95話 それぞれの決着②-2
(そっか……あの時、アクト先輩はこうなるのを見越して……)
先日、アクトに告げられた言葉を思い出し、アイリスは少しずつではあるが理解した。戦いに臨むという事の意味を。
――戦いに勝つという意思はあっても、他者を傷付けてでも勝利をもぎ取ろうという揺るぎなき覚悟がまるで足りていなかった。それを見抜いていたアクト先輩は、あんな事を言ったのだろう。
今に考えても間抜けな話だ。明確な目的を持ってこの大会に参加したに臨んだにも関わらず、相手を蹴り落とす覚悟すら固まっていなかったとは。ディラン先輩が呆れるのも納得だ。
……けれど、こっちにだって、譲れない願いがある……だから、覚悟を決めなければ。
加減を捨てろ。本気で征け。目の前の相手は力ずくで捻じ伏せろ。ここは、そういう場所なのだから。
純粋な実力で負けるならまだしも、心では負けたくない。自分を救ってくれたあの人のためにも、自分を仲間として受け入れてくれたチームのためにも……!
(あの人達のお荷物にだけは、絶対になりたくない!!)
刹那、凍り付いていたアイリスの魂に、熱き炎の意思が猛り出した。
「すぅ……はぁ……すみませんでした、ディラン先輩。不甲斐無い姿を見せてしまいました」
そっと目を閉じ、大きく深呼吸し、ゆっくりと目を開ける――視界は明瞭。その瞳に一切の雑念や迷いはなく、アイリスはディランだけを真っ直ぐ見据える。
「お陰様で、大切な事を思い出すことが出来ました。もう、先程までの弱い私ではありません!」
「……へっ。俺が何かしたつもりはまったくなかったんだが……良い面構えになったじゃねえか。面白ぇ、ここからが本当の勝負だッ!!」
色々と吹っ切れたアイリスから放たれたより強大な気迫に当てられ、ディランはニヤリと好戦的な野獣の如き笑みを浮かべる。
(これで、私は皆と同じスタートラインに立てたんだよね。後は……)
ようやく、心だけなら互角となったこの状況。だが、長年の修練と経験の差からくる実力の隔たりは、やはり如何ともし難い……ならばどうするか?
思い出せ、自分が何者なのかを。たかが十数年の年月を軽々と超える力を、自分は持っている。
望めば望むだけ、この身に流れる血はどこまでも応えてくれる――あの日と同じように。アイリスは自分とは別の、人ならざるもう一つの魂に語り掛けた。
(ごめんなさい。また私、あなたを否定してしまっていた……でも、もう逃げない。私、自分の戦いから目を背けないって決めたの。その為には、あなたの力が必要になる。お願い、力を貸して!)
――ヤレヤレ、世話ノ焼ケル宿主ダ。
ふと、魂の内側で響く何者かの呆れたような、それでいて優しい声――
心の中で念じていると……アイリスの身体の奥底から、溢れんばかりの力が湧き出した。今なら何でも出来てしまいそうな万能感や高揚感が、瞬く間に総身を巡っていく。
みしっ、バキ、バキ……力が満ち溢れていくにつれ、筋線維が引き絞られるような異音が発せられる。
アイリスという存在そのものの密度が増したような感覚と共に、爆発的な昂りを見せる魔力の質に、本人とは別の妙な気配が混じる。
(……大丈夫。私なら、やれる)
暴走の兆しは、無い。かなりの集中力を割いて力の制御を続けているため油断は出来ないが、これでアイリスの身体のギアは一、二段階上がった。まだ勝敗はどう転ぶか分からない。
「行きます――ッ!!」
現状引き上げられる最大出力を漲らせ、極端な前傾姿勢を取ったアイリスは、地を蹴って四足獣の如く駆け出した。
(速い! これがさっき言ってた、隠してた力か!)
空気の壁をぶち抜く脚力で突っ込んで来るアイリスに、ディランは瞠目する。そして、彼女のこれまでの言動が嘘でもハッタリでもなかった事を理解した。
(けどな、いくら速くったってそんな直線的な動きが通じると思ったら大間違い――何ッ!?)
どんっ! という轟音の後、ディランの視界からアイリスが消え失せた――刹那、背中に走る極大の警鐘。
ディランの拳の間合いに入る寸前、アイリスは足が地面にめり込まんばかりの勢いで大地を踏みしめ、砲弾のように斜め方向へ天高く跳躍。彼の頭上を越えて背後に回り込み、宙で身を捻って素早く反転。
「せい――ッ!!」
莫大な魔力を纏った右脚を後ろに引き、空中から渾身の飛び蹴りをディランに見舞った。
「うぉっ!?」
虚を突かれたことで反応が一瞬遅れるも、流石の対応の速さで、ディランは振り下ろされた蹴りを寸でのところで躱すが――鼻先で巻き起こった暴力的な風圧が、彼を数間、後ろに押し滑らせた。
(おいおい、蹴りの風圧だけで……パワーもさっきとは段違いだ。こりゃ、マジで一発も直撃は喰らえないな)
想定外の膂力の片鱗に戦慄を覚えたディランがバックステップで距離を開けると、アイリスは次なる行動に出る。
駆ける先には、小さな花が増えられた幾つかの花壇。アイリスは片手で地面に手を付けながら、花壇の一つを両足で挟み、水平方向にその場で一回転。遠心力を乗せ、それをディラン目掛けて投げ飛ばした。
「……!」
弾丸のように空気を鋭く裂いて飛来する花壇はかなりの速さだが、ディランに焦りは無い。冷静に魔力を漲らせた拳で砕き割っていき――花壇を砕いた彼の眼前に、急接近するアイリスの姿があった。
(ブラインド……!)
してやられた、とディランが歯噛みする。アイリスは花壇投げ飛ばしたのと同時に、瞬発力と魔力放出による超加速を以て一瞬で花壇を超える速度に至り、その陰に隠れるようにして距離を詰めていたのだ。
「はぁああああああああああああ――ッ!!」
「ぉおおおおおおおおおお――ッ!!」
一瞬の判断が明暗を分ける近接格闘戦の主導権は、先にアイリスが握った。壮絶な雷の魔力と高密度魔力が派手に喰らい合う。
たとえアイリスが主導権を握れたとしても、「技」と「駆け引き」において二人の間には絶対的な差がある。身体能力はアイリスが完全に上回ったが、優れた武人は多少の能力差をものともしない。
故に、多少の有利など簡単に引っ繰り返されてしまう――筈だった。
(コイツ、さっきと動きが全然……!?)
自分を防戦一方に追いやるアイリスの圧倒的攻勢を捌きながら、ディランは目を剥いた。
先程までのアイリスは、膂力に物を言わせた直線的な攻撃ばかりしかしてこなかった。攻撃の手段も何の捻りも無い拳一辺倒で変調はなく、ディランの脅威にはなり得なかった。
しかし、今は違う。キレのある体捌きもさる事ながら、拳、脚、身体全体を駆使して、猛然と畳み掛けてくる。
武術の型から大きく逸脱した苛烈な攻め様は、まるで雄大な生命の躍動を感じさせる舞踊のようであった。
(よし、いける! 思いついた動きをぶっつけ本番で試してるけど、この戦い方はディラン先輩にも通用する!)
自分だけの戦い方を見つけろと言われて以来、アイリスはずっと考えていた――古来より人間は、その矮小な身で自分達より遥かに強大な存在と戦うために、知恵を絞り、武器を作り、技を磨いてきた。
それは、連綿と受け継がれ積み重ねられてきた紛うことなき人類の強さの歴史――しかし、自分はレパルド族。人間として生きると同時に、生まれながらの強者。
ならば、何も既存の武術や小手先の技などに囚われる必要は無いのではないか? 技とは、本質的に弱者が磨く牙なのだから。
傲慢かもしれない。けれど、強靭な肉体と「神獣」の力を持つレパルド族の自分には、普通の人間には成し得ない事が沢山ある筈――ならば、一から編み出せば良い。
技を超えた技、もっと自在で強力な攻撃手段を、強者の牙を――
(アクト先輩が言っていたのは、多分こういう意味……私は、大地を自由に駆ける誇り高きレパルドの民。私だけの武器、私だけの戦い方を、今ここで作り上げる……!)
そのための力は、身体の奥底から無限に湧き出てくる。半身とも言うべき存在が、力を貸してくれる――準備は整った。この戦いで得られるモノ全て血肉に変え、真の強さへの階段を駆け上がる!
「やぁあああああああああ――ッ!!」
「くっ……!!」
ここに至り、アイリスの心身のコンディションは最高潮に達した。動きは派手で滅茶苦茶、およそ技と呼べる技も無いというのに……隙が無い。先程までとは別人のような地を割り空を裂く猛撃に、ディランは翻弄されていた。
(やっべぇ……! このままじゃマズイ、どこかで流れを変えねえと!?)
戦闘開始直後とは 構図が完全に逆転した。培った受け流しの技で何とか怒涛の連撃を捌き続けるも、ディランの顔から余裕が消え去り、代わりに焦燥が滲む。
熱き戦いを望んだのは自分。だが、これはまたとんでもない虎の尾を踏んでしまったと、少しばかり後悔していた。
「フッ――!」
と、そんな時。恐ろしい運動量であらゆる方向から暴れ牛の如く蹴りや拳打を浴びせていたアイリスは、距離から一端距離を取ると、突然、何の捻りも無い右の拳を繰り出した。
(ミスか、占めた!)
弱々しく、芯の入っていない明らかに死んだパンチ。ディランはこれに魔練闘術の魔力炸裂を合わせ、アイリスに手痛い反撃を与えようとする――
普段のディランなら、きっと気付けただろう。だが、学院内で初めて味わう近接格闘戦での劣勢、少しでも攻勢に転じるべく躍起になる事への焦りから、違和感に気付けなかった。
(な……)
振り抜かれた拳。ディランをそれを拳にて受け、雷の魔力を炸裂させようとするも、そこには――僅かほどの力も込められていなかった。
一体何故。その事実にディランが気付いた刹那――強烈な衝撃が彼の腹部を貫いた。
「~~~~~ッ!??」
ディランの腹部に突き刺さったのは、アイリスの高密度魔力が付呪された左拳だ。
先の右拳による振り抜きは囮、本命は空いた左拳によるアッパーカット。鈍重な鉄球を超高速で叩き込まれたような衝撃は、たった一発でディランの身体を宙高く打ち上げた。
並の身体強化や頑健化の魔法を以てしても耐えられない、人体の強度を超えた重大なダメージ。ディランの意識は一瞬で刈り取られ、間もなく監督官のコールが告げられる――筈だった。
「――げ、はっ! まだまだぁ!」
吐瀉物を撒きながらも、空中にてディランの意識が覚醒する。アイリスの拳が突き刺さる寸前、反対の腕での防御が辛うじて間に合っていたのだ。さらに、敢えて自ら身体を後ろに逸らしたことで、衝撃を逃がしていた。
丁度、先の攻防でアイリスが咄嗟にやってみせたように。
気絶によって解けた紫電と爆炎を纏い直し、ディランは宙で一回転して軽やかに着地。そこへ、着地の瞬間を狙ったアイリスが猛然と突っ込んで来る。
(決められなかった……! けど、これで終わり!)
「舐めんなッ!!」
一度は意識を刈り取られ、着地したばかりでまだまともな構えすら取れてないディラン。アイリスの追撃を凌げる状況では無い――だがしかし、この土壇場で彼が培ってきた格闘センスが冴える。
拳での迎撃が間に合わないと判断したディランは、《剛力ノ解放》の強化を足回りに集中させ、前のめりになって自ら前進。強烈なショルダーチャージを繰り出した。
「あぐぅっ!?」
予想外の不意打ちに、アイリスの対応が遅れた。無系統《頑強堅鎧》が付呪され、肉体強度が増した男の腰の入った体当たりは、彼我の相対速度も相まって充分な凶器だ。
人と人のぶつかる音とは思えない重低音と共に、アイリスの身体が大きく後ろへ弾かれ、バランスを崩してたたらを踏む。
頑丈なのはこちらも同じで、大したダメージにはなっていない。……だが、これでアイリスは攻撃の出始めを挫かれ、致命的な隙を晒した。
「破ァアアアアアアアアアアアアア――ッ!!」
ここで決める、体勢を崩したアイリスに立ち直る暇など与えぬとばかりに、ディランはこれでもかと双拳による連打を見舞う。
「ぅぐぅうううううううううーーッ!?」
その華奢な身体を打ち据える度に、身体能力強化を膂力に回した二つの剛拳から壮絶な雷の魔力が弾け、無防備なアイリスを右へ左へと人形のように躍らせる。相手によっては、明らかな過剰攻撃――だが。
「ぃ、ぎぃ、っ……ぁああああああああああ――ッ!!」
まだ倒れない。息切れの合間を狙って連打を強引に打ち払ったアイリスは、しゃがみ込んだ状態から大きく跳び上がり、弧を描くように宙返りする円月回転蹴りをディランの顎の先に二度叩き込んだ。
「がっ、!?」
頭蓋が割れるような下からの衝撃に、顎を揺さぶられたディランの脳が激しく揺れる。軽度の脳震盪に陥り、足腰が立たなくなる――
「あ、ぐ――おらぁあああああッ!!」
が、それをディランは頑健化と鋼の精神力で捻じ伏せ、後ろに倒れ込みながらも爆炎を纏った右脚を、丁度着地しようとしていたアイリスの横っ腹に叩き込み――炸裂。
「きゃああああああ――ッ!?」
相打ち。ディランは受け身もままならず背中から地面に倒れ、炎に巻かれ吹っ飛ばされたアイリスは地面を二度、三度、バウンドしながら勢いよく転がっていく。
「……う、ぁ……クッソ気持ち悪ぃ……」
「げほっ!? ごほっ、ごほっ……あぐぅぅぅ……!」
視界がぐにゃぐにゃに歪むような吐き気と虚脱感に呻くディラン。相当量の血反吐を吐きながら、腹部から全身に波及する痛みに喘ぐアイリス。どちらも、決して少なくない数の敵の攻撃を喰らった。
「ごほっ、うぅ……痛っ!」
刹那、アイリスの身体にディランの攻撃を受けたのとは別の、電流が流れるような鋭い痛みが内側から走った。筋線維の一本一本に激痛が走り、とんでもない筋肉痛が襲い掛かってくるようだ。
(こ、これは……あの時程じゃないけれど、前に暴走状態でアクト先輩と戦った時に起こった、出力過多の反動……!)
記憶に新しい似たような経験から、アイリスは瞬時に痛みの正体を見抜く。
レパルド族の力は強大、彼らの強靭な肉体を以てしても、自由に扱える代物では無い。ディランに勝つために引き出した、肉体と精神の許容上限を超えた力は、まだアイリスの未熟な身体では耐え切れないのだ。
(さっきの連打をもろに受けて、私の体力も限界手前……それ以上に、身体の方が悲鳴を上げてる……だったら!)
全力で戦えるのは、後一合のみ。そこに全てを懸ける。この戦いを制すべくアイリスが決意を固めると、
「……ぷっ。く、くくくっ……あっははははははは!!」
突然、何の前触れもなくディランが腹を抑えて笑い出した。
「ディラン先輩……?」
「くくくっ……認める、認めるぜアイリス。お前は強い、マジで強い。悩める後輩に発破をかけただけのつもりが、まさかこれだけ力を持ってるとは思わなかったぜ」
顔は浅い切り傷だらけ、身体もボロボロの痣だらけ。万全とは程遠い、満身創痍といった様子……それでも、目を輝かせてアイリスの話しかけるディランは。実に楽しげだった。
魔法について学ぶ学校で、魔法を使った殴り合いを得意とする異端児。早くから良いチームメンバーには恵まれたものの、ディランの心の中にはどこか鬱屈とした感情が渦巻いていた。
しかし、自分が得意とする近接格闘戦でここまで激しい戦いを繰り広げたアイリスの存在が、彼の学院生活で溜まりに溜まっていた、「熱い殴り合い」という欲求を満たしたのだ。
「自分の事は、自分がよく分かってる。悔しいが、俺が全力出して戦えるのは、後少しってところだ。それでも、タフさでお前には敵わない。だからよ……」
そう言いながら、ディランはゆるりと拳を構え――
「最後に一発、俺のとっておき喰らわせてやる!!」
刹那、紫電を纏う彼の右拳のさらに上に、今までとは比べ物にならない程の莫大な魔力が迸った。
「……!」
「これは、俺をこんなにも熱くさせてくれたお前への最大の敬意を表しての一撃だ。存分に味わいやがれ!!」
ディランの右拳には、精密な魔力制御によって一点に収束された彼の全魔力が込められている。あれだけの魔力が乗った攻撃を受ければ、アイリスとてただでは済まないだろう。
回避は困難、確実に距離を詰められて終わり。かといって生半可な威力の攻撃では、拮抗すらままならずに押し切られる。故に……
「……私も、ディラン先輩と戦えて幸運でした。では、こちらもとっておきの技でお相手をさせてもらいます」
もしかすれば、アクト先輩はこのような状況すら想定して自分にこれを教えたのかもしれない――刹那、アイリスの右脚に、ディランと同じく莫大な量の魔力が迸った。正真正銘、彼女の残存魔力全てだ。
アイリスは、訓練で師より授かったただ一つの技を以て相対する事を決めた。
「……! 面白ぇ、かかって来いや!」
「はいっ!!」
両者、凛然とした決意を胸に、己の全てを賭した最後の一合に臨む。対峙する二人の間を、どこからともなくやってきた強い風が吹き抜け……場に張り詰めた緊張感が際限なく高まり続け……
その張力が極限に達した瞬間。
「シッ!」
「――ッ!」
鋭き気迫を伴い、二人はほぼ同時に突進を開始した。
ディランは全魔力を乗せた拳を振りかざし、地面を一蹴るごとに周囲を削る猛速度で。
アイリスは全魔力を乗せた右と、左の足を交互に使い、身体全体で円を描くように大きく回して。
十分な加速を付けた両者が、中間の位置に達し――
「オラァアアアアアアアア――ッ!!!」
「闘仙――《炸牙》――ッ!!!」
ディランが拳を引いて放つ渾身の正拳突きを、アイリスが音速を超える剛脚の回し蹴りを、自身の全力を解放した。
「ぉおおおおおおおおおお――ッ!!!」
「はぁあああああああああ――ッ!!!」
天地揺るがす魔力の大衝突。制御を失った魔力の奔流が、地面を、草木を、花々を、全てを薙ぎ払う。
巻き起こる暴風、大地を裂く衝撃。一瞬、二人の魔力が世界を真っ白に染め上げ――沈黙。丁度、別の場所でも起こった絶大なる魔力の衝突によって、映像が途切れた。
……やがて、機能不全を起こした映像拡散の術式が復旧し、上空に投影された映像が再度庭園の様子を映し出す。観客達が固唾を呑んで見守る中、ようやく土煙が晴れたそこには……
「俺の、勝ちだ……!」
何もかもが吹き飛び、両者が激突し巨大なクレーターが形成された場所で――全身ボロボロの傷だらけとなったディランが、しっかりと二の足で立っていた。
「……」
そこから離れた場所では、同じく全身ボロボロとなったアイリスが、土に塗れ地に伏していた。動き出す気配は無い。
「ごふっ……ざ、残念だったな、後輩……最後に立ってたのは、俺の方……だぜ……っ」
己が勝利を示すべく、ディランは大地を踏みしめ、拳を力強く頭上に掲げようとした……が、腕が伸び切る前に、その身体が大きく傾ぐ。ばたん、と彼は力なく地面に倒れ……動くなった。
ディランの勝ちかと思いきや、勝負は引き分けに終わったかと思われた――その時だった。
「……う、く」
じゃり……土を握りしめる音と共に、動き出す筈の無いアイリスがゆっくりと起き上がった。
衝撃で制服は所々破れ、雪をも欺く白い肌には、青を通り越して黒ずんだ無数の打撲痕や火傷の痕が見え隠れしている。
立てるのが不思議なくらいの重傷……だが、目はまだ死んでいない。残心するようにアイリスは呆然と辺りを見回し……やがて、地に伏したディランを見下ろす。そして――
「……いいえ、先輩。最後に立つのは、私です……!」
己が勝利を示すべく、アイリスは大地を踏みしめ、拳を力強く頭上に掲げた。倒れはしない。それは、彼女がこの一騎打ちの勝者となった瞬間であった。
『ディラン=カーシュ、意識消失により戦闘不能』
かくして、学院最強チームの最上級生一人を、無名の中等部生が激闘の末に下すという前代未聞の快挙に、フィールド周辺はさらなる歓声に包まれるのだった。
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