私の存在規格への負荷は、以前よりも軽微です。マスター自身の損耗も抑えられている様子、非常に助かります』
アクトの呼びかけに、彼の頭の中で賞賛と共に応じるエクス。
学院襲撃事件で聖剣の「奥の手」を使った際、エクスは力を使い果たして休眠状態に陥った。それと比べると今回は受け答えがはっきりしているので、負荷が減ったのは確かなのだろう。
加えて、《限界突破》と「奥の手」を使っても意識を失っていない点では、この一戦はアクトの成長の証だと言える。しかし、エクスの言葉に対しアクトは「いいや」、と頭を振った。
「俺もまだまだだ。ていうか、助かったっていうならそれはこっちの台詞だぜ、エクス。俺が腹をぶち抜かれそうになった時、『銀輝魔甲』に魔力を送ってくれたんだよな?」
フェリドが捨て身の反撃を仕掛けてきたあの時。漆黒の杭に貫かれるのもお構いなしに剣を振り続けていたアクトには、回避に意識を割いている余裕などなかった。
もし「銀輝魔甲」の魔法障壁がなければ、もしエクスが魔力を回していてくれなければ、今頃アクトの腹には大きな風穴が空いていたに違いない。
これでは勝利を誇る事は出来ない。結果的にアクトは、マグナとエクスに命を救われたのだから。しかし……
「助けられた身で言えた事じゃねえが、俺を信じてたんじゃなかったのか?」
『勿論、マスターの事は信頼していました。ですが、それで主より与えられた命令をただこなすだけとなれば話は別。こちらの準備が整ったので、余ったリソースを支援へ回したに過ぎません』
作戦の成功には、互いがそれぞれの役割に専念しなければならなかった。それを、最後の最後で助けられた事に疑問を感じたアクトが尋ねるも、エクスはあくまで冷静に、論理的かつ合理的な理由で返す。
普通なら誰もがそこで納得する。だが、両者は精霊契約で繋がっている。思考は無理でも、感情の起伏となれば、一方的でもある程度分かるわけで……主に似て、この精霊も根本的に素直じゃないのだ。
「はは、そうか。まぁ、そういう事にしておくぜ……悪い。あの無茶な作戦を考えた時点で分かってはいたんだが、殺さずに情報を聞き出すってのは出来なかった」
『お気になさらないでください。手心を加えられるだけの余裕は微塵もありませんでした。それぐらい、あの者は強敵でしたから』
フェリド=ル=ノスフェラトゥスは、掛け値なしの化け物だった。これまでアクトが戦ってきた強敵の中でもトップクラスの怪物。エクスの力を借りなければ、単独での打倒はまず不可能だっただろう。
いや、エクスの力を借りていても、戦況は最後の攻防を除けば終始劣勢だった。ただし、戦いとは数字の比べ合いとは違う。単純により強い戦力を持つ方が勝つというものでもない。
たった一瞬、たった一合の勝機を奪い合うのが戦いであり、アクトは見事にその勝機を掴み取ったのだ……それでも、彼我の戦力差は圧倒的。アクトが勝てたのは奇跡に近かった。
「情報は聞き出せなかったが、奴は即始末で正解だった。既に被害は出てるから何とも言えねえけど、あんな化け物が大手を振って外を出歩いてたら、どれだけの被害が出たことか……」
重々しく呟く間も、アクトは油断なく周囲を警戒するが……いつまで経っても、フェリドが姿を現す気配は無い。これは、聖剣の「奥の手」で異空間もろとも消し飛んだのか……
(……本当に倒せた、のか?)
いつまで気を張っていても仕方ないと、ふと緊張を緩めたアクトが溜め息を吐こうとした――その時だった。
「残念ながら、そのご期待に沿えられないかな」
刹那、アクトの脳内に直接響いてくる男の声――すると、どこからともなく現れた黒い霧状の何かが、彼の周囲に漂い始めた。やがてそれらはアクトから少し離れた場所でわだかまり、一つの人型を形作る。
「――ッ!!」
現れたのは……ボロボロの重体と化した、フェリドであった。
「テメェ、まだ死んでなかったか……!」
「はぁ……はぁ……か、かなり危なかったかけどね。こうして肉体を維持するのも結構きついんだ……」
事実なのだろう。フェリドの右腕は半ば先から跡形もなく消し飛び、傷口の断面は肩にかけて炭化したように黒ずんでいる。総身に刻まれた裂傷からもかなりの量の血が流れ、その傷が……塞がっていない。
吸血鬼の超絶的な再生能力が働いていない。生命機能の延長上にある再生が働いていないという事は、フェリドもアクト同様、辛うじて命を繋いでいる状態だ。
「ごほっ……み、認めるよ。君は強い。これだけの傷を負わせ、この僕を心の底から恐怖させたのは、君で三人目だ……そういえば、まだ名前を聞いていなかったね。君、名前は?」
「……アクト。アクト=セレンシアだ」
隠していても仕方が無い。吸血鬼に認められても嬉しくも何ともないとは思いつつも、アクトは名乗った。
「アクト、君か。覚えたよ」
「コラ、勝手に『君付け』するんじゃねえよ。こんなタイミングで名前を聞くとは、随分と余裕なんだな。そのボロクズみたいな身体でさっさと逃げればよかったんじゃないのか?」
「ふふ……そうだね。本当なら、こうして姿を晒さずに逃げてもよかった。けど、こう見えて僕、約束は守るタイプなんだ。だって知りたいんだろう? 僕が何故、君を‟騎士王”と呼ぶのか」
あれだけの傷を負いながら、やはりどこか楽しげなフェリドの言葉に、アクトの目が大きく見開かれた。さっきまで殺し合っていた敵がわざわざ情報を明かすというのだから。
アクトの内には、フェリドを倒したかったという想いと、真実を知りたいという想いの二つが同居していた。初めは前者が叶ったかと思いきや、今度は後者が叶うという急転直下の状況に唖然とするしかない。
自分に勝てたら教えると言ったとはいえ、所詮は口約束。故に力ずくで聞き出すしか無いと思っていたのだが……そんなアクトに、フェリドはさらなる衝撃の事実を告げた。
「さっきの一撃で、ようやく確信が持てたからね。あの光は忘れたくても忘れられない……君が契約している精霊の正体にも、僕は心当たりがあるよ。君にとっても無関係な話じゃない」
「何っ……!?」
過去のエクスとフェリドに何らかの関係があるかもしれないというのは、あくまで推測に過ぎなかった。確証は無いが、それが事実かもしれないことに、アクトは再び驚愕に見舞われた。
しかし、フェリドが持つ情報に最も興味を示し、その事実に一番驚いていたのは、アクトよりも彼の契約精霊の方だった。
「あなたは、私の事を知っているのですか!?」
直後、アクトの手に握られた聖剣が眩い光の粒子となって消え去り、元のアロンダイトに戻ると同時に姿を現したのは、学院の制服に身を包み、銀色の長髪を持つ小柄な美少女――エクスだ。
「その姿……ふっ、どうやら昔と変わっていないようだね」
「答えなさい! 私は、私という精霊は、一体何なのですか!?」
合点がいったという様子のフェリドに、エクスは激情に駆られたように問い詰める。
いつもは無表情・無感情のエクスがここまで感情を昂らせて叫ぶのを、アクトは見たことがなかった。ただ、先程のようにその感情だけはひしひしとアクトに伝わってくる。
(エクス、どうしてそんなに……)
激しい思いを剥き出しにするエクスが抱いている感情とは、怒りでも困惑でもなく、ただひたすらに強烈な、恐怖だった。
「良いよ、教えてあげよう。君達には知る権利がある。僕が『聖櫃』に封印される前の昔話を、ね」
「……!」
今にも飛び出していきそうなエクスと、それを押さえつけるアクトに向けて、フェリドは語り始めた。遥か過去に置き去りにされたエクスの精霊としての記録、その一端を――
◆◇◆◇◆◇
「かつて、この世界は滅びかけていたんだ」
開口一番、いきなり突拍子の無い事を言い出したフェリドに、アクトとエクスは揃って怪訝な表情を浮かべた。
「世界が滅びかけてただと? 何言ってんだ?」
「嘘だと思うかい? だけど紛れもない事実さ。昔、世界はそこに住まう全ての生命と共に滅びの危機に瀕していたんだ」
だが、遠き過去を懐かしむように語るフェリドの言葉からは、確かな真実味があった。まるで、その状況を身を以て実際に体験してきたかのような……
作り物の話でここまでの真実味を出すのは無理だ。だとすると、信じがたいがフェリドが言っている事は本当なのだろう。
「……記録し、後世に残すのが人間だ。その話が事実なら、もっと歴史で語り継がれてるだろ。大した学も無い身だが、俺の知る限りそんな出来事はなかった筈だ」
「人間の数があまりにも減ったから、伝える者が残らなかったんだろうね。それぐらい、当時の世界はどの生物にとっても掛け値なしの地獄だった。もしあの『大厄災』がなければ、世界の文明はもっと発達していたと思うよ」
あまりにもあっさりと流されたが、「大厄災」――また知らない単語が浮かび上がってきた。
「大厄災? エクス、知ってるか?」
「いえ、私にもまったく……何なのですか、それは?」
「アレを言葉で説明するのは難しいな……とにかく、世界を滅ぼし得る災いとでも思えば良い。『大厄災』によって世界はまたたく間に侵食され、数えきれない命が奪われていった。特に、絶対数が少ない種族は殆どが絶滅してしまったようだね」
流石の僕もあの時代に戻るのは御免被るね、とフェリドは肩を竦めた。あれだけの力を有していながらそれを本気で恐れているとは、過去の世界は一体どれだけの地獄だったというのか。
「でも、どんな時代にも救いはあると言うべきかな。希望はなく、全ての命がただ滅びへのカウントダウンを待つのみとなったそんな時、一人の人間の男が立ち上がった」
「人間……?」
「そうだよ。とある‟魔法使い”に見出され、一国の王にして『聖剣』を司る精霊に選ばれたその男は、比類なき力とカリスマ性で周辺諸国と多くの種族をまとめ上げ、『大厄災』に対抗したんだ」
「聖剣……?」
フェリドはかなりかいつまんで話しているため、「大厄災」とやらの謎も相まって状況を正確に想像するのは難しい……ただ、今までバラバラだったピースが、ここにきて急に繋がっていくのをアクトは感じた。
そして、その感覚はエクスも同様であった。
「多くの仲間と盟友を引き連れた彼の『大厄災』への戦いは、全戦全勝。絶望の時代において常に災禍を払い続ける雄姿は、まさに希望の星だった。そして、誰が呼んだか――彼は‟騎士王”と謳われるようになったのさ」
聖剣、精霊、人間、騎士王……ここまで情報が出揃ってしまえば、真実は子供でも分かるだろう。
「まさか、エクスの正体は……」
「契約者である君自身の力量も含め、あの頃と比べて力は大分落ちているようだけどね。察しの通りさ。そこの精霊の正体は、‟騎士王”が契約していた『聖剣』の精霊に間違いない」
やはりか……と、どこか納得した様子のアクト。フェリドがアクトを‟騎士王”と呼ぶのは、剣精霊にして聖剣の力を持つエクスと契約した、次の‟騎士王”という事だったからだ。
……まぁ、気にはなるが、エクスは特別な精霊だというのは薄々分かっていた。それに、肩書きはこの際どうでも良いのだ。重要なのはやはり、エクスとの完全な契約を阻む謎の呪いについてだ。
記憶が抜け落ちた期間から自分と契約するまでの間、エクスは他の人間と一切契約していないと言っていた。だとしたら、呪いは最初の契約者、つまり‟騎士王”と契約している時に受けたものになる。
ならば、‟騎士王”の身に何が起こったのかを知らなければならない。現状、その鍵を握るのは目の前の吸血鬼だけ――呪いを解くためにも、アクトが踏み込んで詳しい事情を問おうとすると、
「うっ……!」
突然、傍らに立つエクスが頭を押さえて苦しみだした。人間の肉体では無いが故に、身体的な拒絶反応こそ出ていないが、その端正な顔つきを苦痛に歪めている。
困惑、焦燥、恐怖……アクトと繋がるエクスの内側で、様々な感情が色を変えながら移ろっていく。いつもの冷静沈着なエクスからは考えられない程の狼狽ぶりだった。
「おいエクス、大丈夫か!?」
「ぐ、うぅぅ……だ、大丈夫です……それよりも! 私の存在規格の根底に刻まれたこの呪いを、あなたは知っているのですか!?」
見るからに辛そうな苦痛に呻きながらも、エクスは鬼気迫る勢いでフェリドを問い詰めようとする。そして、どうやらエクスも考えている事はアクトと同じだった。
「呪いだって? 何の事を言っているんだい?」
「何……?」
エクスの問いに、怪訝な表情を浮かべたフェリドは逆に問い返した。確実に呪いの鍵を握っていると思っていたフェリドのまさかの反応に、アクトは眉をひそめる。
「俺とエクスの間には、精霊契約を不完全なものにする呪いがかけられているんだ。そのせいで今のエクスは力を十全に発揮出来ていない。多分、呪いの出所はお前の言う‟騎士王”がエクスと契約していた頃のものだと思うんだが、お前は何も知らないのか?」
「……」
言葉足らずのエクスに代わってアクトが説明すると、フェリドは口元に手を当てて何事かを考えこむ。演技の可能性もあるが、あの反応だとどうもフェリドとエクスの呪いについて直接の関係は無いようだ。
「……ああ、知らないね。なにせ、僕が不覚をとって『聖堂騎士団』に封印されたのは、彼とその盟友達が最後の戦いに挑む前だったからね。もしその後に君達が言う呪いとやらを受けたのなら、僕には分からないかな」
「くっ……!」
「そんな……」
しばらく考えた末に、フェリドはそう結論付けた。唯一の手掛かりと言っても良い頼みの糸が途切れ、アクトとエクスの表情に目に見えて暗い陰が差す
(エクスの過去を知れただけでも、収穫はあったと喜ぶか……だが結局、呪いに関して大事なことは、何一つ分からねえってことじゃねえか……!)
フェリドが知らない以上、これ以上は幾ら問うたところで無意味だ。どうしようもないやりきれなさに、アクトは強く歯噛みするしかなかった。
世界が滅びの危機に瀕していたという‟忘れ去られた歴史”は、少なくとも百年やそこらの前の話ではないだろう。数千年か、それよりもっと前……そんな記録、探すだけでも途方も無い苦労がかかってしまう。
その道の歴史家を探すか、あるいは……
「……いや待てよ、心当たりはあるかな。上位精霊をも蝕む強力な『呪』の持ち主といえば――」
ふと思い出したように、フェリドが何かを言いかけた――その時だった。
がっしゃあああああああんっ!!
大きな破砕音が響き渡り、アクト達とフェリドの中間に位置していた窓ガラスが粉々に砕け散った。
「何だ!?」
「……!」
突然の事態にアクトは驚愕しながらも警戒を、フェリドは何故か忌々しそうに顔をしかめる。直後、ガラスが割れた窓から、ある人物が彼らの間に降り立った。その人物とは――
「クラサメ先生!?」
「無事か!」
アクトの担任教師にして校内選抜戦決勝戦の監督官、クラサメ=レイヴンスであった。
「――ッ!?」
刹那、この場でクラサメに姿を見られては拙いと判断したエクスは、動揺が冷めないながらも霊体となって消え失せた。
「な、何でここに……」
「この一帯の映像拡散の術式が、何者かによって故意に破壊された形跡が見つかったんだ。それと共に異質な魔力の流れを探知した為、こうして調べにきたという訳だ。状況は……どうやら、聞くまでも無いようだな」
流石は精鋭軍人。状況を瞬時に把握したクラサメは、フェリドに対し向き直ると同時に、腰の鞘から長剣型の「魔剣」を引き抜いた。
「この気配……貴様、吸血鬼か。しかも、並大抵の強さでは無いようだな」
「この気配……祓魔師か。しかも、その加護はアレクサンドラの系譜ときたか。これは分が悪いな」
次の瞬間、フェリドの身体が一瞬で、黒い霧状のようなものになって霧散していった。
「ちっ……」
クラサメは「魔剣」に自身の魔力を注ぎ込もうとするが、この距離ではアクトを巻き込んでしまう。アクトを尻目に見たクラサメは、舌打ち混じりに攻撃を断念した。
『さて、0を1にするヒントは教えてあげた。後は自分達で調べることだね』
「……!」
霧散していく黒い霧を睨むアクトの脳内に、直接フェリドの声が響く。クラサメには聞こえていないらしかった。
『ではまた会おう、アクト=セレンシア君。次会う時までには、僕も力を取り戻しておくとするよ』
「……はっ、おととい来やがれってんだ。吸血鬼野郎」
再会をほのめかす言葉を残し、フェリドの気配は完全に消えるのだった。
「……どうやら、逃げたようだな」
一応、探知系の魔法で辺りを調べていたクラサメは、魔法を解くと「魔剣」を鞘に納めた。
「せ、先生……助かりました。俺、もう殆ど動けなかったんで、奴がまだ戦る気だったらヤバかった……」
「気にするな……色々と聞きたい事はあるが、先ずは傷の手当てをしよう」
そう言って、アクトに触れて治癒魔法を唱えながら、クラサメは淡々と応急処置を施す。基本は何でもこなせるのか、治癒魔法の腕前も応急処置の手際も、目を見張るものがあった。
「それで……アイツらの、俺のチームの戦いはどうなりました?」
「人の心配をしている場合か? この傷、早々に治療しなければ後遺症が残ってしまうレベルだぞ」
「良いから教えてくださいよ。俺があんなのと戦ってたせいで、アイツらへの支援が出来なくなっちまったから……」
チームメンバーの戦いの行方が、アクト唯一の懸念事項だった。ローレンが立てた作戦では、アクトは二コラに代わったフェリドを抑えただけでも十分仕事をしたと言える。だが、やはり心配はあった。
自分の事などお構いなしに仲間を心配するアクトへ、クラサメは一通りの処置を終えてから深い溜め息を一つ。そして、告げた。
「全員、紙一重だが勝利したぞ」
「っ……!!」
それを聞いた瞬間、アクトの胸に温かい安堵の感情が溢れ出す。生徒会長不在につき正規のメンバーではないとはいえ、学院最強チームを下したのは、れっきとした快挙だ。
「アイツら、勝ったんだな……」
彼女達の勝利を、アクトは微塵も疑っていなかった。けれど、いざ言葉にして言われると安心するのが人間の性というもの。
フェリドとの戦いで極限まで張り詰められた緊張が、緩やかに解けていくようだった。
「分かったか? 皆と本戦へ進む為にも、お前は怪我を治療をしなければならない。歩けるか?」
「は、はい。クソ痛いが、これなら何とか……」
クラサメの言う通り、これから始まる本戦を勝ち上がるためにも、さっさと傷を癒す必要がある。激痛走る身体に鞭打ち、アクトはクラサメの肩を借りてゆっくりと歩き出した。
この異常事態な戦いが決勝戦の勝敗にどういった影響をもたらすのかは、まだ分からない。まずは本物の二コラの捜索、吸血鬼フェリドの調査、騒動の捜査などなど、学院側もやるべき事は山積みになるだろう。
……だが、不思議と悪い結果になる気はしなかった。何故なら、頼れる仲間が「賢しき智慧梟の魔道士」の四人を倒したのは、純然たる事実なのだから――微睡む意識の中で、アクトは薄い笑みを浮かべる。
かくして、人間と吸血鬼、人智を超えた壮絶な死闘は、大衆に目に触れられることなく静かに幕を閉じたのだった。
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