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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
3章 学院生活編(下) 〜奇なりし絆縁〜
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92話 異空間の死闘


「うぉおおおおおおおおおお――ッ!!」

「し――ッ!」


 漆黒と赤黒、深淵の如き暗闇が支配する空間に、大気を揺るがす衝撃と裂帛の咆哮が響き渡る。 


 暗闇の中にあろうと凛然と輝く銀の極光は、立ち込める邪悪を祓うように疾く煌めく。


 空間の支配者たる闇の主も、その比類なき輝きを黒に染めんと奔る。

 

 瞬きの間に幾度も交錯する銀と黒の閃光、衝突する人智を超えた力と力――莫大な銀色の魔力光を纏う聖剣と、絶大なる闇の魔力で編まれた黒剣が打つ合う都度、魔力が壮絶に弾けた。


 ここは、一体の怪物が作り出した異空間――空想結界《黒影・(サングゥイム)鮮血夜城(・エンヴラ)》。今から()()()()()()()の魔法で作り出された虚構の世界では、人間と吸血鬼が文字通りの死闘を繰り広げていた。


「ははははははっ! どうした、精霊の力を借りてもその程度かい!!」

「うるせぇ!! 舐め腐ってるとその首叩っ斬るぞ――ッ!!」


 エクス(精霊)の力を借りたアクト(人間)フェリド(吸血鬼)、無数の高速斬撃を応酬する両者の周囲は、最早、常人では立ち入る事さえ出来ない魔力の嵐が渦巻く領域と化していた。


(やはり――強い!)


 尋常でない程に速く、重く、それでいて太刀筋が読めない独特の剣閃を捌きながら、アクトは傭兵時代に一通り教えられた吸血鬼についての知識を、脳内に爆速で展開させる。


 上位種たる吸血鬼貴族と対峙した際、警戒すべき能力は――身体能力、闇の魔力、不死性、自己再生、吸血攻撃、影操作、眷属召喚、元素支配、魔眼、変身能力、そのどれもが人を超える、恐るべき力。


 しかも、相手は真祖を名乗る吸血鬼の中でも規格外の化け物。更なる未知の力を持っていると判断して然るべきだろう。


 防御に魔力を回す余裕は無い。エクスの権能たる《限界突破(リミット・オーバー)》で奥底から引き出された魔力の殆どを攻撃の行動強化に回さなければ、一対一では勝負にならない。


 故に致命となる攻撃は、全神経を総動員し見切って迎撃する他無い。


「ぉおおおおおおおおおおお――ッ!」

「面白い、速さの次は力勝負だ!」


 純粋な手数では埒が明かないと判断したのか、両者は剣の刀身に魔力を漲らせ、何度も何度も激しく鍔迫り合う。


 ぶつかり合う度弾ける魔力の光は、暗闇が支配する空間を銀と黒に染め、地鳴りのような戟音が轟いた。


 ――刹那、一歩でも黒剣を前に押し進めようとするフェリドの足元の影が、不意に蠢きだす。そして、そこから分裂するように独りでに動き出した影は、音もなくアクトの足元へと這い寄った。


「っていうのは嘘なんだけどね」

「やば!?」


 強引に鍔迫り合いを解いたアクトは、魔力を足元で炸裂させその場で天高く跳躍。直後、半瞬前まで彼が立っていた床から、先端が鋭利に尖った漆黒の槍――影の槍が突き出された。


 後一歩回避が遅れていれば、床を破って現れた漆黒の槍衾に全身を串刺しにされていただろう。


(影操作の能力か! 最低限の明るさしか無いこの空間は、影の動きを悟らせない為――いや、それよりも!)


 フェリドの真の狙いは、地上から足場を消すことでアクトを空中に誘導する事だった。それを確実のものとするために、敢えて集中力と神経を使わせられる鍔迫り合いの土俵に乗ったのだ。


「僕、暑苦しい力比べは嫌いなんだ。……そこなら、ちょこまかと逃げ回れはしないだろう?」


 そう薄ら笑いながら、フェリドがぱちん、と指を鳴らす。直後、その周囲の床から、計八本の柱の如く巨大な影の剣山が、あらゆる方向からアクト目掛け、大気裂く勢いで放たれた。


 空中では逃げ場が無い。あれだけの速度では、たとえどれか数本を破壊しようと死角からの数本で串刺しにされる。


 まさに万事休す――しかし、その絶体絶命の状況を前に、当の本人はまったく動じていなかった。


「六之秘剣――《渦旋刃・流転》――ッ!!」


 一つ一つ壊せないのなら、全部まとめて壊してしまえば良い。聖剣に魔力を集中させたアクトは限界まで上半身を捻り、渾身の横回転斬りを繰り出す。


 回転の勢いと《限界突破》の莫大な魔力を込めて振るわれた聖剣は凄まじい切断力と破壊力を発揮し、迫りくる剣山を全て粉砕した。


「無駄だ、僕の『影杭(パイル)』は完全に破壊しない限り再生――何!?」


 余裕の笑みを浮かべていたフェリドの表情が、一転して驚愕に凍り付く。先端から半ばにかけてまで破壊された漆黒の柱は、そのまま根本まで連鎖崩壊して消滅していったのだ。


「俺の相棒(エクス)の力を、舐めるな――ッ!!」


 強力な耐魔能力と解呪性能を持つ聖剣で影の槍を斬り払ったアクトは、身体を捻って回転の勢いを殺すことなく、今度は大上段から渾身の縦回転斬りをフェリドに向けて振り下ろした。


「あれを凌ぐかい、君は!!」

「この程度で倒せると思うとは、随分甘く見れたもんだな!!」


 フェリドが上方に薙いだ横一閃と、落下の勢いも付けたアクトの縦回転斬りが激突する。大気を震撼させる光と闇の魔力が壮絶に爆ぜ――力比べは僅かにアクトの勝利。フェリドは靴底を削って後方に押し滑らされた。


(このまま一気に決める!)


 反動を利用してくるりと着地したアクトは、流れるような連続した動作で追撃を仕掛ける。床を蹴りながら身体を大きく回し、身体全体で円を描くような軌道の回転斬りを放った。


 素早く、まったく無駄の無い動き。ただ、当然そんな大振りの動作の攻撃がまともに当たる筈もなく、体勢を崩されてもフェリドは余裕を持って黒剣で防ごうとするが、


「!」


 吸血鬼の頑丈な肉体に走る鈍重な痺れと衝撃。想定を大きく超えた斬撃の威力に、フェリドは後方へと弾き飛ばされた。すかさずアクトはその懐へ潜り、横から縦の円を描く回転斬りを放つ。


「おらぁああああああ――ッ!!」

「くっ……!」


 先程よりも威力が増した斬撃に、黒剣で防いだフェリドはさらに後ろへ押し込まれる。そこへ果敢に畳み掛け、アクトは眼前の敵の首を刈らんと、どこまでも、どこまでも執拗に追いすがる。


(……そうか。回転のエネルギーを次の回転に繋げ、威力を上げているのか)


 剣を打ち合う度に威力・速度共に増していく剛速の斬撃を辛うじて捌きながら、フェリドは真祖吸血鬼の自分がただの人間に力で負ける絡繰りを見抜いた。


 回転による円運動のエネルギーを斬撃に乗せて放つ《渦旋刃》の派生技《流転》。この技は、回転で生み出したエネルギーを精密な身体制御を以て肉体の中で循環、その力を回転ごとに斬撃へ乗せることで威力を累積加算させていく。


 たとえ自分より強大な力と打ち合おうと、その反動すらいなして回転の力に変え、それを上回る。広く長大な空間がなければ出来ないが、後退する相手を討ち取るにはうってつけの技である。


「僕の『影杭』は、君の攻撃の起点にされてしまったのか。これは、少し厄介かな……っ!」


 どんどん回転を繋げ、《限界突破》で引き出された膨大な魔力をも乗せたアクトの斬撃は、まさに剣の暴風嵐。まともに受ければ吸血鬼といえどひとたまりもない。現に、フェリドも防御を止めて回避に専念していた。


「だから、君の相手はこの子達にしてもらうとしよう」


 すると、フェリドの足元から滲み出た沼のように濃密な影が、床を侵食するように広がった。そして、その中から実体を持った何かが次々と出現する。


 それは狼であったり、鳥であったり、鹿であったり、蜥蜴であったり、巨大な蛇であったり……ありとあらゆる動物の姿を形取った、影の魔獣達であった。 

 

 吸血鬼の能力、眷属召喚。漆黒の魔獣達が次々と際限なく出現し、アクトの前に立ち塞がる。


「テメェ、茶を濁すのにこれ見よがしで雑魚を並べやがって!」

「人聞きが悪い。これも、僕達吸血鬼の戦い方さ。……行け」


 フェリドがそう命じたのと同時に、影の魔獣達がアクト目掛け、動物の規格を超えた恐るべき力と速さで一斉に押し寄せてくる。 


 とはいえ、所詮は知能を持たない雑兵。アクト相手では時間稼ぎにしかならない。先陣を切って突っ込んできた四匹の魔獣達を回転の一太刀で斬り捨て、彼は自ら影の大軍へと切り込んでいく。


「邪魔だぁあああああああああ――ッ!!」


 魔力放出による行動強化を移動に回し、《流転》の回転を繋ぎつつ、アクトは右へ左へ霞み消えるように高速移動して剣を振るう。


 人間の形をした一陣の暴風が吹き荒れるごとに、魔獣達は次々と斬り裂かれ、吹き飛び、力なく地に転がっていく。


 圧倒的物量差で四方を取り囲まれようと関係無い。縦横無尽に円を描く剣閃の煌めきは、まさに剣の結界。背後からだろうと、無防備に襲い掛かる魔獣達は近付く端から両断された。


 鎧袖一触。近接戦の術を持たない並の魔道士なら成す術なく食い千切らているだろうが、超人の域にある剣技の使い手であるアクトにとって、魔獣達はただひたすらに獲物でしかなかった。


「こいつで、最後!!」


 刹那に振るわれた円の斬撃が的確に急所を捉え、アクトは最後の魔獣を一刀の元に倒す。そして、離れた場所で様子を窺っていたフェリド目掛け、地を蹴り砕いて駆けた。


 絶えず《流転》の回転を繋いできたことで、斬撃の威力は上限に達している。これ以上はアクト自身が肉体を巡る力を制御出来ず、力が発散してしまう。これ程までに威力を高めたのも初めてだった。


 それでも、眼前の敵を両断するには十分過ぎる威力。魔力放出と一之秘剣《縮地》の脚捌きも混ぜた圧倒的超加速を以て、アクトは最短距離を一直線に駆け抜けて迫り――


「――【■■の権化たる大公・我が血肉を■■■■・抜剣せよ・飽かず■■■・世界の■さえも】……」


 アクトが影の魔獣達を全滅させる直前、フェリドは小声で何事かを唱え始めていた。すると、その右手に握られた黒剣の柄から、濃密な闇で形作られた棘のような漆黒の突起物が伸び、右手の甲に突き刺さった。


 傷口からは人間や動物と同じ、緋色の鮮血が床に零れ落ちる。それに連れ、突き刺さった漆黒の棘は血のように赤く染まっていく。さらに、そこから枝分かれするように伸びた数本の棘が、フェリドの右腕に巻き付いていく。


 どくん……途端。その場に得体の知れない不穏な魔力が胎動した。


「【喰らえ】」


 そして、空気の壁をぶち破る勢いで真っ直ぐ自分に突っ込んでくるアクトを見据えながら、フェリドは鮮血の滴り落ちる手でおもむろに黒剣を縦に振り下ろした。


 いくら凄まじい速さでアクトが距離を詰めてきているとしても、双方の間合いは未だ遥か遠く。


 無論、そんな距離からでは刃が届く筈もなく、本来なら威嚇行動にすらならない意味不明な攻撃――にも関わらず、


「~~~~~ッ!??」


 数々の修羅場を潜り抜けて培われた危機察知能力が、より原始的な生存本能が、あらゆる前提を無視してアクトに全力の「回避」を選択させた。


 一度ここまで加速した以上、急に止まることは出来ない。やむを得ずアクトは、構えた聖剣を思いっきり床に叩き付けた。


 蓄積された回転力の解放によって、反動でアクトは左方へ転がり――刹那、その真横を見えない‟何か”が擦過し――突如、これまでの激闘で傷一つ付かなった異空間の床が、ざっくりと縦一文字に引き裂かれた。


「な、に――ッ!?」

「ふむ……やはり現状ではこの程度の出力しか出せない、か」


 巨大な爪で引っ搔かれたかのように割断された場所を、驚愕の表情で見つめるアクト。それを他所に、フェリドは漆黒の棘が巻き付くことで腕とほぼ一体化した黒剣を見分するように眺め、そんな事を独りごちる。


 緊急回避のために回転力の循環を崩したことで、折角ここまで繋いできた《流転》は途切れてしまった。しかし、過ぎた事などアクトは綺麗に忘れ、体勢を立て直しながら自分を襲った謎の攻撃の分析に努めていた。


(この嫌な感じ……前と同じだ)


 先程の‟何か”が僅かに掠めていたのか、遅れて頬から血を流すアクトの脳裏に思い出されるのは、一度目に夜の狭い空き地でフェリドと遭遇した時の事だ。


 息つかぬ激しい戦闘の中、アクトは幻影の攪乱でフェリドの片腕を斬り落とした。だが、その代償として吸血鬼の異常発達した長い爪は、彼の脇腹を抉った。受けた本人は完璧に躱したつもりだったのに、当たらない筈の攻撃が当たったのだ。


 躱した筈の攻撃が当たった、そして、今しがた自分の頬の肉と地面を削いだ、‟長い何か”による不可解な現象……アクトはそれらの要素から一つの可能性を導き出した。


間合い(リーチ)が、伸びた……?」

「御名答」


 ぱちぱちぱち……ふと無意識的にこぼしたアクトの呟きを耳聡く拾い、フェリドは賞賛の拍手を送った。


操血魔法(ブラム・ストーク)――《彼方を薙げ、(ヴァルト・)血潮の斬断者(シュナイデイン)》。その効果は、‟斬撃の作用範囲を術者の認識限界まで無限に拡張する”。一度対峙した以上、僕の剣から逃れられる者は居ない」    

「斬撃の範囲を延長、だと……」 


 またぶっ飛んだとんでもない魔法が出てきたなと、確証が無いとはいえ、ほぼ予想通りの情報からその魔法の性質を理解したアクトの相貌に、戦慄が走った。


 斬撃の間合いを自在に伸ばせるという事は、先程のように武器の間合いの遥か外にまで攻撃を届かせることは勿論、認識限界ともなれば何百、何千と離れた距離にまで届かせることも出来るという事だ。


(しかも、さっきのは奴が剣を振ったと同時に、斬撃がノータイムで俺に届いてた。つまり、奴は不可視の刃みたいなのを飛ばしているのではなく、斬撃に付随する‟間合いという事象”そのものを引き延ばしたって事だ。とんだ近接殺しだな……!!)

 

 タイムラグ無しの瞬間的な間合いの拡張。それは魔道士の絶対数が少なく、まだ白兵戦が主流だった旧時代では、さぞ絶大な力を発揮しただろう。


 この吸血鬼と対峙した者は全員、近距離では実質的な無限範囲の斬撃によって斬り捨てられていったに違いない。


「……操血魔法、って言ったな。この空想結界とやらもそうだが、吸血鬼の攻撃手段といえば、物理法則を超越した様々な特殊能力の筈だ。なのに魔法をここまで操れるのは初耳で、結構驚いているんだが?」


 言葉とは裏腹に、アクトはその事実自体にあまり驚いてはいなかった。実際に魔力や魔法を使う吸血鬼と遭ったのはこれが初めてだが、この化け物ならそれぐらいの事はやってのけるという確信があったからだ。


「上位吸血鬼だけの特権だよ。簡単な呪文と自身の血を触媒とすることで、僕は魔法を行使出来る。呪文の言語形態に君達が使うナントカ語が混じっているのは、まぁ、昔の名残りって奴さ」


 世界の事象を歪める魔力は、種別問わずあらゆる生物が潜在的に持っている力だ。それは輪廻転生の円環たる「摂理の輪」より生まれ落ちし、先天的な生命に与えられる恩恵。外法や禁呪によって意図的に生み出された、後天的な生命には宿らないのだ。


 フェリドが人工的な手段で作り出された紛い物ではなく、初めから世界に確固たる存在として成立している生命なら、魔力を持ち、魔法を操れてもおかしくない。むしろ、存在規格が人間より遥かに上な分、流れる血の一滴すら貴重な魔法触媒になり得る。


「なるほど。人間の魔道士が魔法行使の触媒に血を使う時は、必ず触媒化の処理を踏まなきゃならない……が、存在自体がより神秘に近い吸血鬼(テメェら)だけの十八番って訳だ」

「理解が早くて助かるよ」


 戦闘中だというのに相変わらずどこか楽しげな様子のフェリドの黒剣に注意を割きながら、アクトは物思う。


(これではっきりした。コイツは――前より圧倒的に強い!)


 以前は本気じゃなかったのか、はたまたこの短い期間で急速に力を付けたのか。今のフェリドは、先日ローレンと共に対峙した時よりも明らかに強くなっている。


 前は、吸血鬼の純粋な力に物を言わせた単調な攻撃を繰り出している節があった。それだけでも十分厄介だったが、今はその上で吸血鬼の持つ様々な能力を十全に活用して戦っている。


 特殊能力を抜きにした力そのものも格段に上がっている。それこそ、力だけなら完封出来ると思っていた《限界突破》を全開にしても劣勢を強いられる程に。


「さて、答え合わせはしてあげた。今度は僕に何を見せてくれるのかな?」 

「言ってろ。直ぐに吠え面かかせてやる――フッ!」


 上から目線の挑発に同じく挑発で返し、アクトは地を蹴って前進を開始した。


(自由に間合いを伸ばせる相手にこちらから距離をとるのは最悪手。《烈波》の上位互換みたいな魔法相手に、俺が遠距離で奴に有効打を与えられる術は無い。だったら、俺がやるべき事は変わらない!!)


 ここまでの攻防で能力(スペック)の計測は完了した。「力」では劣っているが、「技」ではこちらが勝っている。ならば、接近によるプレッシャーを与えつつ、隙を見て近距離の剣戟に持ち込む。それがこの戦いに勝つ唯一にして最善の策だ。


 対するフェリドも、アクトを懐へ入れるのは危険だと判断したのか、軽い足踏みで床を叩く。直後、その足元から独りでに蠢きだした影が疾走するアクトの進路上にまで瞬時に伸び、そこから影の槍――「影杭」が発生した。


「……!」


 直線的に迫る相手への面制圧。だが、二度同じ轍は踏まない。予め加速を残していたアクトは、大きな右へのサイドステップで「影杭」の射線上から離脱、危なげなくこれを回避した。 


 回避した先に向けてフェリドは二度、三度と追撃の影杭を打ち出すも、結果は同じ。右へ左へ殆ど速度を落とすことなく躱すアクトには掠りもしない。


「影杭だけでは、もう通じないか!」


 流石にこの程度の攻撃では手に余ると判断したフェリドは、棘の巻き付いた黒剣を、横、縦、斜め、あらゆる角度で次々と振り払った。それらには操血魔法《彼方を薙げ、血潮の斬断者》の力が込められており――


(来る!!)


 アクトは見抜いていた。魔法による事象改変には、明確な定義付けが非常に大事だ。漠然としたイメージではなく、具体的にどういう変化を世界に与えるのかという具体的な事象・概念の捉え方こそが、魔法の威力・精度を高めるのだ。

 

 吸血鬼が行使する魔法とてそれは同じ。たとえ間合いが伸びていようと、この魔法の根本的な概念は斬撃に付随している。そして、武器が剣である以上、斬撃とは刃の描く軌跡、その延長線上にしか生じない。つまり、


(奴の手元と剣の動きさえ見切れば、回避は容易い!!)


 刹那、振り払われたと同時に発生した無色の斬閃が、アクトの身体を両断せんと鋭く奔り――僅かに回避の遅れた、黒髪の一部が宙に散った。


「!」


 黒剣が振るわれる寸前、アクトは回避行動を取っていた。絶えず移動しながら、時に身を沈め、捻り、逸らす。彼は斬撃が打ち込まれる角度から軌道を予測することで、不可視の斬撃をまるで見えているかのように回避したのだ。


 タイミングと角度さえ分かっていれば、避けることはそう難しくない。特に、アクト程の動体視力と反射神経を有していれば尚の事だ。


「僕の動きから斬撃の軌道を見切ったのか。凄まじいな、君は……と言いたいところだけど、いつまでそうして逃げ回るつもりだい?」

(……確かに。このままではアイツの言う通りだ)


 再三打ち込まれる不可視の斬撃をアクトは最小限の動作で回避しながら、フェリドを中心に円を描くように動く。これ以上接近すれば、連続攻撃への回避が間に合わなくなる。


 中・遠距離での有効手段が無い以上、ここからではアクトは手が出せない。


(僕はただ、ここから動かずに剣を振っていれば良いだけ……けど、君にとってはこれが一番厄介な筈だ)


 剣の間合いに勝負を持ち込めないのでは、戦う術が無い。ここまでの戦いで敵の能力を測っていたのは、フェリドも同様であった。


 吸血鬼相手に魔力切れを期待するだけ無駄、間違いなくその前にアクトの魔力が尽きるだろう。日頃の鍛錬で魔力制御技術も向上しているとはいえ、《限界突破》はまだまだ時間制限付きの諸刃の剣だ。


 最初の数回こそ余裕のある回避だったが、その挙動も徐々にタイミングを見切られ、皮一枚のスレスレの回避が多くなってきた。このままでは、ジリ貧からのいつか致命的な一撃を喰らうのは必至。

 

(……やはりそうだ。この見えない斬撃にも、魔力の気配がある。つまり、斬撃自体も一つの事象として成立しているという事……吸血鬼を相手取るなら出番は無いと思ってたが、‟アレ”が使える!)


 それでも、アクトに焦りの色は無い。彼は回避に専念しながら感覚を研ぎ澄ませ、とある確認をしていた。これまで数多の強敵達を打ち倒してきた、自身の切り札が通用するかどうかを……


(ここだ!!)


 急転直下、アクトが仕掛けた。不可視の斬撃を飛ばすための動作、その間隙を縫って急加速、フェリドとの最短距離を一直線に駆ける。


「被弾覚悟の特攻、かい!」


 真っ直ぐ駆け寄って来るアクト目掛け、フェリドは容赦なく黒剣を横一閃する。


 ――だが、初撃の横薙ぎを予測していたアクトは剣が振り抜かれるより早く、さながら地を這う四足動物が如く身体を下げ、不可視の斬撃の下を潜り抜けた。


「【我が魂に応えよ】――ッ!」


 そして、ほんの僅かに生じた空白の時間を利用し、アクトは呪文を叫ぶ。すると、その呪文に応じて銀光を纏う聖剣から鮮やかな紅き魔力光が走り、白き刀身に混じりて宿った。


「悪あがきかいっ!!」


 限界まで体勢を低くしたことで、アクトはまだ体勢を立て直せていない。そこを仕留めるべく、フェリドは再び不可視の斬撃を放つ。もう直線での回避は絶対に間に合わない。 


 せめて、左右どちらかへ躱すしかない。フェリドもそれを予想し、アクトが回避した方向へ追撃を加えるつもりでいた……だがしかし、あろう事かアクトは避けようとはせず、真っ直ぐ前へと突っ込んだ。


 無謀にも前進を選んだ愚か者に向けて、振るわれた黒剣の延長線上に不可視の斬撃が迫る……その寸前、アクトは二色の魔力光を纏った聖剣を前面に振るい――


 ガキィンッ!! 耳をつんざく甲高い金属音が響き渡り……聖剣の白刃と激突した不可視の斬撃はアクトに鈍重な衝撃を与えた後、消滅した。


「何――ッ!?」


 これには、さしものフェリドも驚愕に目を見開いた。対し、想像以上の衝撃を受けて数メトリア滑り下がったアクトは、自分の推測が正しかった事を悟った。


(よし、コイツの魔法にも《魔道士殺し》は通用する!)


 固有魔法《魔道士殺し》。アクト=セレンシアの魔法適正を利用した魂の結晶たる、あらゆる魔法を切断・消滅させる切り札が、吸血鬼の魔法を打ち破ったのだった。


「魔法を、斬ったのか……?」

「あぁそうだ! たとえ何者であろうと、俺は魔法を使う奴にとっての天敵だ!!」


 そうアクトは豪語するが、実際はかなり際どい防御ではあった。何せ《彼方を薙げ、血潮の斬断者》による不可視の斬撃は、事象として成立してから到達まで時間がかかる魔法と違い、フェリドが剣を振った瞬間に成立する。


 フェリドの剣速自体も恐ろしく速い。少しでも防御のタイミングが違えば、斬られていたのはアクトの方だった……ただ、適切なタイミングで《魔道士殺し》を挟めば、ほぼ無力化された事には変わりない。これはフェリドにとって大きなプレッシャーになる筈だ。


「くっ……!」

「無駄だ!」


 動揺を即座に投げ捨てたフェリドは何度も斬撃を繰り出すが、足止めにもならない。魔法による事象改変の影響を受けている以上、不可視の斬撃も《魔道士殺し》の作用対象なのだ。


 斬撃の威力も、重いが受けきれない程ではない。物理的な衝撃ならば、やりようはいくらでもある。見切ったフェリドの太刀筋から細かな角度や加減まで計算したアクトは、正確に衝撃を受け流していく。


 いくら吸血鬼が多彩な能力を持つとはいえ、フェリドは技を見せ過ぎたのだ。最早、アクトが剣の間合いへ迫るのに障害は無い。


「うぉおおおおおおおおおお――ッ!!!」

「本当に、君には何度も驚かされる……!!」


 猛烈な勢いで彼我の距離が縮まっていく両者の距離。フェリドは跳び退りながら影杭、眷属召喚、不可視の斬撃など、あらゆる手段を駆使して寄せ付けまいとするが、悉くを蹴散して肉薄せんとするアクトの踏み込みの方が格段に速い。


(いける!!)

「……けれど」


 一方的に押されているにも関わらず、フェリドは内心、薄ら寒い笑みを浮かべていた。……やがて、全ての障害を突破したアクトは、遂にフェリドを後僅かで剣が届く距離にまで捉え――


「やっと引っかかってくれたね」


 ひゅぱっ! 次の瞬間、アクトの全身に無数の斬痕が走り、血霞が派手に上がった。


「な、がっ――!?」


 全身に火が付いたような熱と、全身を貫く稲妻のような痛み。傷そのものは大して深くない。だが、アクトは何が起きたのか、自分が何をされたのか、まったく分からなかった。


 痛みに呻く暇も、状況を把握する暇も与えてくれる訳もなく、ダメージによって加速の勢いを失ったアクトへ、後退に徹していたフェリドは自ら距離を詰めにかかった。


「クソが……ッ!!」

『――いけません、マスター!』


 突然の敵の急接近に、アクトは反射的に聖剣を振るう。その時、エクスの警告が大音響で脳内に響くが――少し遅かった。躊躇なく薙がれた聖剣の一閃は、フェリドの身体を真っ二つに両断した。 


 ざざざ――だが、あまりにも薄い手応えと共に、両断されたフェリドの身体は黒い霧のようなものへと変質し、霧散した。


(分身!? いつの間に!?)


 中身の入っていない幻を全力で斬ったことで、アクトの体勢が崩れる。そして、これまたいつの間にか彼の左側面に音もなく姿を現していたフェリドが、彼の身体をがっしりと掴み、

 

「この前のお返しだ」


 その首筋に、鋭利な牙を突き立てた。



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